80 アイデアの元は、新しい知識と瞑想である。
【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
4月21日は主の伊勢支部御巡錫記念日です。2013年4月21日大川隆法総裁先生が伊勢支部に御巡錫されて御法話『信仰心と国を愛する心について』を賜りました。この御法話は経典『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』の第一章に所収されています。経典をお持ちでない方は支部や精舎、書店にてぜひとも拝受ください。【1800円(税抜)】
この聖なる日に向けて、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
ここからは、伊勢支部御巡錫御法話―『信仰心と国を愛する心について』法話後の質疑応答を振り返ります。そののち、『仏説・正心法語』をともに読んでまいります。私たち伊勢支部信者にとってはとても大切な経典ですので、お持ちでない方は、是非いただいてください。【税抜1800円】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
■『日本建国の原点』第4章「質疑応答」
〇神道に従事する人々へのメッセージ
【質問】
伊勢では、神道に従事する神職の方々や神道を旨とする人々も多くいますが、そうした方々に、エル・カンターレ信仰へとつながるよきメッセージを頂けたらと思います。
〇幸福の科学は神社やお寺にもよく知られている
【大川隆法】
神社関係の人たちも、けっこう私の著書を読んでくれており、幸福の科学の信者が献本に行くと、「この本はもう読んでいます」と言われて、「あっ、そうですか」となることがずいぶん多いようです(笑)。
二十年余り前に、私が伊勢神宮へお参りに行ったときには、雅楽を奏でる人たちのなかに、すでに当会の信者がいて、なかを案内してくれました。また、その人の仲間も、みな、私のことを知っていて、「おお、あれが大川隆法先生か」といった感じで、ワァーッと声が上がるような状況だったのです。
なお、案内をしてもらっていても、わりに抵抗はなく、受付のあたりにいた役職の高そうな男性も、「たいへんご隆昌(りゅうしょう)で」という感じで挨拶をしてくれました。こちらのことをよく知っていたらしいので、神社系統でも、私の著書をかなり読んでくれているようです。
さらに、昔、福井県の永平寺に行ったときにも、同じようなことがありました。曹洞宗の大本山である永平寺には、いろいろなお寺から雲水風に修行をしに来ている子弟を中心に、二百人ぐらいいたと思いますが、そこに当会の三帰信者もいて、案内してくれたのです。周りからは、「来たか」と言っている感じの声がウァーッと上がって、みな、こちらを見ているような状況でした。
そのように、何とも言えない雰囲気ながら、当会は、神社やお寺と共存しているような状態です。 (次回に続く)
【大川隆法『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』第四章「質疑応答」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
第5章 無我観の効用
3 仏と一体となった自分をつくる教え
仏教というものは、「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」ということを言いますから、これをそのまま聞いて、非常にネガティブで、陰気で、そして「弱気の宗教」というように捉える方がいます。心理学者のなかには、「キリスト教のように戦闘的なところは『強気の宗教』だけれども、仏教というのは『弱気の宗教』だ。だから、釈迦の精神分析をしたら、これは弱気の方である」というように分析する人もいます(宮城音弥説)。
その人たちは、こう思っているのかもしれません。「『諸行無常―すべてはもう無常だ。諸法無我―実体なるものは何物ない。おまえもない。自分もない』というようなことを仏教は言っているらしい。これは非常に悲観的で、自己否定的で、虚無的で、学生でいえば登校拒否児、社会人でいえば、会社に出勤してこない人、あるいは無職になって生きていくような人に当たる―」。
もしこのように捉えるとするならば、仏教はまったく「弱気の宗教」と考えられるかもしれません。けれども、現実はそうではなく、それはあくまでも解釈の間違いであるわけです。
釈迦は、八十年生きて、四十数年間、法を説き来たり説き去って、そして晩年、この世を去るとき、弟子たちに「あなたがたは自分自身の心を大切にして生きていきなさい」「法を基(もとい)にして生きていけ。仏陀を頼りにするのではなくて、自分を頼りにせよ。内なる仏陀に帰依せよ」と教えているところを見れば、仏教というのは、なかなか強い宗教であると思います。
仏教は個人に対する限りない信頼、個人の魂と精進に対する限りない信頼を説いています。精進というのは一種のスクリューです。「スクリューでもって、泳ぎ渡っていけ。船を進めていけ」と言っているわけですから、これはなかなか強い宗教なのです。
何が言いたいかというと、結局、「無我とは、何もなくなるとか、やる気がないとか、無気力の教えのような、そんなものではない」ということです。
仏教は、ほんとうに光り輝く強い強い自分、つまり仏と一体となった自分をつくっていくための教えなのです。この世的な表面的な弱い自分ではなくて、ほんとうに仏と一体となったときに、自分が自分でないほどの強い力が出てきます。悟りの力というのが出てきて、この世的ないろいろな悩みや苦しみ、執着というものを、快刀乱麻のように断ち切ることができるのです。それは強い教えです。
釈迦の像の脇侍には、いつも文殊菩薩の像が座っていますけれども、文殊菩薩の像は「文殊の利剣」という剣を持っています。この剣は知恵の剣ですが、何を切るかというと、一切のこの世的な束縛や執着を断ち切っていくのです。悟りの妨げになるものを断ち切っていく剣なのです。
この文殊の利剣というのは、どこから生まれてくるかというと、修行によってなのです。さまざまな困難を克服しながら、自分自身の心を鍛えて、精神力を鍛えて、あらゆる誘惑や執着を断ち切っていくなかに、強い力が与えられます。それが一種の精神的な剣となって、どのようなものが立ち現われても切っていけるのです。
それはまた、魔をも調伏する剣です。欲望を断ち切り、執着を断ち切り、誘惑を断ち切る剣は、同じくまた、魔を断ち切る剣でもあります。そして、自分自身が間違ったほうに流れていかないための竿でもあるわけです。
【大川隆法『心の挑戦』第5章「無我観の効用」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれています。また、信仰についてさらに重要な経典が『本物の信仰』です。これらは「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。お持ちでない方は、絶対にいただいてください。お勧めしています。
さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第二の経文である『菩提心の言葉「修行の誓い」』についてです。
『正心法語』を読んだあとに、私たちが読む経文がこの「菩提心の言葉『修行の誓い』」です。私たちは、この経文を毎日読むことによって、三宝帰依の精神を日々新たにして、信仰の原点に立ち返ることができます。
私は、個人的に「菩提心の言葉『修行の誓い』」は「第二の降魔経でもある」と認識して毎日何回も読んでいます。悪魔や悪霊、不成仏霊にとって一番苦手なのが三宝帰依や仏への信仰心、そして仏への精進の誓いだからです。また、いろいろなお祈りを毎日捧げている中で、仏から霊指導を頂くうえで最も大切なことは、「信仰心」である点においても、「菩提心の言葉『修行の誓い』」は個人的にもよく読誦する経文です。
それでは、『菩提心の言葉「修行の誓い」』の全文をご紹介したのち、解説を加えます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
菩提心の言葉『修行の誓い』
仏弟子 ここに 集えるは
三宝帰依を 誓うため
三宝 すなわち 仏・法・僧
仏とは 仏 仏陀なり
法とは 仏の 教えなり
僧とは 仏の 御弟子なり
仏陀ありてこそ 法はあり
法ありてこそ 僧団(さんが)あり
僧団(さんが)は 理想の 担い手なり
仏国土への 導きなり
仏弟子 ここに 誓えるは
三宝を 篤く 敬いて
帰依の心を 示すため
仏・法・僧は 光なり
心を 照らす 鏡なり
帰依は 仏を 頼りとし
法の 力を 信ずるなり
僧団(さんが)の 規律を 守るなり
われら 仏陀の 教団は
三宝帰依を 最初とし
三宝帰依を 守り抜き
永遠なる 誓いと するものなり
ああ
生命は 永遠なり
仏陀と ともに 永遠なり
仏陀と ともに 下生して
久遠の 法を 伝えるなり
地上を 去りても 永遠に
仏陀の 法を 学ぶなり
師弟の 契りは 永遠に
来来世まで 続くなり
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
菩提心の言葉『修行の誓い』は英語経文ではこのように訳されています。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■Words of Aspiration for Enlightenment■
―The Pledge of Discipline―
We, Buddha’s disciples, have gathered here
To pledge our devotion
To the Three Treasures
The Three Treasures are Buddha
Dharma and Sangha
Buddha is the Enlightened One
Dharma is Buddha’s teachings
Sangha is a group of Buddha’s disciples
Only when there is Buddha
Can there be Dharma
Only when there is Dharma
Can there be Sangha
Sangha is the vehicle of our ideals
The guide to the Land of Buddha
We, Buddha’ disciples. Have so pledged
To sincerely respect the Three Treasures
And to show our true devotion
Buddha, Dharma and Sangha are the light
The mirror that reflects in our minds
Devotion is trusting in Buddha
Believing in the power of Dharma
And following the ways of Sangha
We, In Buddha’s order
Begin with devotion to the Three Treasures
Abide by this devotion the end
And embrace it as an eternal pledge
O, life is eternal
With Buddha, our life is eternal
With Buddha we descend to earth
And convey to others the eternal law
We will continue to learn Buddha’s law
For ever
Even when we have left this earth
The bond between master and disciple
Lives on for ever
Through all our future lives
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
僧帰依、僧団に対する帰依を言う以上、仏・法・僧が一体でなければいけないのです。仏と、仏の教えと、その教えを護持している団体というのは、一体でなければいけません。そうすると、僧団の中心にいる人たちは、仏の近くの本弟子たちでなければいけないのです。当然のことです。・・・
〇仏・法・僧は一体である。
それから、釈迦の教えは、もちろん段階に応じて色々教えが説かれており、ウエイトのつけ方等は、いろいろありましょうけれども、八万四千の法門には、やはりそれぞれの教えを含んでいるのであって、他の教えは全部間違いのようなことを言ってしまいますと、これは、釈迦そのものの法身を傷つけることと同じなのです。
法というのは仏陀の身体の一部なのです。それから、僧団もまた仏陀の身体の一部なのです。法も僧団も、仏陀の身体なのです。これを法の体、「法体」(ほったい)といいます。
僧団を分裂させることを、「和合僧破壊(あるいは破和合僧)の罪」といいますけれども、
教団を分裂させたり攪乱したりすることは罪であるというのは、なぜかというと、教団あるいは僧団というのは、仏陀の身体だからなのです。法体(ほったい)ですから、仏陀の身体自身を破壊している、引き裂いたり切ったりしているようなことを意味しているのです。仏・法・僧というのは一体なのです。
【大川隆法 『三法帰依とは何か』会内経典より 引用】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
『菩提心の言葉「修行の誓い」』の中では、仏・法・僧が一体であることは、
「仏・法・僧は 光なり」で表現されています。
仏・法・僧は心を 照らす 鏡であり、世を照らす光です。私たちサンガは主の教えによって仏と一体なのです。
コロナハンデミックの後の世界や、ウクライナを中心としたヨーロッパの戦乱や、中国が覇権を狙うアジアの危機が目の前に転載させている中で、私たち地球人類がどのように生きるべきか、世界中が「救世主からのメッセージ」を待ち望んでいます。
現代に生まれた、史上最大のメシアを信じ、メシアの教えを信じ、サンガの力を合わせて、日本中に、そして世界中にメイアの愛を、『地獄の法』と共に「救世主からのメッセージ」としてお届けしてまいりましょう。
メシアと、メシアの教えと、メシアの愛を届けるサンガは一体です。
『仏説・正心法語』は光であり、仏の生命です。今日も『仏説・正心法語』の全編読誦を通して
仏の生命を日々、心の糧として、主からいただく奇跡の一日一日を大切に生きてまいりましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
「三宝というのは、三つの宝と書いてあります。三つの宝とは何であるか。「仏宝」「法宝」「僧宝」―この三つが三宝である、と言われています。なぜ宝であるかというと、これは世を照らす光だからです。世の人々を救う光、そういう尊いものであるという意味において、これが三宝と言われているのです。
参考経典【大川隆法 『三法帰依とは何か』】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇三宝は「仏・法・僧」の順に尊い
さて、「仏・法・僧」は、この順に尊いと言われています。
仏は教えを説いている者なので、自分の説いた教えによって縛られて、何もできなくなるようなものであってはならないわけです。・・・
しかし、「仏・法・僧」については、この順で行けば、仏が法を説いている間は、仏のほうが優先になるわけです。すなわち、仏はその法を発展させたり改変させたりしながら、信かさせていくことが許されているといえます。
ただし、仏がこの世を去るときには、もはや法は変えられなくなるので、説かれた教えを固めていかなければいけません。そのため、仏典結集によって教えを固める必要があり、それは弟子の仕事となるわけです。その後「教えに基づいて判断する」ということになります。
【大川隆法『本物の信仰』第一章「三宝帰依について」より】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「法を聴き、支え、伝える人たち」が僧団
そして、「法を聴き、支え、伝える人たち」がいなければ、その法は伝わりません。
「人が一人もいない森で木が倒れたとき、その音がするか、しないか」という、禅の公案があります。
「人が一人もいなかったら、音はしない」という人もいますし、「人がいなくても、音は立っている」という人もいますが、法に関しては、少なくとも、「それを聴き、理解し、語る人」がいなければ、その法は、あったとしても、知られないままで終わってしまいます。
そのため、「僧団」が必要になってくるわけです。
【大川隆法『本物の信仰』第二章「本物の信仰」より】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
このように、私たち幸福の科学のメンバーが生命より大事にしている三つの宝【三宝】とは
【一番目の宝】仏=主エル・カンターレ
【二番目の宝】法=主エル・カンターレの説く教え
【三番目の宝】僧=幸福の科学・主エル・カンターレを信じ、主の教えを学び、弘め、護持する集団
純粋な信仰においては、何をさておき三宝に対する帰依の心が大切です。
「帰依」とは、すべてをなげうって信仰するという(帰命する)という意味があります。
三宝帰依が信仰の大前提です。そして三宝は、仏・法・僧の順番に尊いということを知ることもとても重要です。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
続いて経典『永遠の仏陀』より、仏弟子の使命について学びます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇僧団の仕事
我がこの地に降り、仏陀の悟りを得て、
法を説きはじめてから刊行されたる、
仏法真理の書籍の群れを見よ。
これは宝の山であるのだ。
このように、宝の山が積まれているというのに、
それに気づかぬ人の多きことよ。
目はあって、なきがごとし。
耳はあって、なきがごとし。
手はあって、なきがごとし。
ああ、愚かなる人々よ。
仏法真理の宝の山が、
いま、この時代に、天より降り注いで、
どこででも手に入れることができるというのに、
それを知らないでいるとは。
地に生きたる、幾億、幾十億の人々が、
一行の仏法真理も知ることなくして、
この地上を去るということは、
耐え難い悲しみである。
仏陀として、
この世に生命(せいめい)をうけ、教えを説いておりながら、
その一行の仏法真理をも、
同時代に生くる人々に、
分け与えることができなかったとするならば、
これは海よりも深い悲しみである。
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
これこそが僧団の仕事であるのだ。
おまえたちは、すでに学んでいるはずだ。
仏法真理を学ぶには、三宝帰依の姿勢が大事であると。
三宝とは、仏(ぶつ)・法(ほう)・僧(そう)である。
仏(ぶつ)とは、仏(ほとけ)、現成(げんじょう)せる仏陀を指す。
法とは、これ、仏陀の説く教えをいう。
そして、僧とは、
この仏法真理を弘めんとする、
地上につくられたる、弟子たちの集団をいうのだ。
これほどの宝が、天より振り注ぎ、
そして、山と積まれているにもかかわらず、
同時代に生きる人々に、
その一行の仏法真理も気づかせることなくして、
この地上を去らせることになるとするならば、
そこに、僧たちの使命はないと言わざるをえない。
【大川隆法『永遠の仏陀』第三章「不滅の力」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■□■□■□■
。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
■□■□■□
E-mail:ise@sibu.irh.jp
□■□■□
https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
文責:蒲原宏史
■

