78 魂の修行場としての三次元地球を護るためには、神仏は、神罰、仏罰を与えることもある。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
8月23日(日)は13時より全国仏法真理学検定試験です。
本試験は、一年に一回、エル・カンターレ信仰を深め、
仏法真理の知識をどこまで獲得できたか、自らの精進を確認するためのものです。「正しき心の探究」を具体化するための仏法真理の学習によって、主の法に基づいた救世活動を展開するための基礎力を身に着けることができます。こうした水面下の努力を継続していくことが
、光あふれる伝道へとつながっていきます 。これを機会に、いっそう教学を深め、 仏法真理を自らの魂の糧とし、
伝道力の向上につなげてまいりましょう。
根本仏が下生された時代に生まれ、数多くの法を学べること自体が奇跡です。一冊一冊 、
丁寧に仏法真理を学び、信仰・伝道・植福における異次元パワーを引いてまいりましょう。
8月30日(日)音楽祭「響感2025―主なる神を愛する―」が名古屋正心館を本会場に全国の支部・拠点にて14時より衛星中継されます。
今回の音楽祭では、映画『影を売る女』公開前のお誘い・伝道の機会として、映画の内容がより深まる「本当の成功とは何か」について、映画のメインテーマ・挿入歌や、楽曲「主なる神を讃える歌」「天御祖神の夢」「夢人間」「遥かなる異邦人」等を中心に、主の楽曲歌唱・経典の朗読等を交えてお届けいたします。
主なる神は、全ての人を愛しています。その愛のために生まれた美しい天上の界の調べを是非、ご体感下さい。皆様のご来館をお待ち申しあげています。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
仏の願いを成就せよ。仏の願いとは、一つだ。一切の衆生を救いたいと念う心であり、縁ありて集いたる一切の衆生に、仏法真理を学び尽くしてほしいという願いなのだ。
この宝の山を、ごちそうの山を、一人ひとりに届けたいということなのだ。これが仏の本願である。この本願を遂行することが、弟子としての最高の使命である
。
【『 永遠の仏陀 』第3章 より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
8月に入り、お盆という霊的な季節を迎えるにあたり、皆様とともに「永遠の生命」についてともに考える機会を持ちたいと思います。経典『復活の法』第4章「因果応報」を学びます。この法話の英語タイトルは「As
You Sow, So Shall You Reap【蒔いた種は、刈り取らねばならない】」となっています。
経典『復活の法』をお持ちでない方は、全国の書店・支部・精舎で購入可能です。この機会にぜひ拝受ください。【税抜き1800円】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『復活の法』―第4章「因果応報」―人生を「前世・現世・来世」で捉える
2 現世の生き方が来世につながる
○来世以降に宿題を残さないようにする
話を因果の理法に戻すと、釈尊の教えも、基本的に、そういうことなのです。「過去世でのことについては、今世では手が及ばないが、今世のことは、少なくとも来世につながることは確実である。
今世を生きていく過程において、悪い種子を心のなかにまかないようにしよう。悪い種子をまけば、生きているあいだにも、それは育ってくるが、死んだあとであっても、それがなくなることはないのだ。
魂の傾向性として宿題が残り、来世では天国以外のところに行くことになる。
さらに、来来世という、その先の生まれ変わり、もう一回先の生まれ変わりにおいても、その宿題を持って生まれることになる。
今世の何十年かの人生でつくった、魂の強い傾向性、カルマというものは、来世以降も、かなり持ち越すので、そういう宿題を残さないようにしよう。
宿題を残さないようにするには、どうすればよいか。
まず、まく種に気をつけ、悪い種をまかないようしよう。
悪い種をまいてしまったら、次は、それが育たないように努力しよう。
それが育ってしまったときには、今世において刈り取れるものなら、それを刈り取ってしまおう」
このように釈迦は説いたのです。
【大川隆法『復活の法』―第4章「因果応報」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
さて、ここからは、幸福の科学の基本書3部作『黄金の法』を通して、エル・カンターレの歴史観を共に学んでまいります。『黄金の法』は、光の菩薩たちが主の悲願である地上仏国土ユートピア建設のためにどのような活躍をなしたのかを記すものです。神の計画を、光の天使・菩薩たちはどのように実行したのか、その一端を学びます。経典をお持ちでない方は、是非この機会に拝受ください。【税抜2000円】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
『黄金の法』第2章 大地を駆ける
1 唯物論の呪縛
本章では、思想的方面から、真理の探究を進めてゆきたいと思っております。
『開いた社会とその敵』(The Open Society and Its
Enemies,1945)という本があります。二十世紀の哲学者、カール・ポパーという人が書いた本です。ポパーは、このなかで、「プラトンの呪縛」ということを盛んに語っております。そこで、ブラントンの呪縛とはどういうことかを、まず説明しましょう。
原始人たちの、無知蒙昧(むちもうまい)のタブーの社会、精霊信仰の素朴なアニミズムの世界から人間を解放し、明るい合理主義の世の中へと導いたのが、哲学者の本来あるべき姿であった。それにもかかわらず、ギリシャのプラトンは、霊魂信仰や、原始人が考えていたような素朴な魂の転生輪廻説を持ち出して、せっかく日の当たる世界に出てきた人々を、またしても、洞穴のなかに閉じ込め、呪縛してしまったのだ、と。
ポパーは、実証的、合理的、科学的な世界こそが、「開いた世界」であるとしています。ですから、魂のことや、あの世のことを持ち出して、人間を呪縛することは、蒙昧主義(もうまいしゅぎ・オプスクランティスムス)のなかに人間を閉じ込める、いわば、「閉じた社会」の構築にほかならないとしているのです。
カール・ポパーの、この畢生(ひっせい)の大著を書くために費やした膨大な研究時間と、その努力には敬意を惜しみません。しかし、彼の思想は、はっきり言って、間違っています。すなわち、合理主義の名の下に、人間を閉じた世界に導いているのがポパーであり、その逆に、開いた社会へと導いているのがプラトンなのです。
プラトンは、ギリシャに生まれた偉大な光の大指導霊であり、本来、八次元如来界の高級霊なのです。師のソクラテスがそうであったように、プラトンもまた、生きながらにして光子体離脱(幽体離脱)をし、何度も天上界に足を運んで、その様子を実際に見聞しております。彼は、この現象界の背後には、真・善・美の実相の世界、すなわち「イデアの世界」があることを説いていますが、このイデア―理想の世界こそ、高級諸霊の世界なのです。仏教的にいうならば、金剛界とか、胎蔵界とか称されている世界です。
ポパーは、この世での知識と経験によって学んだことでもって、己の哲学を構築しました。しかし、プラトンは、この世―三次元世界のみならず、あの世―四次元以降の世界をも体験したうえで、哲学を構築しているのです。ですから、賢明な読者であるならば、一体どちらが、「開いた社会」について語り、どちらが、「閉じた社会」について述べたのかを推察できるはずです。要するに、人間をこの世だけの存在であると規定する思想は、閉じた社会の哲学なのです。そして、人間はこの世とあの世の領海にまたがって生きる存在だと考える思想こそが、開いた社会の哲学だと言えるのです。
プラトンは、はっきりと、あの世の実在界を知っていたのです。その著『パイドン』のなかに、彼はソクラテスを登場させ、実在界の様子、魂の転生輪廻の仕組みを明確に説明させております。ソクラテスやプラトンたちは、来るべき西欧文明が、知性に彩られた文明になることを見越して、理知的に真理を説いたのです。
ソクラテスにも、逸話がたくさんあります。彼があるところに佇(たたず)んで、一昼夜、動かなかったという話は、現代の哲学研究者たちによって、一体、ソクラテスは何を瞑想していたのだろうか、あれこれ詮索されております。しかし、その答えは、簡単です。つまり、ソクラテスの魂は、肉体を抜け出して、天上界で高級諸霊と談笑していたのです。彼の妻クサンチッペは、今では悪妻の代表のように伝えられていますが、彼女は、現代的な人だったために、ソクラテスのこういった「奇癖」が理解できなかったにすぎません。【ソクラテスは、その後、経済学者のハイエクとして転生しています】
【大川隆法『黄金の法』第2章「大地を駆ける」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとしている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。以下2003年に発刊されました主の著書である、経典『幸福の法』の第四章「幸福の科学入門」を引用しながら、幸福の科学の基本教義を学んでまいります。経典をお持ちでない方は、この機会に拝受ください。【税抜1800円】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇知の原理―知識を実体験に生かし、智慧に変えていく(後半)
そのように、真理知識、仏法真理というもの、教学というものをベースにしながら、それを自分の実体験に生かし、智慧に変えていくことです。
そして、自分自身の智慧になったものは、それでもって人を導くことができます。同じような問題に苦しんでいる人に対して、悟りの言葉を述べ、一転語を与え、立ち直らせることができるようになるのです。
たとえば、自分が離婚で苦しんでいたとします。そこからどうやって立ち直るかについて、真理を学び、経験を積み、考えて考えて考えて、「こうすればよい」ということが分かったとします。そうすると、かつて自分と同じような境遇にある人に遭遇したときに、話をして、その人を支えてあげられるようになります。そういうことがあるのです。
あるいは、「自分は、事業で失敗して苦しんだけれども、その苦しみから、真理の縁によって立ち直った」ということがあれば、同じように事業に失敗して「自殺しようか」などと考えている人たちを、踏みとどまらせることができます。
そういう人たちを自殺から救うのは、お金の知識だけではありません。実業で鍛えられた知識を含めながら真理を学び、霊界の真相や人生の真相を知った人でなければ、実業に失敗して死んでいこうとする人たちを救うことはできないのです。そういう人たちを救うことは、医者にも警察官にもできません。これは、やはり宗教家の使命です。宗教家が必要なのです。
したがって、自分が苦しんだことあっても、その体験が、真理の知識を手に入れたうえで自分自身の光となっていれば、そういう智慧の言葉で人を導くことができます。その意味での学びを勧めているのです。
そのように、真理知識を智慧に変えていくことが大事なのです。
【大川隆法『幸福の法』第4章「幸福の科学入門」 より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
続いて、『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理から」重ねて引用いたします。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇頭の良し悪しを運命論的に捉えてはならない
特に、頭のよし悪しというもは、どうしても、生まれつきのものだと思いがちです。・・・ただ、人生が終わった段階で、今回の人生の点数が出ますが、その点数の評価そのものに関係があるのは、本人の生まれてからあとのことであり、先天的なもの、生まれる前の段階の問題は、それには関係がないのです。生まれたときのスタート点はそれぞれ違うのですが、「そのスタート点から、どこまでがんばったか」というところで評価されるわけです。
スタートラインがそれぞれ違うのは、しかたがなく、必ずしもみんな一緒ではないのですが、そこから、どれだけがんばったかが、今回の人生としての点数なのです。したがって、そのような目で見るべきだと思います。
生れ落ちてからあとは、やはり、努力の面はそうとうあるし、この努力の面を評価するのが縁起の理法です。
さらに、縁起の理法は、典型的には勉強とリンク(連結)しています。勉強というものは、普通は、やればやっただけ、できるようになるものです。・・・
生まれつきというものを考えるのであれば、スタートラインは違うかもしれませんが、結局、「そこから、どの程度まで伸びたのか」という、その伸び率、がんばった量について、人生の点数が出るのです。それ以前の部分は、前回までの人生において関係があるでしょうが、今回の人生においては関係がない部分です。今回の人生においては、そこからがんばった分が評価されるのです。
一つには、そういう思い方をしていただきたいのです。
そして、もう一つには、やはり、「努力に勝る天才なし」と言われるように、「努力するものには勝てない」という面があります。
「頭がよい」と言われる人でも、勉強しないでいると、一年もしないうちに普通の人になってしまいます。単純なものです。人は、よくできるようになるのは大変なのですが、こぼれ落ちるのは実に簡単なのです。それは、生まれつきの頭脳によるのでもなければ、運命論によるのでもありません。・・・したがって、頭のよし悪しを、あまり運命論的な考え方で捉えないほうがよいのです。
それから、頭のよし悪しにも、学校の勉強での頭のよし悪しとは違う、実人生での頭の良し悪しというものがあります。実人生での頭のよし悪しとはなんであるかというと、それは結局、「成功の法則を知っているかどうか」ということです。
成功の法則そのものは、学校で教わるものではありません。・・・成功の法則そのものは、自分自身が実体験して学び取っていくものなのです。
そして、成功法則を学んだ人は、この世的には、結局、「頭がよい」というかたちになります。
〇自分との戦いでは勝つことができる
世の中に、「自分は頭が悪い」と嘆いている人は現にたくさんいますが、結論的に言うと、やはり、他の人との比較においては、最終的な勝者にはなれません。そういう相対論のなかで、他人との比較だけで見た場合には、最終的に勝者にはなれないのです。
そうではなく、自分自身のなかの問題、自分自身の問題として、「自分は、生れ落ちたとき、この程度の頭だったけれども、がんばったら、このくらいできるようになった」という、自分の伸び率のほうを見ることです。
この自分自身との戦い、絶対の戦いにおいては、勝つ可能性は誰もが持っています。・・・自分との戦いにおいては勝つことができるのです。
他の人との戦いだけで行くと、最終的な勝利には、なかなか行きません。また、そこで最終的に勝利した人が、その後、どうなったかを見ると、結局、人生で勝利していないこともよくあります。・・・
したがって、「他人との競争においては、最終的な勝利というものはない」と思ったほうがよいのです。戦いは、結局自分との戦いなのです。
生まれつきの賢愚、「賢いか、愚かか」ということは、ある程度はあると思ったほうがよいでしょう。これは、まったくないと言ったら噓になると思います。まったくないということはなく、やはり、ある程度はあります。
しかし、「自分の、もと持っていた持ち点から見て、こんなに点数を増やしたぞ。こんなに利子がふえたぞ」というところに喜びを見出すべきなのです。「これだけ賢くなった」ということに喜びを見いだせば、失敗もなく、敗北もないのです。
【大川隆法『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
幸福の科学の教えの第二は「知」です。
自分自身の人生の中で、さまざまな苦難困難を乗り越えたことはすべて知恵に変わっていきます。その知恵は、自分の人生での回答であると同時に、同じことで苦労されている方々への福音(いいしらせ)にもなることがよく分かりました。苦労が多い人生には、それだけ価値の高い知恵が人生の果実として収穫できることを意味しています。人生の問題集に答えを出すためには、仏法真理が必要です。
本日の引用で印象的だったのは、知の教えと縁起の理法についての関係です。主よりこのように教えていただきました。
『スタートラインがそれぞれ違うのは、しかたがなく、必ずしもみんな一緒ではないのですが、そこから、どれだけがんばったかが、今回の人生としての点数なのです。したがって、そのような目で見るべきだと思います。
生れ落ちてからあとは、やはり、努力の面はそうとうあるし、この努力の面を評価するのが縁起の理法です』
また、頭の良し悪しについては、縁起の理法を信じて努力することの大切さが強調されています。
『もう一つには、やはり、「努力に勝る天才なし」と言われるように、「努力するものには勝てない」という面があります。
「頭がよい」と言われる人でも、勉強しないでいると、一年もしないうちに普通の人になってしまいます。単純なものです。人は、よくできるようになるのは大変なのですが、こぼれ落ちるのは実に簡単なのです。それは、生まれつきの頭脳によるのでもなければ、運命論によるのでもありません。・・・したがって、頭のよし悪しを、あまり運命論的な考え方で捉えないほうがよいのです。』
そして結果的に、学校で教えない実人生で知を磨くことが成功法則をつかみ結果的に頭のよい人生を送ることができることも学びしまた。
『成功の法則そのものは、学校で教わるものではありません。・・・成功の法則そのものは、自分自身が実体験して学び取っていくものなのです。
そして、成功法則を学んだ人は、この世的には、結局、「頭がよい」というかたちになります』
そして、最終的には、周りの人、他人を敵と見たてて競争するのではなく、最終的には自分自身との戦いに勝利することが大切であることを教えていただきました。自分が戦うべき相手とは、偽我―偽りの自分―自と他を別々ものであると考える自分―です。この世的自分と戦って勝利することがとても重要です。
『世の中に、「自分は頭が悪い」と嘆いている人は現にたくさんいますが、結論的に言うと、やはり、他の人との比較においては、最終的な勝者にはなれません。そういう相対論のなかで、他人との比較だけで見た場合には、最終的に勝者にはなれないのです。・・・
この自分自身との戦い、絶対の戦いにおいては、勝つ可能性は誰もが持っています。・・・自分との戦いにおいては勝つことができるのです。
他の人との戦いだけで行くと、最終的な勝利には、なかなか行きません。また、そこで最終的に勝利した人が、その後、どうなったかを見ると、結局、人生で勝利していないこともよくあります。・・・
したがって、「他人との競争においては、最終的な勝利というものはない」と思ったほうがよいのです。戦いは、結局自分との戦いなのです』
私たちの人生を実り多きものに変えていくためにも、主の教えを知恵として学ぶことが大切です。それ知恵が実人生で生かされた時、知恵が智慧に変わります。この力が人の魂を救済するのであれば、人の人生も決して捨てたものではなく、宝の山であることが分かります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■□■□■□■
。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
■□■□■□
E-mail:ise@sibu.irh.jp
□■□■□
https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
文責:蒲原宏史
■
