(6/21-1)【基礎教学通信】172【6月21日】『無限の言葉「仏説・伝道経」』について考える4仏教における伝道論―「未来への選択」伝道の目的―毒ガスで人を殺すような教団は、根本的なる仏陀の教えに反している―『宗教の挑戦』地獄界の想念の雲

『無限の言葉「仏説・伝道経」』

20 結婚とは、二本の小川が一本の川となるようでありたい。

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

7/5(日)~7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13 
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法 
東京ドーム講演集』から第10章の「未来への選択」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九五年に、未来は、仏教の縁起の理法の寄る辺に従い、私たちの心と行動を変えることによって、世界を変えることができること。宗教は公器であり、正しい宗教である「幸福の科学」の教えが世界に広がることによって、人類は真なる幸福を得ることができることを、全世界に伝えるべく、獅子吼されました。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」
1智慧を得て、苦しみに打ち勝つ
○毒ガスで人を殺すような教団は、根本的なる仏陀の教えに反している

この物質世界において、さまざまな人が、さまざまな理由によって、日々、苦しんでいます。煩悩の炎に焼かれ、焦がれています。この苦しみから人々を救うために立ち上がったのが、釈尊なのです。

そして、釈尊は、「その教えの力によって、その智慧の力によってあなたがたは目覚めなさい。教えの力によって、教えを理解し、自分のものとすることによって、それを智慧と変えることによって、人生の苦悩と闘いなさい。欲望と闘いなさい。そして、心の平安をつかみなさい。そして幸福になりなさい」という教えを説きました。

このように、あくまでも出発点は、「悟りを求める」という、一人の行為に始まったのです。

その結果、得られたるものが「智慧」です。この智慧は、それを他の人に教え、伝えることによって、人類の共通財とすることができるものなのです。その智慧を広げる行為を「慈悲」といいます。これが、伝道、教化、布教などといわれている行為です。

一人の悟りたる人間が得たところの智慧を、周りの人に広げていくこと。そして、その智慧を得た人がまた、自らの悩み苦しみに打ち勝って、清浄なる心を得、心の平安を得ること。これが、仏教の基本的な教えの枠組みであり、行動の枠組みであります。

さすれば、ある教団のように、毒ガスをもって人を殺したり、麻薬を用いて陶酔したりすることは、悟りとは何ら縁のないことであることが、あなたがたにはお分かりのはずです。

また、三法印の教えからすれば、呪術的な文句として、「南無妙法蓮華経」を何百回唱えたところで、煩悩の火は消えないこともお分かりのはずです。

それは、根本的なる仏陀の教えに反しているのです。

【大川隆法『大川隆法 東京ドーム講演集』第10章「未来への選択」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第六の経文である『無限の言葉「仏説・伝道経」』についてです。

『無限の言葉「仏説・伝道経」』は、仏陀の伝道宣言にあたる経文です。私たちが日々、主の教えを学び、主への信仰を深めているのは、伝道のためであるといっても過言ではありません。この経文を毎日読誦することで、私たちの使命が伝道であることを確認することができます。主の願いは、主の言葉、教えが日本中に、そして世界中に広がることです。
それでは、この経文の主の解説を主の経典『仏陀の証明』から以下ご紹介いたします。
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●仏教における伝道論―伝道の目的
修行僧たちも解脱しました。そして、「修行僧たちよ。遍歴にでるがよい。経巡(へめぐ)りなさい」ということです。

仏教には、「遊行(ゆぎょう)」という言葉がありますが、これは足ることを知って(少欲知足)、托鉢(たくはつ)しながら、衆生を教化していくことです。

「遍歴に出るがよい。衆生の利益(りやく)のため、安楽のため、世をいつくしむため、人々と神々との利益、安楽のためである」―これは伝道の目的を述べています。衆生の利益(りやく)のためである。多くの人たちを益するためである。要するに、衆生の幸福を増進するために伝道しなさい、ということです。

「安楽のため」とは、人々を安らかな喜びの境地に導くためである、ということです。

「世をいつくしむため」とは、面白い表現です。「いつくしむ」ということですから、これは慈悲です。「この世を哀れと見て、いつくしんで、救わなければいけない」という気持ち、この世の生きとし生けるものたちをいつくしむ気持ちです。

そして、「人々と神々との利益(りやく)」と言っています。これも同じ意味ですが、これには神々も入っています。ですから、梵天たちのためにも、伝道しなければいけないということです。「神々から自由になった」と言いつつ、「神々の利益、安楽のためにもやりなさい」と言っているのです。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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2600年前のお釈迦様の時代、もともとの伝道の目的とは、「広く諸国をめぐり歩くこと。また、さまざまな経験をすることによって、生きとし生ける者の利益(りやく)のため、安楽のため、世をいつくしむため、人々と神々との利益(りやく)、安楽のために、仏陀の教えを伝える」ということでした。

本日の引用で挙げられた「利益(りやく)」は、現代の意味でつかわれる「現世利益」とはだいぶニュアンスが違うのではないかと思います。「現世利益」は、あくまでも自分が得られるために、外側から何かを引き出そうとする、相手から何かをもらいたいという気持です。そうではなく、「衆生の利益」「衆生の安楽」のために、布施の心、与える愛の実践としてこの言葉を考えると、意味が通ります。「伝道は、与える愛」であるこということがよく分かりました。

伝道と救済が旅を通して一体となっていることがとても印象的です。お釈迦さまも、インド各地の精舎を周り、幾度となく伝道の旅に出ています。

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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第4章「霊界案内」
〇地獄界の想念の雲
ところで、この光のまぶしさというのは、何でしょうか。

あの世の世界には霊太陽というものがあります。これは実は、地上界の太陽の霊体そのものであり、この霊太陽から神の光がずーっと流れてきていて、霊人の階層はこの光の量の差であるのです。ですから、上位世界にいる人ほど光が強く、下にいくほど段々に弱まってくるというかたちになっています。

特に地獄などを見てみると、上空がどんよりとした雨雲のようなものにほとんど覆われているのです。このどんよりとした雨雲はいったい何かと思って、案内役である「導きの霊」などに聞いてみると、たいていの場合、「これは欲望の想念だ」と言います。

地上に生きているときに、「眼・耳・鼻・舌・身・意」の「六根煩悩」に振り回された人間が出す欲望の念い、また、それをあの世に持ち越してきた人間たちの渦巻く欲望、こうしたものが、ちょうど霧のように立ちのぼっていって、天空に雨雲のようなものをつくってゆくのです。実は、地獄が一面真っ暗になってゆくのは、これが原因なのです。この想念の雲が霊界の太陽の光を遮り、地獄を暗いじめじめしたものにしていけるわけです。

しかし、この想念の雲は、ある意味では役に立っています。霊界の太陽そのものに照らされますと、地獄の人たちはまぶしくて住んでいられないのです。目が潰れそうになります。そういうこともあって、彼らにとっては、その暗さが適度な住み心地の良さになっているわけです。

地上の人間の場合には、不良仲間同士で集まる、暴力団同士で集まる、脛に傷のある者どうしが集まるなどといった、同類が集まる原則がありますが、霊界にこれとまったく同じなのです。そうした種類の人たちにとって住み心地の良いところに、実は集まっているわけです。

【大川隆法『宗教の挑戦』第4章「霊界案内」より抜粋】
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■御生誕祭の宗教的意義について
〇御生誕祭は、主エル・カンターレ大川隆法総裁先生のご降臨への感謝と、報恩としての伝道の誓いを捧げる、幸福の科学における二大祭典の一つです。

主のご降誕に対し、心からの感謝を捧げ、主への信仰を深める日
――根本仏にして地球神エル・カンターレの御降臨は、慈悲であり奇跡そのものです――

〇御生誕祭は、主と魂の契りを結ぶ霊的な場です。そして、主への報恩として、弟子としての使命を果たす誓いを捧げる場でもあります。誓いを立てることで、信仰は本物となります。

〇主エル・カンターレ大川隆法総裁先生は、1956年7月7日朝7時頃にご生誕されました。「7」という数字は、天上界において、「勝利」と「完成」を意味します。ご生誕の「777」の数字には、悪魔を象徴する「666」にすべての面で凌駕する「勝利の宣言」が込められています。主は、この世の一切の悪なる勢力に勝利し、地球ユートピアを建設されるために、ご降臨されたのです。

〇主エル・カンターレのご本体の御降臨は、3億年前のアルファ様、1億5千万年前のエローヒム様に続き、地球の歴史上3度目に当たります。地球神であり、根本仏でもあられる主は、天上界では光そのものであり、本来、肉体を持たれてはならないご存在です。
・今世は、大川隆法総裁先生というお姿を通して、エル・カンターレのお姿をかいま見ることができる、歴史上ほんの一瞬の、稀な機会なのです。

〇本仏が下生される時代は、人類にとって危機の時代であり、同時に、新時代の幕開けとなる希望の時代です。主のご降臨そのものが、人類に対する最大のご慈悲なのです。

〇御生誕祭は、主がご降臨された奇跡の時代に、主と共に生まれ、主と共に救世活動ができることへの感謝を捧げ、エル・カンターレ信仰を深める大切な日なのです。

■御生誕祭の霊的意義に関連する聞慧■

〇勝利の宣言
私は、昭和三十一年の七月七日、朝、潮満つるころ、七時ごろに生まれました。その数字の示すとおり、「777」という数字がならびます。《中略》「7」という数字は、天上界において、これは勝利を意味する数字であるのです。これは、ひとつには、勝利を意味し、もうひとつには、完成を意味する数字であります。《中略》この「7」の数字の意味は、もうひとつ、別の説明が可能であります。「777」の下には、「666」という数字があります。《中略》ルシフェルをあらわす文字が、数字が、「666」なのであります。これが、彼らの暗号であります。「777」とは、この6に、すべての面において、凌駕するということを意味しているのであります。すなわち、この今生において、私が生まれてくるときに、勝利へ�

�宣言をこめて生まれてきたということであります。何に対しての勝利であるか。《中略》私たちは、神のつくられた、この地上において、いっさいの悪なる勢力を一掃しなくてはならないのであります。
【大川隆法『勝利の宣言』p.11~p.14より抜粋】

〇現成の仏陀の声
私はさらに言葉を継いであなた方に言おう。私は、多くの書物に書かれているように、仏陀の魂の、その生命体の生まれ変わりではあるが、あなた方の前に大川隆法として立っているこの存在は、通常、地上には生まれることのない存在であることを。あなた方は、真の意味において今、我が名で呼ばれているところのこの魂を見ることは、今後、地上においても、天上界においてもあり得ない。それを言っておこう。通常、「法身」という名で呼ばれているのが、私の本当の姿であって、もはや人間の姿をとって出ることはない。そう思って、「幸福の科学」という名を借りての地上における今回のこの真理の活動の意味を知ってほしい。
【大川隆法『悟りの極致とは何か』p.123~124より抜粋】

〇いまはエル・カンターレの姿を見られる稀な機会
「主は、どういう存在か」ということですが、本来、エル・カンターレという存在を、あなたがたに見せることはできません。いまは、「私の姿を通して、かろうじてエル・カンターレの姿を見ることができる」という、歴史上ごく稀な珍しい機会であり、普通は、想像することしかできないのです。というのも、私は、あの世に還ったら、顔や手足などはなくなり、光そのものになるからです。《中略》いま、あなたがたは、エル・カンターレの姿を垣間見ることができますが、歴史の流れから見ると、これは、ほんとうに一瞬の出来事です。《中略》その一瞬に、あなたがたは、永遠なるものの影を見て取り、心に深くとどめておかなければならないのです。
【大川隆法『君よ、涙の谷を渡れ』p.68~70)より抜粋】

〇一回目の名は「アルファ」、二回目の名は「エローヒム」
「エル・カンターレという魂は六人の分身を持っている」というような言い方をしていますが、実は、エル・カンターレの本体としての下生は、今回が三回目に当たります。一回目の下生は、もう今から三億年以上前のことになります。そのときは「アルファ」という名で呼ばれていました。《中略》二度目に生まれたのは、今から一億五千万年ほど前に当たります。このときに呼ばれた名前は「エローヒム」で、一般的には、これを簡略化し、「エル」という名で呼ばれています。《中略》「エローヒム」という名で呼ばれているのが二回目の下生のときです。
【大川隆法『エル・カンターレ信仰とは何か』p.25~26より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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