88 子育ては、目玉焼きにも似て、焦がし過ぎても、生過ぎてもいけない。
89 後継者養成は一番難しい。何人か用意することも、間引くことも重要だ。
【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
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4月21日は主の伊勢支部御巡錫記念日です。2013年4月21日大川隆法総裁先生が伊勢支部に御巡錫されて御法話『信仰心と国を愛する心について』を賜りました。この御法話は経典『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』の第一章に所収されています。経典をお持ちでない方は支部や精舎、書店にてぜひとも拝受ください。【1800円(税抜)】
この聖なる日に向けて、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
ここからは、伊勢支部御巡錫御法話―『信仰心と国を愛する心について』法話後の質疑応答を振り返ります。そののち、『仏説・正心法語』をともに読んでまいります。私たち伊勢支部信者にとってはとても大切な経典ですので、お持ちでない方は、是非いただいてください。【税抜1800円】
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■『日本建国の原点』第4章「質疑応答」
〇神道に従事する人々へのメッセージ
【質問】
伊勢では、神道に従事する神職の方々や神道を旨とする人々も多くいますが、そうした方々に、エル・カンターレ信仰へとつながるよきメッセージを頂けたらと思います。
(前回からの続き)
〇古代の日本では宇宙との交流があった?
なお、奈良時代以前の古代に関しては、埴派(はにわ)と古墳以外は何もないと思っている人も多いかもしれませんが、「実際は、高度な文化があった」ということを、いずれ何らかのかたちで証明できるのではないかと思っています。古代には、そうとう優れた神々が来ているのです。【※その後、『天御祖神』が日本民族の始祖として、3万年前にアンドロメダ銀河から20万という船団と共に、日本に降臨してさまざまな教えを遺したことが説かれます】
例えば、天照大神に関する話のなかでも、「天磐船(あめのいわふね)が降りてきた」という、実に興味深い記述が文書に出てきます。これは、「UFO」と見てもいいような不思議な書き方で、当会のように、「宇宙人リーディング」をしていると非常に興味をそそられますが、「かつての日本では、宇宙との交流をしていた時期もあったのではないか」と思われる面があるわけです。そうした「ミステリー」を考えると、いろいろと出てきそうで、実に面白いところがあると思います。
少なくとも、いま、常識として固まった考えを引っ繰り返していかなければ、未知の部分を次々と開拓していくことはできません。私は、未知なるものや疑いを持たれているものを、一つひとつ蓋(ふた)を開けて調べていくことこそ、「科学」だと思っています。つまり、「幸福の科学」の名前に偽りがあるわけではなくて、本当に「科学」であると思っているのです。
やはり、「霊界を見たことがないから信じないし、調べもしないし、嘘だと思う」というのは、科学的態度ではないでしょう。「未知なるものは、しっかりと調べる。神が本当に存在するかどうかを調べていく」ということも「科学」であり、決して恥じることはありません。
【大川隆法『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』第四章「質疑応答」より抜粋】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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第5章 無我観の効用
5 無我で注意すべき点
②相手の我を増長させてはならない
そして、無我観で、もう一つ忘れてはならない観点があると思うのです。
サンガのなかにあって、お互いに理解し合える仏法真理の仲間たちにとっては、無我の教えによって、自分自身の欲を抑えて人のために生きるということで、理想的な世界ができます。しかし、まだこの中に入っていない人、仏法真理についてまったく無知な人に対しては、ともすれば危険なこともありますから、これを知っておく必要があるのです。
自分自身は無我なのですが、それが相手の我を増長させるようなことになってはなりません。この種の誤りは時々起きるように思います。
仏法真理を知っている者どうしであったら、よくわかり合え、お互いに与え合う素晴らしい世界ができるのですが、羊の世界に猿が入ってきた場合には、まったく仏法真理に無知な人、あるいは仏法真理とまったく逆の考え方をしている人、地獄的な発想をしている人が、そういう無我の人を見ると、非常にお人好しで騙しやすく見えることがあるのです。
そのように、人を利用しようとか騙そうとか、あるいはその人から奪い取ろうという人に対して、その無我の気持ちが、逆に彼らの欲を増長させ、火に油を注ぐようなことになってはならないということを、よくよく知っていただきたいのです。
これは知恵のところなのです。苦しみを増大させるのが智慧であるはずがありません。罪を減らすことが智慧のはずです。
ですから、現に罪を犯しつつある罪深い人あるいは罪をこれからおかしそうな人に対して、その罪が増大する、あるいはその悪しきカルマが増大する方向にその人を増長させることは、智慧であるはずがありません。その人が間違いを犯さないようにする必要があります。
その方法は二つです。一つは、やはり隙をつくらないことです。
天国的な与える愛の世界、無我の世界に生きているということが、相手の欲を増長させないように気をつけなければいけない。利己心を強く持って来ている人に対しては、今がその時期でないと思うときには、やはり一定の距離をとるということが大事です。
「私たちは羊の群れですよ」と言って、羊の群れのなかに狼を引き入れることは、いいことではありません。やはり一定の距離をとって、用心をしなければいけないことがあります。これは決して我欲ではいりません。「有我(うが)」でもありません。大事な智慧なのです。
それから、もう一つの方法は、逆に相手が少しずつ目覚めてきていると思うときには、相手に合った指導を少しずつしていくことです。少しずつ少しずつ、指導していくことが大事です。
【大川隆法『心の挑戦』第5章「無我観の効用」より抜粋】
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さて、
このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれています。また、信仰についてさらに重要な経典が『本物の信仰』です。これらは「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。お持ちでない方は、絶対にいただいてください。お勧めしています。
さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第二の経文である『菩提心の言葉「修行の誓い」』についてです。
『正心法語』を読んだあとに、私たちが読む経文がこの「菩提心の言葉『修行の誓い』」です。私たちは、この経文を毎日読むことによって、三宝帰依の精神を日々新たにして、信仰の原点に立ち返ることができます。
私は、個人的に「菩提心の言葉『修行の誓い』」は「第二の降魔経でもある」と認識して毎日謹んで読誦しています。悪魔や悪霊、不成仏霊にとって一番苦手なのが三宝帰依や仏への信仰心、そして仏への精進の誓いだからです。また、いろいろなお祈りを毎日捧げている中で、仏から霊指導を頂くうえで最も大切なことは、「信仰心」である点においても、「菩提心の言葉『修行の誓い』」は個人的にもよく読誦する経文です。
それでは、『菩提心の言葉「修行の誓い」』の全文をご紹介したのち、解説を加えます。
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「三宝というのは、三つの宝と書いてあります。三つの宝とは何であるか。「仏宝」「法宝」「僧宝」―この三つが三宝である、と言われています。なぜ宝であるかというと、これは世を照らす光だからです。世の人々を救う光、そういう尊いものであるという意味において、これが三宝と言われているのです。
参考経典【大川隆法 『三法帰依とは何か』】
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菩提心の言葉『修行の誓い』
仏弟子 ここに 集えるは
三宝帰依を 誓うため
三宝 すなわち 仏・法・僧
仏とは 仏 仏陀なり
法とは 仏の 教えなり
僧とは 仏の 御弟子なり
仏陀ありてこそ 法はあり
法ありてこそ 僧団(さんが)あり
僧団(さんが)は 理想の 担い手なり
仏国土への 導きなり
仏弟子 ここに 誓えるは
三宝を 篤く 敬いて
帰依の心を 示すため
仏・法・僧は 光なり
心を 照らす 鏡なり
帰依は 仏を 頼りとし
法の 力を 信ずるなり
僧団(さんが)の 規律を 守るなり
われら 仏陀の 教団は
三宝帰依を 最初とし
三宝帰依を 守り抜き
永遠なる 誓いと するものなり
ああ
生命は 永遠なり
仏陀と ともに 永遠なり
仏陀と ともに 下生して
久遠の 法を 伝えるなり
地上を 去りても 永遠に
仏陀の 法を 学ぶなり
師弟の 契りは 永遠に
来来世まで 続くなり
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菩提心の言葉『修行の誓い』は英語経文ではこのように訳されています。
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■Words of Aspiration for Enlightenment■
―The Pledge of Discipline―
We, Buddha’s disciples, have gathered here
To pledge our devotion
To the Three Treasures
The Three Treasures are Buddha
Dharma and Sangha
Buddha is the Enlightened One
Dharma is Buddha’s teachings
Sangha is a group of Buddha’s disciples
Only when there is Buddha
Can there be Dharma
Only when there is Dharma
Can there be Sangha
Sangha is the vehicle of our ideals
The guide to the Land of Buddha
We, Buddha’ disciples. Have so pledged
To sincerely respect the Three Treasures
And to show our true devotion
Buddha, Dharma and Sangha are the light
The mirror that reflects in our minds
Devotion is trusting in Buddha
Believing in the power of Dharma
And following the ways of Sangha
We, In Buddha’s order
Begin with devotion to the Three Treasures
Abide by this devotion the end
And embrace it as an eternal pledge
O, life is eternal
With Buddha, our life is eternal
With Buddha we descend to earth
And convey to others the eternal law
We will continue to learn Buddha’s law
For ever
Even when we have left this earth
The bond between master and disciple
Lives on for ever
Through all our future lives

