72 「オタク」と「プロ」との違いは、世間の「信頼感」である。
76 民主主義は厳しい制度だ。現状維持即脱落だ。
【大川隆法 箴言集『人生への言葉』より抜粋】
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
7/5(日)~7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、仏教精神に立ち返るべく、教典『大悟の法』から第三章の「仕事能力と悟り」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、法シリーズ七巻目の本書において「仏教の根本命題である「上求菩提・下化衆生」の一念を、この書に託した渾身の一冊として仏弟子に開示いただいています。神秘性と合理性、仏陀とヘルメスの併せ持つ力を日々の救世活動に生かし、「上求菩提・下化衆生」の両輪で、主の御手足としての使命を果たすために、しっかりと学んでまいります。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き2000円】
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■『大悟の法』第3章「仕事能力と悟り」
2禅宗の悟り―神秀と慧能
〇南の頓悟禅、北の漸悟禅
そのあと、弘忍の寺では、先生が全然、説法に出てこないので、弟子たちは、「おかしい。何かあったのではないか」と思い、弘忍の所へ行きます。すると、弘忍は、「わしは、もう引退した」と言うのです。弟子たちが、「引退したとは、どういうことですか」と訊くと、弘忍は、「衣鉢(えはつ)は、もう慧能に譲った」と言うわけです。
それで、「これは大変だ。あの米つき男が衣鉢を持って逃げた。神秀は跡を継ぐべきものを、米つき男に衣鉢を譲ってしまったとは、先生はぼけたのに違いない。これは許せない」ということで、弟子たちは慧能の跡を追いました。弟子のなかに、かつて将軍をしていた慧明という人がいて、衣鉢を取り戻しに行ったのです。ところが、逆に折伏されてしまい、取り戻せませんでした。
しかし、慧能は師の弘忍から、「南へ行って、二十年ぐらい、山の中に潜んでおれ」と言われていたので、しばらくは世に出られませんでした。これについては諸説あって、「十五年ぐらい潜んでいた」という説もあります。(師から言われたのも、実際に潜んでいたのも、三年説、五年説あり)。逃げたときが二十四歳ぐらいなので、四十歳ぐらいの年齢になって、やっと出てきたわけです。そして、以後、南宗禅が始まるのです。
一方、神秀のほうも、その後、北宗禅として非常に栄え、則天武后(そくてんぶこう)など三帝の尊敬を受け、「大通禅師」という諡号(しごう)まで賜りました。ただ、普寂(ふじゃく)、義福(ぎふく)という大物を出したものの、後がそれほど続きませんでした。【※神秀は空海に唐での留学の途上で、華厳学を伝えています。華厳学は奈良の東大寺を中心に学びが広がりました】
そのようにして、「南頓北漸(なんとんほくぜん)」「南の頓悟禅、北の漸悟禅」というかたちになったわけですが、その後、南のほうが強くなり、頓悟禅が中国禅の主流になりました。そのため、日本に伝わってきたのは、みな頓悟禅のほうなのです。
【※頓(とん)=時を移さずその場で。立ちどころに。とみに。臨機に。「頓智(とんち)・頓才・頓死」特に仏教で、修行の階梯(かいてい)を経ずただちに悟りを開くことに言う。
漸(ぜん)=だんだんに進むこと。度合がしだいに加わって進むこと。特に仏教で、程度の低い教えから程度の高い教えへと漸次に導いていくもの。】
【大川隆法『大悟の法』第三章「仕事能力と悟り」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』の前に、「お釈迦様の八正道」を共に学んでまいります。復刻版で経典『真説・八正道』が再販されていますか、これは、主が現代の時代に合わせて再整理されたものです。その意味では八正道の現代応用ともいえる尊い経典なのですが、これを学ぶ前段階として仏教オリジナルの八正道を共に学んでまいりたいと考えています。
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〇正念―正定―正信から正念までの点検作業
八番目に「正定」―正しく定に入るということがあります。
正定とは、もともとは座禅そのものを指します。確かに、日常生活のなかで、電話をかけたり、人と話したり、事務仕事をしていたりすると、この三次元世界から心を遊離させていくことが非常に難しいのです。
その意味で、部屋の中でも別なところでも結構ですが、外部から邪魔されない環境において、自分の独りの静かな時間をとって、澄みきった湖水を通して湖底の貝殻や小石を眺めるように、自分自身を静かに眺めていく必要があります。座禅のポーズそのものに、それほどこだわる必要はありませんが、静かな瞑想的な時間をとって、正信・正見・正思・正語・正業・正命・・・と点検していきます。この点検作業そのものが、実は正定になっていくのです。
これをずっと行っていくことにより、だんだん禅定が深くなってきて、心が三次元から遊離してくるようになります。そうすると、心の中のモヤモヤ、イライラといったものから離れることができるようになります。また、悪霊波動からも離れることが可能になってきます。心が非常に落ち着いて、精妙な気分になってきます。
そのときに、身体が温かくなって、何ともいえない幸福感が満ちてきます。この幸福感は、この世的な幸福感とは取り替えることができないものです。このしみじみとした悟りの幸福感、悦び、魂の自由さ―これは、この世的に値打ちがあるといわれる他の何物にも替えがたいものなのです。
この正定の体験をすることによって、人は実在世界との交流をすることが可能になり、本来の自己のあり方というものを知るようになっていきます。
かくして、正見から正定までがつながってくるわけです。
もともと八正道は、正しい宗教的信条に基づく見解を持って、「ものごとを見る」「考える」「語る」「行為をなす」「生活をする」「精進(努力)をする」「精神の統一をなす」「静かに瞑想状態に入る」ということをしていきます。・・・
「解脱」とは、この世的なる束縛、軛(くびき)から離れることです。それによって解脱します。解脱によって得られる境地が、「涅槃」の境地です。解脱による涅槃の境地は、自由自在の境地、生きながらにして実在界に遊ぶ境地です。
すなわち、この世は間違いが非常に多いですから、間違った価値観・行為観・道徳観によって、人々は動いています。八正道とは、これを正して、実在界の心が我が心とした自分を取り戻す修法なのです。
ですから、正見から正定までの論理プロセスをたどっていくなかで、自分自身の心の垢を落としていき、本来の自己を確認し、人生観を深めていくことによって、八正道の最終目標である。十正道の最後の「正解脱」―正しい解脱に到ることができるということです。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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それでは、続いて、別の経典『釈迦の本心』から八正道の「正定」についての主の解説をご覧いただきます。
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〇正定
最後に、「ただしく定に入る」ということを簡単に説明しておきましょう。
結局、これは宗教の根本にかかわるものなのです。すなわち、「どのようにして精神統一をするか。いかにして、異次元世界にある高級諸霊や、その奥にある仏の心を感じ取るか。いかにして、仏の心と自分の心とを同通させるか」ということに関係しているのです。
「正定」の部分を通過しなくては、ほんとうの意味で「精神的に目覚めた」とは言えません。また、本当の意味で「世界を実感した」とも言いかねるのです。
人間は、自分の過去世や未来世を知ることはなかなかできません。しかし、正しく定に入ることによって、高級霊たちの感応を得て、みずからの心の偉大さに気づいたときには、一つの大いなる体験をするようになります。
結局、正定の最終目的は、真実の智慧の獲得と、智慧の力による、この世的な束縛からの解脱にあります。
正定のもう一つの目的は、自己の内部を掘り下げていくことです。自己をどこまでも深く掘り下げていくことによって、内なる守護・指導霊たちと交流できるような境地に達するのです。
知識というものは、霊的な裏打ち、仏法真理の裏打ちが無ければ、本当のものとは言えません。それゆえ、さまざまなことを知的に学んできた人であっても、正定をともなわなければ、人格が完成することはありません。また、霊的に偉大に人間となることもありえないのです。
一方、必ずしも宗教に没頭した人でなくても、偉人といわれる人は、みずからの心を見つめるための時間を、どこかでとっていたことが多いのです。ある人は散歩、ある人は思索というように、なんらかのかたちで正定に入っています。それは、大宇宙の遍満するエネルギーと交流していたということなのです。
正定に至って初めて、人間の可能性は無限となるのです。生きている人間の知力には限界がありますが、正定に至るとその限界は突破され、全宇宙の叡智を自分のものとすることができるようになっていきます。
それゆえ、正定に基づく反省の観点は、結局、「宇宙的自己、宇宙の一員としての自己、仏の創られた世界の一部としての自己を、どれほど確認しえたか」というものとなるのです。正定まで至って初めて、みなさんの修業も完成に至ると言えます。
「正見」「正思」「正語」「正業」「正命」「正念」「正定」のすべてが完成されたときには、すくなくとも阿羅漢の境地に達することができます。そして、次なる行動の段階において、菩薩へと進化していくことが可能となるのです。
そうした修行方法として、また、希望の原理、進化の原則として、八正道があるということをしていただきたいと思います。
【大川隆法『釈迦の本心』第2章「八正道の発見」より抜粋】
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正定とはもともと、禅定のことであり、
『結局、これは宗教の根本にかかわるものなのです。すなわち、「どのようにして精神統一をするか。いかにして、異次元世界にある高級諸霊や、その奥にある仏の心を感じ取るか。いかにして、仏の心と自分の心とを同通させるか」ということに関係しているのです』
と教えていただき、禅定における正定の要諦を学びました。これは、知識ではなく、日々の実修にて身につくものです。これを修慧(しゅうえ)といいます。反省・瞑想・祈りの正定にかかわるものはすべて修慧です。
禅定は、心静かに「正信」から「正念」までを振り返ることが基本であることを教えていただきました。そして、正しく禅定に入り「八正道」の修法を繰り返し実践した上に現れるのが、魂を束縛する地上世界の軛を断ち切り、本来の姿に調和され、心が平和となり、自由自在となることでした。そこには一切の苦しみがなく、安らぎだけの境地になります。これが仏教で有名な「涅槃」の境地であり、「解脱」した結果現れる心の姿であることを学びました。
このような体験を私はまだ、したことがありませんが、皆様とともに八正道の実践を習慣にできるようにともに頑張りたいと思います。八正道は、中道の道です。中道の道からあらゆる善きもの、正しいものが生まれます。それが仏の御心そのものだからです。「正しき心の探究」心の探求を通して、ともに「四諦・八正道」の道を歩んでまいりましょう。人生の問題集を解く鍵が必ずあります。
禅定の基本は、経典『沈黙の仏陀』にて、「五停心観」が説かれていますので、ぜひお手に取ってごらんください。詳しく学びたい方は精舎限定経典『「五停心観」講義』に詳しい解説がございますので、ぜひご拝受ください。
禅定の応用編として、主より「四禅定」をいただいていますが、経典『大川隆法
東京ドーム講演集』の第三章に収められています。ぜひ経典をお求めください。そして、
ありがたいことに、この奇跡の御法話を頂けるようになりました。これは人類の宝であると断言できます。
2022年には御生誕祭記念CD・DVDとして『イニシエーション秘義伝授』を賜りました。
本気で、悟りを得たいと考える方は是非とも全国の精舎からご拝受ください。
幸福の科学で教える「人生の問題集」の解き方の基本は、「四諦・八正道」の一言に尽きます。人生の諸問題を解決するプロセスには4つあります。それが「苦・集・滅・道」の四聖諦です。そこで示された解脱(滅諦)への道、つまり悟りへの道とは「八正道」による中道の道です。「八正道」は主からいただく光―法力にバランスを与えてくれます。八正道こそが仏教の奥義にあたる修法です。修慧は、知識(聞慧)や、考えを深める(思慧)を習慣化すること(修慧)によって得られる法力です。繰り返し習慣化できるまで共に粘り強く頑張りましょう。
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第2章「無常の風」
本書では、日本の宗教の現状と、宗教のあるべき姿、これからの在り方というものを随想風に捉えてゆきたいと考えているわけですが、この章では、「無常」ということについて述べてみたいと思います。
無常というと、現代の日本人なら、
昔の『平家物語』にあるような、合戦のあとの滅びてゆく姿のようなことをすぐ思い浮かべるかもしれません。しかし、それも無常は無常ですけれども、無常ということは、実は私たち一人ひとりに当てはまることでもあるし、私たちをとり巻く万象万物に対しても当てはまることなのです。
たとえば木を見ても、春には芽吹き、葉を伸ばし、花を咲かせ、夏には茂り、秋には紅葉し、冬には散ってゆきます。一年の周期でもそうなります。
人間は一年の周期で変化してゆくことはありませんが、数十年の人生のなかでは、やはりこの四季の移り変わりに応じた姿を現わすように思います。芽を吹くときがあり、成長するときがあり、繁栄するときがあり、衰えてゆくときがあり、そして消えてゆくときがある。大きく見れば、「生・老・病・死」ということになりましょうし、もっと小さな範囲で見れば、いろいろと人生の山や谷があります。
生命としては、「生・老・病・死」という一生の一サイクルですが、人生のなかでの事業とか学業とか結婚とかいろいろなところで見ると、やはり小さなサイクルでの発生・成長・繁栄・衰退というサイクルをその内にもっているように思うのです。
私が言いたいのはこういうことなのです。人間とは何かを考える際には、まず現に目の前に広がっているこの世界をよく見て、そして現実を現実として観察することが大事です。そして、現実を支配する法則そのものを変えることができないならば、その法則を法則と認めたうえで、自分のよりよき生き方とはいったい何であるかということを知ることが大事だと思うのです。
草花にも春夏秋冬による移り変わりがあるように、動物たちにもまた短いながら生命の「生・老・病・死」が来ます。医学の進歩によって寿命は長くなってきましたけれども、それでも百年以上生きる人は、古来、稀であるわけです。
そして、人が死んでゆくということが悪かといえば、必ずしもそうではありません。もし、この地上で生命を永遠に長らえることができるとするならば、おそらく子孫を残してゆくという行為自体が不必要となるでしょう。子供ができ、孫ができ、彼らの時代が来るときに、美しく老い、消えてゆくこともまた愛であるし、よろこびでもあるのです。
【大川隆法『宗教の挑戦』第2章「無常の風」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史
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