41 霊現象が多発する人は、この世的にも、人格を磨き続けることが大切だ。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法
初期重要講演集⑥悟りに到る道』から第2章の「仏陀再誕」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九〇年十月二十八日に、一九九一年七月の「エル・カンターレ宣言」に先立ちて、縁生の弟子達へ、仏弟子の本懐である伝道に邁進せよと激励された、再誕の仏陀の獅子吼です。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法初期重要講演集⑥悟りに到る道』第2章「仏陀再誕」
4人類の運命を賭けた聖なる戦いのために
○縁生の弟子たちよ、今こそ仏弟子の本懐を遂げよ
私が、この四年【※1990年説法当時】、百回を超えるさまざまな話をしてまいりましたが、【※2024年時点では説法3500回を超える】それらの話は、あなたがた自身が自分のものとし、それを他の人々にもお教えし、その人が自分のものとしないかぎり、救いにはなりません。
私のこの説法は、私の説いているところの法は、私の書物に書き記されているところの思想は、ちょうどあの満月を私の指が指し示しているのと同じであって、私は月を指し示すことはできるが、その月を見るのは各人であるのです。
いまだかつて、私はあなたがたに月を見せることはできなかった。指し示すことはしたが、月を見せることはできなかった。満月の美しさを見せることはできなかった。それを見た者があれば、それは己の目で、己の心で見たのです。
それが、この私の法を聴くときに大事な点でもあるのです。
私は法を示すが、私は真理を指し示すが、その真理を魂の理解とし、そして己が人生を照らすのは、あなたがた一人ひとりであるのです。
もし―、いや、「もし」という言葉はふさわしくない。
きっと、あなたがたが、今、このわが説く法を聴いて、
魂の奥において真実をつかんだならば、
己の目で満月を見よ。
そして、その暗闇の道を、自らの光で照らしながら歩んでいるときに、
手探りで進んでいる人を見たならば、彼らにも教えて欲しい。
あなたがたがどうやってその光を灯したのかを、彼らにも教えてやってほしい。
あなたがたは、彼らを導くことはできる。
ちょうど、満月の相(すがた)を指し示すことができるように。
しかし、その真実を会得するは一人ひとりのものである。
けれども、自ら照らしつつ道を歩む者として、
その道の途上で光なく歩んでいるものを見たならば、
黙っていることは、私は許さない。
彼らがその光を自ら灯そうとするかどうかは、彼ら自身のものであるが、
その光を灯す方法を、真理に到る道を、
真理をいかにしてあなたがたの魂が会得したかを語らねばならん。
語らねば、私の法も、教えを、真理を聴いたとは言わせない。
知ったとは言わせない。
真理は、行じてのみ初めて、己自身のものとなるのです。
それは単なる知識ではない。空理空論ではない。机上の空論ではない。
比喩でもない。幻想でもない。
それは、実際にやってみたら分かるものなのです。
誰に強制されるのでもなく、判定してもらうのでもなく、己自身が分かるのです。
ちょうど、銀の匙(さじ)が何度スープを運んで、人の口にその温かい味を伝えても、
己自身はそのスープの味を知らぬように、
現にそれを、この法を知り、悟りを得たと思うならば、
それを行じてみなければ自分のものにはなりません。
決して自分のものにはならん。
銀の匙(さじ)のように、スープの味を知らないままに一生を終えることになる。
味わってみなければ分からない。
味わうためには行ずることです。
当会のこの教えが人類を幸福にするものであるかどうかが、
あなたがたが一人ひとりがそれを実践して見せれば分かる。
実践して見せれば、
人が幸福になるかどうか、己が幸福になるかどうかが分かる。
聞く耳あらば、わが教えを実践せよ。
聞く心あらば、わが声に耳を傾けたならば、それを行じてみよ。
味わってみよ。
味わってみれば、真理とは何であるかが分かるであろう。
私が言いたいことは一つ。
仏陀再誕の今、
救世の号令がかかっている今、
その声を聞いたならば、
あなたがたは伝道以外に生きる道はないということです。
人々にこの真理を宣べ伝えることです。
わが声を伝えよ。
わが宣べ伝えるところの真理を、この法を、わが説くところの法を。
見よ。わずか「百八十万部突破(『太陽の法』)と書いてあるではないか。【1990年説法当時】こんなもの、数字のうちに入っていない。
私は、日本人全員に真理を読んでいただきたい。
翻訳された真理は、世界に広がらねばならぬ。
法を説くは師にあり。
法を弘めるは弟子にあり。
弟子の仕事であるのです。
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
縁生の弟子たちよ。
幾千、幾万のわが弟子たちよ。
今こそ、あなたがたは己の使命に気づき、
弟子としての本懐を遂げるときに来ているのです。
これより、大伝道を繰り広げたいと思います。
この日本中に真理の旗が立つまでは、
あなたがたの仕事に終わりはないと思ってください。
全世界にこの真理が伝わることなくして地上の命を失ったならば、
その人生は失敗であったと思ってください。
私もまた、決して退くことなく、
どのような批判や中傷が、たとえ、わが頭上に山のごとく積まれようとも、
断じて妥協するつもりはない。
これより後、前進あるのみです。
みなさま、共に頑張ってまいりましょう。
ありがとうございました。
(完)
【『大川隆法初期重要講演集⑥悟りに到る道』第2章「仏陀再誕」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第七番目、最後の経文である『仏説・降魔経』についてです。
『正義の言葉「仏説・降魔経」』は、『仏説・正心法語』の最後を飾るお経であり、今までにない経文だと言われています。悪魔との対決についても、「幸福の科学」の基本教義として、明確に根本経典の中に入っています。それでは、引き続き経典『仏陀の証明』より主の御解説をご紹介いたします。
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●悪魔の軍隊 ⑧みせかけ・強情
「みせかけ」というのは虚栄心です。見せびらかしたり、よく見せたりしようと思う心です。
「強情」というのは、人の言うことをきかない心です。人の言うことをきかないで、強情の一点張り、これもまた、悪魔が「しめしめ」と思って攻め込んでくるときに、よく使う手です。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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☆悪魔の十の軍隊☆
①欲望
②嫌悪
③飢渇
④妄執
⑤ものうさ・睡眠
⑥恐怖
⑦疑惑
⑧「みせかけ」と「強情」
⑨誤って得られた利得・名声・尊敬・名誉
⑩自己をほめたたえ、他人を軽蔑する
みせかけは、英語でFAKE・フェイクですが、実力以上にプライドが高いと、周りに対して本当の実力以上に、見せかけなければならないところから、自分に対しても周りに対しても嘘を重ねなければならないことから、身を亡ぼす結果になってしまいます。等身大の自分自身をしっかりと理解して、仏から頂いたかけがえのない仏性に対する感謝を深めることができれば、「足ることを知る」謙虚さを身につけることができます。
また、悪魔とは異なりますが、霊界の裏側の存在である妖怪にも見せかけ【FAKE】の特徴があります。「妖怪になら否ための言葉」から引用すると。
③妖怪の本質は、自分の正体を見せず、相手をほんろうするところにある
④妖怪は、根本的に自惚れており、自分をどう変えるかではなく、自分がどう変わったように見えるかに関心がある。
⑥妖怪は、叱られるよりは、粉飾決済を選ぶ
⑨妖怪は悟ったふりが好きだが、実態は、精進が嫌いで、人の目をごまかす。
⑩妖怪は、自分の実力以上に自分を見せることができれば、大成功だと考える。
㉗妖怪は均整のとれた考え方ができない。陰と陽が極端に出るが、ふだんはオブラートに包んでいる。
このようにけっこうあります。見かけだおしは必ず身を滅ぼします。本物の実力ではないからです。自分が悪魔や妖怪の属性がないかチェックしてみましょう。
また、強情も、神仏の光を遮る障害となります。私たち人間には、必ず守護霊がいて、私たちの人生行路が正しいものであるように見守り、ガイドする存在がいます。幸福の科学の三帰信者には、これに加えて、指導霊という、霊的人生の指南役が存在します。こうした目に見えない霊存在から、その人の幸福のために、さまざまインスピレーション(霊感)が降ろされているのですが、強情な人は、これを受け取ることができません。そのために、周りから孤立して、自らを不幸へと導いてしまうことが多々あります。
見せかけも、強情も、これを取り去るのに必ず必要になるのが素直な心です。知的正直さとも言いますが、「知っていることを知っていると、知らないことを知らないこととする」このような精神的態度が素直さには必要です。日々の宗教修行を少しずつ重ねて、素直な心を日々取り戻しつつ、磨いてまいりましょう。
主の楽曲「無心」と題された本アルバムは、フェイクや虚飾を排し、「無心」で「素直な心」を深めることができる、必聴の一枚です。また、この機会に楽曲を繰り返し聞いてみましょう。そして、楽曲CD「天御祖神の夢/天御祖神の降臨―Renewal
ver.」は、この大和の国・日本に武士道を伝えた天御祖神の霊流を強力に引く御神歌となっています。これらの楽曲の波動に触れることで、自らに潜む妖怪性を波長のレベルで払拭してまいりましょう。
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心の指針212 『地獄も知らないで』
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世の中には、
勉強すればするほど、
智慧を失い、バカになる人がいる。
シンプルな真理がわからなくて、
複雑に考えすぎたり、
「エポケー」という判断中止に逃げ込んだり、
懐疑論者になることを、
知者になることだと思い込んでいる人がいる。
今の学校教育では、
魂も、天国、地獄も教わらせない。
調査報道とかにあこがれるマスコミ人も、
この世のことしか扱わない。
幽霊話はエンタメになり、
幽体離脱は、
脳と神経の作用ということにしてしまう。
いつから人間は、
こんなに愚かになってしまったのだろう。
善悪が分かるということは、
天国的か地獄的かがわかるということだ。
地獄も知らないで、
地位や名誉、
財産や異性―の欲望を追い求めて、
「知の巨人」もあったものではない。
死後、漆黒の闇の中に取り残されて、
自分は総理大臣だ、とか、
東大名誉教授だ、とか言っても、
誰も相手にはしてくれない。
自分は「無」だとか「空」だとか、
のたまい続けている学者や僧侶も同じだ。
真理は、法治国家の「法律」をも乗り越えて、
善悪を判断するのだ。
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第6章「世界宗教への道」
○神と地獄
二番目の問題は、この世の矛盾、不正、悪、こういうものをどう解決するか、ということです。
仮に地獄というものがあるとしたら、なぜ神がそれを容認しておられるのか―そういう疑問が出るのは当然です。なぜ神は、地上に生きているかわいい子供たちを地獄に墜とすようなことをするのだろうか。また、人間にそういう罪や悪を犯させるのか。さらに悪霊になって攪乱するようなことを、なぜ許されるのか。
「地獄がある以上、神を信じられない」という人もあれば、「宗教同士で憎しみあったりするから、信じられない」という人もあります。また、「この世に不正があるかぎり、この世に悪があるかぎり、この世に苦しみや悲しみがあるかぎり、神というものが全知全能であることを認められない。ゆえに信仰することはできない」、こうした考え方を立てる方もいます。
なるほどという感じもしますが、やはり「ものごとの一端しか見ていない」と思えるのです。「神が人間に与えようとしている幸福というものは、いったいどのようなものであるのか。その性質を見なければいけない」と思うのです。
神が人間に与えようとする幸福は、果たして砂糖菓子のような幸福でしょうか。誰の口にも甘い幸福でしょうか。そうした誰の口にも甘い幸福は、ちょうど砂糖が虫歯をつくってゆくように、人間を歓楽の生活のなかに、泥沼の底に落としてゆくこともありえるのです。
ですから、幸福というものを、快楽そのもの、心地よいもの、自分に都合のよいものとだけ考えてはいけないのではないでしょうか。散歩をしたり走ったりしますと、筋肉が痛んで身体は辛いわけですが、そうしたものはやがて快感に変わり、健全な肉体をつくり、幸福感を増進します。同様に、個別の魂の地上生活というもののも、さまざまな艱難や試練を乗り越えるところにこそ、真の幸福がある。神はそのように見ておられると私には思えるわけです。
平坦で、何の障害もなく、すいすいと空を泳ぐような幸福な地上生活が満たされるならば、人間は、肉体に宿ってこの世に生まれ変わってくるという経験をしなくなるでしょう。そうした霊的な完全な幸福というものは、天上界、天国において経験しているものです。天国において経験しているものならば、それを経験するために、わざわざ天国から出てくる必要はありません。天国からあえて出てくるということは、それ以外の経験を積もうとしているということなのです。
肉体を被るということは、たいへん不自由なことです。それによって転落の危険もありますし、間違いも起きます。
肉体がなければ、たとえば邪淫によって罪をきせられ、地獄に堕ちるということも、おそらくないでしょう。霊体では、そうしたことは起きませんけれども、肉体に宿ることによって起きてきます。肉体に宿ることによって、食欲が出、食欲が出るがゆえに、ものが欲しいと思い、ものが欲しいと思うがゆえに、盗みが起きる。犯罪が起きる。そういうことさえあります。このように、肉体を契機として、いろいろな間違いが起きてゆくわけです。
【大川隆法『宗教の挑戦』第6章「世界宗教への道」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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文責:蒲原宏史
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