(6/6-1)【基礎教学通信】157【6月6日】『解脱の言葉「仏説・八正道」』を読む9正思―心の三毒の点検と正しい判断―「常に仏陀と共に歩め」創られたものとしての痕跡―『宗教の挑戦』夕日を眺める猿

『解脱の言葉「仏説・八正道」』

5 一体、何歳になったら、「お返しの人生」という言葉に出会えるのか。

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

7/5(日)~7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13 
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、常に主と共にあるために、教典『大悟の法』から第5章の「常に仏陀と共に歩め」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、法シリーズ七巻目の本書において「仏教の根本命題である「上求菩提・下化衆生」の一念を、この書に託した渾身の一冊として仏弟子に開示いただいています。主の御生誕祭に向けて、さらに神秘性と合理性、仏陀とヘルメスの併せ持つ力を日々の救世活動に生かし、「上求菩提・下化衆生」の両輪で、主の御手足としての使命を果たすために、しっかりと学んでまいります。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き2000円】
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■『大悟の法』第5章「常に仏陀と共に歩め」
2 瞑想のなかで見えてくるもの
○創られたものとしての痕跡

さらに、心のなかの内なる目を凝らして、じっと見ていくと、実は動植物のなかにも金色の部分があることが見えてきます。動物にも心があり、植物にも心があることが、非常によく見えてくるのです。

鎌倉時代の僧侶に、名僧と言われた、華厳宗の明恵(みょうえ・一一七三~一二三二)という人がいますが、この人は霊能者だったようです。

彼に関する文献を読むと、次のようなことが書いてあります。

あるとき、夜も更けて、炉ばたで眠っているような姿勢で坐っていた明恵が、弟子に、「ああ、かわいそうに。もう食いついたかもしれぬ。いま、大湯屋の軒の巣のスズメが蛇に飲まれそうになっているから、火をつけて急いで行き、追い払え」と言うので、弟子が「ほんとうかな」と思って裏に行ってみると、まさしく、蛇がスズメを呑み込もうと狙っているところであったというのです。明恵は、暗闇で遠方のことまでが見えたということです。

これは、霊能体質であれば、そのとおりなのです。ほんとうによく分かるのです。そういうたぐいのことはたくさんあります。

ただ、霊能体質であっても、この世的に、あまりガサガサした状態だと分からないのですが、瞑想状態に入ると、そういうことが非常によく分かるのです。

深い瞑想に入ることによって、さまざまな世界とつながっていき、いろいろなものが見えてきます。動物の心の動きも分かるし、植物の考えや気持ちまで分かってきます。深い深い定に入っていくと、そこまで通じてくるのです。

そして、何十キロも何百キロも離れた所にいる人の考えていることや思っていることが、何らかの縁があれば、その縁を通じて分かってきます。「この人は、いま、こういうことを考えているのだな」ということが、すっと入ってくるのです。

私の場合は、たとえば、ある国の大統領が今何を考えているかを知ろうと思えば、天意の許す範囲で知ることができます。コンピューターにアクセスして情報を取るように、その人の考えていることが見事に分かるのです。あまり関心を持ちすぎると、大変な情報が入ってきて困るほどです。

このように、自分の内のほうへ深く入っていくと、実はそのなかに、無限の宇宙へと伸びている道があるのです。無限の宇宙から各人のなかへとつながっているものがあるのです。

それは結局、人間以外のものも含めて、この地上に存在が許されているすべてのものには、被造物、すなわち創られたものとしての痕跡があるということです。人間であれ、動物であれ、植物であれ、みな、創られたものとしての痕跡があるのです。

創られたものとしての痕跡とは、その生き物をあらしめようとする力が宿っているということです。犬であろうと猫であろうと人間であろうと、男であろうと女であろうと、存在にはすべて、それをそのようにあらしめようとする力が宿っているのです。

そのあらしめようとする力は、「仏性」という言葉で読んでもよいのですが、表れ方においては、心の法則として表れています。すべての存在が、心の法則を持ち、その心の法則に則って生きているということが、創られたものとしての痕跡なのです。

【大川隆法『大悟の法』第五章「常に仏陀と共に歩め」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように続きます。
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第二の 道は 『正思』なり
冷静に 己の 内を 見つめては
心の 実相 掴むなり
まず 煩悩の 火を鎮め
執着の 思いを 除き はじむべし
執着とは 
心の 中の こだわりなり
貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)の 三毒なり
貪とは むさぼりの 心なり
瞋とは 怒りの 心なり
癡とは 愚かな 心なり
自分の 保身に こだわりて
他人を 害し
結局は
自己をも 滅ぼす 所業なり
獅子 身中の虫 己心の魔
仏性の敵 そこにあり 

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The second step is ‘right thought’
Look within yourself calmly
And find the truth of mind
First, soothe the flames of worldly desire
And remove your attachment
Attachment is what sticks to your mind
It originates from the Three Poisons
Greed, anger and foolishness
If you are too concerned
About defending your own interests
You will harm others
And will eventually damage yourself
This is a thorn in your mind
Here is the enemy of Buddha-nature

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正思とは、正しい思い、正しい考えということです。正思は難しいですが、非常に宗教的な部分です。

正思の反省として一番簡単なのは、「心の三毒」といわれる「貪・瞋・癡」のチェックです。これを反省すれば、かなりよくわかるのではないかと思います。

もちろん、「貪・瞋・癡」には、八正道の項目の中で、正思以外にも、つながっているものが当然あります。

たとえば、「瞋」でしたら、怒ると激しい言葉が出ることもあるので、正語にも当然つながっていきます。「癡」も、ほかの項目と関係がないとは言えません。愚かだからこそ、正業ができないこともあるし、愚かだからこそ、正精進ができないこともあるし、愚かだからこそ、念いを集中したり、教えを正しく記憶したりする正念ができないことも、当然あると思います。

ただ、「貪・瞋・癡」は一般的には心の問題なので、正思として捉えてよいと思います。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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つづいて、経典「八正道の心」より抜粋をご紹介いたします。
この経典は、もともと会内経典でしたが、HSU開学を前に、一般書として書店でも頒布されている大変ありがたい経典です。お持ちでない方は是非拝受ください。【税抜き1500円】
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〇八正道の第二―「正思」
・正語と正思の兼ね合い
八正道の二番目は正思です。
当会は、正語について比較的、いろいろなことを教えています。

私は今回、わりに早い段階、最初の悟りを得る段階において、八正道というかたちではありませんでしたが、正語のところに反省が入りました。私は、正語のところで、ずいぶん苦しみ、いろいろなことを考えたので、正語に対しては思いが深いのです。(注・今世、悟りを開いたときの順序として「正語」を八正道の第二番目として説明したこともある。『「悟りの発見」講義 宗教法人幸福の科学刊 参照』)

正見は、前述したとおり、意外に難しく、初期の段階、悟りを開く前の段階で、「正しい信仰」「正しい信条」「正しい見解」などと言っても、そんなにスパッとはわからないものなのです。しかし、正語のほうは、わりと簡単に反省できます。

なぜなら、「正しく語ったかどうか」ということは、この世の法、ルールと、それほど大きく変わらないことだからです。

言葉をどう使ったかを点検して、正思との兼ね合いで、「正しく考えたかどうか」ということを点検していくと、よくわかるのです。心のなかで思ったことというのは、なかなか点検しにくいのですが、外に出たものは、わりによく分かります。自分が発した言葉と、人から受けた言葉を分析していくと、心のあり方はよく分かってきます。

正語の反省は具体的なので、初心者にとっても、比較的やりやすいだろうと思います。

【大川隆法 『八正道の心』より抜粋】
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さらに、経典「悟りの挑戦」より抜粋をご紹介いたします。お持ちでない方は是非お求めください。
『悟りの挑戦』が仏陀自身による仏教解説であることがわかることだろう。―『あとがき』
【税込み1800円】
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〇人生の苦悩の原因
本章の表題は「無明からの脱出」ですが、この「無明」とは、読んで字のごとく、明かりがないような状態、夜中に道なき道を歩いたり、山のなかを歩くような手探り状態のことです。どこでつまずくかわからない、何にぶつかるか分からない、何が自分に向かって飛んできているのか分からない、手にふれるもの、足に触れるもの、どれもこれもが恐怖心をそそるという状態です。この仏教用語を英語では〈ignorance〉と訳していますから、「無知」と言ってもよいと思います。あるいはでは「智恵のない状態」と言ってもよいでしょう。

実は、この無明こそが、人生の苦悩の原因のほんとすべてと言ってもよいのです。明かりがない状態、あるいは智慧の光がない状態のもとに人生を渡っていこうとするからこそ、いろいろな悩みや苦しみが生まれ、その悩み、苦しみに囚われて、深い深い淵に埋没していくのが、多くの人間の姿でないかと思います。

「無明」と一言で言いますが、では、その無明の状態からどのようなことが派生してくるのか、ということを調べてみる必要があると思うのです。これも仏教全体を覆うような大きなテーマですから、細かく分析的に説明はしませんが、代表的な考え方を挙げてみると、「心の三毒」という考え方があります。心を毒するものに三種類あると言われています。

その三種類とは何かというと、「貪・瞋・癡」です。「貪(とん)」というのは、貪欲の貪であり、「むさぼる気持ちです。「瞋(じん)」というのは、「怒り」ということです。あるいは「憎しみ」ととってもよいでしょう。「癡(ち)」というのは、「愚かなこと」について言います。この「貪・瞋・癡」を心の三毒といって、人びとを迷わすものであると昔から言われています。これは出家者のみならず、在家者においても同様です。この三つが迷いのもとになっています。

【大川隆法『悟りの挑戦(上)』第二章「無明からの脱出」より抜粋】
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最後に、「正思」に必要な三つの姿勢について『真説・八正道』から学びます
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〇「正思」に必要な三つの姿勢
①素直さ
第一の姿勢は「素直さ」ということです。
より高次な教えを受けるに際しては、素直な心を持っていなければ受けることができないのです。そうでなければ、それは素通りしていってしまいます。あるいは、光が屈折していってしまうようなものです。
いま、地上に生きている自分にそれなりの肩書があったり、地位があったり、学歴があったり、要望があったりしたとしても、「神仏の創られたこの偉大な空間の中では小さな点でしかない」という事実を知ったときに、自分の思いで世界を測れるはずがないのです。この前提を忘れてはなりません。
したがって、神仏の創られた世界と、その考えを知るためには、心を素直な状態に置かなければ無理です。これが第一です

②自助努力
第二に必要なことは「自助努力」の姿勢です。

私は「自力」ということの大切さについて、だいぶ強調していますが、この考え方は、人をミスリードしやすい、すなわち誤解に導きやすい面があるとも感じています。それは、言葉の解釈によって間違いが起きやすいということです。この自力ということを、もし「自我力」というように捉えるとするならば、神仏の世界に対するアプローチは全くのゼロとなります。それは、地上に生きている三次元人間が、自分の心から湧いてくるとおりに動けばよいということを意味するので、探求・学習というものがまったくありません。ですから、この「自力」という言葉は、”自助努力”と読み替える必要があります。

③謙虚さ
第三に大事なことは「謙虚さ」というものです。これは、「素直さ」とも多少関係があります。
悟りには階梯が付きものであり、その段階を上がっていくわけですが、上がれば上がるほど謙虚になっていくという気持を持っていないと、これもまた光が通りにくくなってきます。自分が高くなると、特別な意識が出てきて、その意識が光を通さなくなっていくのです。
この「特別な意識」とはいったい何でしょうか。それは、「プライド」や「自尊心」といわれるものと非常に近いものです。あるいは、悪い表現をすれば「慢心」や「小成」という言葉にもなるでしょう。ここが次なる関門として非常に難しいところなのです。

【大川隆法『真説・八正道』より抜粋】
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八正道は第二の道は「正思」です。正思の反省は「貪・瞋・癡」の心の三毒を中心にすすめるとよいと教えていただきました。次回以降、この三毒を一つ一つ丁寧に心から抜いてまいりましょう。

また、他の人の話を正しく聞く(聴く)という項目は八正道にはありませんが、これも「正思」のなかに含まれることも、本日の引用にはありませんでしたが、他の経典で説かれています。正しく聞き、正しく語ることはともに「正思」から生まれます。

本日は、「正語」との兼ね合いで「正思」を考えると分かりやすいということも学びました。心の心象風景が具体化するときに人は言葉を発するからです。一日の言葉を観れば、自分が一日何を考え方もつかめるということです。これも大切なポイントです。しっかりと学んでまいりましょう。

幸福の科学で教える「人生の問題集」の解き方の基本は、「四諦・八正道」の一言に尽きます。人生の諸問題を解決するプロセスには4つあります。それが「苦・集・滅・道」の四聖諦です。そこで示された解脱(滅諦)への道、つまり悟りへの道とは「八正道」による中道の道です。それが、「正見」「正思」「正語」「正業」「正命」「正精進」「正念」「正定」の八つからなる仏へ道です。「八正道」は主からいただく光―法力にバランスを与えてくれます。八正道こそが仏教の奥義にあたる修法です。修慧は、知識(聞慧)や、考えを深める(思慧)を習慣化すること(修慧)によって得られる法力です。繰り返し習慣化できるまで共に粘り強く頑張りましょう。

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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第3章「信仰は美しい」
〇夕日を眺める猿

この章では、信仰について述べることにしましょう。

本章を読むみなさんは、「信仰」という言葉にどのような響きを感じているのでしょうか。それは、手垢のついた古い言葉でしょうか。それとも盲信、狂信という響きを持ったものでしょうか。あるいは、他人の意見にはまったく耳を貸さないという、頑なな心を持った人のことをイメージしているのでしょうか。いったいどういう感じを抱いているのでしょうか。

信仰とは人間特有のものである。とも言われます。しかし私は、次のような話を聞いたことがあります。

現在ではスリランカと呼ばれている、インド大陸の南端にある小さな島での話です。猿の生態を研究していたある動物学者が、あるとき唖然とするような光景を目撃したというのです。

それは、一匹の猿が海岸の岩の上に座って、西のほうをジーッと見つめている光景でした。何を見つめているかというと、インド洋に大きな夕日が沈んでゆこうとすることろを、ジーッと見つめていたというのです。

赤く大きな太陽が、次第しだいに海の底に沈んでゆく。その途中で光がインド洋を照らし、海岸の海の底までが透明に見える瞬間がある。その景色を、猿は一時間ほどにわたって、ずっと見ていたというのです。

そして、それを見ている姿が、何とも言えない恍惚感(こうこつかん)―えも言われぬ美しい景色を見ているという様子で、うっとりと見ていたというのです。

その姿を見てその動物学者は本当に驚いたそうです。「これまで、人間だけが真・善・美といった価値観を持っていて、動物にはそのようなものはないと考えられていたのに、どうやら猿にも『美』ということがわかるらしい。しかも、インド洋に大きな太陽が沈んでゆく景色をじっと見ている姿を見ると、何やら宗教的な信仰心まで感じさせるようなものがあった」と述懐したそうです。

この猿が西に沈んでゆく太陽を眺めている姿は、ちょうど人間が西方浄土に向かって、「彼(か)の世界に阿弥陀様がいらっしゃるのだ」と長年にわたって進行していた姿に、極めてよく似ていると思います。

【大川隆法『宗教の挑戦』第3章「信仰は美しい」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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