(10/31-2)【阿羅漢への挑戦】304―31『永遠の仏陀』を読む―我は救世主以上のもの―『不動心』4大いなる安定感(1)―『解脱の言葉「仏説・八正道」』2四諦・八正道―『真説・八正道』「正思」に必要な三つの姿勢―『釈迦の本心』人間とは何か

『永遠の仏陀』を読む

36 生前、民衆を処刑していた軍人たちが、鶏(にわとり)の大軍になって、次々と、首を、鬼の斧で斬られていくところを見た。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
はじめに、『不動心』より、信仰において不退転であるための力を主よりいただきます。本書は、アフリカのケニアなどで教科書の副読本としても読まれ、世界中で愛されています。まだお持ちでない方は、是非お求めください。【税抜き1700円】
―「不動心」に盛られた力強い言魂が、読者の人生の帆柱に一陣の強風を与え、苦悩の大海を渡り切るための推進力となることを、切に願うものです。―本書より
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『不動心』―人生の苦難を乗り越える法 第1章「人生の氷山」
4 大いなる安定感

氷山という大自然の姿から学ぶべきものは、大いなる安定感です。

人生の苦悩は、ほとんどの場合、安定感を欠くところに原因があるように思います。

みなさんは、自分がこれまでにあった人たちのなかで、どのような人を素晴らしいと思ったでしょうか。どのような人を大人物だと思ったでしょうか。どのような人を偉人だと思ったでしょうか。

常に心がぐらぐらする人を、偉いと思ったことがありますか。怒ったり、泣いたり、喜んだり、一日のうちで気分がころころと変わる人を見て、素晴らしいと思いますか。「あの人のようにはなりたくない」と思うのではないでしょうか。

みなさんが理想の人間だと感じるのは、「あの人のようになりたい。あの人に近づいていきたい」と思えるような人たちでしょう。そうした人たちの共通項は「生き方に安定感がある」ということです。

リーダーとなる秘訣はここにあります。リーダーのリーダーたるゆえん、リーダーとしての資質とは、安定感があることです。その安定感も、単にレールの上を走っているような安定感ではなく、「どのような波風に当たろうとも、ぐらぐらしない」という意味での安定感なのです。

そうした安定感をつくっているものの一つは、すでに述べたように、「叡智を集積している」ということです。すなわち、「過去の人間は、どのようなときに、どのような事態に接し、それをどう解決していったか」ということについての叡智を集積しており、それを当てはめて現在の事態を解決できることです。

その際、「一段高い視点から物事を見ることができる」ということが大事なのです。

毎日、気分が揺れて不安定なのは、結局、「自分が直面している問題と自分が、がっぷり四つに組んで、どちらが勝つか分からない」という状況にあるからです。「自分が人生の勝利者になるか、それとも敗北者になるか、相撲が終わってみなければ分からない」という状況にあるからこそ、心が揺れるのです。

みなさんは横綱や大関と相撲を取って勝てるでしょうか。普通の人は、よほどのことでもないかぎり、プロの力士と相撲を取って勝つことはありません。多くの場合、あっさりと土俵を割るなどして、ほんの一瞬で勝負がついてしまうはずです。それが実力の差というものです。

プロの力士は、毎日、四股(しこ)を踏み、土俵にのぼって相撲の稽古をしているからこそ、筋肉がつき、重量感が出て、スピードも増し、強くなるのです。

普通の人は、そうした人に立ち向かって勝てるという気持ちが湧きません。そのため、自然と力も出ず、予想以上に早い時間で敗れてしまうのです。

人生の諸問題との対決においても、同じことが言えます。自分に自信がないと、相手が非常に力のある人間や大悪人に見えたり、大変な問題が現われたように思えたりすることがあります。それは、大力士を前にして足がすくんでいる人の姿そのものです。

しかし、自分自身が大横綱や大大関となったときには、問題が意外と簡単に片付くこともあるのです。そうしたことを知らなくてはなりません。

要するに、問題をどう解決するかで悩む前に、問題を一飲みするほどの大横綱になってしまうのです。そうすれば、小さな荷物を片づけるのは簡単です。普通の人なら背負って十歩と歩けないような重さの荷物でも、プロの力士たちは片手に下げて歩くでしょう。これと同じです。

人間は自分を鍛えていけば、やがて大きな人間となっていけるのです。

肉体の場合は、鍛えると言っても、その程度は限られています。一〇〇メートル走では、早い人でも、一〇秒を切るかどうかです。しかし、遅い人であっても、二〇秒もあれば走れるでしょう。そうすると、肉体の能力さはせいぜい二倍ぐらいしかないということになります。

しかし、精神の能力については、偉人と凡人との差は非常に大きいのです。たとえば、ソクラテスと一般の人とでは、知力に大変な差があります。仏陀の叡智と一般の僧侶との差も、きわめて大きなものです。

人間の精神は、鍛えれば鍛えるほど、力や輝きを増していき、限界がありません。肉体の力には限界がありますが、精神の力においては、他人の何千倍、何万倍という能力的な発展がありえます。

そして、精神界の巨人となったならば、自分いま手を焼き、「人生の死活問題だ」と思っていることが、いとも与(くみ)しやすいものとなるのです。

【大川隆法『不動心』第1章「人生の氷山」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。教典『仏陀の証明―偉大なる悟りの復活』を引用しながら、ともに八正道を深めてまいります。経典をお持ちでない方は、是非拝受ください。【税抜き1942円】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
○八正道は解脱に到るための方法論
本章では、『仏説・正心法語』のなかの「解脱の言葉『仏説・八正道』」を解説します。

これは長い経文ですが、毎日、反省に入る前にこれを読誦し、八正道を一つひとつ点検していくとよいと思います。

特に、この経文は八正道の一つひとつが説法のかたちで書いてありますので、よく分かるのではないかと思います。

「解脱の言葉」と頭についているように、八正道は、まさしく解脱という目的のためにつくられたものです。

八正道は正見から正定までの八個で成り立っていますが、この前提には、正信、すなわち「正しい信仰」というものがあります。

そして、それに基づいて、正見から正定までを順番に反省していくと、やがて、正解脱、すなわち「正しい解脱」に到ります。

もちろん、八正道を行じて、正智、すなわち「正しい智慧」を得て、その結果、「正しい解脱」を成す、というように考えてもけっこうです。

結局、八正道は、智慧を得て解脱するための方法論であり、そのための順序を示していると考えてよいと思います。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■解脱の言葉「仏説・八正道」

亭亭(ていてい)たる
菩提樹の下
坐りたる
釈尊は
黙(もだ)し 動かず ただ独り
明けの 明星 瞬(またたき)きて
大悟の 時を 告げ知らす
外道(げどう)の 邪説 真ならず 

*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■Words of Emancipation-Buddha’s Teaching: The Eightfold Path

Seated beneath the high, towering Bodhi Tree
Shakyamuni was all alone
Silent and motionless
The morning star twinkled
And announced the time
Of his great enlightenment
Teachings other than the way of Buddha
Are wrong

*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
これは、菩提樹の下で、釈尊が禅定を組んでいた時の風景を語っているのです。
「悟りを開くまでは、もう動かないぞ」と、釈尊はずっと座っていたということです。
・・・

そして、ある時、明けの明星が瞬くころに、釈尊は大きな悟りを得たのです。
当時、釈尊は新進気鋭の宗教家であり、まだ名を成していませんでした。世間では、バラモン教のような古い教説を説いている人もあれば、さまざまな新しい宗教を説いている人もあり、あちこちにいろいろな修行者がいて、誰がほんとうの救世主的存在になるか、わからない状態でした。

そして、「仏陀」という言葉には非常に重い響きがあって、みんなが仏陀を求めていましたが、「仏陀のような人」というのは聞いたことがあっても、「真に仏陀になった」という人のことは、まだ誰も聞いたことがありませんでした。
しかし、釈尊には、「自分が今、その仏陀になった」と実感した時があったわけです。・・・

当時は、六師外道(ろくしげどう)など、多くの教祖がいて、いろいろな教義を説いていました。しかし、それらは邪説であって真ではないということです。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】

*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『真説・八正道』第3章「正思」
5「正思」に必要な三つの姿勢

では、神仏の心に合致する正しい心を持つためには、どうしたらよいのでしょうか。このことが、次なる課題として探究されなければならないわけです。
この入り口となる姿勢として挙げられることには三つほどあります。

①素直さ
第一の姿勢は「素直さ」ということです。
より高次な教えを受けるに際しては、素直な心を持っていなければ受けることができないのです。そうでなければ、それは素通りしていってしまいます。あるいは、光が屈折していってしまうようなものです。

今、地上に生きている自分にそれなりの肩書があったり、地位があったり、学歴があったり、要望があったりしたとしても、「神仏の創られたこの偉大な空間の中では小さな点でしかない」という事実を知ったときに、自分の思いで世界を測れるはずがないのです。この前提を忘れてはなりません。

したがって、神仏の創られた世界と、その考えを知るためには、心を素直な状態に置かなければ無理です。これが第一です。

②自助努力
第二に必要なことは「自助努力」の姿勢です。

私は「自力」ということの大切さについて、だいぶ強調していますが、この考え方は、人をミスリードしやすい、すなわち誤解に導きやすい面があるとも感じています。それは、言葉の解釈によって間違いが起きやすいということです。この自力ということを、もし「自我力」というように捉えるとするならば、神仏の世界に対するアプローチは全くのゼロとなります。それは、地上に生きている三次元人間が、自分の心から湧いてくるとおりに動けばよいということを意味するので、探究・学習というものがまったくありません。ですから、この「自力」という言葉は、”自助努力”と読み替える必要があります。

また、「他力信仰」に対するものとしての「自力信仰」というものはありません。「自力」とは修行の取り組み方、姿勢のことを言うのであって、信仰ではないのです。この点を間違えないでほしいと思います。

そこで、方法論としては、「自助努力」の姿勢があるか、それとも、そういうものも煩わしいものと無視し去って、大いなるもののなかに溶け込んでいくか、この意味での「自力」と「他力」とのちがいにすぎないわけですが、幸福の科学のアプローチとしては、「自助努力」は重視したいという考え方があります。

③謙虚さ
第三に大事なことは「謙虚さ」というものです。これは、「素直さ」とも多少関係があります。

悟りには階梯(かいてい)が付きものであり、その段階を上がっていくわけですが、上がれば上がるほど謙虚になっていくという気持を持っていないと、これもまた光が通りにくくなってきます。自分が高くなると、特別な意識が出てきて、その意識が光を通さなくなっていくのです。

この「特別な意識」とはいったい何でしょうか。それは、「プライド」や「自尊心」といわれるものと非常に近いものです。あるいは、悪い表現をすれば「慢心」や「小成」という言葉にもなるでしょう。ここが次なる関門として非常に難しいところなのです。

素直な気持ちで始め、自助努力の姿勢を持って階梯を上がっていくわけですが、次第に「我」が出てきたり、「うぬぼれ」が出てきたりする段階があるので、ここでもう一つ、謙虚さというのが探究されなければならないわけです。

仏法真理の世界に身を置くためには、この三つの姿勢がどうしても必要なこととなってきます。

【大川隆法『真説・八正道』第3章「正思」106pより抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『永遠の仏陀』
第5章 永遠の仏陀 
〇我は救世主以上のもの

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
この、わが懐かしき声を、
魂の奥底にまで刻んでおくがよい。
おまえたちは、二千六百年の時空間を経て、
ふたたび、わが声を聴いているのである。

この地上にて生命ある時に、
わが声を聴く者は、幸いである。
すべてのものを打ち捨てでも、
この幸いなる瞬間を選び取るべきなのである。

我は、久遠の仏、永遠の仏陀である。
幾転生、幾十転生、幾百転生を通じて、
我は、
久遠の仏であり続け、
久遠の師であり続け、
久遠の仏陀であり続けた。

永遠の仏陀とは、すなわち、これ、
久遠の法そのものである。
永遠の法とは、すなわち、これ、
宇宙の根本たる仏の心、
それを、則として、教えとして、体現しているものである。
あなたがたは、よくよく、この価値を知らなくてはならない。
わが語る、この言葉の、片言隻語(へきげんせきご)さえ見逃してはならない。
(※へんげんせきご・わずかなことば、ちょっとした短いことば)

一文字、一文字に込められたる光を、
確実に読み取り、わがものとせねばならぬ。

ああ、幾星霜(いくせいそう)を経て、
久しく師と弟子の契りを結んだ者たちよ。
いまの時代が、風雲急を告げ、救世の時代であることは、
おまえたちにも、ひしひしと分かってきたことであろう。

しかし、この、わが言葉をよくよく聴くがよい。
我は、救世主として、この世に来たのではない。
我は、救世主以上のものとして、この世に来たのである。
この地上の人々を救うということは、
わが説く法が、
人々の心にしみわたり、学び尽くされた時に、
おのずと、そうなるのである。
しかし、わが説く教えは、
地上の人々を救うという、
そうした目的そのものに矮小化(わいしょうか)されてしまうものではなく、
それ以上のものであるのだ。
このわが言葉、このわが教え、それに基づいて、
この宇宙は、この世界は、創られたのだ。

【大川隆法『永遠の仏陀』第5章「永遠の仏陀」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『釈迦の本心』
第4章 空の思想
1人間とは何か

本章では、主として仏教の「空」の思想に迫ってみましょう。
「空」の思想を理解するには、仏教における人間観や死生観、世界観を明らかにする必要があります。それらを抜きにして「空」の思想を語ることは困難です。

まず、「人間とは何か」ということですが、この問いに対して、釈迦は革命的な定義を与えました。

当時のインドの思想においては、「人間は宿業を負った存在であって、生まれながらにして貴賤が決まっており、ある意味では、生まれたとき、すでに運命も決定されている」という考え方が主流でした。

ところが、釈迦は「カルマの法則などによって、人間には避けられない運命の流れがあるけれども、これを乗り越えていく方法もまたある。それが、悟りを得るための修行なのだ」と教えたのです。

当時のインドの民衆にとって、これは一つの福音でした。仏教と聞くと何かいかめしい、この世を否定するような教えを思い浮かべる人も多いでしょうが、仏教は革新的な理論であり、人びとにとっては福音そのものだったのです。

当時、インドは非常に厳しい身分制社会であり、バラモンと呼ばれる僧侶階級、クシャトリアと呼ばれる武士階級、ヴァイシャと呼ばれる商人階級、そしてシュードラと呼ばれる奴隷階級がありました。さらには、シュードラにも入らないもっとひどい階級もありました。

シュードラより下の身分のことをチャンダーラといい、この人たちはもはや人間としては扱われず、家畜同然、あるいは、家畜より汚れているとして、家畜以下の扱いをされていました。インドでは家畜は貴重な動物でしたが、これ不可触賤民たちは、家畜としても扱われないような人たちであって、人間でありながら、人間として認められなかったのです。

こうした人たちは、自力の発揮しようもない状態に置かれていました。そうした階級に生まれること自体が、その人の一生を規定していて、どうしようもなかったのです。一方、バラモンの家に生まれると、たとえ凡庸な人間であっても、祭司(さいし)階級として認められました。

こうした身分制度に対して、釈迦は非常に強い疑問を持ったのです。

「大宇宙をつかさどる叡智としての仏が、こうしたことを放置しておくはずがない。身分制社会を打破するためには、どうすればよいのか」と考えた釈迦は、釈迦教団においては、悟りに至るための努力を通して身分制社会を打ち破り、新たな価値観、新たな価値世界をつくろうとしました。

そのため、釈迦教団では、修行者であることによって、生まれ持っての身分にかかわりなく、新たな地位や生きがい、人生の目標ができることになりました。釈迦はそうしたことを理想としたのです。

これは幸福の科学がいま「真理価値」の創出に向けて努力していることと同じです。幸福の科学は、仏法真理を学び、仏法真理を悟っていることが、社会において価値あることとされるような価値システムの創出のために努力しています。

釈迦の考え方はこれと同じであり、固定化した身分制社会のなかで、新たな真理価値をつくり出し、価値観の転換を行って、それまで幸福のかなたに閉じ込められていた人びとを開放することに、釈迦は意義を見いだしていたのです。

「自助努力によって、修行によって、道が開ける」という大いなる福音を、釈迦はもたらしました。そして、その福音が成就するためには、「まず、発心、すなわち悟りを求める心、菩提心が必要である」そのあと、「一定の修行が必要となる」ということを説いたのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第4章「空の思想」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
■□■□■□■□

■□■□■□■
。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
■□■□■□
E-mail:ise@sibu.irh.jp
□■□■□
https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
エル・カンターレ・大好き

タイトルとURLをコピーしました