7 仏教では、地獄も、仏法真理、因果の理法が張り巡らされていると考えるのだ。
8 善因善果、悪因悪果は、この世で実現するほうがよい。それが完結しない世の中となると、地獄界が増大する。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。
三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。
そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。
引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
われらの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
われらを真なる幸福へと導きたまえ。』
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はじめに、今日の一日を振り返りつつ、一日一生の精神をあらたにすべく、『天御祖神 武士道を語る―現代に求められる真実の死生観』の教えを確認します。とても大切な教えですので、教典をお持ちでない方は、支部・精舎・全国の書店にてお求めください。【税抜1700円】
―今日、命がなくなったとして、おまえはそれで満足できるかどうか」ということを、日々、自らに問うということだな。そういう生き方をしなさいということだ。―天御祖神
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■『天御祖神 武士道を語る』
三、神仏と一体となって生きる
〇正義のために身命を賭してバルチック艦隊を破った東郷平八郎の不退転の決意
天御祖神 “東郷平八郎”についても語られたが、
あの当時に、日露戦争で、
敵は、十倍の国力を持ち、軍事力も十倍はあった。
そして、世界最強と言われるバルチック艦隊が来たときに、
本当に世紀末の感覚で、「日本は滅びるだろう」と、
「植民地になってしまうだろう」という。
大方の見方はそうであったなか、
東洋の小国が、ヨーロッパでも勝てる相手がない、
そういうロシアのバルチック艦隊を、「撃滅する」と。
「一隻たりとも逃すな」ということで、「撃って撃って撃ちまくれ」と。
「自分たちが全部沈んでも構わない。
けれども、敵の最期の一隻まで沈めよ」
という精神でぶち当たった。
この精神があったからこそ、勝てたところがある。
科学的に研究したり、日々の鍛錬をやったことは
当然のことだけれども、
この不退転の決意があったからこそ勝てたところはあって、
それが日本の興隆には大きく役に立ったと思う。
これを悪く言う人もいると思う。
結果だけ見れば、
「大勢の人が死んで、艦船が沈んだだけじゃないか」と、
「戦争は悪だ」
と言う人もいるかもしれないけれども、
では、もう、今の日本と同じ状況で、
「『戦争は悪で、戦ってはいけない』
というようなことを憲法に書いてあるから」と、
バルチック艦隊をそのままウラジオストックに入れていたら
どうなったかというと、
「制海権を採られて、
日本の船が海外との貿易もできなくなって、
次は占領された」
ということは、ほぼ間違いないのではないかと思う。
シベリア鉄道から兵員を送られて、
バルチック艦隊に砲撃を受けて都市部がやられ、
さらには軍事的に支配されて、
日本は、昔のイスラエルのように奴隷に様な生活を
もう百年以上やっていた可能性もあるわけで。
もし、そうした”イフ”を外すために、
身命を賭してたかってくれたのなら、
それは神になるだけの資格があると思うな。
質問者A 例えば、東郷さんであれば、最期に割腹自殺をしたり相手の剣に倒れるということなどで死んではいない。人生を全うされたけれども、その精神を見ていると、「やはり武士だな」という感じは、すごく強い気はするのです。
天御祖神 正義を一つ、通しているので。
質問者A そうですね。
天御祖神 国際法に則って勝っているところもある。
相手が白旗を揚げても、
「国際法上は(その場で)停止しなければいけないのに、停止しないで
白旗を揚げながら逃げようとしていること」
に対しては許さないで、砲撃を続けたりとか。
(東郷は)国際法というのを勉強していたから、
そうした正義の面も一部は入っているけれども、
あと、誰からも非難されない態度でやっているし、
降伏した敵に対しては暖かい手を差し伸べて、
それを病院に運んで見舞ったりもしている。
こういうところが
「使命として自分の仕事を果たしている」のであって、
「個人的な復讐とか憎しみのためにやっているわけではない」
ということはもう、はっきりとしているところはあるね。
質問者A そうですね。
天御祖神 また、「自分の利得のためにやっているものでない」ことも明らかすぎる。
質問者A もう明らかすぎます。
先ほどおっしゃった、一番重要なポイントとして、やはり「神仏を信じて、神仏に向かって生きていこうとするからこそ、逆に、死をも恐れない」というか、そういう精神が出来上がってくる。「神の正義のために、人生を生き切る」というところが、武士としては一番外してはいけないポイントだというとですね。
【大川隆法『天御祖神 武士道を語る』より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『新・心の探究』より反省の原点である「心の浄化」について学びます。心を清浄にして妖怪性から脱却しましょう。
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■心の浄化
3 正見・正語について
まず、正しく見るという作業があります。正しく見るということは、いちばん分かりやすいことは、他人の姿、そのあり方について正しく見たかどうか。また、自分自身のあり方、この今日一日に対して正しく見たかどうか。また、他人と自分だけではなく、自分の生きている生活環境に起きるさまざまな出来事をはたして正しく見たかどうか。そういうふうな正しい見方というものを、一日の反省としてゆくという方法があります。
またその次には、正しく語ったかという基準があります。正語といわれる基準です。この正語は、結局、「人々が傷つくのは言葉によることが多い。それゆえ、自分も知らず知らずのうちに加害者になっていることがある。こういうことを反省しなければならない」ということです。加害者となる、その言葉を発した方は、意外に自分はその事実に気がついていないことが多いのです。しかし、そうした厳しい言葉、批判の言葉、憎しみの言葉、怒りの言葉をぶつけられた当人にとってみれば、それは一生の深手ともなりかねません。そうした人の幸・不幸を左右する言葉です。
したがって、どのような言葉を発するかということは大切なことです。人を不幸にする原因の一番多いのがこの言葉であるとするならば、人を幸福にする原因としてもこの言葉は大事です。他人から褒められれば人間はうれしいのです。そして、お金や物をくれなくても、心から感謝の言葉をもらったり、ほめる言葉をもらうと、勇気が湧いて来るのです。そして、さらに頑張ってゆこうという気力が湧いてくるものです。したがって、ほめ言葉も大事です。
この意味で、言葉を正しく語ったかどうかを反省する基準としては、まず、人を傷つけるような言葉、穢(けが)すような言葉、苦しめるような言葉をはかなかったかどうか、一日の自分を反省する必要があります。そしてそうしたことを十分に反省したあと、次は積極的反省の方法の一つとして、今度は人を褒めたかどうか。人の美点を伸ばしたかどうか、その人がさらにすばらしい人となるような、そういう言葉を発したかどうか。こういう積極性の反省も必要だと思います。こうして地上が浄化されていく、また、世の中が楽しくなっていくのだと思います。
【大川隆法『新・心の探究』第4章「心の浄化」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第1章「序論」
3反省の出発点とは
〇まず「神仏の創られた世界のなかに生きている自分」を知る
「人間が神仏によって創られ、永遠の目的の下に生きている」という事実は、議論を許さない事実なのです。議論を許さない事実であるからこそ、これは「信じる」以外に手はないのです。信ずるということは、「一躍(いちやく)受け入れる」ということ、「握ってしまう」ということであって、それ以外には許されないわけです。
まず、これを始めることによって一つの契約が生じます。これが西洋的に言えば「神との契約」です。ここから本当に、「学ぶ」ということが始まってくるのです。
私は、幸福の科学において、仏法真理の「探究・学習・伝道」という三段階の方法論を説いていますが、これは決して「自然科学者のような探究」「顕微鏡で細菌を見ているような探究」を言っているのではありません。あるいは、「自分の都合のよいことは信じて、そうでないものは信じない」というようなことを教えているのではないのです。
根本において、まず、確固とした、「神仏の創られた世界のなかに生きているという土台」を認識するところから始まるのであって、そのあと、その神仏の世界のなかにおける、さまざまな仏法真理の探究や学習があるのだということです。「この根本を満たしていない者は、まず、仏法真理探究の世界に入ることは許されない。学ぶことが許されない。学ぶことが許される前提条件は神仏を信じることである」ということを知らなければなりません。
〇「仏法真理の道」に入る人に求められる心構えとは
私は、安っぽい意味において、信仰心を言うつもりはまったくありませんが、今、説いたような意味における信仰心がない人には、「幸福の科学の仏法真理を学んでいる。修行している」などと言っていただきたくないのです。単なる活字の情報として得て、それに目を通しているだけで済むと思ったら大間違いです。「仏法真理の探究」と自認するならば、「そうした確固たる土台の下にそれをなすのである」と、覚悟を決めていただきたいのです。
真実、今、探究者として立とうとしている人は、非常に厳しい立場にあるということを知らなければなりません。それは妥協を許されない立場です。今、私たちは、真に「神仏の姿」を知ろうとしているからです。また、神仏の子である自分自身の本当の姿を知ろうとしているからです。これは、まさしく生死の断崖絶壁の所に立たされているのと同じなのです。
決して”禅宗的なこと”を言うつもりはありませんが、「今、そうした気持ちでなければ、本当の意味で仏法真理を知ることはできない。悟りの道に入ることはできない」ということを言っておきたいのです。
安易な気持ちで、「仏法真理の道」に入ってはなりません。安易な気持ちでこの道に入ろうとする人は、いち早く引き返してください。「本当に仏法真理を学ぶ」という意味において仏弟子になる気がある人は、それだけの覚悟をしていただきたいのです。
そして、「真に神仏を信じる」ということをスタート点として、学習に入っていただきたいと思います。この段階がクリアできない人は、まだ「情報」として仏法真理を学ぶ程度で要でしょう。あるいは、出ている本に目を通すだけでよいでしょう。そうした別な在り方もあると思います。
【大川隆法『真説・八正道』第1章「序論」37p】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第1章 目覚めよ
〇仏陀との誓いを成就せよ
あなたがたは知らねばならない。
仏陀の念いを。
仏陀の願いを。
それは、
この地上に生きている衆生一切を救うということであるのだ。
人々を一人残らず救うことであるのだ。
今世のみならず、来世の人々をも、
また、おくれて地上に生まれてくる人々をも、
救わんとすることが、
仏陀の願いであるのだ。
さすれば、仏弟子たちよ。
あなたがたの使命は、おのずと明らかであろう。
この道を共に歩む以外にないではないか。
その道を歩んでゆくために、
あなたがたには、
あなたがたの糧として、教えが説かれるのだ。
その教えは、あなたがたの魂の糧なのだ。
その教えを食べているかぎり、
あなたがたが道に倒れることはないのだ。
その教えを、魂の肥やしとし、糧として生きてゆくかぎり、
無限の力がわいてくるのだ。
無限の情熱がわいてくるのだ。
仏より流れ出すところの、一切の教えを、学ぼうと誓え。
仏より流れ出すところの、一切の真理を、学びつくそうとせよ。
そうであってこそ、
あなたがたは無限の力を得ることができるのだ。
遠き道を歩んでゆかんとするならば、
この力を身につけよ。
魂の糧を、一つ残らず、食べ尽くすのだ。
そして、永き道のりを、共に歩いてゆくのだ。
あなたがたは、
一切の衆生を済度(さいど)せんとして、
地上に降りたのである。
一切の不幸を地上からなくすために、
この地に、この時代に、生れ落ちたのである。
さすれば、仏陀との誓いを成就せよ。
仏と仏の弟子とが誓いしことは、
必ず成就されるのだ。
目覚めよ、目覚めよ。
強くあれ、強くあれ。
信じよ、信じよ。
道は開ける。
その道を、うまずたゆまず歩いてゆくのだ。
私は、あなたがたと共にある。
私があなたがたを背負って歩いているということを、
忘れてはならない。
【第一章「目覚めよ」完 合掌】
【大川隆法『永遠の仏陀』第一章「目覚めよ」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第1章 菩提樹下の悟り
7 心の調和
こうして、ゴータマは「布施」を受ける決意をしました。そして、毎日、一定の時間、托鉢(たくはつ)に出ることに決めました。居住場所はウルヴェーラの森(といっても、木が涼しい影をつくっているぐらいの林ですが)だったのですが、一日のうち、早朝と夕方の二回、托鉢に出て、人びとの家を回り、心からの布施を遠慮なく受けることにしたのです。
布施を受けることに決めたとたん、ゴータマは心に一つの調和が生じるのを感じました。
それまでは、何ごとも「自分が、自分が」と思い、自分ひとりで解決しようとして、「食べ物の調達であろうが、何であろうが、すべて自分でやるのだ。他人の世話は受けない」と考えていました。
しかし、そうした心は強く締めた琵琶の弦のようなものだと考え、「中ほどでよいのだ。生活能力のない自分であるならば、力まず、見えを張らず、『食欲がない』などと自分をごまかしたりせず、修行者として人びとの布施を乞おう」と決めたのです。
当時のインドでは、「出家者たちに施しをすることは、天の蔵に宝を積むことだ」と言われていたので、信仰深いインドの人びとにとって、布施をすることは一つの習慣であり、功徳を積むための在家修行でもありました。そうした事情もあって、ゴータマは快く布施を受ける決意をし、残りの時間を使って、一生懸命、「悟りを得る」ということに打ち込むことにしたのです。
「自分が、自分が」という気張り、緊張した思いが去ったことによって、自分の顔に一つの余裕が生まれてきたことを、ゴータマは感じました。顔に笑みが戻って来たのです。そして、肋骨が透けて見えるような身体(からだ)にも肉が戻り、次第に力がみなぎってきました。
そして、「いままでの自分が、いかに弱気で消極的であり、否定的な思いに囚(とら)われていたか」ということを知り、また、「生きていくことに余裕が出てくると、いろいろな人のことがよく見えるものだな」ということを感じたのです。
結局、このとき、ゴーダマは次のように思ったのです。
「多くの人びとの生き方を見て、彼らに対して参考になる意見が述べられるような自分となりたい。また、自分自身に対しても的確な判断が下せるようになりたい。
そして、この世界や人生の意味を知り、多くの修行者たちが求めている悟りというものが名何であるかを実感してみたい。悟りたる者としての仏陀とは何か。仏陀の境涯とはいったい何か。それを体得してみたい」
やがてゴータマは旅に出ます。「古い生活と決別し、新たな道を開いていけ」という声が、心のなかから聞こえてきたような気がしたからです。
「布施に頼って生きていく以上、どこにいても困ることはない。いままでは、食するための木の実や草の根があるところで生活していたが、これからは布施を受けて生きていく以上、そうしたことを気にしなくてよいだろう。思うがままに世界を見、思うがままに人の心に触れ、悟りを深めていこう」
こう考えて旅に出たのです。そして何日かたち、ガヤーという町につきました。
【大川隆法『釈迦の本心』第1章「菩提樹下の悟り」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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2 置き去りにしてきた記憶を想起しよう。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

