(10/4-2) 【阿羅漢への挑戦】277-4『永遠の仏陀』を読む―仏陀の教えありてこそ―「心眼を開く②」4努力して自分を変え、四十歳ごろまでに人格を練ったリンカン―『真説・八正道』人間とはどのような存在か―『釈迦の本心』反省

『永遠の仏陀』を読む

4 この世の机とか、肩書きを取り除いたあなたは、一体何者か。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、教典『心眼を開く』より、霊界の裏側の世界についての学びを深めてまいります。
本経典の霊指導は、天御祖神であると言われています。大切な教えですので、教典をお持ちでない方は是非拝受ください。全国の書店・支部・精舎でお求めいただけます。【税抜1500円】

「やや宗教的な面を強く出し、天狗、仙人、妖怪、妖魔の世界にも言及し、日本で「宗教」と思われているもののなかに、世界宗教としての仏教やキリスト教の奥にある考えとの相違があることを示した。いずれにしても、心の清らかさから、物事の真実を見極める、幸福の科学の立場を説明していると思う。」―「まえがき」より―
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■『心眼を開く』第2章「心眼を開く②」
1 人物の外側と内側の両方を見る
〇努力して自分を変え、四十歳ごろまでに人格を練ったリンカン

若いころのリンカンは意外に血の気も多く、批判癖が強かったようです。ややシニカル(皮肉)な言い方の批判をする癖がだいぶありました。

これは、私も経験があるのですが、いろいろなことを勉強して物事がよくできるようになり、秀才になってきたりすると、人の欠点がよく見えるようになるのです。まだ自分の実績が上がるところまで行かないものの、それより先に、愚かな人や失敗する人の欠点であるとか、転ぶ前の杖がいるような状態であることなどが、よく分かることがあります。【※リンカンは聖徳太子と魂的につながりがあることが当会の霊査で分かっています】

そのように、若いころのリンカンは、けっこう血の気も多く、口もそうとう悪かったらしいのです。

あるとき、口論となり、決闘ということになりました。当時の習慣として、拳銃を腰に差し、背中合わせになって十歩歩いて振り向きざまに打ち合うというような決闘が行われることがありましたが、そのときも決闘をするところまで本当に行ったようです。しかし、なかに割って入って止める人が出てきて、「怒りを収めよ」ということで両者を分け、決闘をやめさせたのです。

さすがに、このときリンカンも肝を冷やし、いちいち喧嘩をして決闘をしていたら、命がいくらあっても足りないというか、半分の五十パーセントは死ぬことになるので、「これはいけない」ということで、自分を変えようと強く志すわけです。

死んでからあとのリンカンには、「何人に対しても悪意を抱かず」という題の伝記(”With Malice Toward 
None”)が出ているぐらいなので、本当に、言葉を整えるということに対しては非常に気を遣った人であるのです。そういうことが言われています。

リンカンが、それほど人を罵ったりけなしたりしていたのは、自分の不幸もあったからでしょう。不幸の経験のある人というのは、けっこう人に対して厳しいことを言うのです。自分が幸福になれない代わりに、他の人をこき下ろしたり、他の人に不幸感覚を味わわせたりすることで、少しでも自分の気がまぎれるというか、高みに登ったような気持ちになるわけです。

ところが、リンカンは、そういう経験をし、そうとう努力して自分を変えたのだろうと思います。ですから、彼の言葉から見れば、四十歳になるところまでには、そうとうに人格を練って磨いたのだと思うのです。

『聖書』と法律書だけで、そこまで行くかどうかは知りません。それ以外にも、いろいろな人との出会いや付き合いのなかで、対人関係をよりよくするように努力していたのではないかと思います。

だからこそ、自分もそういう経験があったからこそ、「四十歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たねばならない」と言ったのでしょう。

【大川隆法『心眼を開く』第2章「心眼を開く②」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第1章「序論」
2人間とはどのような存在か

かつて、はるかなる昔に、神仏の意識体の一部が散乱し、大いなる「人間を創るという理念」の下に、個性化して現われてきたみなさんです。「そうした生い立ちがあり、いろいろな星において肉体を持ち、魂修行をしてきた」という歴史があるわけです。あるいは、なかには、「地球だけで初めて生きた」という人もいるかもしれません。しかし、本来の魂の流れから見れば、はるかなる昔に、他の星においても魂修行をしてきたみなさんであったのです。

なぜ、「地球だけの転生」と言わず、「惑星を超えた転生」がありえるのでしょうか。そうした経験を通して、神仏はみなさんに、いったい何を与えようとしているのでしょうか。これを考えなければなりません。

そこに、この「宇宙創造の秘密」と「人類創造の秘密」があるのであり、「この両者の秘密について深く考える」という視点なくして、みなさんは人間であることを許されなくなってくるわけです。

したがって、「人間である」という事実そのものを、まず、みなさんが受け入れるかどうかを考えていただきたいのです。

「自分が人間として生まれ、かつ生きている、考えている、現に生かされている」ということを発見し、認めるということは、それ自体、いったい何を意味するのでしようか。
それは、みなさんが「創られた存在である」ということを、まず知らなければなりないということです。「創られた存在である」と同時に、「目的性を持った存在である」ということを知らなければならないのです。

【大川隆法『真説・八正道』第一章「序論」31p】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第一章 目覚めよ
〇仏陀の教えありてこそ

そして、考えてみるがよい
あなたがたが人間として物事を考えてゆけるということが、
何ゆえに可能になったのかを。
なぜ、あなたがたは、考えることができる。
なぜ、あなたがたは、判断をすることができる。
なせ、あなたがたは、行動をすることができる
その根本には、あなたがたに、信ずる理想があるからであろう。
「かく思い、かく行動することが、
人間としての自分がなすべき仕事である」と思うからであろう。
では、なぜ、そう思うに至った。
なぜ、そう考えるに至った。
そもそも、考えるということが、なぜ、できるようになったか。
それは、あなたがたの魂の親が、この地上に降りて、
偉大なる仏陀として、教えを説いてきたからではないのか。
仏陀の教えがありて後、
人々は、
何が正しくて、何が正しくないのかということを、
知るようになったのではないのか。
その法ありてこそ、
すべての学問が、そこに興(おこ)って来たのではないのか。

何ゆえに、
大宇宙から観れば、砂粒にしかすぎないこの地球に、
生れ落ちた魂たちが、
偶然に、高度なる価値観を有することができるであろうか。
それらはすべて、
過去、幾千年、幾万年、幾週万年、幾百万年、
いや、それ以上の歳月にわたって、
地上に肉体を持ちたる仏陀が、教えを説き、
そして、法として遺してきたからではないのか。

それが人間としての魂の確立の初めにあったのではないのか。
この法ありてこそ、
悩むことなく、日々、幸福に生きてゆけるのではないのか。
何を基準に生きてゆけばよいかが分からないとするならば、
あなたがたは、日々、困惑のうちに置かれるであろう。
しかし、そこに、正しき道を指し示す法があるからこそ、
あなたがたは、安心して、
暗がりの道であっても、歩んでゆくことができるのであろう。
このように、
仏陀の説いた教えが法となり、
闇夜を歩む旅人に―そう、あなたがただ、
無明の世界を生きてゆくあなたがたに、
光を与えているのだ。

信仰とは、
この光を知ることである。
信仰とは、
この光が、法の光であるということを知ることでもある。
信仰とは、
この法の光が、愛の光であるということを知ることでもある。
信仰とは、
この法の光が、慈悲満つる光であると知ることである。
信仰とは、
この光が、仏陀より射し来たっていることを知ることである。
信仰とは、
この光が、大宇宙の根本仏である仏陀を通して、
地上を照らしていると信ずることである。

これがすべての根本であるのだ。
この事実を認めることなくして、
今世、人間として生き切ったと言うことはできないのだ。
人間として生き切ったと言うためには、
正しき心を探究しつつ生き抜いたという、
その魂の歴史が必要であるのだ。
正しき心の探究は、人間としての義務であり、
その義務を果たすためには、
仏陀の教えに帰依することが必要であるのだ。
帰依ということを通して、初めて、
すべての事実が明らかにされるのだ。

【大川隆法『永遠の仏陀』第一章「目覚めよ」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第一章 菩提樹下の悟り
4反省
洞窟のなかで一日の大半を過ごし、二、三時間だけ洞窟の外に出ては、食糧を探すための時間にあてるという生活を続けるうちに、何年かの歳月が流れていきました。

この間、ゴータマが徹底的に考え続けたのは、以下のようなことでした。
「人間は何のために生まれてきたのか。なにゆえ、このような戦乱が打ちつく世に、この下界に出てくるのか。

また、世にいう覚者となる道は、ほんとうに幸福の悲願に通じるものなのか。戦乱の世をはかなんで、多くの人が次から次へと出家していくが、出家して、それでどうなったというのだ。

彼らの多くは悟りを開いたのか。あるいは、この世を去ったあとで、苦しみの世界から逃れ、ほんとうの安らぎの世界に入っていったのか。それを確認できた人は、いないではないか。確認できていないにもかかわらず、そうした幻想に酔いしれているだけではないのか」

また、自分自身のこともさまざまに考えました。

「カピラヴァストゥを出て、すでに数年の歳月が流れた。父王シュッドーダナ、義母マハーブラジャーパティ―、そして、さまざまな取り巻きの者たちは、どうしているだろうか。妻のヤショーダラーは、さぞ悲しんでいるであろう。一人息子のラーフラは、どうしているだろうか。

世俗的な意味における、人間としての義務を捨て、家族のきずなを断ち切ってまで私が求めた悟りは、はたして得られるのだろうか。得られる可能性があるだろうか。出家してよりこのかた、多少なりとも悟りに気づき、人間性が向上しただろうか。また、人生の目的と使命をつかみえただろうか」

しかし、結局のところ、煩悩を断とうとすればするほど、執(とら)われが増し、多くの人間関係も、忘れようとすればするほど、気にかかりました。あばら骨ばかりのような姿になり、洞窟のなかで、天上からポタポタと落ちてくる滴(しずく)の音を聞くにつけとも、「これが本当に修行の姿なのだろうか」ということが、深く深く、反省されたのです。

そうしたなかで、「自分ひとりだけで、どこまで不退転の気持ちでやっていけるのか。カピラヴァストゥに帰城するときが来ているのではないか」という思いが、何度も何度も突き上げてきました。そして、いつのまにか意識がもうろうとしている―。そのような日々が続いていたのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第一章「菩提樹下の悟り」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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5 心と体の調和について考えてみよう。

【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
■□■□■□
E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
エル・カンターレ・大好き

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