90 沈黙のうちに、人生の智慧を蜜のようにためよ。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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8月30日(日)音楽祭「響感2026―成功者の町―」が名古屋正心館を本会場に全国の支部・拠点にて14時より衛星中継されます。
今回の音楽祭では、映画『影を売る女』公開前のお誘い・伝道の機会として、映画の内容がより深まる「本当の成功とは何か」について、映画のメインテーマ・挿入歌や、楽曲「主なる神を讃える歌」「天御祖神の夢」「夢人間」「遥かなる異邦人」等を中心に、主の楽曲歌唱・経典の朗読等を交えてお届けいたします。
主なる神は、全ての人を愛しています。その愛のために生まれた美しい天上の界の調べを是非、ご体感下さい。皆様のご来館をお待ち申しあげています。
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8月に入り、お盆という霊的な季節を迎えるにあたり、皆様とともに「永遠の生命」についてともに考える機会を持ちたいと思います。経典『復活の法』第4章「因果応報」を学びます。この法話の英語タイトルは「As
You Sow, So Shall You Reap【蒔いた種は、刈り取らねばならない】」となっています。
経典『復活の法』をお持ちでない方は、全国の書店・支部・精舎で購入可能です。この機会にぜひ拝受ください。【税抜き1800円】
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■『復活の法』―第4章「因果応報」―人生を「前世・現世・来世」で捉える
3 どのような人が地獄に堕ちるのか
○阿修羅界は闘争と破壊の世界
他の地獄として、「阿修羅界」「修羅道」というものもよくあります。
それは闘争と破壊の世界であり、主として戦争が起きたときにできる地獄です。
昔で言えば、関ヶ原の合戦などの戦では大勢の人が死ぬので、たちまち、その戦場は修羅場となり、地獄ができます。あのような殺し合いの世界が修羅場であり、戦場になって、「ここで十万人が死んだ」などということになると、そこに修羅道ができるのです。
そこでは、果てしない殺し合いを、あの世でもまだやっています。死後、五十年ぐらいは平気で殺し合うのです。かつての戦場に行けば、そういう地獄ができているところもあるでしょう。
この地獄は、戦争によってできるものが中心ですが、戦争とは関係なくても、個人的に闘争や破壊を中心に生きた人たちは阿修羅の世界に堕ちます。暴力団、やくざ等、拳銃などで人を殺したりする人も行きます。
また、現実に人を殺したわけではなくても、闘争性の強い心を持って生きた人、闘争中心の人生観を持って生きた人も、この地獄に行きやすいと言えます。
たとえば、激しい組合闘争を延々とやって他の人々に迷惑をかけた人たちも、そういう世界に行っていますし、「仏法は闘争である」と言っている、ある宗教の人たちも、そういう世界に行きやすいのです。
阿修羅地獄には、弓矢の時代の様相をしたものもあれば、現実的な様相のものもあります。
現代の阿修羅地獄には、アメリカ映画の暴力ものに似たところだってあります。そこでは、人々が拳銃で撃ち合い、追いかけ合っていて、いつも、「生きるか死ぬか」という恐怖の連続です。ずっと追いかけられ、命を狙われ、逃げ回っているような世界です。
みなさんは、「拳銃や機関銃で人に命を狙われ、ずっと追われる」という悪夢を見ることが、たまにあると思います。
おそらく、ベトナム戦争から帰ってきた米軍兵士も、そのような悪夢をずいぶん見ているでしょう。ベトナムの戦場も一つの地獄でしょうから、彼らは、死んだあと成仏できなければ、阿修羅道に堕ちることもあります。そうなると、ジャングルでの殺し合いのようなことが続く世界に生きていくことになるでしょう。
さらに、この地獄の現代的な変形として病院が出てくることもあります。昔は、鬼が出てきて、地獄の釜でグツグツ煮たり、鉄棒で叩き潰したり、釘を打ち込んだりすることが多かったのですが、現代では地獄も少し変わっていて、阿修羅界のなかに病院のようなところがあるのです。
そこに運びこまれて、集中治療室のようなところへ行くと、医者や看護師が出てきます。患者が別途から見上げると、医者は、マスクをかけ、口が耳まで裂けていて、鬼のような顔に見えます。患者は、「やめてくれ」と言って暴れているのですが、ベッドに縛りつけられ、解剖されて、殺されてしまいます。
現代的な地獄には、そういう、病院のようなところも多いのです。
暴力団員などの場合は、生前、狙撃され、重体になって病院に運びこまれることがあるでしょう。そういう経験が少し影響しているのかもしれませんが、現代の地獄には病院が多いのです。そして、病院で切り刻まれたり、殺されたりする恐怖体験を、ずいぶん味わっているようです。
病院が出てくることが現代の地獄の特徴でしょう。
阿修羅道では、残忍な殺され方を繰り返し何度も体験するようになります。なぜなら、その人の心の映像において、恐怖体験のみが展開しているからです。自分が恐れるものを引き寄せて、その映像ばかりを見るのです。
私は、以前、「人間は、死んだときに、ビデオで見るように自分の一生を見る」と述べたことがありますが、一生涯を通じて、その人の持っている主旋律(しゅせんりつ)、主な調べというものがあって、それが魂の傾向として出てきます。そして、来世では、その人の魂の傾向に最も合った世界に行き、同類のものをたくさん見せられるのです。
自分自身の魂の傾向については、なかなか分からないのですが、他の人を見ていると、だんだん分かってきます。他の人は、やはり自分とは違うので、自分を見るときとは違った目で見ることができます。そのため、他の人がやっていることを見ると、「ばかなことをしている」ということが、だんだん分かってきて、しだいに嫌気がさしてくるのです。
そのように嫌気がさしてくることが、そこでの悟りの第一歩です。
そして、「自分を振り返ってみよう」という気になったときに、救いの機縁が熟してきます。そういうときに、地獄界に助けによく行っている天使や天使の卵たちが、その人に何かの方便を与えて救い出そうとすることが多いのです。
本人自身が少なくとも何かの気づきを得なければ、助け出すことはできません。自分自身で「これは間違っていたのだ」と思い、何か助けを求める気持ちが出てこなければ、その人を助けることはできないのですが、そのように心が天上界のほうに向いてきはじめると、救いの機縁が出てくるのです。
たとえば、子孫が宗教活動をしたり先祖を供養したりすることが、一つの機縁になることもあります。他力の力が影響することもあるのです。
【大川隆法『復活の法』―第4章「因果応報」より抜粋】
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さて、ここからは、幸福の科学の基本書3部作『黄金の法』を通して、エル・カンターレの歴史観を共に学んでまいります。『黄金の法』は、光の菩薩たちが主の悲願である地上仏国土ユートピア建設のためにどのような活躍をなしたのかを記すものです。人類の歴史に隠されていた地球神を、光の天使・菩薩たちはどのように実行したのか、その一端を学びます。経典をお持ちでない方は、是非この機会に拝受ください。【税抜2000円】
『エル・カンターレが観た歴史観であるとともに、エル・カンターレが立案したところの、地球的仏法真理の大河の鳥瞰図でもあります』(「『黄金の法』まえがき」より)
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第2章 大地を駆ける
8 無神論への転落
さて、このドイツ観念哲学は、ヘーゲルをもって事実上、終結をしたとも言えます。つまり、ヘーゲルの直覚した神の思弁的なる姿は、同時代の、そして、後代の学者にとっては、とうてい理解しがたいものだったからです。
ヘーゲルにとっては、哲学の使命とは、最高の真理である「理念」を把握することにありました。そして、ヘーゲル哲学は、いわば、人間を神の位置にまで高めることを可能としたものです。これは、すでに、哲学的には、悟りの極致まできている人による思想であり、普通の学者では、とてもその思想の高みにまではついてゆけませんでした。
したがって、ヘーゲル没後、ただちにヘーゲル批判が始まったのも、当然だったと言えるでしょう。ひとつには、これが、「青年ヘーゲル派」の動きでした。そして、シュトラウスが『イエス伝』(一八三五年)で、「福音書=神話」説をとり、ブルーノ・バウァーが、「現実的なるものは理性的である」というヘーゲルの言葉を、「現実は理性的・合理的でなければならない」と解釈して、不合理なものは現実から一掃しなければならないという急進的・革命的思想へと変転させていったのです。
こうした「青年ヘーゲル派」の人々との交友が、後のマルクスに遺した思想的影響は大きかったと言えます。しかし、それは、残念ながら、ヘーゲルの達した思想的高みからの転落を意味したのです。
カール・マルクス(一八一八年~一八八三年)は、実証主義のオーギュスト・コント(一七八九年~一八五七年)らと同じく、現実的社会改革のために、天上界から送り込んだ高級霊でした。天上界では、まず、トマス・モアらのユートピア思想家を出して、理想郷を地上人に提示。さらに、カント、ヘーゲルらの観念論派によって、近・現代社会とも合致する知的な真理観を構築。ついでは、両者を止揚するかたちで、哲学をその心として、現実社会のユートピア化を進めるため、マルクス、エンゲルス(一八二〇年~一八九五年※現代に経済学者トマ・ピケティとして転生しています。『現代の貧困をどう解決
すべきか トマ・ピケティ
の守護霊を直撃する』参照)、コント、パーバード・スペンサー(一八二〇年~一九〇三年)などを出して、一挙に理想的近代社会の実現を急いだのです。
ここで、カール・マルクスの過去世についても触れておきましょう。マルクスの前世は、サモス島に生まれたアテナイ移民の子、エピクロス(紀元前三四一年~同二七〇年)です。ギリシャのいわゆるエピクロス学派の創始者であり、「エピキュリアン」という言葉の語源ともなった人です。このとき、エピクロスが説いた教えは、万物は原子からなるというデモクリトス流の唯物論でした。プラトンが『パイドン』のなかで力説した、霊魂不滅の考えに対抗して、エピクロスは、原子の分解をもって、人間そのものは滅びてしまうのであり、これによって、人間はもっとも不愉快な死という災いを乗り越えられるのだとしたのです。また、プラトンの哲人王による理想国家論に対しても、賢人は政治にたずさわらないし、支配者であるこ�
�も欲しない、と主張しました。こうした考え方は、一種のイデオロギー批判であり、二千年後に転生したマルクスと軌を一にします。
しかし、運命とは皮肉なものです。かつて、ギリシャにおいて、プラトンの批判者として現われた快楽説のエピクロスは、プラトンの転生した姿であるヘーゲルを、今度はカール・マルクスとして、唯物論史観でもって批判します。歴史は繰り返すといいますが、まさに、転生における人間関係も繰り返すということです。【※この後、マルクスの唯物史観をソクラテスの生まれ変わりである経済学者ハイエクがその思想的誤りを論破します】しかしながら、ギリシャにおいて、プラトンがエピクロスよりも偉大であったごとく、近代においても、やはり、ヘーゲルのほうが、マルクスよりも偉大です。これは、今後の歴史がはっきりと証明してくれるでしょう。
プラトンやヘーゲルのような、神義論を説いた人の後に、エピクロスやマルクスのように、唯物論を説く人が出てくる皮肉は、地上に住む人びとに対するひとつの試験であり、踏み絵なのかもしれません。
エピクロスはその唯物的思考の誤りの反作用により、死後二百年、地獄の無意識界(自分が死んだことすら分からず、魂が漂っている状態)に落ち、苦しみました。マルクスも同様に、一八八三年の死から、現在に至るまでの百年あまり、にわたり、その意識は、地獄の無意識界で彷徨っております。そして、ここ数十年内に起こる、「ソビエト共産主義体制の崩壊」(※一九九一年の共産主義ソ連邦の崩壊により、一九八六年に書かれたこの旧版『黄金の法』の予言は的中した。)、中国の自由主義革命による路線変更が終了するまで、天上界に上ってくることはないようです。
マルクスの哲学は、結局、社会が人間を阻害するという被害妄想の哲学であり、その底には、エピクロス時代から続く、ヘーゲル(プラトン)に対する深い嫉妬がありました。しかし、人間マルクスとしての欠点はあったにせよ。この地上社会を理想社会にしようとする、彼の根底にある考えは、彼が本来、高級霊(菩薩)であることを証明しているのです。
【大川隆法『黄金の法』第2章「大地を駆ける」より抜粋】
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さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとしている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。以下2003年に発刊されました主の著書である、経典『幸福の法』の第四章「幸福の科学入門」を引用しながら、幸福の科学の基本教義を学んでまいります。経典をお持ちでない方は、この機会に拝受ください。【税抜1800円】
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〇発展の原理―この世が仏の国になれば、地獄は縮小する
そして、この世を仏国土に変えていきたいのです。
この世が仏の国になれば、それが、すなわち、地獄の縮小につながっていきます。地獄そのものを消そうとしても、なかなか消せるものではないので、まず、地獄への供給源、地獄霊への供給源を絶たなければいけません。それには、この世が仏国土になることです。そうすると、地獄霊の供給が止まります。そして、地獄にいる人たちも、だんだん、反省をして順番に上がっていったら、地獄霊は数が減っていくのです。
したがって、まずは、ここを止めなければいけません。「新しい供給源がたくさんある」というのでは、「救っても救っても、増えてくる」という感じで、いたちごっこになります。やはり、この世自体を仏国土に変えていく必要があるのです。
できれば、「多くの人が真理を学び、正しき心の探究をし、幸福の原理をみんなで求めていく」という社会に変えていきたいと思います。
【大川隆法『幸福の法』第4章「幸福の科学入門」 より抜粋】
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続いて、『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理から」重ねて引用いたします。
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〇「愛」「知」「反省」は「発展」のための方法
まず、自分の心をよく見て、前述した愛や知や反省のことをよく念い描いたならば、そういうものの結果がこの発展の原理のところに来ます。愛の原理、知の原理、反省の原理によって、自分をよく改めた結果、発展の原理のほうに向かってくるのです。
愛の原理において、念いが「奪う愛」のほうに向いているときに、一生懸命、念を出すと、結局、他人も自分も不幸にする方向に行きます。知の原理においても、念が間違った方向に向いていたら、幸福にはなれません。反省の原理においても、反省というものを知っていれば、念いは正しい方向に向きますが、無反省な人間の場合には、実際は、念いも間違ったほうに向いていきます。
したがって、「愛」「知」「反省」が上手にクリアできると、やはり、発展の原理のほうも正当な方向に流れていきます。
人を愛する方向で、発展はなされていきます。知の原理における、さまざまな学びも、発展に寄与していくことになります。反省において、「人生の失敗、あるいは、自分の間違い、悩みなどを、一個一個、解決していく。そういう問題を研究し、分析し、そして答えを出していく」ということによって、また発展への道に入ります。
「愛」「知」「反省」は、どれも、「発展」の流れに入るための方法でもあるのです。そういうことを通過して発展の原理に入ると、まずは大きな間違いはないと思います。
〇四つの原理を修行課題に
幸福の原理は、実際には、これ以外にも数多くの深い教えを持っており、それは私のさまざまな著書に説かれていますが、ここでは、「人間を幸福にする四つの原理」と題して、分かりやすい切り口で述べてみました。
これを、伝道の切り口にしてもよいし、公案として、自分自身の反省や瞑想に使ってもよいでしょう。研修などのなかで、座禅しながら、「『奪う愛』の苦しみからの脱却」という公案について考えたり、「頭の悪さを嘆く暇があれば勉強を」という公案について考えたり、「反省すると悪霊が抜ける」という公案についてみたり、「念いは実現する」という公案について考えてみたりするのです。こういうことによって、修行もいちだんと進むのではないかと思います。
【大川隆法『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理」より抜粋】
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幸福の科学の教えの第四は「発展」です。
この時代に根本仏であるエル・カンターレの本体意識が地球に下生した理由の一つとして「地獄領域の解消」が挙げられます。私たち仏弟子の使命は「この地上に仏国土ユートピアを建設すること」です。具体的に言えば、この地上を、天上界の五次元世界のような天国世界を建設することです。それは、同時に、地上の四次元領域である地獄領域を駆逐することを意味します。本日の引用ではこのように説かれました。
『この世が仏の国になれば、それが、すなわち、地獄の縮小につながっていきます。地獄そのものを消そうとしても、なかなか消せるものではないので、まず、地獄への供給源、地獄霊への供給源を絶たなければいけません。それには、この世が仏国土になることです。そうすると、地獄霊の供給が止まります。そして、地獄にいる人たちも、だんだん、反省をして順番に上がっていったら、地獄霊は数が減っていくのです』
地獄というあの世の領域は、地上の世界に近い、四次元世界の一部分にすぎませんが、拡大し続けています。幸福の科学が世界に広げようとしている「発展」の原理は、私たちが魂の修行の場所として現在生きている地上世界を仏が望むような理想郷としての仏国土を建設するための原理です。これは同時に、あの世の地獄をなくす運動とも連結していることが本日のポイントです。地上に仏国土が実現すれば、地獄界はなくなるわけです。
これは、教典『地獄の法』の重要ポイントでもあります。地獄界をなくすために、『地獄の法』を広げることは、同時に『仏国土ユートピア』を実現することにもつながります。
地獄領域をなくす方法には、大きく二つあり、一つが本日の学びである、「地上を仏国土へと発展させる」ことと、もう一つは、「地上の文明を崩壊させて、地獄領域へのエネルギー供給を断つ」という方法があります。
史上最大のメシアが、いま地上に降りている理由は、この文明をさらに進化発展させるために、主の教えを世界中に広げることで、地上とあの世の地獄をなくしながら、新たな宇宙時代を切り拓くためです。この地獄領域を少しでも減らすために、教典『地獄の法』も説かれています。特に、第5章の「救世主からのメッセージ」には、今、かつてない危機にある地球を「悪魔の星」にしないために、私たち仏弟子がなすべき「エル・カンターレ信仰」の確立と四正道の実践への願いが込められています。
発展とは、あくまでも、『仏国土ユートピア建設』に向けた、個人の悟りの高まりであり、それを総合した天国世界の実現です。この意味において、四正道の「愛」「知」「反省」も最終的には「発展」の法門に収斂されます。本日の引用ではこのようにありました。
『「愛」「知」「反省」が上手にクリアできると、やはり、発展の原理のほうも正当な方向に流れていきます。
人を愛する方向で、発展はなされていきます。知の原理における、さまざまな学びも、発展に寄与していくことになります。反省において、「人生の失敗、あるいは、自分の間違い、悩みなどを、一個一個、解決していく。そういう問題を研究し、分析し、そして答えを出していく」ということによって、また発展への道に入ります。
「愛」「知」「反省」は、どれも、「発展」の流れに入るための方法でもあるのです。そういうことを通過して発展の原理に入ると、まずは大きな間違いはないと思います』
「四正道のなかの、「愛」「知」「反省」は、どれも、「発展」の流れに入るための方法でもあるのです」という言葉が印象的でした。
この発展の結果として生まれる仏国土ユートピア建設のために必要なのが主の御名と御教えを伝え広げる伝道です。
四正道を世界中に広げるために、
「人間を幸福にする四つの原理」を伝道の切り口にすること。また教学において考えを深める公案として、自分自身の反省や瞑想に使ってまいりましょう。座禅しながら、「『奪う愛』の苦しみからの脱却」という公案について考えたり、「頭の悪さを嘆く暇があれば勉強を」という公案について考えたり、「反省すると悪霊が抜ける」という公案についてみたり、「念いは実現する」という公案について考えてみましょう。
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史
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