(6/20-1) 【基礎教学通信】171【6月20日】『無限の言葉「仏説・伝道経」』を読む3仏教における伝道論―伝道の前提―「未来への選択」仏教の基本が理解されれば、自ずから宗教の正邪は定まる―『宗教の挑戦』次元の壁

『無限の言葉「仏説・伝道経」』

19 楽しい時は、幸福だ。しかし、一時的なものであることが多い。

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

7/5(日)~7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13 
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法 
東京ドーム講演集』から第10章の「未来への選択」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九五年に、未来は、仏教の縁起の理法の寄る辺に従い、私たちの心と行動を変えることによって、世界を変えることができること。宗教は公器であり、正しい宗教である「幸福の科学」の教えが世界に広がることによって、人類は真なる幸福を得ることができることを、全世界に伝えるべく、獅子吼されました。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」
1智慧を得て、苦しみに打ち勝つ
○仏教の基本が理解されれば、自ずから宗教の正邪は定まる

今年(※説法当時一九九五年)の前半、「解脱」という言葉を安易に使った、問題のある宗教団体がありました。しかし、解脱とは、心の平和をもたらす行為であり、殺人思想とは関係のない考えであります。

およそ、仏教の基本が正しく理解されているのならば、自ずから宗教の正邪は定まります。そして、邪教に迷わされる人も出なくなるのです。

いま述べたように、「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」、これが三法印といわれる仏の教えの旗印であり、これを失った仏教は、仏教としては正統ではなく、異端であるか、あるいは、はるかに中身の薄い教えを奉じていると言わざるをえません。

このように、私たちが、今、住んでいるところの、縦・横・高さの三次元世界を借りの世界と見て、その仮の世界における、仮の肉体的存在なるわれを、「真なる存在ではない」と見抜き、そして、「この世において、実在界に生きていたときと同じ心でもって生きることが悟り」であり、仏教の求めるところであり、布教の目的でもあるのです。

【大川隆法『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第六の経文である『無限の言葉「仏説・伝道経」』についてです。

『無限の言葉「仏説・伝道経」』は、仏陀の伝道宣言にあたる経文です。私たちが日々、主の教えを学び、主への信仰を深めているのは、伝道のためであるといっても過言ではありません。この経文を毎日読誦することで、私たちの使命が伝道であることを確認することができます。主の願いは、主の言葉、教えが日本中に、そして世界中に広がることです。
それでは、この経文の主の解説を主の経典『仏陀の証明』から以下ご紹介いたします。
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●仏教における伝道論
①伝道の前提
ここで言いたいことは、出家者が総勢わずか六十一人の段階で、伝道宣言をなしているということです。ですから、釈迦教団というのは教学だけやっていたとか、禅定だけやっていたなどと考えるのは、歴史的にいって間違っています。その段階で伝道宣言をなして、現実に伝道しているのです。

その伝道宣言の内容を見てみると、仏陀は「修行僧たちよ。私は神および人間たちのあらゆる束縛から自由になった」と言っています。これは「解脱した」という意味です。

「人間たちの束縛から自由になった」という表現がありますが、これは、親や兄弟、親戚、友人など、この世でのいろいろな身分関係、このようなものの一切から自由になるということです。これは分かります。この世の職業仲間とか、親や兄弟、親戚、このようなものの支配下にあったのでは、出家修行はできません。やはり自由にならなければ、独立しなければ無理です。

さらに、「神々から自由になった」というのはおもしろい表現です。「神々」とはなにかというと、これは、当時のインドの神々のことです。「神々から自由になった」というのは、伝統的なバラモン教学から自由になったことを意味しています。古い教え、バラモンの教えに囚われない、あるいは、バラモン教徒たちの祀っているインドの神々に囚われないことです。

また、「梵天勧請(ぼんてんかんじょう)」があって、最初の説法である初転法輪がなされていますから、仏陀はすでに霊能者になっていました。ですから、梵天など高級霊たちの支持をいろいろともらっていたけれども、「これからは、彼らの言うとおりにするのではなくて、自分の法に基づいて行動する」という態度を決したことも意味しています。当会で言えば、「霊言集の時代、方便の時代が終わった。これからは、仏陀の思想のもとに、伝道していくのだ」ということに近いかもしれません。ですから、神々の束縛からも自由になっているのです。

そして、その説法を聴いた弟子たちも自由になりました。「基本教義というものをマスターし、それに照らして、あらゆる宗教的信条や霊的現象などを看破し、自分なりの自主的な判断で考え、行動し、人を導ける段階になった」ということを、この場合の「解脱」と呼んでいるのです。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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教団の歴史を振り返ることができるエピソードでした。
幸福の科学の創設当時(1986年)は、多数の霊言集を発刊して、天上界の神々の考え方を世に広く伝えていましたが、1991年ごろから方便の時代は終わったとして、霊言集の刊行を一度中止しています。幸福の科学に集まる500人を超える指導霊たちの考えではなく、大川隆法総裁先生の教えを中心に、主の教えを中心とした著書(経典)が多数発刊されるようになりました。

その後、再び霊言集が再び発刊され、地上にまだ生のある著名人の守護霊リーディングなどが刊行されて、霊界の証明が続々とされています。昨今では、主の教えが宇宙レベルに達して、数多くの宇宙人リーディングも刊行されており、地球と宇宙の関係も明らかにされています。このように地球・霊界・宇宙と主の教えのスケールが広がり続けています。

また、もう一つの論点は、解脱ということは、あらゆることから独立しているという点です。2022年の御生誕祭で賜りました御法話「甘い人生観の打破」においては、
英語の副題が「Independent and 
strong」【自立と強さ】でした。「自立していないと人を救うことができない」という言葉が大変印象的でしたが、今回の主の解説から、解脱するということと、あらゆるものから自立しているということが成り立つのではないかと個人的に考えました。解脱することと、自立していることに深い関連があるのではないかと考えました。
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第4章「霊界案内」
〇次元の壁

地獄はさておき、天国のほうに還ってゆきますと、天国の世界は、何重にも何重にもなっているようです。

私の言葉では、よく四次元、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元という次元構造として説明をしておりますが、そうした大まかな区分ではとても不十分という感じを受けます。

大きくは四次元、五次元、・・・という次元構造になりますが、さらに見ますと、それぞれの次元が、上・中・下の三段階ぐらいに分かれていて、さらにもっと見ますと、この上・中・下がまたそれぞれ三段階ぐらいに分かれている。そうした厳しい違いがあるようです。

それぐらい、いろいろな階層社会に分かれています。それは、見上げるとビニールのような薄い透明の膜か何かが空中に張られているような感じなのです。そして、その膜のところ、要するに天上のところまでは飛んでゆくことはできるのですが、心境がそこまで行っていないと、それから先にはどうしても入れないのです。

塩分の多い湖などですと、飛び込んでもなかに沈まないで浮いてしまうようなことがありますが、ちょうどそれを同じような感じであって、入ろうとしても入れない感じです。その透明の膜のようなものをつきぬけて上の世界に行こうとうとしても、なぜか弾力があって跳ね返って入れないのです。これが「次元の壁」と言われるものです。

そして、あの世の霊人の説明によりますと、「この次元の壁を越えるには、決して何らかの武器や道具が必要なわけではなく、心境しだいだ」と言われています。

ですから、地上の人間などが、霊体となって時おりあの世に行っても、一定以上の世界にゆくことは極めて難しいのです。

睡眠中に肉体を抜け出して、銀色の糸(霊子線)つきの霊が一時的に地上からあの世へ還ってくることがありますが、そのなかには非常に好奇心の強い霊がいて、あの世の友人たち、魂の友人たちに、「もっともっと、この世界を見せてくれ。もっと上のほうを見に行きたい」とせがむのです。しかし、「いや、やめておけ。今のお前では無理だ」と、よく説明されています。すると、「そんなことはない。人間は平等なのだから、そういう差別はしてはいけない」と、地上から来た人が言い張ったりします。そこでやむなく、一つ上の世界に連れていったりすることもあるのですが、地上から来た魂のそのときの第一声は、「まぶしい!」という言葉なのです。

要するに、その人が耐えられる光の量というものがあるわけです。ちょうど、ゴキブリに懐中電灯の光を当てると、まぶしくてカサコソと逃げまわるように、あるいは日中、モグラが土の外に出ますと、本当にまぶしくて大変なように、地上の人間には耐えられる光の量というものがあって、それに慣れるまでは大変なのです。

ですから、あの世の世界に還ると、通常は、まず一定のところに住み、そこに長年住んでいる間に心境が上がってくると、さらに上の世界に上がれるのです。上の世界に上がると、そこが自分の当然の住処のように感じてくるようになります。そしてまた心境が上がってくると、もう一度、一つ上に上がれます。

このように、段階を踏んでゆくのです。ちょうど、山登りをして高いところに行くと、酸素が少なくなって呼吸困難になるので一定以上には行けないように、あるいは、急にまぶしくなると目を開けていられなくなるように、段階というものがあるのです。

【大川隆法『宗教の挑戦』第4章「霊界案内」より抜粋】
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■御生誕祭の宗教的意義について
〇御生誕祭は、主エル・カンターレ大川隆法総裁先生のご降臨への感謝と、報恩としての伝道の誓いを捧げる、幸福の科学における二大祭典の一つです。

主のご降誕に対し、心からの感謝を捧げ、主への信仰を深める日
――根本仏にして地球神エル・カンターレの御降臨は、慈悲であり奇跡そのものです――

〇御生誕祭は、主と魂の契りを結ぶ霊的な場です。そして、主への報恩として、弟子としての使命を果たす誓いを捧げる場でもあります。誓いを立てることで、信仰は本物となります。

〇主エル・カンターレ大川隆法総裁先生は、1956年7月7日朝7時頃にご生誕されました。「7」という数字は、天上界において、「勝利」と「完成」を意味します。ご生誕の「777」の数字には、悪魔を象徴する「666」にすべての面で凌駕する「勝利の宣言」が込められています。主は、この世の一切の悪なる勢力に勝利し、地球ユートピアを建設されるために、ご降臨されたのです。

〇主エル・カンターレのご本体の御降臨は、3億年前のアルファ様、1億5千万年前のエローヒム様に続き、地球の歴史上3度目に当たります。地球神であり、根本仏でもあられる主は、天上界では光そのものであり、本来、肉体を持たれてはならないご存在です。
・今世は、大川隆法総裁先生というお姿を通して、エル・カンターレのお姿をかいま見ることができる、歴史上ほんの一瞬の、稀な機会なのです。

〇本仏が下生される時代は、人類にとって危機の時代であり、同時に、新時代の幕開けとなる希望の時代です。主のご降臨そのものが、人類に対する最大のご慈悲なのです。

〇御生誕祭は、主がご降臨された奇跡の時代に、主と共に生まれ、主と共に救世活動ができることへの感謝を捧げ、エル・カンターレ信仰を深める大切な日なのです。

■御生誕祭の霊的意義に関連する聞慧■

〇勝利の宣言
私は、昭和三十一年の七月七日、朝、潮満つるころ、七時ごろに生まれました。その数字の示すとおり、「777」という数字がならびます。《中略》「7」という数字は、天上界において、これは勝利を意味する数字であるのです。これは、ひとつには、勝利を意味し、もうひとつには、完成を意味する数字であります。《中略》この「7」の数字の意味は、もうひとつ、別の説明が可能であります。「777」の下には、「666」という数字があります。《中略》ルシフェルをあらわす文字が、数字が、「666」なのであります。これが、彼らの暗号であります。「777」とは、この6に、すべての面において、凌駕するということを意味しているのであります。すなわち、この今生において、私が生まれてくるときに、勝利へ�

�宣言をこめて生まれてきたということであります。何に対しての勝利であるか。《中略》私たちは、神のつくられた、この地上において、いっさいの悪なる勢力を一掃しなくてはならないのであります。
【大川隆法『勝利の宣言』p.11~p.14より抜粋】

〇現成の仏陀の声
私はさらに言葉を継いであなた方に言おう。私は、多くの書物に書かれているように、仏陀の魂の、その生命体の生まれ変わりではあるが、あなた方の前に大川隆法として立っているこの存在は、通常、地上には生まれることのない存在であることを。あなた方は、真の意味において今、我が名で呼ばれているところのこの魂を見ることは、今後、地上においても、天上界においてもあり得ない。それを言っておこう。通常、「法身」という名で呼ばれているのが、私の本当の姿であって、もはや人間の姿をとって出ることはない。そう思って、「幸福の科学」という名を借りての地上における今回のこの真理の活動の意味を知ってほしい。
【大川隆法『悟りの極致とは何か』p.123~124より抜粋】

〇いまはエル・カンターレの姿を見られる稀な機会
「主は、どういう存在か」ということですが、本来、エル・カンターレという存在を、あなたがたに見せることはできません。いまは、「私の姿を通して、かろうじてエル・カンターレの姿を見ることができる」という、歴史上ごく稀な珍しい機会であり、普通は、想像することしかできないのです。というのも、私は、あの世に還ったら、顔や手足などはなくなり、光そのものになるからです。《中略》いま、あなたがたは、エル・カンターレの姿を垣間見ることができますが、歴史の流れから見ると、これは、ほんとうに一瞬の出来事です。《中略》その一瞬に、あなたがたは、永遠なるものの影を見て取り、心に深くとどめておかなければならないのです。
【大川隆法『君よ、涙の谷を渡れ』p.68~70)より抜粋】

〇一回目の名は「アルファ」、二回目の名は「エローヒム」
「エル・カンターレという魂は六人の分身を持っている」というような言い方をしていますが、実は、エル・カンターレの本体としての下生は、今回が三回目に当たります。一回目の下生は、もう今から三億年以上前のことになります。そのときは「アルファ」という名で呼ばれていました。《中略》二度目に生まれたのは、今から一億五千万年ほど前に当たります。このときに呼ばれた名前は「エローヒム」で、一般的には、これを簡略化し、「エル」という名で呼ばれています。《中略》「エローヒム」という名で呼ばれているのが二回目の下生のときです。
【大川隆法『エル・カンターレ信仰とは何か』p.25~26より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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