38 罪の赦(ゆる)しが、愛の実践なのだ。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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おはようございます。
7月7日は主の御生誕日でした。1956年7月7日午前7時ごろ、主は一切の衆生救済と地球を越えて銀河系を超えた宇宙の法を説くべく、徳島は川島の地にご生誕されました。
この日は、人類史上最大の奇跡として後世に語り継がれます。私たちは、2000年、3000年後には神話として残るであろう歴史的事実に立ち会っているのです。
伊勢支部では12(日)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。
この聖なる日に、支部に相集い、主への感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきます。皆様万難を排してご参集ください。
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法
初期重要講演集⑥悟りに到る道』から第2章の「仏陀再誕」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九〇年十月二十八日に、一九九一年七月の「エル・カンターレ宣言」に先立ちて、縁生の弟子達へ、仏弟子の本懐である伝道に邁進せよと激励された、再誕の仏陀の獅子吼です。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法初期重要講演集⑥悟りに到る道』第2章「仏陀再誕」
3なぜ再誕の仏陀は現代日本の地に生まれたのか
さあ、それがいなかる結果として―、霊界にすでに起きているところのそのような出来事が、いかなる結果として、この三次元の世界に、いかなる時に、いかなる形を取って現れてくるかは、私はむしろ知りたくもない、見たくもない、聞きたくもないというのが真実であります。私の意識は、その一点から常に外れています。知りたくないのです。見たくないのです。聞きたくないのです。
けれども信じたい。これが、新しい文明の生みの苦しみであることを。その陣痛であることを。勝利のための苦しみの声であり、悲しみの声であることを。
願わくば、その危機の時代に苦悩する人の数を減らしたい。彼らの多くに、「それは霊的世界には起きたが、この地上には起きずに止まったよ」と言ってもあげたい。
しかし、それをすべて実現することは、おそらくは難しいことでありましょう。あるものは起き、あるものは起きない、そのような事態となるでしょう。そして、まさしく、その現在進行形のなかに、私たちの活動もあるということを言っておかねばなりません。
この地球に、さまざまなる天変地異や人災が起きてくるのは、決して、特定の誰かがそうしたいからではありません。
私たち一人ひとりにも、己の思いと行いによって運命が展開するように、五十億人(説法当時)に上る人類も、その共通の想念の集積によって、現在と未来の運命がつくられる。それゆえに、二十世紀までに全人類がため続けてきたところのその想念の集積は、わずか数年の、あるいは十年、二十年の間ではいかんともしがたいものがある。自らがつくってきた想念の集積によって、自らの運命を招き寄せ、それを享受するならば、それもまた致し方ないことでもあろう。
しかし、私は、その危機を百パーセント回避することが、たとえできないにしても、何ゆえにそのようなことが起きるかということを言っておきたいのです。人々がこの地に、地上に生きている間に、そうしなければ、彼らの多くは、長らく闇の淵のなかに沈むことになるからです。
この地上にはさまざまなる罪がありますが、
最大の罪は「真理を知らない」という罪であります。
真理は、いつの時代にも伝わっているのに、真理を理解できる人は稀である。
その理解できる程度に応じて、人びとはその運命をつくる。
国としての運命を、全地球の運命をつくる。
それは原因・結果の法則であって、
この宇宙ができたときより決まってはいるものであるが、
その原因と・結果の連鎖を当然として傍観するのに忍びなく、
私は、今、地上に出てきたのです。
見ていることができないから、「それが法則であるから」と、
「あなたがたはその運命を甘受せよ」と、見捨てることができないから、
今、この地に、このちっぽけな日本の地に生まれました。
霊天上界から見れば、地球など小さな塊です。
日本など、そのなかの一点です。
この小さな一点のような、この小さな小島に、肉体を持って生れ落ちて、
そして、その声で、その言葉で、
五十二億人の人に真理を知らしめねばならんという、
この重荷よ。このつらさよ。
あなたがたに分かるか。分からないであろう。
しかし、やらねばならぬことであるならば、
己自身で決めたことであるならば、
あえてその役目を全うせんとして出てきたわけです。
【『大川隆法初期重要講演集⑥悟りに到る道』第2章「仏陀再誕」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第七番目、最後の経文である『仏説・降魔経』についてです。
『正義の言葉「仏説・降魔経」』は、『仏説・正心法語』の最後を飾るお経であり、今までにない経文だと言われています。悪魔との対決についても、「幸福の科学」の基本教義として、明確に根本経典の中に入っています。それでは、引き続き経典『仏陀の証明』より主の御解説をご紹介いたします。
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●悪魔の軍隊 ⑤ものうさ・睡眠(すいめん)
「ものうさ」は、だるい、気だるい、めんどうくさいということです。それに加えて、寝てしまうこと、「睡眠」も挙げています。仏教では睡眠を「すいめん」と読みます。
この部分は珍しい表現ではありますが、私が過去いろいろ経験したところによると、悪霊に憑かれている人というのは、おもしろいことに、真理の話を聞いていると、それが聞けなくなってくるのです。
たとえば、悪霊教団に長く浸かっていたりしたために、悪霊に強度に憑依をされている人というのは、私の講演等を聴いていると耳が遠くなってきて、声は聞こえていても、言っていることが頭に入らないのです。耳栓をしてプールに潜っているようにボーッとしてしまい、声は聞こえているのに、意味が頭に入りません。
あるいは、私の著書を読んでも、文字が光っていて見えなかったり、字面は読めても、内容がどうしても頭に入らなかったりします。私の著書はそれほど難しい言葉で書いていませんから、一般的な教育レベルの人であれば、書いてあることの意味は分かるはずなのですが、読んでも読んでも頭に入らないのです。ちょうど、水と油のように弾いてしまうのです。
このように、目で読んでも耳で聞いても入らなくて、私が説法すると、あっという間にコクッと寝てしまう人が現実にいるのです。
これは、小悪魔まで含めて、悪魔の連中につかれている人は、私の講演会などに来ても、悪魔が聞かせないようにするからです。その人が説法を聴いてそれを理解すると、判断する基準が出来てしまいます。そして目が覚め、自分が信じていた教えを「おかしいのではないか」と思いはじめると、悪魔は憑いていられなくなるのです。憑いている人を眠らせるという能力を、悪魔は本当に持っているのです。
これは、実体験がないほうがよろしいとは思いますが、実体験があれば、本当によくわかります。ものの見事にコクッと寝てしまいます。昼間でもそうですから、夜なので眠いというわけではありません。悪魔は、そのように、話を聞こえないようにさせる力を持っているのです。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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☆悪魔の十の軍隊☆
①欲望
②嫌悪
③飢渇
④妄執
⑤ものうさ・睡眠
⑥恐怖
⑦疑惑
⑧「みせかけ」と「強情」
⑨誤って得られた利得・名声・尊敬・名誉
⑩自己をほめたたえ、他人を軽蔑する
睡魔が襲うという言葉がありますが、悪魔の常套手段の一つでした。仙台正心館で聖務をしていた時に、ある日、霊症問題で悩んでいる人に、ご本尊の前で、「永遠の仏陀」を音読していただくようお願いしたことがありますが、2ページ、3ページ読み終わらないうちに、うとうとして本を落としてしまうようなことを目の当たりにして、驚いたことがあります。
霊症状態になってしまうと、本当に真理の書籍が読めないということがよく分かりました。
仏教に五蓋(ごがい)という、仏道修行の妨げになる5つの心の蓋(ふた)という言葉があります。五蓋(ごがい)とは、仏教で修行の妨げとなる5つの煩悩のことです。本日紹介した悪魔の軍団のものうさ・睡眠は、五蓋の一つである「惛沈睡眠蓋(こんじんすいめんがい)」に含まれます。惛沈睡眠蓋は、心身を沈みこませて眠気をもたらし、集中力を妨げる状態を指します。
五蓋は具体的には以下の5つです。
○貪欲蓋(とんよくがい):強い欲望や執着心のことです。
○瞋恚蓋(しんにがい):怒りや憎しみなどの感情のことです。
○惛沈睡眠蓋(こんじんすいめんがい):心身が沈み、眠気や倦怠感に襲われる状態です。
○掉挙悪作蓋(じょうこおさがい):心が落ち着かず、そわそわしたり、後悔したりする状態です。
○疑蓋(ぎがい):疑いや迷い、不信感のことです。
五蓋は、私たちの心を覆い、集中力や判断力を鈍らせ、修行の妨げとなるため、克服すべき対象とされています。睡眠もまた、心身の活動を低下させ、集中力を奪うため、五蓋の一つとして挙げられています。
詳しくは、精舎限定経典『五蓋反省法』がございますので、ぜひ拝受ください。
何かをするにしても気だるく、やる気が起きないときも、私たちは、もしかしたら、悪魔の攻撃を受けているのかもしれません。支部になんとなく足が遠のいているとき、精舎になかなか足が運ばないときに、すこし、立ち止まって、「正心法語」の全編読誦、特に降魔経を唱えて、教学や、反省などを通して、魔を遠ざけて、主の光を呼吸するように吸収しましょう。
なんとなく支部や精舎に行きたくないな。と思っている時ほど支部や精舎に足を運んでください。
私たちは神仏から流れるエネルギーによって生かされています。悪魔はこのエネルギーの供給を常に邪魔するために、あの手この手を使ってきます。
悪魔もかつては、人間であり、古くは主から愛された存在ではありますが、自らの悪想念によって、心に曇りをつくり、神仏から直接生命エネルギーを得ることができません。だから、地上の人間に取り憑いて、人間が発する悪想念をまるで吸血鬼のように吸い取って、活動のエネルギーにしています。
ですから、地上の私たち人間が直接、神仏に常につながっていることがとても大切です。『正心法語』を大切に上手に使って、悪魔を退けて、天使や菩薩を引き寄せてまいりましょう。
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心の指針86 『自分に厳しく』
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自分を甘やかしている人はダメだ。
自分を甘やかす人は、
必ず他人から何かを奪っているのだ。
どこの会社でも、
二割の社員が、
残りの八割の社員の生活を支えている。
しかし、支えられているはずの八割の社員は、
そのことに気づかず、
自分は給料分以上働いているつもりでいる。
二割の社員が全社を背負って、
黙々と働いているにもかかわらずだ。
他人から与えられた仕事をこなすのはあたり前だ。
他人より少なく働いて、
他人より多くの給料をもらおうとか、
他人よりはやく出世しようとか、
そんなズル賢いことを毎日考えているようでは、
地獄行きの指定席のキップを買ったようなものだ。
与えられるのを待っていないで、
仕事は自分で発見せよ。
いい仕事をすることは、
ツルハシで金鉱をほっているのと同じだ。
休んだり、怠けたりしていては、
金の輝きに出会う喜びは遠のくばかりだ。
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第6章「世界宗教への道」
○ 世界宗教の中心概念
次に、個別の法あるいは教えのレベルで、問題を整理してみましょう。
全世界を覆っている宗教のなかで、どうしてもこれだけは取り出さなければいけないという教えは、やはり愛と反省ということになるのではないかと私は思います。
キリスト教系の中心にある思想は神の「愛」ですし、仏教系の中心にある思想は「反省」ということです。しかも、キリスト教系の愛という思想は、仏教系には慈悲というかたちですでに現われておりますし、仏教系の反省という考え方は、キリスト教では懺悔(ざんげ)というかたちで既に現われておりますので、これを思想の核とすることには、両者とも異議がないだろうと思います。
また、モーセのユダヤ教は神の「義」ということを大事にしますが、この「義」というものも、結局は、神の掟、理(ことわり)というものであり、これは別の意味においては、神の愛と翻訳すべきものなのです。たとえば、旧約聖書には、「あなたの義によって、私を生かしてください」(詩篇一一九篇四〇)、「どうかあなたの義によって、私の魂を苦しみから連れ出してください」(詩篇143篇〈ダビデの賛歌〉一二)などの表現があり、義が単なる正と邪の裁きだけではなく、神の愛によって裏打ちされていることを感じさせます。
このように、それを守っておれば人間は幸福に暮らすことができる、そうした神の愛を定型化したものが義です。その掟を破った者には、やはり悪い運命がくだってきます。したがって、掟を破った場合には、そこで懺悔なり反省なりが必要とされるわけです。また、神の愛によって許しがなされるのです。
要するに、義という概念も、愛と反省のところを中心に説いてゆけば基本的にはカバーできるのではないか、と思うわけです。
したがって、まず愛と反省というところを中心概念として抑えるべきであろうと考えています。
【大川隆法『宗教の挑戦』第6章「世界宗教への道」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史
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