35 生前、泥棒や強盗をやっていた人たちが、番犬の姿になって、罪をつぐなっているのを見た。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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■何を祈るべきか
「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―
このように祈ることが大事です。
【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、『不動心』より、信仰において不退転であるための力を主よりいただきます。本書は、アフリカのケニアなどで教科書の副読本としても読まれ、世界中で愛されています。まだお持ちでない方は、是非お求めください。【税抜き1700円】
―「不動心」に盛られた力強い言魂が、読者の人生の帆柱に一陣の強風を与え、苦悩の大海を渡り切るための推進力となることを、切に願うものです。―本書より
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■『不動心』―人生の苦難を乗り越える法 第1章「人生の氷山」
3 波風に耐える
氷山の特徴は、結局、さまざまな波風に対して安定しているという点にあると思います。
氷山は土の上にあるのではなく、海面を漂っているわけですが、大陸のようにどっしりとしています。その上を歩いてもびくともしない、空母のような姿をとっています。ここに、人生の波風に耐える秘訣があるのではないでしょうか。
すなわち、人生の基礎、基底の部分に大いなる蓄積がある人は、非難や攻撃に耐えていけるし、苦悩や挫折にも耐えていけるのです。
「青年期には小説を読め」とよく言われますが、それは、小説を読むことによって、自分が経験しない人生を学び、追体験できるというところに、大きな意味があるからだと思います。
人間は、自分が生れ落ちた環境や、育った環境を変えることはできません。また、人生の途上で出会う人の数も限られています。たいていは、ひと握りの人間群のなかで、喜んだり、悲しんだり、苦しんだりしているのです。
しかし、人間は小説を通して、自分とはまったく違った環境になかで生きる人の姿を知ることができます。そして、いつしか主人公と自分とを重ね合わせて、人生を深く学んでいるのです。
このように、小説というものによっても、人生の智慧を豊かにすることができます。主人公がいろいろな悩みにぶつかり、それを切り抜けていく姿に、自分の姿を重ね合わせ、「主人公が頑張ったように、自分も現在の苦悩を切り抜けていこう」と思うわけです。
人生の苦悩のなかで、小説のテーマにならなかったものは、ほとんどありません。たいていの人は、受験、就職、結婚、病気などといった問題でつまずき、苦悩をつくっていきますが、そうした苦悩の多くは、優れた作家によって小説なっています。
そうしたものを学んでみようという気を起こせば、自分よりも一段高いところに立って人生を眺めている人たちの力を借りて、自分の人生の諸問題を解決できるのです。
自分よりも深く人生を知っている人たちから見れば、自分の苦悩や困難の原因が一目瞭然である場合もあります。そのため、一冊の書物が手掛かりとなって問題が解決し、長く苦しまずに済むこともあるわけです。
それから、小説だけではなく、歴史書にも学ぶことができます。
もちろん、過去に、現在の自分とまったく同じ人生を生きた人はいませんが、シチュエーション(状況)は違っても、同じような立場に立たされた人は数多くいます。そうした人たちがどうやって人生の難局を切り抜けていったかを知ることは、人生の諸問題を解決する方法論を学ぶことになるのです。
歴史上の人物から学ぶ場合、その対象はさまざまです。
たとえば織田信長であれば、情熱的で快刀乱麻を断つがごとき活躍、判断、行動力、あるいは豊臣秀吉であれば、才知あふれ、機転の利く考え方や、縦横無尽な活躍。こうしたものを学ぶことができるでしょう。
さらには、徳川家康の智慧に学ぶこともできます。彼のつくった幕藩体制が、三百年近くにわたって続いた裏には、人間や社会の仕組みについての大いなる叡智があったはずです。こうした徳川家康の経営手腕を学ぶことによって、会社の維持の仕方や運営方法を知ることもできるでしょう。
小説や歴史書以外にも、苦しみや悲しみのときに人間を慰めてくれるものがあります。それは優れた詩人の書いた詩です。
みなさんは心揺さぶられるような詩に接したとき、「自分の現在の状況を詠っている人がいる。自分と同一の心情を詠っている人がいる」と感じ、ずいぶんと心が和むことがあるでしょう。優れた詩人は人生を透徹した目で見抜いています。そうした人の詩によって、人間の心は安らぐことがあるのです。
絵画もそうです。美しい絵を眺めることによって、どれほど心が和むことでしょうか。喫茶店で一杯のコーヒーを飲むときでも、そこに美しい絵が掛かっているだけで、どれだけ豊かな感情を味わうことができるでしょうか。人間の傷ついた心を、芸術が癒してくれることがあるのです。
さらには、優れた音楽があります。名曲を聴くことで、作曲家の高級な波動と、自分の心の波動とが合って、非常に安らかな世界へと心が誘われていきます。
このほかに、宗教的見地からの解決というものがあります。小説でも歴史書でも解決がつかないときに、過去の偉大な聖人や宗教家の言葉が、人生の道しるべになることがあるのです。そうした偉大な人たちの言葉によって、自分の問題点がどこにあるかを知ることができるわけです。
古来、釈尊にしても、イエスにしても、講師にしても、抱ないなる人生の師でした。人生の師である理由は、卓抜した才能でもって人生の諸問題を見抜き解決の処方箋を出しえたというところにあります。
そのため、自分の心のなかで悩みがぐるぐると回っているとき、偉大な指導者たちの思想に接することによって、悩みが氷解していく場合もあるのです。
本書もそうした見地から書かれています。心が常にぐらぐらして落ち着かない人、悩みのなかにある人、浮沈を繰り返している人、こうした人にとって救いとなる一書を世に問いたいという気持ちでもって、私は本書を書いているのです。
本書のなかに、一行なりとも、読者のみなさんの心を和ませ、その支えになるようなことを書ければ、それで私は満足です。
ここで私が述べたかったのは、結局、次のようなことです。
大いなる偉人や芸術家など、優れた人たちの叡智に学ぶことによって、それが自分の人生における水面下の部分になり、人生の波風に耐えていけることがあります。
したがって、大きな波風に耐えていけるだけの蓄積をつくっていってください。「水面下ではどれほど風が吹こうとも、その風に当たらない水面下の部分をきっちりと確保しておく」という心得が必要なのです。
【大川隆法『不動心』第1章「人生の氷山」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。
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〇八正道は解脱に到るための方法論
本章では、『仏説・正心法語』のなかの「解脱の言葉『仏説・八正道』」を解説します。
これは長い経文ですが、毎日、反省に入る前にこれを読誦し、八正道を一つ一つ点検していくとよいかと思います。「解脱の言葉」と頭につついているように、八正道は、まさしく解脱という目的のためにつくられたものです。
八正道は正見から正定までの八個で成り立っていますが、この前提には、正信、すなわち「正しい信仰」というものがあります。
そして、それに基づいて、正見から正定までを順番に反省していくと、やがて、正解脱、すなわち「正しい解脱」に到ります。
もちろん、八正道を行じて、正智、すなわち「正しい智慧」を得て、その結果、「正しい解脱」を成す、というように考えてもけっこうです。
結局、八正道は、智慧を得て、解脱するための方法論であり、そのための順序を示していると考えてよいと思います。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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八正道の前提は、「正信」ということしたが、この正しい信仰の中心となるのが「三宝帰依」です。これについて、『仏陀の証明』の別の個所で以下のような教えをいただいています。
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〇三宝帰依体制の確立と八正道の実践
この八正道が成り立つためには、正しい信仰が前提です。そして、その信仰心が成り立つ前提は、仏陀が存在し、仏陀の説く法が存在し、その法に基づく僧団(サンガ)が存在することです。「幸福の科学は三宝に帰依している団体である」ということが確立しないと、八正道が説けないのです。三宝帰依体制が固まらなければ、現実には、この八正道はできないです。
ですから、当会は今、教団として三宝帰依体制を固めることによって、八正道の実践ができる状態が来たわけです。この状態ができないと、最初の正見にどうしても入れないのです。・・・
さらに、この八正道をもう一段固めるとするならば、やはり、道場で精神統一の練習をしないと、なかなかこの正定の体験ができません。各家庭でやっているだけでは、監督が全然効いていないために、正定ができているか、できていないかが、わかりません。ですから、ほんとうは道場における修法の実践が必要になってきます。
そのためには、正しい信仰と教義の確立と同時に、最後はサンガとして道場設備を充実させていかなければ、実は八正道そのものを実践することはなかなか難しいということになります。
まだまだ当会は発展段階のなかにあって、法そのものも進化しています。そのなかに生きている仏弟子たちも修行の過程にあり、八正道そのものも、これから深めていく段階にある、ということが言えると思います。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第3章「正思」
4天上界における意思統一
〇五百人の大霊団が幸福の科学を指導
幸福の科学の指導霊団は五百人ものたいへん大きな指導霊団です。地上で事業を起こす際に、かつてこれだけの大霊団がチームを組んだことはありません。あの意味では、天上界の霊にとってもまったく新しい経験であります。それともう一つ、天上界においてもお互いに面識のなかったような高級霊たちが、この幸福の科学の活動を縁として面識を持つことができているという事実もあります。
そのようななかで、最初は意見が違うところもあったものの、指導霊団の主な意見は一致してきました。最初は寄り集まりの観を呈していたところから、次第しだいに意識の統一を図ってきました。それは、幸福の科学という運動が本格化していくに当たって、彼らの意識の確立が必要となってきたからです。一つの方向を出さないと、地上にいる人間が混乱します。それため、エル・カンターレを中心として天上界における意思の統一が行われていったのです。そして、一つの考えを地上で成就するために、多くの者たちが協力し合うという姿勢を敷いてきたわけです。
したがって、私の力は、必ず、もっともっと大きくなっていくはずです。
「正しき心の探究」にはもっと大きな意味もありますが、八正道の領域のなかでの「正思」を取ってみた場合、やはり、「根本は神仏の心である」という視点を忘れてはなりません。自分流の心ではないのだということです。これを間違えてはなりません。
【大川隆法『真説・八正道』第3章「正思」104pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第4章 跳躍の時
〇魂が跳躍する時
さあ、数多くの真理は、すでにあなたがたに与えられた。
そのなかで、
「自分をつくってゆくならば、
正思ということが大事だ」と言った。
「正しく思うということは、
正しく考えることだ」と言った。
「正しく考えることの基(もとい)は、
己の心をまず清らかにすることだ」と言った。
「そのためには、日ごろ、
心のなかに降りかかる砂塵を払うことだ」とも言った。
そうして、
偉大な真理を学び続けてゆくなかに、
偉大な真理をつかんで、
これを実社会に生かしてゆくなかに、
そこに、前代未聞の光景が広がってゆくのだ。
あなたがたは、真に力強い自分の姿を見るであろう。
「これが自分か」と思うような、
そのような自分の姿を見ることとなるだろう。
それが素晴らしいのだ。
魂の跳躍の時は、悦びとして明らかに分かる。
自分が向上していると感じる時こそ、
真に魂は悦びを感ずることができるのだ。
魂が飛躍している、その確認は、
あなたがたが見る、周りの景色となって、
はね返ってくるであろう。
魂が跳躍する時、
人々の顔に、明るさが見えるであろう。
人々の顔に、希望が見えるであろう。
人々のなかに、善性が見えるであろう。
人々のなかに、仏の子の光が見えるであろう。
そして、
我がここに生き、彼がそこに生きるということを、
限りなく愛するようになるであろう。
また、
与えられた食物、与えられた環境、大自然、
すべてのものに、感謝の思いが込み上げて、
光に満ちた気持ちになるであろう。
この魂の歓喜を味わえ。
跳躍した後には、このような悦びがあるのだ。
この悦びを自分のものとせよ。
修業は苦しいのみではない。
真なる修業は真なる悦びを伴うのである。
この魂の悦びを携えればこそ、
永き旅も、軽く感じられるのだ。
永き旅も、また、快いものと思われるのだ。
我と共に、この道を歩むのだ。
【大川隆法『永遠の仏陀』第4章「跳躍の時」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第3章 六波羅蜜多の思想
10 六波羅蜜多の現代的意義
以上で、六波羅蜜多の六つの徳目についての思想的説明をしました。
最後に、「釈迦の六波羅蜜多の思想を、現代にどのように生かすか」という観点で、まとめをしてみましょう。六波羅蜜多は八正道と重なる部分も多いので、それとは少し違った角度からまとめてみたいと考えます。
「布施波羅蜜多」については、「愛の実践」という言葉で説明したいと思います。これを現代的には「与える愛」という言葉で呼びたい、与える愛の実践としてとらえたいのです。
「持戒波羅蜜多」の精神を現代に生かすとするならば、「ストイシズムの復権」ということになるでしょう。「みずからの生活を単純化し、シンプルで平坦ななかに、知的なものや精神的なものを求めていく」というストイックな生き方、ストイシズムのなかに、「持戒波羅蜜多」の生き方がありうると思います。
高い目標を持ち、道に精進している人にとっては、人生のつまらない飾りは余計なものなのです。したがって、自分のいちばんやりたいこと、自分の本業と思えることに全力を投入し、それ以外のものへの関心は淡泊であるという生き方が、現代的ストイシズムであると解釈できるでしょう。
「闡提(せんだい)波羅蜜多」について述べると、これは「時間を待つ」「時を待つ」という考え方です。自らの力を蓄えながら、時を待つことが必要なのです。
「悩みのときには、いたずらに右往左往するのではなく、甕(かめ)のなかに水を一滴一滴ためていくように、みずからの内に力を蓄えながら、時節到来を待つ」という考え方として解釈したいと思います。
「精進波羅蜜多」は努力ということですが、現代的には、「仏法真理の探究、学習」ということに置き換えられるでしょう。
「禅定波羅蜜多」については、「八正道の復活」と考えたいと思います。私は今後も、八正道をさまざまな角度から分かりやすく説明していきたいと思いますが、内省的な時間、沈黙の時間を取って、みずからの内を振り返り、反省することが大事なのです。これは、幸福の科学が説く四正道のなかの「反省」として完成することになるでしょう。
最後の「般若波羅蜜多」は智慧の完成ということですが、これは四正道のなかの「知」にあたります。私は霊的な知恵の集大成をしたいと考えており、実在界にある叡智を、仏法真理の書籍として提示していきたいと思います。
また、みなさんの個人レベルでの体験においても、心の窓を開いて、みずからの守護霊の声を聴くという現象が出てくることもあるでしょう。みずからの心の曇りを取り除いた証明として守護霊からインスピレーションが与えられるようになるだろうと思います。
そのように心の窓を開いた人が、その後おかしくならないための方法論として、他の五つの徳目があるのだと考えます。すなわち、「与える愛」「ストイックな生き方」「耐え忍び」「学習の継続」「内省的な時間をとる」ということが、心の窓を開いた人間を守るために、大切な役割を果たすのです。
以上で、「六波羅蜜多」の現代的解釈とします。
【大川隆法『釈迦の本心』第3章「六波羅蜜多の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

