(5/15-2)【阿羅漢への挑戦】135―44『仏陀再誕』を読む―我に従い来よ―『解脱の言葉「仏説・八正道」』15正業【不殺生・不偸盗・不邪婬】―『真説・八正道』怒られて「ありがとうございました」と言える人は”偉人”―『釈迦の本心』運命論について

『太陽の法』

49 刀剣で斬られる身体の傷は、人生で知って犯した罪、知らずして犯した罪の数と同じになる。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
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■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように続きます。

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第四には 『正業』を こそ
反省せよ
正業とは 正しき 行為の
別名なり
人間として
恥ずべき 行為を 行なうな
身体の 行為を 慎み 反省せよ
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The fourth step is ‘right action’
Right action means behaving in the right way
Avoiding whatever is shameful
As a human being
Be careful about what you do
And reflect on what you have done

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正業とは、「正しき行為」ということですが、もともとの意味は、身体行為、すなわち、殺し、盗み、姦淫、こうしたものにたいする禁止なのです。

「人を殺すな」「盗みをなすな」などということを、経文として書いて、会員に毎日読んでいただくのも少し忍びなかったので、「恥ずべき行為を行なうな」「慎みなさい」というように書いています。しかし、原意は、「殺すなかれ」「盗むなかれ」「姦淫するなかれ」などということなのです。

みなさんは、殺人を犯すことはめったにないとは思いますが、暴力その他に対しては、やはり気をつけたほうがよいと思います。

「盗むなかれ」というのは、単に「窃盗や強盗をするな」というだけではなく、「与えられていないものを取るなかれ」ということでもあります。相手が与えてくれるものならよいのですが、与えられていないものを取るということは、よくありません。

「犯すなかれ」「姦淫するなかれ」というのは、「実社会で認められた性道徳から外れた行為はしないようにしなさい」ということを言っているのです。これも現代に多い間違いだと思います。肉体を持っている悲しさで、人間はどうしても煩悩の虜になりがちですが、社会的妥当性のある範囲内に止めておかないと、思わぬところで一生を棒に振ることもあります。・・・

会社でも、社長が色情系統で曲がり込んでいくと、たいてい社運が傾くという法則性があります。経営コンサルタントが入ったとしても、社長が色情系統の遊びをいろいろと始めると、たいてい会社が傾くのです。

そうしたときには、いろいろな悪霊が入ってきはじめますから、判断を間違えるようになるのだと思います。まだ、心が千々に乱れたりすると、判断がくるってくるものです。業務時間中から、「きょうはあの娘を誘おうかな」などということを考えていたら、仕事になりません。

仕事は、心を空しくしてやらなければいけないのです。これは気をつけてください。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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つづいて、経典「八正道の心」より抜粋をご紹介いたします。
この経典は、もともと会内経典でしたが、HSU開学を前に、一般書として書店でも頒布されている大変ありがたい経典です。お持ちでない方は是非拝受ください。【税抜き1500円】
主におかれましては、正業についてこのように教えていただいています。
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〇八正道の第四-「正業」
これは、「正しい行為」ということです。ずばり言えば、「きょう一日、正しい行為をしたか」ということを考えればよいのです。

ただ、正しい行為といっても、職業によっていろいろと違うので、一般化しにくいところがあります。

道元は、正業を、永平寺などのお寺での、お坊さんの修行生活のところに持ってきています。・・・

私は以前、正業(しょうごう)のことを正業(しょうぎょう)と言って、「正しい仕事」という意味を持たせたことがありますが、それは道元的な考えなのです。道元的には、そういうことになります。お寺のお坊さんなら、読経をしたり座禅をしたりすることが仕事なので、それが正業なのです。

正業のもともとの思想、オリジナルな思想は、「戒律に違反する行為をしてはいけない」ということです。

例えば「殺すなかれ」ということです。・・・人は、みな、「一生、修行したい」と思っているので、その機会を途中で奪うことは、よいことではありません。少なくとも、正しい行為ではないのです。・・・

そして、「盗むなかれ」というものもあります。・・・これは、単に物を盗むことだけではなく、「与えられていないものを取ってはいけない」ということなので、応用範囲は広いでしょう。

現代であれば、情報もその対象になります。自分が入手する立場にない情報を入手した場合には、盗みになるでしょう。

さらに、「邪淫をするなかれ」という邪淫戒もあります。・・・邪淫のところは、その依って立つ原点を考えると、基本的に、「職業的に認められないものは、いけない」「社会全体の安定に反するようなことは、勧められない」という、この三点ぐらいが点検基準になります。・・・

大まかに言って、だいたい、この三つについては戒があってよいと思います。

ただ、個別の問題については、いろいろな考えがあり、各宗教の意見は必ずしも一致していません。

これについては、説明すると長くなるので、親鸞の話でもするときに、くわしく述べることにしたいとおもいます。

【大川隆法 『八正道の心』より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第4章「正語」
5注意されたら感謝せよ
〇怒られて「ありがとうございました」と言える人は”偉人”

もう一つは、他人から怒られた場合の受けとめ方です。これには幾つかあります。他人から怒られたら、「人格を否定された」とおもって戦いを挑むようなこともあるでしょうが、そのような場合に、いきなり反発することはやめてください。怒られたときに、その場で反発するのをまずやめることです。これは「下の下」です。ゴリラや原始人であれば、殴られたら殴り返すかもしれませんが、そういうことは、文明人としては最低であると知ってください。

他人から怒られたり叱られたりした場合には、まず五秒や十秒、持ち堪えてみてください。私は、これをまず提言します。五秒でも十秒でも持ち堪えることです。そして、そのわずかな時間に、頭のなかで考えを巡らせてください。「そう言われるような原因が本当にあったかどうか」と考えてください。

そして、「ないかもしれない」という判定が出たとしても、さらに、ないかもれしないが、そのように誤解される余地があったかどうか、例えば、コミュニケーションの悪さのところで誤解を受ける余地等があったかどうかについても考えてみてください。

もし、その余地があったとか思えるならば、まず、その批判はいったん受けてください。「自分には、まだ至らないところがあった」と受け止めてください。そのように受けると、相手は収まってくるのです。

それから、「どこが悪かったのでしょうか。今後のために教えてください」と言うことです。

叱られたときには、「確かに、そう言われる余地がある。そのように考える余地がある」と思ったら、いったん受け止めてください。そして、「ありがとうございました」と言うことです。

怒られても、「ありがとうございました」と言える人は少ないのです。このような人は”偉人”です。そういう”偉人”はめったにいません。怒られたときに、「よく言ってくださって、ありがとうございました。私の悪かったところについて、もう少し教えてください」と素直に教えを請うだけの度量があったら、これは大人物への第一歩だと、私は思います。

○「素直な態度」は相手を変える
それだけの度量のある人はほとんどいないのです。私自身、初期には高級霊に叱られていましたので、度量はあります。怒られながらも、機嫌よく働いていたのです。「すみません。どこが違ったのでしょうか」「ああ、そうなんですか。分かりました。また頑張ります。」と言って仕事をしてきたのです。

もし、言葉癖がひどく悪くて、批判癖があり、厳しいために、どの人からも煙たがれているような人であっても、「ありがとうございました」と教えを請うような人に出会ったら、もう言えなくなるでしょう。言葉がグーッと詰まってしまいます。「いや、私も大人げなかった」ということになるのです。

反発してけんかをすればそれまでですが、そういう態度に出れば、相手まで変わってくることもあるのです。そのことを知らなければなりません。

もちろん、これは一般論的に言ってのことであり、ケース・バイ・ケースです。ヤクザに絡まれて、「どうぞ教えてください」などと言っていたらバカを見ますから、そう言うことはほどほどにしてください。そこは知恵を働かせなければ駄目です。

【大川隆法『真説・八正道』第4章「正語」153pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
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■『仏陀再誕』
第1章 我、再誕す 
○我に従い来よ

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
今生にて、ふたたび、相見(あいまみ)えることができたことを、我は嬉しく思う。
今生にて、ふたたび、相見えることができたことを、我は嬉しく思う。
我はかつて、あなたがたに約束したはずだ。
末法の世に、ふたたび甦るということを。
末法の世に、ふたたび転生し、
あなたがたとともに、仏国土建設のために、
その実を投げ出すということを。

末法の世にこそ、
新たなる法を説かんがために、地上に降りるということを、
我は、かつてあなたがたに約束したはずである。
我は、その約束を違(たが)えたことはない。
今、また、末法の時代が来、
時代が我を要請し、
時代が、あなたがたを要請している。

縁生の弟子たちよ。
我が声を信じよ。
わが声に目覚めよ。
我が向かう方向に、つき従え。
我に従い来よ。
我の振る、この白き手に従い来よ。
われは、あなたがたの永遠の師である。
永遠の師の、その後ろに続くことが、弟子の使命であるということを、
ゆめゆめ忘れてはならない。

【大川隆法『仏陀再誕』第1章「我、再誕す」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第5章 縁起の法
4 運命論について

縁起の理法と業について述べてきましたが、「いわゆる運命論については、どう考えるべきなのか」という疑問を持つ人もいるでしょう。そこで本節では、「運命」について考えてみたいと思います。

まず、「業と運命は同じものなのか。それとも違うものか」という観点があります。これについては、「業は運命の形成要因の一つである」と考えてよいでしょう。

たとえば、自動車には、速度のよく出るものと出にくいもの、燃費の良いものとそうでないもの、ブレーキが利きやすいものとそうでないもの、小回りが利くものと利かないものなど、いろいろな性能や特徴があります。坂道に弱い車もあるでしょうし、それほど荷物を積めない車もあるでしょう。さまざまな車があるのです。

魂の傾向性は車の性能や特徴のようなものだとみてよいでしょう。車を運転するようにして、人生行路を進んでいるとするならば、車の傾向に合わせた走行方法があるはずです。

運命というものを「人生の道筋」と考えると、業の思想は、運命という道筋を進んでいく際の車の特徴、あるいは、運命という川を下っていく際の舟の特徴と考えてよいでしよう。そうした傾向性を持ちながら、そうした環境を生きていけば、どのような結果が出るかは、ある程度、推測できるのです。

たとえば、ボウリングの玉を転がす際には、「この方向に、この強さで転がせば、この程度のピンが倒せる」ということを予測するわけですが、人生にもまさしくそうしたことがあるのです。

はたして運命があるのかと言えば、個人によって、その内容にも程度にも差がありますが、運命を形成している因子がいくつかあることは事実です。

第一の形成因子は、業、つまり魂の傾向性です。第二の因子は、両親や兄弟といった家庭環境です。第三の因子は、時代環境、社会環境です。第四の因子は、本人自身の努力です。第五の因子は、他の人びとの協力です。

この五つの要素が運命をかたちづくっているのですが、第四の「本人の努力」と第五の「他人の協力」の部分が、未確定のものとして残されていると言ってよいでしょう。

第一から第三までの部分、すなわち、魂の傾向性や家庭環境、時代環境は、生まれたとき、すでに決まっているので、変えがたいものがあります。それゆえ、運命には前提条件として決まっている部分が確かにあると言えます。あとは、「本人の努力」と「他人の協力」の部分が、その人の人生でどのような役割を果たすかということにかかっています。

結局、「運命というものは、生れ落ちたときに決まっている条件と、その後の条件とが、複合的に関連し合って決まっていくものである」と考えなければならないのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第5章「縁起の法」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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57 口があってものが食べられるということ。他人の力を借りてでも食べられるということ。うれしいね。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

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