70 東京大空襲をしたB29や、広島や長崎に原爆を落とした爆撃部隊が、「英雄の町」と書かれた地獄の町で、新しい核爆弾を落とされて、「大焦熱地獄(だいしょうねつじごく)」と「阿鼻叫喚地獄(あびきょうかんじごく)」を体験するのを見た。近未来ビジョンも入っていたと思う。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。
三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。
そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。
引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
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■何を祈るべきか
「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―
このように祈ることが大事です。
【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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ここで、心の浄化である反省についての基本を深めるために、1988年10月2日に説かれました「反省の原理」を学びます。本経典は『幸福の科学の十大原理(下巻)』に収められています。経典をお持ちでない方は、とても大切な教えが凝集されていますので、上巻と下巻あわせて、お近くの支部や精舎、全国の書店にてお求めください。【税抜1800円】
悟りとは実に厳しいものである。しかし、この厳しさを経て得た「悟り」こそ、真の「幸福」であるのだ。
人間とは実に、霊的なる存在である。この地上を去った時、あの世に持って還れるものは「心」しかない。ゆえに、心の幸福であるところの「悟り」こそがすべてなのである。霊性を開発し、真なる目覚めを体験せずして、今の自分を幸福だなどと思うな。それは迷妄そのものである。
私が、ここに全人類に告げる『悟りの原理』こそが、永遠の真理として語り継がれるものなのだ。ここに永遠の仏陀の声が記されているのだ。
聞け、この獅子吼を―。【悟りの原理「まえがき」】
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■『反省の原理』
4真説・八正道
⑧正定
そして、最後に「正定」というものに至ります。
これは「正しく禅定をする」ということですが、この状のなかには、いろいろなものが含まれます。
「一つひとつ、自らの曇りを晴らす」という反省の念いを心に描く定もありましょう。あるいは、「定」のなかには「瞑想」というものもあります。瞑想についてはすでに何度か話をいたしましたが、この瞑想もありましょう。あるいは、ある意味における「祈り」の状態、本当に高級神霊に通じる祈りを維持できる状態も、この定のなかに入れることができるかもしれません。
この「正定」において、ついに、私たちは、この三次元において生きておりながら、「解脱」ということを体験するに至るのであります。
この定のなかにおいて、「もはや、わが心、この三次元にあらず」という境地を体験することによって、この「正定」の完成をもって、私たちは初めて、この「肉体」という束縛を、「三次元の物質」という束縛を超え、高次元存在としての自己を確立することができるのであります。
ここに、私たちが反省において求める一つの目標点があるのであります。
〇反省の関門を透過することなくして悟りは絶対にない
反省とは、「この世に生きながら、実相神としての自分を発見し、その実相身でもって生きていくための方法です。
自らの心のなかにある、はるかなる高次元へとつながっていく、そうした素晴らしい自己の発見をしていただきたい。
「そうした創造的な営みが反省のなかにある」ということを知っていただきたい。私はそう思います。
以上、反省について基本的な考え方をさまざまに述べてきました。
最後に、一言、言っておきます。
「反省の関門を透過することなくして、悟りは絶対にない」ということを断言し、結びの言葉とさせていただきたいと思います。(完)
【大川隆法『幸福の科学の十大原理(下巻)』第4章「反省の原理」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第7章「正精進」
2 悟りの維持の難しさ
〇若い人は「悟りの入り口」に立ちやすいが、「悟りの維持」では”もろい”
特に、若い方にとって、「悟りの維持」は大事なことだと思います。
悟りにおいて年齢は関係ありません。例えば、二十代に亡くなった方、三十代に亡くなった方、四十代、五十代、六十代に亡くなった方が、亡くなったあとに、行くところを見れば、
その人の心の状態は、年齢とは関係ないのです。
若くして高いところへいく方もいますし、中年以降に高いところへ行っている方もいますが、むしろ、中年以降に心に曇りをつくり、霊格が下がっていくケースの方が多いと言えましょう。この意味において、「悟りには年齢は関係ない」と言えます。
ただ、「悟りの維持には年齢は関係がある」と思わねばなりません。
若い人の場合、心に曇りをつくっていない分だけ、早く悟りの入り口に立ちやすいのは事実です。心に曇りが少ない分、また、いろいろな試練を受けていない分、「悟りの入り口」に立ちやすいのです。
しかし、人生の荒波に揉まれていなくて、甘い環境に育っている以上、何らかの事件に出くわしたときには崩れるのも早く、「悟りの維持」において”もろい”のです。こうした難点があることを重々理解していただきたいと思います。
その意味においては、例えば二十代で百の悟りを得た者がいたとしても、この二十代の百の悟りはその人が、三十代、四十代、五十代となっていくうちに目減りしていく可能性が高いのです。「いろいろな事件に当たるたびに、五個落ち、十個落ち、十五個落ちる」という可能性が強いといえましょう。
ところが、四十代、五十代で得た八十の悟りは、その人がそうとう人生の荒波を経てきているため、少々の事件が起きて二個や三個落ちることがあっても、そう簡単には落ちないわけです。
その代わり、純粋でない分だけ、百個まで積み上げるのはなかなか難しく、一個、二個を積み上げるのが難しいのです。しかしながら、そう簡単に崩れないところがあります。
こういう長所と短所があるのです。
【大川隆法『真説・八正道』第7章「正精進」232pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
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■『仏陀再誕』
第5章 忍耐と成功
○孤独の時
しかし、諸々の比丘、比丘尼たちよ。
あなたがたはすでに修行の道を歩んでいる。
すでに修行の道を歩んでいるあなたがたであるならば、
心強くありなさい。
長旅を一人で耐える覚悟をしなさい。
孤独に耐える実力を養いなさい。
人生に勝利する鍵は、実にこの孤独に耐えるというところにあるのだ。
孤独に耐えることに失敗した者は、真に成功したためしがない。
なぜならば、真に成功する前に、
何人にも孤独の瞬間があるからである。
孤独の後には、にぎやかさがやってくることもあるであろう。
しかし、いつもいつも真実は一つである。
成功の前には、必ず一つの孤独がある。
その孤独をいかに生き切ったかが問題であるのだ。
この成功の前の孤独は、
短期間で済む場合もあるが、長く続く場合もある。
十年、二十年と孤独の時を過ごす者もあるであろう。
しかし、恐れるな、孤独を恐れるな。
あなたがたが孤独である時に、
仏もまたあなたがたの傍らにいるということを、
忘れてはならない。
あなたがたが一人坐しているときに、
大いなる者もあなたがたのそばに来て坐しているということを、
忘れてはならない。
あなたがたは、孤独であるのではない。
あなたがたは、単に孤独であるのみではない。
あなたがたは、真に今、魂を鍛えているのだ。
魂から、今、光が出んとしているのだ。
魂が、底光りしてこようといているのだ。
若者たちよ、孤独を恐れるな。
孤独のなかにこそ、あなたがたの魂が伸びてゆく機会があるのだ。
真に孤独の時間をどのように耐えたかが、
あなたがたが本物であるかどうかを試すチャンスとなる。
若者よ、にぎやかさのみを求めるな。
人びとの目につき、人びとの称讃を受けることのみを望むな。
孤独の時間のなかに、永遠にあなたがたを生かす何かがある。
その、永遠にあなたがたを生かす何かをつかめ。
その、永遠の何かをつかんだ時に、あなたがたは変わる。
いや、変わらざるをえない。
あなたがたは、一八〇度の回転を見るであろう。
そして、大いなる時間、大いなる瞬間、
大いなる生命に打ち克ってこそ、真の勇者は生まれるのだ。
【大川隆法『仏陀再誕』第4章「政治と経済」より抜粋】
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続いて、地上への執着と煩悩を断つ修行法として『漏尽通力』を共に学びます。
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第1章 霊的人生観
5 菩提心
本章を締めくくるに当たって、最後に「菩提心」ついて話をしておきたいと思います。
霊的人生観の根本は、結局は菩提心です。菩提心は、悟りを求める心、「悟りを求めたい」という心です。
「これは、はたして後天的に得られるものかどうか」ということを振り返っていただきたいのですが、どのような地域にも、どのような民族にも、「悟りを求めたい」という気持はあったと私は思います。
それを必ずしも「仏教的なる悟り」と言う必要はありませんが、この菩提心の背景にあるものは、結局、よりよい向上心、あるいは「神に近づいていきたい」という気持ちであろうと思いますし、これは、本来、魂のなかに備わっているものなのです。
もし魂のなかに、「堕落したい」という欲求が本来備わっているならば、大変なことになってしまいます。しかし、人間はすべて「よくなりたい」と思っています。その証拠が幾つかあります。
例えば、どんな人にも、「他人によく思われたい」という気持があります。これを自己保存欲や名誉欲と言ってしまうことは簡単ですが、一概にそうは言いきれない面があると思います。誰しも、他人によく思われたいのです。他人から悪く言われて、うれしい人はいません。他人によく思われたいと思います。
これが社会の防波堤になっています。そうではないでしょうか。
悪く思われたい人ばかりがいっぱいいたらならば、大変な社会になってしまいます。しかし、どんな悪人でも、どんなに「心根が悪い」と言われる人でも、自分は他人の悪口を言うことはあっても、自分が他人に悪口を言われたいとは思っていないのです。
これは一つの防波堤になっています。やはり、「向上心がそこにある」ということです。「霊的なる向上、悟りに向けての向上を求める気持ちは、本来、魂に備わっている機能である」ということを知らねばなりません。
本来、そうしたものが眠っているならば、それを見つけ出すために助力をしてやること、補助してやることが大事です。
どうやって、その悟りへの芽を育ててやるか。どうやって、水をかけてやり、肥料をかけてやるか。こうしたことが大事であろうと思います。その悟りへの芽をどう伸ばしていくか。
結局のところ、これは、「悟りを得ることによって、いかに人間が素晴らしくなるか」ということを証明することではないでしょうか。
「悟りを得る」と俗に言われていることが、この世的な異端者を生み出していくだけならば、何のための悟りか分かりません。
菩提心の根本としての「悟りを求める気持ち」これを突き詰めていったときに、悟りを得て、いったい人間はどうなるのでしょうか。
悟りを得る結果が、先ほども述べたように、単に、「この世に転生輪廻をする」という、その悪しき輪廻を断ち切るだけであるならば、この世に生まれてくる必要はないわけです。
しかし、そうではなく、悟りにはもっと積極的なる意義が何かあるはずです。それを求めねばなりません。
その積極的なる意義とは何でしょうか。それは、やはり、「霊的に目覚め、霊的人生観を持った人が、この世的にも素晴らしくなっていき、この世的にも成功していく。悟りを得た人が、ますます、この世的にも影響力を増していく」ということではないでしょうか。私はそうだと思うのです。
それゆえにこそ、本書「漏尽通力」ということが非常に大事になっていくわけなのです。
後ほど詳しく話をしていくつもりですが、今回、私の提唱する漏尽通力とは、「優れた高度な霊能力を持っておりながら、常識人としても最高度の能力を発揮できる能力」のことです。そういう能力のことをいいます。
「あの世的能力も持ちながら、この世的にも優れた人」の輩出が、今後、大いなる証明として大事なのではないでしょうか。そうした人がでることによって、「菩提心が必要である」ということが証明されるのではないでしょうか。
今、イエス・キリストが地上にいたとしても、釈迦が地上にいたとしても、やはり優れた人物として仕事をするであろうと思われます。
ですから、本来、「悟りを得た人」は「優れた人」にならざるをえないのです。「悟りを得た」と自称しておりながら優れていない人々の数多くの言動を見るにつけ、世の人々は不信感を持つのではないでしょうか。
したがって、私たちは、菩提心を重視する以上、「その悟りの結果、どうなるのか」という面も、しっかりと説明していかねばならないと思います。
そして、それが、素晴らしいものであり、人間が本当に目標とするにたりるものであるならば、「悟りを求める心、菩提心は、どれほど重要か」ということを知って、損をすることはないのではないでしょうか。私はそう思います。
ですから、霊的人生観の根本に「菩提心」というものをしっかり据えていこう、そして、「その先にあるものがいったい何であるのか」ということをしっかりつかんでいこう、こういう考え方が大事であると、私は信ずるものであります。
【大川隆法 『漏尽通力』第1章「霊的人生観」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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36 憎しみや悲しみ、苦しみが病巣を作っていないか、考えてみよう。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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エル・カンターレ・大好き
