(10/2-2) 【阿羅漢への挑戦】275―2『永遠の仏陀』を読む―信ずることの大切さ―「心眼を開く②」2「四十歳を過ぎたら、自分の顔に責任を持て」というリンカンの言葉―『真説・八正道』なぜ「反省」というものがあるのか―『釈迦の本心』師を求む

『永遠の仏陀』を読む

2 自分の心が、現象化したものが、地獄だ。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、教典『心眼を開く』より、霊界の裏側の世界についての学びを深めてまいります。
本経典の霊指導は、天御祖神であると言われています。大切な教えですので、教典をお持ちでない方は是非拝受ください。全国の書店・支部・精舎でお求めいただけます。【税抜1500円】

「やや宗教的な面を強く出し、天狗、仙人、妖怪、妖魔の世界にも言及し、日本で「宗教」と思われているもののなかに、世界宗教としての仏教やキリスト教の奥にある考えとの相違があることを示した。いずれにしても、心の清らかさから、物事の真実を見極める、幸福の科学の立場を説明していると思う。」―「まえがき」より―
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■『心眼を開く』第2章「心眼を開く②」
1 人物の外側と内側の両方を見る
〇「四十歳を過ぎたら、自分の顔に責任を持て」というリンカンの言葉

今は美容整形外科なども流行っており、そこで整形してきたりすると”人生が変わる”ということで、高い料金によってできるわけです。

もちろん、当会の大黒天にも、そういう方がいるかもしれないので、一概に否定はしません。運命が変わったり、職業が変わったりすることもあるので、よいこともあるかもしれません。

ただ、できたら、両親から頂いた肉体を自分で磨き込み、だんだん立派になっていってほしいものだなと思います。

特に、男性の場合は、中身がそうとう出てきます。しかも、若い時代にはそれほど二枚目だとは思われなかったような人が、仕事で磨かれて、重い責任を背負ってやっているうちに、だんだんよい顔になってくることがあるのです。

その逆の言い方として、リンカンなどは、「四十歳を過ぎた人は、自分の顔に責任を持たねばならない」というようにも言っています。

あるとき、「この人を要職に抜擢してはどうか」というお伺いを上げたところ、リンカンが「顔が気に入らない」というようなことを言うのです。それに対して、側近の方が、顔ぐらいで人を判断してはいけないのではないかと言ったことのほうが、やや宗教的に聞こえる場合もあるのですけれども、リンカンの答えはそうではなく、「人間、四十年も生きたら、生きてきた人生がどういうものであったかは、自ずから顔に表れてくるものだ」といったことだったのです。

要するに、「顔がその人生を表わしているので、顔を見て、『自分が登用したいような徳のある人物ではない』と判断した場合は、信用できない」というようなことを言ったわけです。

実は、リンカンこそ、若いころ、わりあい醜男(ぶおとこ)だと言われていた人でした。背が高くて二メートル近く身長があり、手が非常に長くて足も長く、”クモ男”のように言われていたのです。スパイダーマンではありせんが、クモ男のような感じだったようです。どのくらいまで手が長かったかは知りませんが、普通よりは長かったはずです。

仏典などを読むと、仏の三十二相のなかに、手が膝まであるような相も出てきます。宇宙人ではあるまいし、膝まで手があったら雪男のようです。

仏典のかなには、「手が長い」とか、「足に水かきがある」とか、おもしろいことが書いてありますが、そのままには信用できません。後世の人が、吉相とはどういうものかを書いているのでしょう。

【大川隆法『心眼を開く』第2章「心眼を開く②」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第1章「序論」
1反省とは何か
〇なぜ「反省」というものがあるのか

本書においては、「八正道」に関する私自身の現代的解釈、および、現代における反省法の考え方について、「真説・八正道」という題で論じていきたいと思います。

今の時点で、なぜ、こうした「反省法」というものが必要とされるのでしょうか。それを多くの皆さんは深く考えたことがあるでしょうか。また、考える必要に迫られたことがあるでしょうか。そのように自分の胸に自問自答するときに、「深く考えることなく数十年の人生を生きてきた」ということに後悔せざるをえないのが、いわゆる凡夫の姿ではないでしょうか。

そこで、「なぜ、こうした反省というものがあるのか、ありうるのか」、あるいは、「なければならないのか」ということを、まず初めに考えてみたいと思うのです。

みなさんは、今、さまざまな仏法真理や霊言・霊示によって、永遠の転生輪廻をしていることを既に教えられています。「はるかなる昔から、数百年、あるいは、数千年の単位で転生輪廻をくり返しているのがみなさんである」と言われているわけです。

みなさんは、「そうした内容を書物で読んでいながら、それを目に映した知識としてのみ理解しているのか、それとも、本当に魂の底から理解できる内容として、了知(りょうち)できる内容として、納得できる内容として受け止めているのか」ということが、まず問題とされるのです。

【大川隆法『真説・八正道』第一章「序論」p26】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
そののち、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『永遠の仏陀』
第一章 目覚めよ
〇信ずることの大切さ

まず、私があなたがたに語っておきたいことは、
信ずるということの大切さだ。

あなたがたは、さまざまな価値観に、
心乱れ、心揺れることもあるであろう。
しかし、信ずるということが、
あなたがたがこの世ならざる存在であるということを、
雄弁に物語っているのだ。
いかなる人の心にも、
信ずる気持ちがある。
信じたいという気持は、
この世の存在を信じたいということではない。
この世をはるかに超えたる世界を、
その世界のなかにあるところの叡智を、
信じたいということなのだ。

現代人の多くは、傲慢にも、
自分たちの知力によって理解できぬものは
何もないと言わんばかりに、
驕(おご)り、高ぶっているかに見える。
しかし、そのような現代人たちであっても、
深く己の心の内を眺め入るならば、
そこに、理解を超えたものへの熱いまなざしを感じるであろう。
いくらその目を伏せたとて、
仏法真理に寄せる熱い眼(まなこ)は、閉ざすことができまい。

たとえ、この地上で、
どのような博学の人であると言われようとも、
夜空を見上げてみよ。
そこにちりばめられたる星々の神秘を、説明することができるか。
なぜ、地球が丸く、自転しているかを、説明することができるか。
なぜ、太陽が必ず東から昇り、西に沈むかを、説明できるか。
その奥にあるものは、
この世界において魂修行をしてゆく者たちへの、
おおいなる愛であるのだ。
大いなる愛が顕現して
魂修行をしている人間たちが、たとえ気づくことがなくとも、
彼らに、生きてゆくための環境を与えているのだ。
あなたがたは、この大いなる愛を感じとらねばならない。
地上にある人間たちの理解が及ぼうが、及ぶまいが、
そんなことにかかわりなく、
人々を生かし続けている、
大自然の不思議よ。
大宇宙の神秘よ。
ああ、そこに、
一辺の感動を見いだすことができる者であるならば、
信ずるということは、ことのほか、たやすいことであるのだ。
信ずるとは、まず、
みずからが生かされていることを知った時に、
魂の奥深くから溢れ出してやまない気持ちであるのだ。
その真実に気づいた時に、
あなたがたの、仏法真理を求めるそのまなざしは、
さらにさらに、奥にあるものへと向けられてゆくであろう。

【大川隆法『永遠の仏陀』第一章「目覚めよ」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
2 師を求む

二十九歳でカピラヴァストゥを出て出家したゴータマは、とりあえず師を求めて、あちらこちらをさまよいました。どのような師を求めて、どのような修行をしたかは、現在に伝わる多くの仏伝に記されています。

師を求める旅、師を求めてなした修行は、ゴータマの精神形成上、必ずしも無駄にはなりませんでした。少なくともゴーダマはそのとき、「修行者とは何か、また、修行者は何を求めて修行しているのか」ということを、つぶさに見たのです。そして得た結論は次の二つでした。

当時のインドにおける修行の特徴は、一つには”スーパーマン信仰”であり、この世的な人間とは別の人間になろうとする傾向が強かったということです。なんらかの意味で、この世の苦しみから逃れ、スーパーマンになろうとする人が多かったと言えます。

もう一つは、今風に言うならば、”幸福の原理”が説かれていたということです。「どうすれば人間は真の幸福を得ることができるのか」ということを中心に、数多くの師がそれぞれの法を説いていたのです。

ある人は「肉体を徹底的に痛めつけることが悟りへのよすがであり、近道である。肉体的なるものから心を遠ざければ遠ざけるほど、悟りに近いのだ」と説いていました。そのため、火のなかをくぐったり、水中で座禅をしたりする者がいました。なかには、逆立ちをしたり、刃物で体を傷つけたり、針を全身に突き刺したりする者もいました。

また、他の者は「思いを止める」ということに専念していました。彼らは「すべての悩みの根源は、心に去来する思いにある。この思いを止めることさえできれば、悩みはなくなり、心は安らぎ、至福を得ることができるのだ」と考えていました。これは「無念無想」という考え方のはしりだと言えます。

また、何をもって「悟り」とするかを明らかにせず、弁術論のようなものを職業としている人もいました。彼らは「相手の批判をどうかわすか」ということを中心に勉強しており、「議論に勝つことが、すなわち悟りである」と考えていたのです。

こうした経験を積むにつれ、ゴーダマのなかで、「何かが違う」という感覚がしだいに強くなっていきました。何が違うのかというと、「結局、教えの中身がないではないか。いったい何をもって悟りとするのか。人生の目的とは何か。人間の霊性の本質とは何か。それをずばり答えてくれる人は、いくら探してもいないではないか」ということでした。

それゆえに、ゴータマは師を求めることを捨てたのです。出家してから、師を求めることを捨てるまでに、一年とはかかりませんでした。こうして、みずからの心を師とし、みずからのなかに仏を発見する道を模索するようになっていったのです。法理の発見こそ、修行の目的となったのです。

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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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7 着実に近づいてくる「死」について考えてみよう。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

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