3 霊を否定する者こそ、金の亡者だ。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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■何を祈るべきか
「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―
このように祈ることが大事です。
【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、教典『心眼を開く』より、霊界の裏側の世界についての学びを深めてまいります。
本経典の霊指導は、天御祖神であると言われています。大切な教えですので、教典をお持ちでない方は是非拝受ください。全国の書店・支部・精舎でお求めいただけます。【税抜1500円】
「やや宗教的な面を強く出し、天狗、仙人、妖怪、妖魔の世界にも言及し、日本で「宗教」と思われているもののなかに、世界宗教としての仏教やキリスト教の奥にある考えとの相違があることを示した。いずれにしても、心の清らかさから、物事の真実を見極める、幸福の科学の立場を説明していると思う。」―「まえがき」より―
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■『心眼を開く』第2章「心眼を開く②」
1 人物の外側と内側の両方を見る
〇若いころは醜男(ぶおとこ)と言われ、苦労や努力を重ねたリンカン
リンカンは、「中身が出てこなければいけない」と語ったわけですが、彼自身は、若いころからは醜男だと言われ、恋愛が成就しなかったことも多かったように聞いています。
しかも、家は貧しく、自分たちでつくれるぐらいのログハウス(丸太小屋)で育ち、本は『聖書』と法律書ぐらいしかなかったと言われています。
また、斧で木を切るのは得意だったと言われているので、力があったのかもしれません。映画のなかには、クルクルまわしながら、ヴァンパイアと戦い、ヴァンパイアをフッ飛ばしていくようなリンカンが出てくるものもあります。【※『リンカーン/秘密の書』2012年公開されたファンタジー映画】
このあたりから見ると、「モテる条件」というか、「出世の条件」は、ほとんど見当たりません。
また、若いころ、婚約した人に死なれてしまい、そうとう慟哭した感じが顔にも出てきています。彫の深い、シワの深い顔になっています。ですから、年齢よりも年をとったような顔にはなっています。
リンカンは、いろいろな所を遊説して回っていたのでしょうけれども、ある少女から手紙をもらいます。そこには、「リンカンおじさん、きっと口髭を生やしたら、もっと立派になると思いますよ」と異様なことが書かれていて、そのとおり、髭を生やしてみたら、ある程度、立派に見えるようになったのです。こんなことがあって、あとで、髭を生やしてハット(帽子)を被っているリンカン像が出てくるわけです。
リンカンは、選挙でもたびたび落ちています。三回連続で落ちるというのはよくあることなので、そういうこともありましたし、二度目の婚約をして結婚したあと、相手の女性は少しこの世的な人であったらしく、あまり幸福ではなかったようです。
最初のころのリンカンは、「ゼロからの出発」のような人だったのですが、ある程度、政治での成功を目指すようになっていました。弁護士も、今のように、「学校にきちんと行き、ロースクール(法科大学院)に行って弁護士になった」とか、「司法試験の予備校に通い、試験に通った」とかいうのではなく、本当に独学で弁護士になった人であり、それを梃子にして、次に政治家への転身を図っていったわけです。
雑貨屋でアルバイト的な仕事をしていたことも伝えられています。ただ、勉強熱心で、雄弁家が演説をしに、わりに近いところまで来ていると聞いたら、何十キロの道を厭わずに歩いていって、それを聴いていたと言われています。
【※リンカンは仏陀の魂と深い関係があるとも言われており、リンカンの生き方そのものが、主の今世の生き方に大変大きな影響を与えたと考えられます】
【大川隆法『心眼を開く』第2章「心眼を開く②」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第1章「序論」
1反省とは何か
〇「自分とは何か」を日々問い続けることの大切さ
転生輪廻ということが、もし単なる思想やたとえ話ではなく、真実の話であるとするならば、みなさんの今世における地上界での生活は、いったいいかにあるべきなのでしょうか。また、なければならないのでしょうか。
それは、「はるかなる無限遠点から現在ただいまを見る」ということです。
この「はるかなる無限遠点」という視点は二つあります。
一つは「過去からみた視点」です。みなさんが、「当初、はじめて人間として生きはじめたころよりの、現在に向かっての視点」です。みなさんが、「当初、初めて人間として生きはじめたころよりの、現在に向かっての視点」です。いま一つは、やがて誰しも、これから数十年すれば地上を去っていくわけですが、「そのように地上を去り、数百年、数千年たった後の立場から現在を観た時の視点」です。
この「過去」と「未来」の二つの無限遠点から、「現在の自分自身のあり方」というものを見つめなければならないのです。「実は、反省の根本はここにある」ということを知らねばなません。反省とは、単なる作法にあるのではありません。単なる思想的なものにあるわけでもありません。
反省というのは、「みなさんが、神仏から永遠の生命をあたえられた」という事実そのものに付随するものなのです。みなさんが、そうした永遠の生命を生きているということ自体が、「はるかなる過去の彼方から現在を見る視点と」「はるかなる未来にあって現在を振り返る視点」とい両者の視点を与えるからです。
そうしてみると反省とは、結局、何を意味しているのかというと、「あなたはいったい何者であるのか。目覚めてこれを知れ」ということなのです。「自分とは何者であるのか」という問いを、常々忘れてはならないと言っているわけです。
【大川隆法『真説・八正道』第1章「序論」p29】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第1章 目覚めよ
〇魂の親を知れ
そう、当然のことでもあろう。
生まれてきた赤子は、自分の父がだれであり、母がだれであるかを、
知ろうとするではないか。
父母なるものを知ることなくして、
人間として生まれ、育つことは、
この上なく悲しい事実である。
教えられなくとも、
小さな小さな赤子は、
母を求めて泣くではないか。
そうして、父の名を呼び、母の名を呼び、
自分を庇護(ひご)するものが、いったい誰であるかを、
知るではないか。
それは教えられてではない。
生きているということ自体が、
生きてゆくという行為そのものが、
生かされているということを知ること自体が、
みずからの親がいったい誰であるかを、
知ろうとするのだ。
そうであるならば、
川に流るる流木ならばいざ知らず、
生命(いのち)ある、血のかよった人間であるならば、
自らの生命が、だれによりて与えられたものであるかを、
知りたいと願うのが当然であるのだ。
そして、魂の親である仏を知った時に、
もはや、子供である人間は、
その親の名を呼ばずして、生きてゆくことはできなくなるのだ。
したがって、目覚めたる人間たちは、
「仏よ、仏よ」と、
毎日、その名を呼びて、やむところがない。
まるで、赤子が、毎日、父母の名を呼ぶように、
「仏よ、仏よ」と呼びて、
そして、その言葉を語ることに飽きることはないのだ。
あなたがたも、
この地球という小さな星に生れ落ちたる、
ささやかな生命(せいめい)たちではないか。
そうであるならば、
求めよ、求めよ。
あなたがたの魂の親に、
求めるがよい。
すべてのものを求めるがよい。
すべてのものが与えられるであろう。
いや、与えられているであろう。
あたえられていることに気づくには、
親の存在を知ることだ。
仏の名を呼ぶことだ。
【大川隆法『永遠の仏陀』第1章「目覚めよ」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
3苦行
ゴーダマは師を求めることから離れ、一人静かに林のなかに入りました。そして、「自分の力で、何らかの悟りを得たい」と思ったのですが、その方法論が見つかるまで、「どうしたらよいものか」と、あれこれ考えていたのです。
毒蛇の棲(す)む林のなかで考えていたこともあれば、夜明けにナイランジャナー河(ネランジャラー河)のほとりで考えていたこともあります。眠れぬ夜もあれば、昼に汗を流して坐っていたこともあります。こうして、あるときは密林のなかで木の葉を眺め、あるときは洞窟のなかで坐禅を組み、あるときは川面を眺めながら、静かに静かに、その方法論を模索していたのです。
わずか一年足らずではありましたが、ゴータマが、「無所有処定(むしょうしょじょう)」を教えるアーラーラ・カーマーマ仙人【※現代において高橋信次を霊指導した仙人】や、「非想非非想処(ひそうひひそうじょう・非想非非想処定)を教えるルドラカ・ラーマプトラ(ウッダカ・ラーマプッタ)仙人の門をたたいて感じ取ったのは、結局、「精神統一が大事である」(目的としての精神統一)ということだったと言えます。
ただ、ゴーダマは精神統一の結果、「心の平安」という「心理的」果実を手に入れる実修方法は身についたものの、本来「論理的」性格を持つ、「真理」そのものを獲得することはできず、禅定を超えた「智慧」を求めて、二人の師のもとを去ったと言ってよいでしょう。
ゴータマは最初、「この世的なる煩いから離れる」というところに苦行の中心を置きました。そのため、なるべく人里離れた所で生活し、この世的なる欲を滅却せんと努力したのです。
いちばん困ったのは食糧でした。食糧がないことは、それを入手して食べたいという欲望を必要以上につのらせたのです。
このときに発見したのは、「人間にはいくつかの欲があるが、そのなかの一つが巨大になれば、他の欲がかすんでいく」ということです。何日間も何も食べていないというひもじさによって食欲がつのってくると、睡眠欲や性欲が薄れていくということがあったのです。しかし、どこまでいっても、欲そのものがなくなることはありませんでした。
ゴータマは森林に入って、木の実や、食用になる派などを食べて生きていましたが、次第に体力が衰え、足も弱り、洞窟のなかでただ座る日々が続いていったのです。
【大川隆法『釈迦の本心』第一章「菩提樹下の悟り」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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6 愛して来た人たちのことを思い出そう。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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エル・カンターレ・大好き

