25 温かい人格は、一朝一夕には作れない。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
7/5(日)~7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法
東京ドーム講演集』から第10章の「未来への選択」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九五年に、未来は、仏教の縁起の理法の寄る辺に従い、私たちの心と行動を変えることによって、世界を変えることができること。宗教は公器であり、正しい宗教である「幸福の科学」の教えが世界に広がることによって、人類は真なる幸福を得ることができることを、全世界に伝えるべく、獅子吼されました。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」
3釈迦教団に見る民主主義的な組織運営
○釈迦教団でも実践されていた「法律の下の自由」
もう一つ、驚くべきことがあります。
当時の教団には、「戒律」というものがありました。比丘の二百五十戒、比丘尼の三百四十八戒です。戒律というのは、教団内の法律と考えて結構かと思います。
男性修行者には、だんだんに数が増えていって、代表的には二百五十の戒律がありました。女性修行者には、細かなところにまで配慮して、三百四十八の戒律がありました。
釈迦教団では、「こういう場合には、こうしなさい」という戒律を、いろいろな事案ごとに話し合って制定していたのです。それを「波羅提木叉(はらだいもくしゃ)」、あるいは「戒本(かいほん)」といいますが、こうした戒律を定めたことが、釈迦教団の非常に大きな特徴として挙げられます。「戒律を守っていれば、修行者としての本分を失うことはない」というやり方であったわけです。
したがって、戒律が定められると、その戒律に照らして、現前サンガ、すなわち、そこに集まっている比丘や比丘尼たちが、自分たちで判断をしていきます。あるいは、仏陀の説いた法を記憶している者がいれば、その教えに照らして、毎日の起きる事柄を一個一個判断していきます。こうした生活形態を取っていました。
二十世紀にノーベル経済学者として名を馳せていたハイエクという人がいますが、この人の言っているところの「法律の下の自由」論というのは、二千数百年前、すでに釈迦教団のなかにおいて実践されていたことなのです。
二十世紀は、「自由」ということが非常に大事に言われている世紀でありますけれども、自由が他の人の権利や権益を犯してはならないので、国会において法律をつくります。「法律を犯さない範囲で、各人は自由である」というのが、法治国家の意味です。
そして、問題があるときには、代表者が相依って法律をつくり、その法律の範囲内で、各人は自由を保障されます。お互いに、悪意を持って、他の領域を犯さないように、他の人の利益を犯さないように、法律に則って自由が保障されているのです。
これが、近代的民主主義社会、法治国家のあり方ですけれども、これは、二千数百年前に釈迦が説いていた教えと、あるいは、教団を運営していたルールとまったく同じことなのです。
【大川隆法『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第六の経文である『無限の言葉「仏説・伝道経」』についてです。
『無限の言葉「仏説・伝道経」』は、仏陀の伝道宣言にあたる経文です。私たちが日々、主の教えを学び、主への信仰を深めているのは、伝道のためであるといっても過言ではありません。この経文を毎日読誦することで、私たちの使命が伝道であることを確認することができます。主の願いは、主の言葉、教えが日本中に、そして世界中に広がることです。
それでは本日の『無限の言葉「仏説・伝道経」』の解説は以下の通りです。
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●伝道の結論-無限の未来を開く
「仏陀が 再び 下生して
法輪 転ずる その時に」
「仏陀は再誕した。すでに仏陀宣言をなしている」ということです。
「法輪」というのは、仏陀の説法のことをいいます。これは、もともと戦車の車輪のことを意味しているのです。これが、ガタガタ、ガタガタと回転していきます。そのように、仏陀の説法というのは非常に威力があって、それが開始されると、多くの人々を教化していきます。そのことを車輪の回転にたとえているのです。
「仏弟子 再び 集まりて」
過去世で仏弟子だったものが再び集まっているということです。
「金口は「金の口」と書いてあります。仏陀から金色のオーラが出て、金の仏像のように見えるからです。
「『直説・金口』というのは、仏陀の金の口から語られている言葉である。その『直説・金口』の教えを、今聴いているのだ。それを、あなたがたは伝えなければならない」ということです。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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When Buddha descends to earth again
And turns the wheel of Dharma
His disciples must again assemble
And tell of the teachings
From the golden mouth
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主の教えを聞いて感動される方は、過去の転生の中で、主との出会いをすでに果たされていることがとても多いです。主の教えをこの世で聞くことを幾転生にわたり求め続けてきました。
私たちは、いつの転生でも「目覚めたる者=仏陀」を求め探してきたはずです。
幾転生の中で、理不尽な経験を、さまざまな社会環境や時代の変化の中でしてきています。
そのなかで、神や仏に何かの答えを求めることが数多くあったと思います。
その視点で考えてみるならば、今世最大のメシアである主の教えによって、人生の問題についてすべての事柄について答えを出すことができる時代に私たちは生まれ育つことができました。これをもって今の時代が奇跡の時代と言われています。私たちには魂の兄弟たちが、あの世である天上界に5人います。それぞれの地上経験の中で、癒されない心の傷もたくさん持っていると思います。その影響がカルマとして今回の地上生活の中で、環境や人間関係の中に現れてくることがあります。それらの過去から引きづってきたカルマの刈り取りに関しても、主との出会いと教えを学ぶことで、解消することができると言えます。
主の直説・金口の説法には、自分だけでなく、魂の兄弟たちの心の傷を癒す力もあるということを知ることができれば、数多くいただいている主の経典や教えに対する感謝を今の何倍にも大きくすることができるのではないかと思います。
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第5章「チャネリングの秘密」
〇日本の狐狗狸(こっくり)現象の解明
それ以外にも、たとえば「自動書記」といって、霊が乗り移って、手で文字を書くという現象もあります。これも時々報告されています。私も、文章を書くときには、ほとんどこの自動書記を使っておりますから、決して目新しいことでも何でもありません。【※教団初期の『太陽の法』『黄金の法』は自動書記で書かれました】
この自動書記の最も原始的なものとしては、たとえば日本では「狐狗狸(こっくり)さん」というのが昔からよく流行っています。これは割合お多くの人が経験したと思います。狐狗狸(こっくり)というのは、「狐(きつね)」「狗(いぬ)」「狸(たぬき)」という三つの字のとおりの、一種の動物霊であるわけです。この狐狗狸さんの信仰というものがあって、よく子供たちが遊んでいます。
紙の上に、「あいうえお」の五十文字を書いて、それから、その紙の中央に、赤で鳥居を描いて、丸を描いて、紙の端には「入口」と書いて、片側には「出口」と書いておきます。そして子供たちが人差し指の先で十円玉なら十円玉を軽く押さえると、この十円玉が動き始めるわけです。「狐狗狸さん、狐狗狸さん、どうぞ、私たちの質問に答えてください」とやっていると、十円玉がスーッと動き始めるのです。
それがちょうど、超電導か何かの実験のような感じなのです。ふわっと動いてゆく感じです。あまり強く押さえつけたらもちろん動きませんし、まったく手を離してしまっても動かない。かすかに指を触れるか触れないか、時々触れたりはなしたりする程度の押さえ方で、結構スース―動いて、グルグル回るのです。そういうかたちで、実際に十円玉が動いてゆくようなことも経験された方は多いでしょう。
ただこれは、狐狗狸という動物霊、あるいは地上に漂っている浮遊霊などが出てくることが多くて、高級霊は普通の場合はまず出てまいりませんから、あまり深入りすることは要注意です。
地方によっては、別のやり方があります。割箸(わりばし)を三本ゴム輪でくくって、そのうちの一本だけを少し長くして、赤で印をつけて、その割箸を三本脚の下に、二人か三人で指を入れて、同じように「狐狗狸さん、動かしてください」というようにやりますと、それがトントンと上下に動きはじめて、赤井印のついた割箸で文字を追ってゆくと、こういうやり方もあります。
たいてい、たわいもない答えが多いわけです。たとえば、高校生や中学生ですと、クラスメイトが「○○さんが好きな子は、いったい誰ですか」というようなことを聞くと、わりに当てるのです。相手が佐藤さんという女性なら、とんとんと動いていって、「さ」のところでピタッと止まるのです。「『さ』で止まったわよ。いいですか」と言って、「はい、じゃあ、次は?」というと、またとんとんと動いていって、「と」のところで止まります。そうすると当てられている子は、このあたりでギクッとします。「まさか」と思ったら、さらにトントンと今度は「う」のところで止まるのです。そこで御南が、「わあっ、佐藤さんが好きなんだあ」とか言い始めると、当てられた子は顔を真っ赤にして逃げてゆくわけです。
このように、狐狗狸と言いましょうか、動物霊たちであっても、ある程度、誰が誰を好きだとか嫌いだとか、その程度のことを当てることはできるようです。こうした遊びがあちこちにあります。
ただ、これも考え物であり、来年の高校入試の問題はいったい何が出るかというヤマ賭けを狐狗狸でやっても、わかりはしないのです。「英語に何の問題が出るか、数学に何が出るか」と言っても、霊のほうはその知識はまったく知りませんから、当たることはまずありません。
また、そうしたことによって、来年の大学入試に受かるか受からないかなどと占いをしても、そんなことは意味がありません。そんな暇があれば、やはり勉強をキチッとしておいた方が賢いということになります。
以上のように、霊体験というのは、割合幅広く承認されています。
【大川隆法『宗教の挑戦』第5章「チャネリングの秘密」より抜粋】
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■御生誕祭の宗教的意義について
〇御生誕祭は、主エル・カンターレ大川隆法総裁先生のご降臨への感謝と、報恩としての伝道の誓いを捧げる、幸福の科学における二大祭典の一つです。
主のご降誕に対し、心からの感謝を捧げ、主への信仰を深める日
――根本仏にして地球神エル・カンターレの御降臨は、慈悲であり奇跡そのものです――
〇御生誕祭は、主と魂の契りを結ぶ霊的な場です。そして、主への報恩として、弟子としての使命を果たす誓いを捧げる場でもあります。誓いを立てることで、信仰は本物となります。
〇主エル・カンターレ大川隆法総裁先生は、1956年7月7日朝7時頃にご生誕されました。「7」という数字は、天上界において、「勝利」と「完成」を意味します。ご生誕の「777」の数字には、悪魔を象徴する「666」にすべての面で凌駕する「勝利の宣言」が込められています。主は、この世の一切の悪なる勢力に勝利し、地球ユートピアを建設されるために、ご降臨されたのです。
〇主エル・カンターレのご本体の御降臨は、3億年前のアルファ様、1億5千万年前のエローヒム様に続き、地球の歴史上3度目に当たります。地球神であり、根本仏でもあられる主は、天上界では光そのものであり、本来、肉体を持たれてはならないご存在です。
・今世は、大川隆法総裁先生というお姿を通して、エル・カンターレのお姿をかいま見ることができる、歴史上ほんの一瞬の、稀な機会なのです。
〇本仏が下生される時代は、人類にとって危機の時代であり、同時に、新時代の幕開けとなる希望の時代です。主のご降臨そのものが、人類に対する最大のご慈悲なのです。
〇御生誕祭は、主がご降臨された奇跡の時代に、主と共に生まれ、主と共に救世活動ができることへの感謝を捧げ、エル・カンターレ信仰を深める大切な日なのです。
■御生誕祭の霊的意義に関連する聞慧■
〇勝利の宣言
私は、昭和三十一年の七月七日、朝、潮満つるころ、七時ごろに生まれました。その数字の示すとおり、「777」という数字がならびます。《中略》「7」という数字は、天上界において、これは勝利を意味する数字であるのです。これは、ひとつには、勝利を意味し、もうひとつには、完成を意味する数字であります。《中略》この「7」の数字の意味は、もうひとつ、別の説明が可能であります。「777」の下には、「666」という数字があります。《中略》ルシフェルをあらわす文字が、数字が、「666」なのであります。これが、彼らの暗号であります。「777」とは、この6に、すべての面において、凌駕するということを意味しているのであります。すなわち、この今生において、私が生まれてくるときに、勝利へ�
�
�宣言をこめて生まれてきたということであります。何に対しての勝利であるか。《中略》私たちは、神のつくられた、この地上において、いっさいの悪なる勢力を一掃しなくてはならないのであります。
【大川隆法『勝利の宣言』p.11~p.14より抜粋】
〇現成の仏陀の声
私はさらに言葉を継いであなた方に言おう。私は、多くの書物に書かれているように、仏陀の魂の、その生命体の生まれ変わりではあるが、あなた方の前に大川隆法として立っているこの存在は、通常、地上には生まれることのない存在であることを。あなた方は、真の意味において今、我が名で呼ばれているところのこの魂を見ることは、今後、地上においても、天上界においてもあり得ない。それを言っておこう。通常、「法身」という名で呼ばれているのが、私の本当の姿であって、もはや人間の姿をとって出ることはない。そう思って、「幸福の科学」という名を借りての地上における今回のこの真理の活動の意味を知ってほしい。
【大川隆法『悟りの極致とは何か』p.123~124より抜粋】
〇いまはエル・カンターレの姿を見られる稀な機会
「主は、どういう存在か」ということですが、本来、エル・カンターレという存在を、あなたがたに見せることはできません。いまは、「私の姿を通して、かろうじてエル・カンターレの姿を見ることができる」という、歴史上ごく稀な珍しい機会であり、普通は、想像することしかできないのです。というのも、私は、あの世に還ったら、顔や手足などはなくなり、光そのものになるからです。《中略》いま、あなたがたは、エル・カンターレの姿を垣間見ることができますが、歴史の流れから見ると、これは、ほんとうに一瞬の出来事です。《中略》その一瞬に、あなたがたは、永遠なるものの影を見て取り、心に深くとどめておかなければならないのです。
【大川隆法『君よ、涙の谷を渡れ』p.68~70)より抜粋】
〇一回目の名は「アルファ」、二回目の名は「エローヒム」
「エル・カンターレという魂は六人の分身を持っている」というような言い方をしていますが、実は、エル・カンターレの本体としての下生は、今回が三回目に当たります。一回目の下生は、もう今から三億年以上前のことになります。そのときは「アルファ」という名で呼ばれていました。《中略》二度目に生まれたのは、今から一億五千万年ほど前に当たります。このときに呼ばれた名前は「エローヒム」で、一般的には、これを簡略化し、「エル」という名で呼ばれています。《中略》「エローヒム」という名で呼ばれているのが二回目の下生のときです。
【大川隆法『エル・カンターレ信仰とは何か』p.25~26より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史
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