97 高慢な人は、他人(ひと)を見下す。他人への愛がないのである。
【大川隆法 箴言集『人生への言葉』より】
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昨日3月7日は「宗教法人設立記念日」でした。皆様誠におめでとうございます。34年前の1991年3月7日に「幸福の科学が永遠に続くことになった始まりの日」です。「復活の祈り」と合わせて本日も伊勢支部にて10時と13時、19時より「宗教法人設立記念式典」を開催します。皆様、主への感謝と報恩の誓いを捧げてまいりましょう。そして、発祥の時において、いかに盤石なエル・カンターレ信仰を打ち立て、揺るぎない形で主の法を後世に伝えることができるかが重要な使命であることを心に刻み、真理の法灯を子々孫々に継承していく決意を固めてまいりましょう。
なお3/13(土))まで、「宗教法人設立記念式典」を開催させていただきます。宗教法人設立記念式典期間として、大宇宙の根本仏であられる主エル・カンターレ
大川隆法総裁先生に、
永遠の法灯を灯して下さったことへの感謝を捧げさせていただきます
おすすめの精舎限定経典&御法話CDは『真理の法灯は永遠に』が一万円目安と『信仰を守る勇気を』経典とCD各5000円目安です。是非お求めください。
もうあと三十年以上戦い続けられるか。
体を鍛え、頭を鍛え、心を鍛え続ける。
無神論国家を信仰国家に変え、
世界に真実と愛と平和を取り戻す。
弟子たちが成長し、組織が一層大ならんとすることを欲す。
されど「自助論」の限界まで、私は戦いをやめない。
その頃、コロナ禍の時代など、
はるか昔の話になっていることだろう。
(『真理の法灯は永遠に』あとがき より)
始めに、2017年3月7日に説かれました「魔境からの脱出」を引用して振り返ります。
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■『悪魔からの防衛術』第2章「魔境からの脱出」
5 魔境を乗り切るのに必要な「体力マネジメント」の要点
〇橋田寿賀子さんと外山滋比古さんの健康法
また、一定の運動をするのも大事なことだと思います。確かに、毎日毎日となると、面倒くさいと言えばそのとおりなのですが、日々、こまめな運動をしていかなくてはなりません。霊と肉体がつながっている状態であれば、それもマネジメントにあたると思うのです。
やはり、年をとっても、元気でかくしゃくとしてやっている方は、そのあたりのマネジメントをしっかりしているのではないでしょうか。精神的な面で、自分のストレス・マネジメントもやっているとは思いますが、肉体的な面でも、こまめに鍛えこんでいるはずです。
去年(二〇一六年)の終わりごろ、新幹線に乗っているときに、熱海駅で橋田寿賀子さんを見かけました。「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」などの脚本を書いた方ですが、ちょうど熱海駅から乗り込んでくるところだったのです。彼女は九十一歳(※1925-2021)ぐらいで、小柄な方でしたが、杖もつかずにしゃんと歩いていました。また、秘書らしき女性がついていたのですが、その方は、橋田さんより若いと言えば若く、年齢も八十代、七十代と言えば七十代というふうで、どっちがどっちのお世話をしているのか分からない感じだったのです。
橋田さんは、熱海で乗り込んで東京へ向かっていきましたが、その後、雑誌に対談が出ていたと思うので、おそらく東京でその対談をなされたのではないでしょうか。彼女は熱海に住んでいるらしいのですが、九十一歳で駅のホームをトコトコ歩いていましたから、大したものだと思います。
以前にも、私は、彼女の健康法について触れたことがありますが、(『復活の法』〔幸福の科学出版刊〕第2章「老いと病、健康について」参照)、そのときはまだ七十八歳ぐらいでした。「朝からプールで泳ぎ、夕方には犬を連れて一時間の散歩をする。その間に原稿を書いている」と知って、すごいなと思ったのですが、九十一歳でまだ元気に歩いているし、仕事もしているわけです。
また、先日、お茶の水大学名誉教授で、エッセイストでもある外山滋比古(とやま・しげひこ)さんの本を読んでいたのですが、九十三歳にして、「九十分の講演を立ったままでしている」ということでした。私は、座って説法する場合もあるので、負けているかもしれません。ともかく、外山滋比古さんは、「先生、座ってください」と言われても、「いや、いつも立ってやっているから、別に座る必要はない」と断っているらしいのです。
要するに、「大学時代と変わらない」ということなのでしょう。その秘訣について書かれたところを読むと、「今でも定期を買っている」とありました。
おそらく、お茶の水大学の近くに自宅があるのだろうと思われますが、そこから大手町までの六か月定期を買い、毎朝、出かけるのだそうです。そして、「大手町の駅には六時ごろ着き、天気が良ければ外へ出て、皇居の周りを歩く。雨がひどければ、一・五キロぐらいある地下道を歩く。これを毎日続けている」とのことでした。「定期を買っているし、土日を休むのももったいない。サラリーマンなら週に五日しか出かけないだろうけど、自分は土日がもったいないので、一週間休まずにやっている」ということらしいのです。
もし、雨の日であれば、地下道を往復しただけでも三キロになるでしょう。それから家に帰るわけですが、これを毎日やっているというのです。そのおかげで、九十三歳になっても、立ったままで九十分間の講義ができるのだと思いますが、鍛え込みが違うというほかはありません。
〇「生存年齢」プラス「活動年齢」も延ばすには
ただし、このあたりは、この世的なマネジメントの部分ではあるのです。やはり足が動かなくなると、いろいろと大変なので、他人(ひと)の世話が必要になりますし、愚痴も多くなります。また、転んだり怪我をすると、その後の立ち直りはなかなか難しいわけです。
したがって、「生存年齢だけでなく、自分が実際に活動できる年齢として、活動年齢をどう延ばすか」ということを考えると、こういったところのコントロールは非常に大事になるでしょう。
例えば、食事にしても、「栄養のよいものだからといって、特別に偏ったものを食べすぎて体の毒にならないようにする」といったことも重要です。
また、休養については、睡眠を十分に取るなり、あるいは、睡眠がとれない場合には、何らかのリラックスできる時間や休憩時間を取るなりすることも必要になります。お年寄りのなかには、昼寝をしたり、夕方に寝たりする方もいるかもしれません。
さらに、こまめな運動も大切で、このあたりも気をつけなくてはいけないとか思います。やはり、オフィス仕事だけをしていると体が弱ることもあるからです。そういうときには、よく、「(電車に乗らずに)一駅歩け」とか、「二駅歩け」とか言われるとおり、ときどき努力しないと難しい面があるでしょう。
ただ、肉体のマネジメントも、ずっと続けなければいけないのですが、毎日毎日、そうした積み重ねをしているなかで、教学にあたる勉強の部分も続けていかなくてはなりません。とうのも、「体の弱り」と「頭の弱り」は比例するからです。例えば、「年をとっていても、体も元気で、頭もしゃんとしている」という人を見ると、それらが連動しているのがよく分かるのではないでしょうか。
また、目が見えづらくなってきて本が読めなくなる、つまり、活字が読めなくなるのが、仕事ができなくなることの始まりかと思いますが、「目の弱り」と「足の弱り」も比例します。マッサージなどに行くと、「『足の裏』と『目』は面倒している」と言われますが、実際、よく歩くなどして足を使っていると、目にもいいのです。そして、目がよく見えると、本がよく読める、あるいは字が書けるので、「まだ仕事ができる」ということになります。
したがって、個人によっていろいろと努力の仕方は違うと思いますが、このあたりにも取り組んでいかなければなりません。
さらに、先ほども「精神的ストレス」について触れましたが、昔から言われているように、「ストレスを乗り切ることができないビジネスマンは早死にする」というのは、そのとおりです。
ビジネスマンであれば、給料や職位が上がってくることもあるわけですが、それらを手放しでは喜べないところがあります。なぜなら、給料が上がり、肩書が上がる場合、だいたい、仕事が難しくなって、責任が重くなることを意味しているからです。
それは、必ずしも労働量が増えるだけではありません。「判断」等の責任が重くなるのです。そして、その判断を間違えれば、会社などの組織に大きなダメージを与えたり、金銭的に立ち直れなくなったりするようなこともあるでしょう。あるいは、倒産、破産といったことを経験することもあると思います。
【大川隆法『悪魔からの防衛術』第二章「魔境からの脱出」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。
教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。
七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。
経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています。私が全編読誦を強くお勧めするのには理由があります。
正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。
私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。
このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。
それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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白色は 救いの 愛の色
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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
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White is the Color of Saving.
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光は霊天上界から降り注ぐエネルギーであり、力です。無色透明な光は、あらゆる色の光が一つの束になったものです。その天国世界では太陽の霊体である霊太陽から降り注ぐ光が、地上に降り注いでいます。
光の束の内、白色の光線は救済を意味し、キリスト教のイエス様が象徴的です。仏教でも阿弥陀如来は救済を象徴していますので、白色光線は仏教にもあります。白色の光線は「救い」「愛」を意味する色です。
地球を統治する光のなかで、九次元大霊では、白色光線はイエス・キリスト(アモール)が担当しています。
主は光です。エル・カンターレの力は、透明な光として具現化されています。
その根源は、天国世界では、霊太陽として存在して、三次元世界では、太陽として存在しています。
白色の光の霊団には救いの象徴として、医療関係の霊人がたくさんいます。西洋でいえば、エドガー・ケイシー様、東洋では、白隠禅師は、天上界では薬師如来系統の医療霊団に属しておられる僧侶です。皆さんは、体調不十分な時や病気の時、自分の心に原因がある、と思われたことはあるでしょうか。白隠禅師は霊言で、心と体の関係について次のように述べておられます。「体の健康というものは、やはり心の反映なのです。つまり、心のバランスを失っておれば、いろいろな病気になるということです」
実は、白隠禅師は、生前「軟蘇(なんそ)の法」という瞑想でご自身の肺結核を治されたご体験があります。当会でいえ黄金のバター瞑想がこれにあたります。「禅というものを通して、心を調和させ、『なぜ、体のそういう部位が悪いのか』、その理由を追究し、そして、心を光明面に向けていったときに、そういう病が消えていった」。そして「たいていの病気は、心を入れ替えれば治っていくのです。それだけの自然治癒能力が人間にはあるのです」と述べられています。
また、「神の光の中には,健康という面がある」とあります。神の光を遮らないよう禅定を通して心の調和を心がけ、人生修行のために頂いた肉体に感謝し、明るく建設的な心で健康生活を送って参りましょう。
また、病のときにあるとは、ぜひ箴言集『病のときに読む言葉』を繙いてみましょう。【税抜1400円】この箴言集には、日頃気がつかない、当たり前のように感じていたものがすべて奇跡のように、当たり前のことではなかったということに気がつくことができる一書です。健康の復活は、実は感謝の復活であることがわかります。また、『あなたの病を癒すヒント―病のときに読む言葉・講義』も発刊されていますので、まだお持ちでない方は支部・精舎・全国の書店にてお求めください。【税抜1800円】これも、日常に溢れる奇跡なのではないかと思います。
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仏に三身ありと言われており、仏のお姿には「応身」「報身」「法身」の三種類あります。そのなかの最も尊いのが「法身です。これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。
そして、何よりも「光とは何か」を教える『仏説・正心法語』こそが、私たちの主、エル・カンターレの法身そのものなのです。
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最後に、経典から抜粋いたします。
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仏神は光です。
光は、あるときは粒子として顕われ、あるときは波として顕われます。
光が粒子として顕われたとき、そこに物質が出現します。
光が波として顕われたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。
仏神の心というものは、
凝集されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心というものは、
凝縮されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心が、
凝集された粒子というかたちではなく、波として顕われたときには、
想念の波動として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在します。
これが大宇宙の秘密なのです。
【大川隆法 『不滅の法』序章「心のなかの宇宙」より抜粋】
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■「読むと光が降りてきて、後光が出ます!」
・「正心法語」などを読んでいても、上からバーッと光が入って光の柱のようなものが立ってくるのです。
・それは、霊能者でも何でもない普通の会員の方でもそうです。「正心法語」を読んでいますと、光がパーッと降りてきて後光が出てきます。そういうふうになってきて、自分を救うことができるようになります。
【大川隆法『信仰と愛』p.163より抜粋】
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〇エル・カンターレへの道―悟りへの道
一九八一年三月二十三日、春の日差しがやわらかい午後、私にとっては、とても気分のよい日でした。学生時代を含めて過去の自分の反省をし、未来の人生計画を考えていました。三十歳頃には、独立して思想家として世に立ちたいという願いは断ちがたく、天命のように思えました。
【大川隆法『太陽の法』第6章「エル・カンターレへの道」幸福の科学出版 より抜粋】
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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第5章 智慧とは何か
1 解脱(げだつ)と涅槃(ねはん)―自由と平和
本章では、「解脱」という言葉の意味と、その周辺について、詳しい話をしてみたいと思います。
一九九二年の「エル・カンターレ聖夜祭」(※現在のエル・カンターレ祭・東京ドームにて十二月二十五日開催)における法話「悟りの時代」で、「信解脱」「慧解脱」という難しい言葉を使いましたので、当日参加された方のなかには、ある程度の問題意識を持っておられる方も多いと思いますが、本章のテーマとしては、「解脱そのものが、どういうことなのか」ということを、ある程度理解していただければ十分ではないかと思います。【この御法話は現在『大川隆法 東京ドーム講演集 第4章』に所収されています】
『悟りの挑戦(下巻)』第3章で、「涅槃とは何か」ということを説明しましたが、解脱と涅槃とがどういう関係にあるのかということが、わからない方も多いと思います。
もちろん、解脱とは、煩悩による束縛を脱して、穏やかなる、平静なる、実在界の心を取り戻すことですから、涅槃とほとんど変わらないような意味にとることも可能です。
しかし、厳密に言えば、「解脱」というのは涅槃に向かっていく途中のこと、すなわち、その過程のことであり、「涅槃」というのは解脱した結果の境地のことであると言ってよいと思います。
また、解脱とは「自由」のことを言い、涅槃とは「平和」のこと、そうした境地のことを言うのだと説明することも可能です。すなわち、三次元的、地上的、物質的なさまざまな束縛から自由になることを解脱と言い、その自由の結果として得られる心の平和、安定、安らぎのことを涅槃と言う。そのように定義することが可能ではないかと思います。
【※自由は解脱の心なり 平和は涅槃の境地なり―解脱の言葉「仏説・八正道」】
【大川隆法『沈黙の仏陀』第6章「解脱の意味」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道する】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、五人の一般の方と新たに出会う
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りを得るために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史
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