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・教えを学ぶ

21 性愛は、いつしか幻想となる。それでも、あなたの人格は、安定しているか。

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

7/5(日)~7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13 
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法 
東京ドーム講演集』から第10章の「未来への選択」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九五年に、未来は、仏教の縁起の理法の寄る辺に従い、私たちの心と行動を変えることによって、世界を変えることができること。宗教は公器であり、正しい宗教である「幸福の科学」の教えが世界に広がることによって、人類は真なる幸福を得ることができることを、全世界に伝えるべく、獅子吼されました。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」
2「縁起の理法」の理解を深め、自他共に幸福に
○正しい心を持って生きた人は、正しい結果が必ず現れる(時間縁起)

釈尊の説いた教えはさまざまにありますが、その中心的位置を占めているものの一つに、「縁起の理法」「縁起の法則」があります。

この縁起の法則は、主として二つの点から理解されるべきです。

第一点は、これを時間的流れにおいて理解することです。それを「原因・結果の法則」といいます。

人はそれぞれ、日々、自らの幸・不幸の原因となる行為をなしています。あるいは、そのような思いを持ち、行為をなしています。その結果、その日のうちか、近い将来か、遠い将来か、死して後か、必ず結果というものが現れてきます。

この原因・結果の法則、すなわち「時間縁起」が、縁起の法則の第一点であります。

昔から、「まかない種は生えない」ともいいます。あるいは、「まいた種は刈り取らねばならない」ともいいますが、みなさんが現在ただいま達しているその心境も、自分の置かれているところの環境も、必ず原因があって、今があります。

しかし、人は言うかもしれません。「善因善果・悪因悪果」とは言うが、必ずしもそうではないのではないか」と。

「『よい原因行為をした者には、よい結果が現れ、悪い原因行為をした者には、悪い結果が現れて当然である』と思うけれども、現実にこの世界を見るかぎり、そうも見えない。悪人であるにもかかわらず、栄えているようにも見えるではないか」という人もいるかもしれません。

このように、よい原因にもかかわらず、悪い結果が出ているように見えたり、悪い原因にもかかわらず、よい結果が現れているかに見えたりすることを「異熟(いじゅく)」といい、その結果を「異熟果(いじゅくか)」といいます。

なるほど、世の中の普通の人には、それはまことに奇っ怪なことのように思えるかもしれません。しかし、よくよく観察してごらんなさい。

この世的には成功しているように見える人であっても、その成功の原動力が、その人の持つところの欲望である場合、その人は欲望の炎をさらに終え立たせて、大きな欲望へと変えています。

傍目には成功しているように見えても、よくよく目を凝らしてみなさい。その人は燃えている。目も、鼻も、口も、体も、心も、炎に包まれ、燃えている。煩悩の炎に包まれ、平安なる心を失って、欲望のなかに、猜疑心や嫉妬心、恐怖心のなかに生きています。

結果を、外面的な成功だけに求めてはなりません。よくよくその姿を見るならば、苦しんでいるはずです。

また、清く生きたように見えても、この世的には、恵まれない最期を終えたように見える人もいるかもしれません。しかしながら、この世において成就しなくとも、そのために努力したことは、その人の魂の糧として確実に残っています。

すなわち、「この世を去った世界が厳然としてある」ということが、仏の、そして神の、公平な世界があるということの証明です。

仏神の心、その教えに則って生きた人が、最終的に苦しみを得ることはありません。また、仏神の教えに反した人が、最終的に安らぎの世界に入ることはありえません。それは実に単純明快な世界です。

報いられないということは、まったくありえない世界なのです。正しい心を持ち、正しく生きた人には、正しい結果が必ず現れるのです。それが仏の創った世界なのです。あなたがたは、その世界を信じるがよいと思います。

この現象世界においては、原因と結果が必ずしも整合していないようにも見えます。しかし、そうした論理的矛盾があるからこそ、「世界はこの世だけではない」ということが明確に分かるのです。この世以外の世界があって初めて、論理が完結するのです。

これが、原因・結果の法則、あるいは時間縁起といわれるものです。

【大川隆法『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第六の経文である『無限の言葉「仏説・伝道経」』についてです。

『無限の言葉「仏説・伝道経」』は、仏陀の伝道宣言にあたる経文です。私たちが日々、主の教えを学び、主への信仰を深めているのは、伝道のためであるといっても過言ではありません。この経文を毎日読誦することで、私たちの使命が伝道であることを確認することができます。主の願いは、主の言葉、教えが日本中に、そして世界中に広がることです。
それでは、この経文の主の解説を主の経典『仏陀の証明』から以下ご紹介いたします。
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●仏教における伝道論―伝道の方法
そのあとに、「同じ道をふたりでいっしょに行くな」といっています。これについては、私は過去に何度か言ったことがありますが、理由があるのです。

いちばん有力な解釈としては、「二人で行くより一人で言ったほうが、一人でもお多くの人に説法できる」という理由です。こう解釈するほうが一番多いです。・・・

これについては、「キリスト教で、イエスが『二人で行け』と言ったのと好対照だ」とよく言われています。そして、「それだけ釈迦教団が平和さを意味している」とも言われています。

続いて、「修行僧たちよ、竜頭蛇尾は駄目である。前置きばかりして、最後に少しだけ、よいことを言うほうも駄目である。最初もよく、中ほどもよく、最後もよい、首尾一貫したほうを説きなさい。しっかり準備をして、話す内容を組み立てをして説きなさい」と言っているのです。

「次第説法」【正心法語第四の経文】を見ていると、ここで言っていることがよくわかります。釈迦は、そうした論理的、段階的な法を説く人だったので、弟子たちにもそれを要請しているのです。

さらに、「内容も言葉もそなわっている法を説きなさい」と言っています。「内容も言葉もよくなければいけない。内容がよくて深く、言葉もきれいでなければいけない」といっているのです。やはり、人を悟らせるために法を説くわけですから、「言葉を武器として、びしっと悟らせるために法を説くわけですから、「言葉を武器として、ビシッと悟らせければいけない。内容もよくなければいけない」ということです。

そして、「安全で清らかな修行生活を示すがよい」とあります。安全で清らかな修行生活です。危険な修行はだめです。けがれた修行もだめです。・・・

それから、「清らかな修行生活を示しなさい。けがれた、ふしだらな生活は、やはりすべきではない。そうした修行態度も見せなさい。説法だけではなくて、あなたがたの修行態度も見せなさい」と説いています。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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『解脱の言葉―仏説・八正道』では、
自己も 世界も 原因の
種が 蒔かれて  【因】
水を やり   【縁】
果実が 実り  【果】
報いあり    【報】
果実の 甘さ 苦さにも
種と 育ちに 理由あり

とあるように、私たちの人生が生み出す果実によって
私たちの人格や、人柄、などが他人から見られています。
ですから、伝道師にとって必要なのは、日々の仏の教えを学び、言葉を磨くことが必要です。本日の学びでは、修行者として、自らの生活態度も、伝道師の精神修行の果実として、見られているという意識が必要であることを学びました。とても厳しいですが、いろんな人が、伝道師を通して幸福の科学を見ているということであるならば、私も身が引き締まる思いです。
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第4章「霊界案内」
〇高級霊の真実の姿

上級世界に入ってゆくと光が強い、ということを述べました。したがって、通常は、自分の本来の心境の世界までしか還れません。しかし、時たま、指導霊という光の強い上級霊が、何らかの意味があって、自分の住んでいる世界より上の世界を見せてくれることもあります。そうした指導霊に付き添われて出ないと、たいていの場合には、それより上の世界には行くことができません。

霊界の住人の姿なども、階層によって、だんだん変わってゆきます。地上に近い霊界ですと、地上人によく似た服装をしたりしていることもあるのですが、だんだん上に行きますと、行けば行くほど、何とも言えない美しい透き通った姿に変わってゆきます。人間としての姿が見えているうちは、変化としてはまだ少ないものですが、だんだん人間の姿に見えなくなってゆきます。そして、光のみが飛び交っているように見えてきたりします。

要するに、たとえば菩薩界なら菩薩界という世界に行くと、そこにいる人たち同士では、お互いが人間のような姿に見えたりするのですが、下位霊界から来た人か見ると、そうした人間のような姿にはとうてい見えないのです。もう光の塊にしか見えません。大きな光がそこで動いているように見えるだけなのです。

さらに上級の如来界の人などが来ると、もう光の塊というかたちでなく、核爆弾か何かがさく裂して目が見えないといったような、ものすごい巨大な光がダーッといきなり降りてきた感じに見えて、通常、近寄りがたいのです。

このようなことを言うと、この世の人たちは、本当に不思議な感じに打たれるかもしれません。「人間は平等だし、一人ひとりが同じ権利を持っているし、選挙権も一票だし、食欲だって同じだし、収入だってほとんど平等でなければいけない」という平等思想の単純な民主主義を唱えている人から見れば、非常に不思議かもしれませんが、あの世の世界というのは、実は極めて階層性の強い世界なのです。

先ほど述べたように次元の壁というものがあります。四次元、五次元、・・・という各次元があり、さらに同じ次元のなかでも三段階ぐらいに分かれ、それがさらに三段階あるいはそれ以上に分かれているというように、上下感覚は極めて明確です。

【大川隆法『宗教の挑戦』第4章「霊界案内」より抜粋】
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■御生誕祭の宗教的意義について
〇御生誕祭は、主エル・カンターレ大川隆法総裁先生のご降臨への感謝と、報恩としての伝道の誓いを捧げる、幸福の科学における二大祭典の一つです。

主のご降誕に対し、心からの感謝を捧げ、主への信仰を深める日
――根本仏にして地球神エル・カンターレの御降臨は、慈悲であり奇跡そのものです――

〇御生誕祭は、主と魂の契りを結ぶ霊的な場です。そして、主への報恩として、弟子としての使命を果たす誓いを捧げる場でもあります。誓いを立てることで、信仰は本物となります。

〇主エル・カンターレ大川隆法総裁先生は、1956年7月7日朝7時頃にご生誕されました。「7」という数字は、天上界において、「勝利」と「完成」を意味します。ご生誕の「777」の数字には、悪魔を象徴する「666」にすべての面で凌駕する「勝利の宣言」が込められています。主は、この世の一切の悪なる勢力に勝利し、地球ユートピアを建設されるために、ご降臨されたのです。

〇主エル・カンターレのご本体の御降臨は、3億年前のアルファ様、1億5千万年前のエローヒム様に続き、地球の歴史上3度目に当たります。地球神であり、根本仏でもあられる主は、天上界では光そのものであり、本来、肉体を持たれてはならないご存在です。
・今世は、大川隆法総裁先生というお姿を通して、エル・カンターレのお姿をかいま見ることができる、歴史上ほんの一瞬の、稀な機会なのです。

〇本仏が下生される時代は、人類にとって危機の時代であり、同時に、新時代の幕開けとなる希望の時代です。主のご降臨そのものが、人類に対する最大のご慈悲なのです。

〇御生誕祭は、主がご降臨された奇跡の時代に、主と共に生まれ、主と共に救世活動ができることへの感謝を捧げ、エル・カンターレ信仰を深める大切な日なのです。

■御生誕祭の霊的意義に関連する聞慧■

〇勝利の宣言
私は、昭和三十一年の七月七日、朝、潮満つるころ、七時ごろに生まれました。その数字の示すとおり、「777」という数字がならびます。《中略》「7」という数字は、天上界において、これは勝利を意味する数字であるのです。これは、ひとつには、勝利を意味し、もうひとつには、完成を意味する数字であります。《中略》この「7」の数字の意味は、もうひとつ、別の説明が可能であります。「777」の下には、「666」という数字があります。《中略》ルシフェルをあらわす文字が、数字が、「666」なのであります。これが、彼らの暗号であります。「777」とは、この6に、すべての面において、凌駕するということを意味しているのであります。すなわち、この今生において、私が生まれてくるときに、勝利へ�

�宣言をこめて生まれてきたということであります。何に対しての勝利であるか。《中略》私たちは、神のつくられた、この地上において、いっさいの悪なる勢力を一掃しなくてはならないのであります。
【大川隆法『勝利の宣言』p.11~p.14より抜粋】

〇現成の仏陀の声
私はさらに言葉を継いであなた方に言おう。私は、多くの書物に書かれているように、仏陀の魂の、その生命体の生まれ変わりではあるが、あなた方の前に大川隆法として立っているこの存在は、通常、地上には生まれることのない存在であることを。あなた方は、真の意味において今、我が名で呼ばれているところのこの魂を見ることは、今後、地上においても、天上界においてもあり得ない。それを言っておこう。通常、「法身」という名で呼ばれているのが、私の本当の姿であって、もはや人間の姿をとって出ることはない。そう思って、「幸福の科学」という名を借りての地上における今回のこの真理の活動の意味を知ってほしい。
【大川隆法『悟りの極致とは何か』p.123~124より抜粋】

〇いまはエル・カンターレの姿を見られる稀な機会
「主は、どういう存在か」ということですが、本来、エル・カンターレという存在を、あなたがたに見せることはできません。いまは、「私の姿を通して、かろうじてエル・カンターレの姿を見ることができる」という、歴史上ごく稀な珍しい機会であり、普通は、想像することしかできないのです。というのも、私は、あの世に還ったら、顔や手足などはなくなり、光そのものになるからです。《中略》いま、あなたがたは、エル・カンターレの姿を垣間見ることができますが、歴史の流れから見ると、これは、ほんとうに一瞬の出来事です。《中略》その一瞬に、あなたがたは、永遠なるものの影を見て取り、心に深くとどめておかなければならないのです。
【大川隆法『君よ、涙の谷を渡れ』p.68~70)より抜粋】

〇一回目の名は「アルファ」、二回目の名は「エローヒム」
「エル・カンターレという魂は六人の分身を持っている」というような言い方をしていますが、実は、エル・カンターレの本体としての下生は、今回が三回目に当たります。一回目の下生は、もう今から三億年以上前のことになります。そのときは「アルファ」という名で呼ばれていました。《中略》二度目に生まれたのは、今から一億五千万年ほど前に当たります。このときに呼ばれた名前は「エローヒム」で、一般的には、これを簡略化し、「エル」という名で呼ばれています。《中略》「エローヒム」という名で呼ばれているのが二回目の下生のときです。
【大川隆法『エル・カンターレ信仰とは何か』p.25~26より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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