(7/9-1) 【基礎教学通信】190【7月9日】『正義の言葉「仏説・降魔経」を読む7悪魔の軍隊 四 妄執(もうしゅう)―「仏陀再誕」人類の「第二の創世記」が始まる―『宗教の挑戦』一神教と多神教の統合

正義の言葉『仏説・降魔教』

36 天知る 地知る 我知る 他人(ひと)知る 悪事は必ず知られる。

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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おはようございます。
7月7日は主の御生誕日でした。1956年7月7日午前7時ごろ、主は一切の衆生救済と地球を越えて銀河系を超えた宇宙の法を説くべく、徳島は川島の地にご生誕されました。
この日は、人類史上最大の奇跡として後世に語り継がれます。私たちは、2000年、3000年後には神話として残るであろう歴史的事実に立ち会っているのです。
伊勢支部では7/12(日)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。

この聖なる日に、支部に相集い、主への感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきます。皆様万難を排してご参集ください。

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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法 
初期重要講演集⑥悟りに到る道』から第2章の「仏陀再誕」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九〇年十月二十八日に、一九九一年七月の「エル・カンターレ宣言」に先立ちて、縁生の弟子達へ、仏弟子の本懐である伝道に邁進せよと激励された、再誕の仏陀の獅子吼です。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法初期重要講演集⑥悟りに到る道』第2章「仏陀再誕」
2 人類の「第二の創世記」が始まる

過去、あなたがたが学んだるところの人類の精神的遺産なるものは、
わずか三千年、四千年の歴史のなかに遺されているものであろう。
それも一つではあるが、それ以前より、悠久の昔より、
この地球に、地上に、あなたがたの魂の修行の場に、真理を打ち立て、
この真理の下に人類の存在を導いたは、わが念いに発している。
その間、億と名のつく歳月を私は見守ってきた。
今日に至るまで、いったい幾千、幾万の文明が、
この地上に生まれては消えていったことであろうか。
その歳月を、地上に下りることなく見つめてきたのが私であります。
すべての人類の思想と、
彼らのよりどころとすべき精神的価値の基盤を決めたのです。
そして、その精神的なる価値の基盤に基づいて、
さまざまなる宗教家が、思想家が、この地に生まれ、
わがこの理想を、さまざまなる個性ある表現として問い続けてきた。
私は、それが、人類の劫初(こうしょ・仏教用語・この世の始め)よりの、
無限に近い昔よりの出発点より決められた方向に基づいて展開してきた事実を、
今、あなたがたの前で再確認するとともに、
これより後、二十一世紀以降の全人類の運命を決するものは、
現代の日本において、わが発する言葉より生まれ出ずる新文明であることを、
明言しておきたいのであります。

すべて、物事には始まりがあり、終りがある。
今、過去の文明が、もう終わる時期が来た。
私は、人類の過去の文明の幕引き役として、今、現れ、
新しき時代の幕を開けるべき役としてもまた、現れた。
わが現れたるは、過去の宗教や思想や信条は、このようなものは、
海の藻屑(もくず)となり果てるとも構わぬという天の意思表示である。
これより、すべてのものは終わり、すべてのものが始まるであろう。
あなたがたは、新しき創世記を、その目に見ることになるであろう。
これから、人類の「第二の創世記」が始まるのです。
今、伝承として語り継がれているところのさまざまな神話のなかに、
あなたがたは、かつての創世記を垣間見ることできるであろう。
窺(うかが)い知ることができるであろう。

しかし、私はあなたがたに言う。
今こそ「第二の創世記」であることを。

後の世の人々は、人類の歴史が、
私たちが西暦と呼んでいるところの、この一九〇〇年代の終わりから、
始まることを知るでしょう。
これより以前にあったことは、
おそらく、人々の記憶の底から消えることになるでしょう。
それは、人間が地上に住む以前の、神代の世界の出来事であって、
人間がこの地上に住むようになって文明をつくったのは、
それだけの天変地異もまた、起きるということです。
文明の大部分が姿を消すかに見えるような、
そうした時節が近づいてきております。

【『大川隆法初期重要講演集⑥悟りに到る道』第2章「仏陀再誕」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第七番目、最後の経文である『仏説・降魔経』についてです。

『正義の言葉「仏説・降魔経」』は、『仏説・正心法語』の最後を飾るお経であり、今までにない経文だと言われています。悪魔との対決についても、「幸福の科学」の基本教義として、明確に根本経典の中に入っています。それでは、引き続き経典『仏陀の証明』より主の御解説をご紹介いたします。
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●悪魔の軍隊 ④妄執(もうしゅう)
「妄執」は、狂ったように何かに執われ、執着することです。

情欲でも、異性全体に対してではなくて、特定の人に対して狂ったようになる人がいます。それも、たとえば、許されるはずもない人妻に狂ってみたりします。

あるいは、特定の地位などに、すごく執われることもあります。「なんとしてでも・・・」と、そのポスト、椅子にこだわって、「この出世が遂げられなければ窓から飛び降りてもかまわない」と思うような人も、なかにはいます。そこまでこだわる人もいます。

哀れといえば哀れなのですが、この妄執に捕われている人というのは、なにがなんでもそれに熱中してしまい、それ以外には聴く耳を持たないのです。バケツで水でもかけないと、目が覚めません。「なぜそのようなことに捕われるのか」と言っても、どうしてもわからないのです。
このように、念いが集中する部分も、魔が狙ってくるところです。本人がそう思っている部分を、さらに魔が、輪をかけるように攻撃してきます。火に油を注いてくるのです。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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心の指針193 『色情の悪魔』
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色情の悪魔は手強い。
そもそも、食・性・眠は、
肉体を持つ人間としては逃れがたい本能である。
仏法真理をくらますようになってくると、
その本能は「煩悩」と呼ばれる。
人間として生きていく力、
自分を護る機能、
自分を拡大していく本能と
一致しているため、
食欲や性欲、睡眠欲を否定することは、
人間としての自己の存在を否定しているかに見える。

現代文明では、
食欲の苦しみは、飽食の悩みにかわられつつある。
睡眠欲は、薬でもコントロールできそうである。
性欲は、伝統的宗教の戒律をなし崩しにして、
性病対策やアブノーマル性欲問題へ移行しつつある。

現代にも悪魔は暗躍しているが、
性欲問題、つまり色情が
一番混乱は起こしやすいようだ。

夫婦問題や家庭問題は、
砂の城のようなもので、
ちょっとした嫉妬や、
自己中心の発言で波に崩されやすい。

人として生きるにあたって、
ささやかな間違いはあろう。
しかし炎はボヤのうちに消し止めるのがよい。
家が燃えはじめると皆驚くが、
炎が煙を上げるまでは、
油断するものだ。
悪魔につけ入るすきを与えるなかれ。
皮一枚の美に、惑わされてはならない。

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☆悪魔の十の軍隊☆
①欲望
②嫌悪
③飢渇
④妄執
⑤ものうさ・睡眠
⑥恐怖
⑦疑惑
⑧「みせかけ」と「強情」
⑨誤って得られた利得・名声・尊敬・名誉
⑩自己をほめたたえ、他人を軽蔑する

「マッチポンプ」という言葉がありますが、これは、自分の感情にマッチで火をつけて、ポンプで油を注いで、その感情を自分で燃え上がらせるようなことを指しますが、時折、自分の心を点検していると、自分がマッチポンプになってしまっていることに気が付くことがあります。ネガティブな感情の火が燃え続けてしまい、心がどんどん炎上する感じでしょうか。

また、グルグル思考に陥って、同じことばかり繰り返し考え続けていることがあります。
それも、何かの解決方法があるならいいのですが、それを今考えても解決方法がないことを、本当に犬が同じところを回り続けるように考え続けて、ひとり疲労していることがあります。こんな時は、魔が近くにて、私たちの負の感情をあおっていますので、注意しましょう。

こんな時は、さっぱりあきらめることも重要です。性格的なさわやかさを取り戻すために、物事にこだわり過ぎないという心がけも必要です。何かにこだわって、執着して拳を握りしめてしまっている手を放してみると、心がすごく楽になることがあります。そのために、しっかり正心法語を読誦して、瞑想・反省をして、湧き上がるネガティブな感情をしっかりと止めなければなりせん。それをせずしてほっておくと、心境がどんどん悪くなって、ひどい場合には、その感情が、生霊の発生や、呪いや憑依につながります。このあたりは経典『地獄の法』の第三章「呪いと憑依」に詳しく教えていただいていますので、読み返してみましょう。心のコントロールはとても大切です。

考えてもしかたがないことに関しては、さっぱりあきらめましょう。自分のためにも、そして相手のためにも。
そして、今できること、今しかできないことに集中するです。主は常に主を愛し、隣人を救い助けることを求めています。
心が揺れるときそこ、主エル・カンターレに集中するときです。

とくに、本日のテーマ「妄執」のように、何かにこだわる気持ちを自ら起こして、それに対する執着を倍加するために、常にそのことばかり考えてしまうところは、悪魔が常に狙うところです。悪魔は、人の持つネガティブな感情を増幅するために、欲やこの世的価値観で私たちの心を揺さぶってきます。

人の世の苦しみのなかに、「求不得苦・ぐふとっく」というものがあり、求めても得ることができない苦しみは、人の世の常です。欲しい欲しいという妄執の煩悩の炎を打ち消して心の平和を取り戻すことで、魔の攻撃から心の調和を守ることができます。

悪魔の攻撃である「妄執」に対しては、仏教の教え「三法印」を思い出すだけでも、打ち返すことができます。例えば「諸行無常」の教え―この世に常なるものはなく、常に変転してゆきとどまることがない―や、「諸法無我」の教え―本来、我なし、我がものなし、すべては仏によって生かされているもの―さらに、「涅槃寂静」という、完全な平静のなかで心の自由と平和のなかに参入するために、禅定を通して、心のなかの引っかかりをすべて断ち切り、すべての執着や煩悩の炎を吹き消したら、魔は近づくことさえできません。このように「空」と「無我」の考え方によって心の執着を取り去ることが、魔を退けることにおいては大変重要になります。難しい教えではありますが、ともに学んでまいりましょう。

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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第6章「世界宗教への道」
○一神教と多神教の統合

さらに、一神教と多神教の問題があります。

これは結局において、造物主、創造主というものと、地球系霊団の人格神とを分けて考える以外に道はないし、そう考えることが、世界の宗教が一つになるための早道だと思います。

人格を持って地上に出てくる、あるいは霊天上界において人格をもって地上の人を指導する神というのは、この大宇宙を創った神と考えるには、スケールにおいて若干小さく見えることは否めません。大宇宙の神自体が、人間になったり、人間を直接指導したりするというのは、やはり考えにくいことでしょう。

根源神、あるいは根本神、根本仏と言ってもよいけれども、人格を持たない巨大な創造エネルギー、根源的なる力があるということは、やはり認めるべきです。これをいわゆる神という言葉で呼ぶかどうかは別して、根源神、根本仏、宇宙の根源、光の根源自体はある。これを認めることが、東洋と西洋の宗教をまとめるためには、どうしても必要な考え方だと思います。

それを認めたうえで、この地球系ということに限った霊団のなかに、人格を持った偉大な神霊がいることを知るべきです。この偉大な神霊も、九次元というところには、私が説いているとおり、十体の神霊がおります。(拙著『太陽の法』幸福の科学出版刊 参照)。そして、この下になりますと、如来界というところでは、さまざまな宗教で神あるいは大天使と言われるような方が何百人もいらっしゃるわけです。さらにその下の菩薩界へ行けば万の単位の方が活躍しておられます。

そうしますと、「本来、一神教か多神教か」と言われるわけですが、それは論の立て方にもともと問題があるのです。「一神」と言われる場合と、「多神」といわれる場合の「神」の概念が同じではないからです。

「天使」を「神」と呼びかえると、多数の天使が実際にはいるわけですから、多神となります。また、もし「造物主」という意味であれば、本来は一体しか存在しませんので、世界の宗教は一神にまとまるでしょう。しかし「人格を持った神」ということになるならば、同じ一神の場合でも、これは選択の問題が発生することになります。

その民族、あるいはその地域、その宗教を特別に守護している九次元神霊を唯一と捉えるならば、それがその一神になります。しかし、残念ながら、それでは世界を包括できていないのが、人類の歴史を見るかぎり明らかです。砂漠の神様は、唯一の神と称されても、残念ながら全世界を統合することはできないでおります。

それはなぜかというと、結局、世界には二つの思想が流れているからです。調和の面が強い思想と、進歩の面が強い思想が出ていて、この二つの思想は、それぞれ矛盾しながら両立しているのが現実なのです。

仏教は、争いを好まず、心の調和を中心とした思想です。他方、砂漠地帯の思想であるキリスト教、ユダヤ教、イスラム教などは、二元的対立を念頭においた宗教だと言えます。争いが選択を生み、選択が結果しての進歩をもたらす構図が浮かびあがってきます。二元論的思想枠のなかでの一神論的選択行動が、戦争を肯定し、恒常化する傾向さえあります。そこに進歩重視の姿勢があると言えましょう。

しかし、調和を中心とした場合には、争いがなかなか起きにくいものです。他面、争いが起きにくいかわりに、「東洋的停滞」と言われるようなものがそこに現われてきます。

こういう二つのベクトルが明らかにある以上、霊天上界の人格神といわれるグループにも磁場が二つある、ということを肯定すべきでしょう。進歩、進化を中心に司っているところと、調和を中心に司っているところと、二つの磁場があると見たほうがよいのです。これを認めなければ、統一的な唯一神信仰はなかなか難しいものがあるのではないか。そのように私は考えます。

以上、真に世界宗教の成立する条件として、神と仏の概念の整理、および一神教と多神教の問題というものを取り上げてみました。

【大川隆法『宗教の挑戦』第6章「世界宗教への道」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史 

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