(8/24-1)【基礎教学通信】236【8月24日】幸福の科学入門16反省の原理【悪霊が取れたときの爽快感を味わう(後半)】―「因果応報」色情霊が来る場合と来ない場合がある―『黄金の法』近代政治原理と真理

・教えを学ぶ

T88 老いてなお、日々に自分を磨く者は、後光が射してくる。 

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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8月30日(日)音楽祭「響感2026―成功者の町―」が名古屋正心館を本会場に全国の支部・拠点にて14時より衛星中継されます。

今回の音楽祭では、映画『影を売る女』公開前のお誘い・伝道の機会として、映画の内容がより深まる「本当の成功とは何か」について、映画のメインテーマ・挿入歌や、楽曲「主なる神を讃える歌」「天御祖神の夢」「夢人間」「遥かなる異邦人」等を中心に、主の楽曲歌唱・経典の朗読等を交えてお届けいたします。

主なる神は、全ての人を愛しています。その愛のために生まれた美しい天上の界の調べを是非、ご体感下さい。皆様のご来館をお待ち申しあげています。
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仏の願いを成就せよ。仏の願いとは、一つだ。一切の衆生を救いたいと念う心であり、縁ありて集いたる一切の衆生に、仏法真理を学び尽くしてほしいという願いなのだ。

この宝の山を、ごちそうの山を、一人ひとりに届けたいということなのだ。これが仏の本願である。この本願を遂行することが、弟子としての最高の使命である 

【『 永遠の仏陀 』第3章 より抜粋】
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8月に入り、お盆という霊的な季節を迎えるにあたり、皆様とともに「永遠の生命」についてともに考える機会を持ちたいと思います。経典『復活の法』第4章「因果応報」を学びます。この法話の英語タイトルは「As 
You Sow, So Shall You Reap【蒔いた種は、刈り取らねばならない】」となっています。 
経典『復活の法』をお持ちでない方は、全国の書店・支部・精舎で購入可能です。この機会にぜひ拝受ください。【税抜き1800円】
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■『復活の法』―第4章「因果応報」―人生を「前世・現世・来世」で捉える
3 どのような人が地獄に堕ちるのか
○色情霊が来る場合と来ない場合がある

豊かな時代になると、餓鬼道に堕ちる人は減るのですが、今度は「色情地獄」が領域を拡大します。

貧しくて、その日の糧にも困るようだと、異性どころではなく、まずは食べていかなければなりません。とにかく働いて食べていくことで精いっぱいなので、食べ物のことしか考えられないのです。

ところが、食べ物の面で飽食になると、次は異性のことに関心が向くようになります。衣食住が満ちてくると、次は快楽を求めるようになり、異性との関係で問題が起きてくることが多いのです。

これも、餓鬼地獄の場合と同じように考えてよいと思います。

人間として、この世に生まれ、生きていくにあたっては、もちろん、動物と同じような生き方をする面もあります。人間にも動物にも同じ法則が働いています。子孫を遺さなければならないので、動物的な本能が全部なくなってしまっては困ります。それは、あって構わないのです。

しかし、「あくまでも、霊体、魂のほうが主であり、肉体は従なのだ」という考えを持っているかどうかによって、見ている世界が違ってきます。

「そんな昔話は聞きたくない」と思い、「霊体より肉体の方が主である」、あるいは、「霊体はなく、肉体しかない」と考えると、如何にして、肉体の喜び、肉体的快楽、肉体的快感を得るか」ということが人生観の中心になっていき、そういうことにのめり込んでいくようになります。

それは、昔のたとえ話にもあるように、塩水を飲むことと同じです。塩水を飲んでも、のどの渇きが癒えることはなく、もっともっと、のどが渇きます。同じように、色情の世界も、入り込むと抜けられなくなっていきます。その強い刺激を経験すると、次から次へとエスカレートしていき、抜けることができなくなっていくのです。

霊的な立場からいくと、人間には、やはり、ある程度、足ることを知らなくてはいけないところはあるのですが、「肉体が百パーセントだ」と思えば、動物と同じで、肉体の欲求を満たすことしか頭に思い浮かばなくなります。

そして、繰り返し何度も、乱れた行為を行っていくうちに、魂の傾向性が生じてきて、異性を見ると目が違ってきます。そうなると、ユートピアも何もあったものではなく、動物と同じように発情することになるのです。

もっとも、正当な夫婦の場合には、性行為を行なっていても、色情霊は、まったくやってきません。不思議ですが、心得ていて、来ないのです。しかし、商売がらみの場所などで遊んでいると必ず来ます。

もちろん、正統な夫婦になる前の恋愛時代、恋人時代には、少しピンク波動が出て、怪しいところがないわけではないのですが、一般に、社会的に祝福された関係では、色情霊は寄ってこないと思ってよいのです。

ただ、正当な夫婦関係があっても、少し異常性があるような性生活をしている場合は、色情霊が寄ってくることがあります。やや常軌を逸したような性生活をしていると、そういうことも、たまにはあります。

餓鬼霊について、「肉体がなく、当然、胃袋もないのに、食事をしたがる。しかし、食欲が満たされることはない」という話をしましたが、色情霊も同様です。肉体がないにもかかわらず、色情霊は異性との肉体関係に最高の喜びを得ようとします。しかし、あの世に還ると、それが満たされることは決してありません。肉体がないので、満たしようがないのです。

そのため、餓鬼霊と同じく、この世に生きている人間に取り憑いて、その気持ちを満足させようとします。自分と同じ傾向を持った人間に取り憑くのです。

いま、新宿の歌舞伎町など、色街(いろまち)のような繁華街は各地にありますが、そういう所に行くと、だいたい街自体に地獄界ができています。

天国は富士山の上にあり、地獄は地下深いところにあるかというと、そんなことはなくて、地獄は、この世と重なって存在しています。地獄は、この世と同じ所にあります。したがって、「同じ傾向の人が集まるようなところに地獄界もある」と見て、間違いないのです。

そういう所では、だいたい色情霊がたくさん待ち構えていて、やってきた人に憑きます。

一回か二回、そういう遊び場に行ったぐらいでは、その夜は色情霊を連れて帰っても、翌日の昼ぐらいになると、その色情霊は離れて元の場所に戻ります。そのため、その霊は次の”お客さん”を探すことが多いのです。

しかし、そういう所に繰り返し何度も行っていると、だんだん、憑いている色情霊の滞在時間が増えてきて、なかなか抜けなくなってきます。しかも、色情霊が一体だけでなく、二体、三体、四体と増えていきます。さらには、憑いている人とつきあっている人に移動して憑き、その人も巻き込んでいくのです。

色情霊が地上の人間に憑く理由は何でしょうか。性の喜びを得たくても、霊自身は、肉体がないので、それを感じることができませんが、「生きている人間に取り憑けば、そのあいだは、似たような感覚を味わえる」という理由で、繰り返し何度も憑依するのです。

【大川隆法『復活の法』―第4章「因果応報」より抜粋】
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さて、ここからは、幸福の科学の基本書3部作『黄金の法』を通して、エル・カンターレの歴史観を共に学んでまいります。『黄金の法』は、光の菩薩たちが主の悲願である地上仏国土ユートピア建設のためにどのような活躍をなしたのかを記すものです。人類の歴史に隠されていた地球神を、光の天使・菩薩たちはどのように実行したのか、その一端を学びます。経典をお持ちでない方は、是非この機会に拝受ください。【税抜2000円】

『エル・カンターレが観た歴史観であるとともに、エル・カンターレが立案したところの、地球的仏法真理の大河の鳥瞰図でもあります』(「『黄金の法』まえがき」より)
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第二章 大地を駆ける
6 近代政治原理と真理

クロムウェルは、政治・軍事・宗教を統合するという立場に立って、英国の指導者となりました。【※クロムウェルはその後、台湾の元総統・李登輝(一九二三年~二〇二〇年)として転生しています】しかし、そのあまりにも熱心な清教徒ぶりは、国民の不興(ふきょう)を買い、後の世に、独裁者のごとく悪く言われるようになったのです。司法制度の改善、社会の風紀の改善、教育の奨励、宗教界の刷新と、次々と大改革を手がけましたが、クロムウェルのけたはずれた超時代的発想は、同時代人に理解されませんでした。

やがて、彼は孤高の人となってゆくのです。クロムウェルは、かつて、アテネで僭主制(せんしゅせい)を打倒し、民主性機構を確立して、陶片追放制を設けて僭主(せんしゅ・非合法手段によって政権を握った独裁者)の再現を防いだ、クレイステネス(紀元前六世紀末の人)という偉大な政治家の転生の姿なのです。このクレイステネス、後のクロムウェルも、八次元如来界の人ですが、天上界ではカルバン、クロムウェルと、神政政治が長続きしないのを見て取って、方針を変更することとしました。

つまり、近代政治の原理を宗教から切り離し、哲学的アプローチで民主制を構築することを考えたのです。そのために、まず、ジョン・ロック(一六三二年~一七〇四年)を英国に送り込みました。ロックは、英国経験論哲学をはっきり確立した人です。その哲学上の主著『人間悟性論』を発表した同じ一六九〇年に『統治二論(とうちにろん)』という政治理論上の主著を出し、権力の区分を考えながら、議会を中心におく立法部優位の思想を打ち出しました。しかも、ロックは、国家設立については、国民の合意を唯一の根拠としたのです。いわゆる社会契約説的な考えの走りだと言えます。このジョン・ロックも、如来界から出た偉大な高級霊であり、その過去世は、アテネの雄弁家デモステネス(紀元前三八四年~同三二二年)で�

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ロックに続いて、天上界では、フランスに、高級霊モンテスキュー(一六八九年~一七五五年)を送り込みます。政治の権力機構に焦点をあわせた『法の精神』を出した人です。そのなかで、モンテスキューは、三権分立や両院性という考え方を打ち出しました。この頃、真理はかように、現実的、合理的、具体的なるものとして現われてきたのです。モンテスキューは現在、梵天界におり、日本の明治維新の頃には、天上界から、勝海舟、山形有朋などを指導しておりました。

三番目に送り出した光の指導霊は、ジャン・ジャック・ルソー(一七一二年~一七七八年)です。ルソーが、かつてのローマ帝国の皇帝、マルクス・アウレリウスの再出であることはすでに述べましたが、前世でストア派であった彼は、このたびは、『人間不平等起源論』や『社会契約論』を引っ提げて、フランスの啓蒙思想家として登場しました。ルソーの「人は生まれながらにして自由である。しかし、いたるところで、鉄鎖(てっさ)の下にある」という言葉は有名です。

【大川隆法『黄金の法』第2章「大地を駆ける」より抜粋】
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さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとしている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。以下2003年に発刊されました主の著書である、経典『幸福の法』の第四章「幸福の科学入門」を引用しながら、幸福の科学の基本教義を学んでまいります。経典をお持ちでない方は、この機会に拝受ください。【税抜1800円】
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〇反省の原理―悪霊が取れたときの爽快感を味わう(後半)

特に、家に家庭御本尊が入ったら、悪霊は、毎日、睨まれているのと同じなります。その人が、毎日、家庭御本尊の前で『仏説・正心法語』を唱えると、悪霊のほうは、説教をされているような感じがして、たまったものではないのです。「この人は、これを永遠に続けるのかな。死ぬまで続ける気かな。それなら、付き合いは、もうほどほどにしたい」というのが悪霊の本音です。

そういう意味では、宗教においては修行の習慣化が大事であり、たまに行うだけではだめなのです。

その人が、毎日、朝晩、ご本尊の前で『仏説・正心法語』を唱え、反省や祈りをしていると、光が出てくるので、悪霊にとっては、つらいのです。これは、毎日毎日、説教されているのと同じであり、やがて離れていかざるをえなくなります。どこかの転機において、バカッと外れます。少しずつ少しずつ剝がれていくのですが、どこかの時点でバカッと取れるのです。悪霊が、もう二度と戻ってこられなくなる段階が来るわけです。

最初は、憑いたり離れたり、憑いたり離れたりします。そして、妨害をし、いろいろな嫌がらせをしたりします。

たとえば、ご主人が信者になり、奥さんが反対している家庭であれば、ご主人に憑いていた悪霊が、今度は奥さんの方に入って、一生懸命に反対したりします。「支部なんか行って活動するのはやめなさい」「日曜日は庭の草むしりでもしなさい」などと言って、一生懸命に邪魔したりするのです。そういうことが、最初はたくさん起きます。それは、悪霊が、ご主人の方から奥さんの方に移動して、邪魔をしているのだと思って間違いないのです。

しかし、そのうち、悪霊もだんだん弱ってきます。ご主人は、自分のほうが、まずバカッと取れたら、次は、奥さんや子供などのほうにも少しずつ伝道し、光の磁場を強くすることです。そうすると、悪霊は、いられなくなります。

これは、目には見えない仕事ですが、こういう仕事を、私は全国で、毎日毎日、一年中やっているのです。三百六十五日、私は休むときはありません。一年中、ずっと光を出し続けています。仏の世界は年中無休であり、休むことなく、ずっと戦っています。

したがって、信じてください。信じる人があれば、それ光は出てきます。そして、悪霊と戦っています。

ほんとうは、悪霊もかわいそうな存在なのです。彼らも元は人間だったのです。まず、彼らに悪い所業をやめさせ、反省をさせることです。そして、みなさん自身の反省のほうに入ってほしいのです。「反省して光が出る人の姿を見て、悪霊も反省してほしい」と私は願っています。次第しだいに、そのようにしていきたいと思います。

【大川隆法『幸福の法』第4章「幸福の科学入門」 より抜粋】
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続いて、『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理から」重ねて引用いたします。
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〇悪霊の憑依は頭のよし悪しとは関係がない

「悪霊が取り憑くか、取り憑かないか」ということは、頭のよし悪しとは関係がありません。悪霊は、頭のよい人には憑かず、頭の悪い人だけに憑くかというと、そんなことはないのです。

そうではなくて、これは基本的には人柄のほうと関係があります。人柄がどうであるかということです。悪霊は、人柄のよい人には憑きにくく、人柄の悪い人には憑きやすいのです。

私は以前、O省(現Z省)の官僚が覆面で行った座談会を本にしたものを読んだことがあります。ところが、そこでは三人が話をしているのですが、その三人ともが阿修羅霊に取り憑かれているのです。それで、その本を読むと、非常に気分が悪くなり、半日ほど、仕事ができませんでした。・・・

そのように、頭のよし悪しとは関係がないわけです。

心が非常に波立ち、非常に攻撃的な心を持っていると、阿修羅霊に憑かれたりして、まったくの霊障になります。そして、自殺するか、あるいは、もっと強ければ人をいじめるほうに行くか、そのどちらかになったりするのです。

霊的な影響を、悪霊から受けるか、それとも守護霊から受けるかということは、この世的な頭のよい悪しとは、また別の問題です。そこに関係するのは、主として人柄です。言い換えれば、いかに感情が安定しているか、あるいは、いかに人生観が安定しているかということです。ここと関係があるのです。

しだかって、「頭の悪い人は悪霊に憑かれ、頭のよい人は高級霊に憑かれる」ということはありません。そうではなく、ここは、あくまでも人柄の問題なのです。

また、悩みに関しても、頭のよし悪しは、あまり関係がないということも、知っておいたほうがよいでしょう。悩みは、頭のよし悪しとは関係なく起きます。特に、感性的なものは、頭のよし悪しとは関係がないのです。

たとえば、男女問題は知性とは関係がないと言われています。男女問題は、知能指数が100であろうが200であろうが、それとは関係なく起きることなのです。

人間は、感情の問題のところで、けっこう霊障になりやすいので、気をつけなくてはいけません。これについては、各人の持って生まれた性質もありますが、よく自分を客観視して、コントロールする必要があるのです。

以上が「反省の原理」です。

これも、結局、自分の主体的な力で霊障を突破して、幸福に入ろうとするわけであり、悟りへの道です。やはり、自分からの出発なのです。

【大川隆法『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理」より抜粋】
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幸福の科学の教えの第三は「反省」です。

家庭での悪霊撃退の考え方に「家庭御本尊の拝受」があります。ご本尊は、根本仏エル・カンターレからの光の供給の入り口となります。御本尊を通して、主の光のエネルギーが各家庭に注ぎ込まれます。家庭御本尊と悪霊に関しては、このように教えていただきました。

『特に、家に家庭御本尊が入ったら、悪霊は、毎日、睨まれているのと同じなります。その人が、毎日、家庭御本尊の前で『仏説・正心法語』を唱えると、悪霊のほうは、説教をされているような感じがして、たまったものではないのです。「この人は、これを永遠に続けるのかな。死ぬまで続ける気かな。それなら、付き合いは、もうほどほどにしたい」というのが悪霊の本音です。

そういう意味では、宗教においては修行の習慣化が大事であり、たまに行うだけではだめなのです。

その人が、毎日、朝晩、ご本尊の前で『仏説・正心法語』を唱え、反省や祈りをしていると、光が出てくるので、悪霊にとっては、つらいのです。これは、毎日毎日、説教されているのと同じであり、やがて離れていかざるをえなくなります。どこかの転機において、バカッと外れます。少しずつ少しずつ剝がれていくのですが、どこかの時点でバカッと取れるのです。悪霊が、もう二度と戻ってこられなくなる段階が来るわけです。

最初は、憑いたり離れたり、憑いたり離れたりします。そして、妨害をし、いろいろな嫌がらせをしたりします』

家庭での宗教修行が進むと、一時期家庭が荒れることがあります。これも支部で聖務をしていて信者の皆さまからよく伺う話です。家庭での精進を悪霊や悪魔が力の限り抵抗しているのです。しかし、これも家庭御本尊を中心に、『仏説・正心法語』の読経や、教学・反省・瞑想・祈りによる心の修行を徹底して、継続することで、この抵抗はやがてなくなります。このときに大切なのが、初期の魔の抵抗に対して、精進を魔に屈して、やめることなく続けることです。その精進のなかで最大の力を発揮するのが「反省」の実践です。

「反省」は悪魔を人間の心を取り戻すことができるほど強力な仏の光であり、仏の慈悲の力です。「反省」は人から言われて実践するものではなく、自ら決意して、心の浄化に取り組まなければならないものです。このように教えを実践に移して習慣化させることによる法力を「修慧」と言います。反省が仏法真理のなかで物理的な力を発揮するのは、「仏法真理を実人生に応用して、習慣化させる」からです。

少し難しいですが、菩薩の修行方法に「六波羅蜜」(ろくはらみた)がありますが、布施、自戒・忍辱・精進・禅定・般若、それぞれの修行項目が全て修慧による習慣化です。習慣の力で悪魔を退けているのが菩薩や天使の法力です。「反省」は禅定波羅蜜多につながる修法です。「反省」自体が菩薩行ということになります。

本日の主のご解説では、ご本尊の前での『仏説・正心法語』の読経や祈り・反省の習慣化によって、御本尊から強力な仏の光がほとばしっていることを学びました。主の光、仏の光は川の流れのように、上流にある大悟館から、総本山正心館へ、各地の精舎や正心館へ、そして各家庭の家庭御本尊へたどりつき、家庭御本尊から周りの地域へと主の光が流れ広がります。その意味では、家庭御本尊は、主の光を霊流として受け止める港のようであり、主のエネルギーを受け止めるアンテナの働きをします。

ぜひ、これを機に、ご本尊前での「反省」や信仰活動を習慣化させてみましょう。これは今注目されている呪いの影響を跳ね返すうえでも重要なことです。

仏様の教えが、慈悲の教えであるゆえんは、罪を犯したとしても反省を経ることで、自らを救い、人を救う菩薩になれることを説かれたからであると思います。反省はとても重要な教えです。

このあたりの教えは、実人生のなかで、応用することがとても大切です。「反省」は実践することで身につけることができる教えとなっています。習慣化がとても大事である点、身につけることがとても難しい点もあります。しかし、毎日毎日少しずつ実践することが反省を自分のものにするコツと言えます。ともに頑張りましょう。

また、霊障問題が、頭のよし悪しとは関係なく、多分に人柄の問題であり、安定した人生観の問題であることも学ぶことができました。人間的に練れている人はやはり、悪い霊的な影響を受けないようです。私たちは日々、いつ何時でも、天使の影響を受けて生きるか、それとも悪霊の影響を受けていきるかを、自らの心が出す波長によって選びとることができます。

反省とは、心のチャンネルをより高次元に選択するために必要不可欠な心の力です。この力は仏・神を信じる者にしか与えられない神秘の力です。

反省は、仏が迷い多き人間をあわれんで、与えてくださった最大の慈悲です。反省によって心を清めて、魂を浄化し、天使菩薩のご指導をうけとれる自分づくりをいたしましょう。

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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100%エル・カンターレ信仰
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文責:蒲原宏史 

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