(7/29-2) 【阿羅漢への挑戦】210―28『永遠の仏陀』を読む―正思の道―『常勝思考』プラスに転ずる逆発想―『真説・八正道』神仏の光の「多様性」の意味と注意点―『釈迦の本心』禅定波羅蜜多

『永遠の仏陀』を読む

27 妖怪は均整のとれた考え方ができない。陰と陽が極端に出るが、ふだんはオブラートに包んでいる。

【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

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■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、『常勝思考』の教えを通して、「人生には敗北はないのだ」という主の熱いメッセージを受け取ります。経典をお持ちでない方は、全国の支部や精舎、書店にてお求めください。【税抜き1500円】本書アフリカなど外国おいて、教科書の副読本としても使われています。

「本書には、読者の方がたに、よきリーダーとなり、人びとを導いていける存在になってほしい―という願いが込められています。すなわち、「常勝思考」(常に勝ち続ける思考)とは、成功からも失敗からも教訓を学びとり、人びとを導いていける人間へと成長していくための方法論であり、そのいみでは、光明思想と反省の両方を織り込んだ「全天候型」の運命開拓法なのです」―新版への「まえがき」より
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■『常勝思考』第2部「光明転回の理論」
3 プラスに転ずる逆発想

思考訓練の話の延長として、仕事能率の話をしてみましょう。

みなさんは、毎日毎日、長時間働けば、自分の気がすんだような思いになることがあるでしょう。それでも、「追いつかない、追いつかない」という気持ちに追いかけられていることでしょう。ただ、これも実はマンネリ化によって、作業能率が非常に下がっていることが多いのです。

このような人は精神的に貧乏性になっています。このタイプのサラリーマンは、夏休みなどの休暇を取れません。どうでしょうか。夏休みや他の休暇を取れない人があるはずです。「一日でも私が休むと、一日分の仕事がたまって、その仕事が他の人を苦しめる。だから、私は休みを取れない」という気持があるはずです。これでは休みが取れないのです。

そして、だんだんと自己処罰的に考えていきます。「どうぞ、みなさんは休みを取ってください。私だけは、どうしてもとれないものですから」と言っているうちに、今度は他の人の仕事が自分にふりかかってくるのです。それを引き受けて苦しみます。その結果、作業能率はもっともっと落ちていきます。

このようなときには、たとえば、思いきって休みをとってみるという考え方もあります。「普通は三日以上休みを取れば怒られる。場合によっては袋だたきにされるのではないか」と思うような職場もありますが、ここで自分がドーンと一週間休めばどうなるかを考えるのです。

そうすると、まず、自分が今毎日している仕事の部分が停滞していって、他の人に迷惑がかかり、取引先にも迷惑がかかるということを考えつきます。

次に考えつくことは、「他の人がどう思うだろうか」ということです。これが、休みを取れない最大の原因なのです。「あいつは遊んでばかりいて仕事をしない。遊びが中心のやつだ」「おれたちはどうするんだ。周りの者は自分の仕事ができないではないか。休めないではないか」という批判が気になります。

ここで、たいてい日本人は引き下がります。「やっぱりだめだ。妥協して、夏休みは二日だけ休もう」となってきます。

しかし、このときに逆発想を試みて、「休みをとっても他の人の迷惑にならず、自分にもプラスになる方法は、はたしてほんとうにないものだろうか」と考えてみます、そうすると、意外にあるものなのです。たとえば八月に夏休みを取ろうとしたならば、自分が持っている懸案事項を、前倒しで全部片づけてしまえばいいのです。

これは努力すればできます。自動的に、仕事がない状態に自分を追いやるのです。周りから見ても、「仕事?ありませんよ。年内分、全部終わっています」というような感じにしてしまうのです。

そのためには、向こう一ヵ月ぐらいは、非常な効率で仕事をこなしていかなければならないのです。ほんとうは八月までにできればいいことを、もっと早く終わらせなければいけません。しかも、休みをとったあとの批判がまた怖いので、さらに九月分までやらなければいけないということで、そうとう仕事の前倒しになっていきます。

結果的にどうなるかというと、「毎日毎日、仕事がある。何ヵ月分の仕事がある」と思っていたのは、じつはそうではなくて、「その月になったときに仕事がなくなると困る」という恐怖心から、取っておいた仕事であったことがわかるのです。毎日、会社へ行ってすることがないと困るから、そのために均等にとっておいた仕事があるのです。これは、はやく片づけようと思えばできるのです。

そして、休みを取ったあとは、今度は罪悪感があります。この罪悪感をバネにして、「休みを取ったのでいじめられそうだから」ということで、猛然と働きます。すると、年内どころか翌年の三月分ぐらいまでの仕事を、あっというまに終わらせてしまいます。そうすれば、あとは涼しい顔でいられるのです。

このように、障害と思うものを梃子にして、逆にもっと効率的な仕事をするという考え方があるのです。

もう一つの考え方は、「休みのあいだ自分がいないと、周りの人が迷惑するだろう」と思うときこそ、自分が何の仕事をしているかを明確化してしまうチャンスであると捉えることです。ふだんは、自分がいれば、自分なりの考え方で仕事ができますから、その日その日に出てきた案件を、自分なりの仕方で処理すればいいわけです。それについて、他の人のことは何も考えていません。

ところが、自分がいない場合には、自分の仕事を明確化しておかなければいけないわけです。他の人が代わりに電話をとったり事務を執ったりしたとしても、あるいは、お客様と応対したとしても、自分が行うのとまったく変わらないような対応ができるためには、どうすればいいのでしょうか。

それには、自分がしている仕事を明確化して、マニュアルができていなければだめなのです。「この場合はこうするんだな」ということがビシッと決まっていて、誰が見ても一目瞭然であれば、他の人は代わりにできるわけです。そうすると、休みを取るときに「実はこういう問題があるのだけれども、それはこういうふうにすればいいし、これについては電話がかかってくるので、このように答えてください」と、全部明確化しておけば、それで終わりなのです。

ところが、これをしないで、「明日から失礼。さよなら」と言ってパッといなくなったら、周りの人は怒ります。「取引先から電話がかかってきて、『今日中に返事をくれ』と言うのに、いないじゃないか。どうしたらいいんだ」ということになって恨まれます。あとで、「あいつは何だ」という陰口を言われることになります。これは、やはり本人が悪いのだと思います。

このように、一見マイナスの、あるいは両立しないと思う事態が起きたときに、それを梃子にして、一気に仕事能率を上げてしまう。あるいは仕事のレベルを上げてしまう方法は必ずあります。各人、職種は違うでしょうが、必ずあります。

お店をやっていて、一日中お客様の相手をしている人などは、「忙しい、忙しい」と心のなかでいつも思っていたり、口に出したりしているかもしれませんが、ン党に忙しいのかを考えてみると、非常に波があることがわかるはずです。

「自分は一日に十二時間働かなければいけないと思っていたけれども、ほんとうかな」ということを、もう一度、考えてみると、けっこう暇な時間があるわけです。そこで、そうした時間を発見すれば、そこに何らかの工夫ができるはずです。その暇な時間帯を、違ったことに使うことができます。

たとえば、レストランや食堂などで働いている人であれば、「自分は一日中働いている」と思っているかもしれません。ところが、実際は、昼間の十一時ごろから二時ごろまでは忙しいが、次に忙しくなるのは夕方の五時ごろからで、それまでは暇だということがあります。こうした人などは、もしかすると、仕事の合理化をすれば、昼間のうち二時間ぐらいはポンと時間がとれるかもしれません。

「いや、そうではない」と、たいていの人は言います。「夕方の営業は五時からだといっても、その前の準備がものすごく忙しいんだ」と言うかもしれません。しかし、では、その準備は午前中にはできないのでしょうか」と訊くと、「午前中は昼の準備しかしていない」と「そういうことを考えたことはないのですか」と訊くと、ないことが多いわけです。それは、「こういうものだ」と決めているからです。それをどこかの時間帯にまとめてしまえば、時間のあきをつくれることがあるのです。

そのようなことは、いくらでもあります。こうした発想を、もっとしてほしいのです。そして、悩みというものを一つひとつ退治していってほしいと思います。

【大川隆法 『常勝思考』第2部「光明転回の理論」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第3章「正思」
3多様性の意味
〇神仏の光の「多様性」の意味と注意点

次に大事になってくるものは何でしょうか。

頂点から出てきた光がプリズムを通して七色に分かれ、霊的世界および地上に流れています。その光のもとに、いろいろな理念が体現されているわけです。そして、それは、人間に理解されやすいように、あるときには「愛の教え」といわれ、あるときには「慈悲の教え」といわれ、また別のときには「勇気の教え」ともいわれ、またある時には「智慧の教え」ともいわれています。こうしていろいろな教えが説かれているのです。

これは、人間が学んでいく過程において必要であるために、そうしたプリズム化が行われているのです。そして、それぞれの人の魂にとっていちばん学びやすいところから入っているのです。

この意味において、それぞれの魂は、黄色の光線、あるいは青色の光線、紫色の光線など、さまざまな光線下にあって修行をしているわけですが、それは「自分の魂が進化していくための一つの過程である」という観点を決して忘れてはなりません。
例えば、「自分が紫の光線にいるから、それのみが真理だ」と言ってはいけないように、赤色や黄色など、他の光線下にいる人たちのことも善として認めなければいけないのです。

こうしてみると、多様な教えが出ていることの根底には、修行のなかにある者同士が、ある程度の距離を持ってお互いを認め合うような寛容さを出していくための方法であることが分かります。多様さというのは、それぞれ一つの道を通して修行する者同士がお互いに反目し合うのではなく、「より大きな神の芸術をつくっていくために生きている間柄なのだ」ということを証明する意味合いがあるわけです。

それは、決して、「神の教えは、AでもBでもCでもDでもよい」ということを意味しているのではありません。この点をしっかりとつかまないと、「正しい思い」ということは絶対に分からないのです。

この多様性の解釈を間違って、「Aの考えでもBの考えでもCの考えでもよい」ということで、何でもよいことにしてしまったら、八正道のなかの「正思」は存在の意味がありません。「それぞれの人が、それぞれの都合ですればよい」というのであれば、「正思」が探究の目標にはならないはずです。また、幸福の科学の「正しき心の探究」は意味をなさないことになるのではないでしょうか。

したがって、あくまでも、「究極において一点に集まるものがある」ということを忘れてはならないのです。一点から分かれてきたものは、それぞれの魂の道筋において、過程において、学ぶべきものとして提示されているのです。

この一つの道筋のなかにあるものにとって気をつけなければならないことは、「自分の考え方が絶対だと思ってはならない」ということです。寛容の心を持ってそれぞれの道筋を認めながら学ばなければならないのです。

【大川隆法『真説・八正道』第3章「正思」100pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第四章 跳躍の時 
〇正思の道

そして、その魂向上の道の一つに、
反省的瞑想という方法がある。
我はかつて、おまえたちに八正道を説いた。
八つの正しい道を説いた。
正しく見よ。
正しく思え。
正しく語れ。
正しく行為をなせ。
正しく生活をせよ。
正しく道に精進し、
正しく念じ、
正しく定に入れ―と。
この八つの正しき道こそ、
おまえたちが、人生の途中で仏法真理に目覚め、
その人格を向上させ、
珠玉の宝へと変えてゆくための秘法であるのだ。

この八正道のなかで、
特に大事なことを、ただ一つ取り出すとするならば、
すべては、「正しく思う」という、この一点に集約される。

あたりを見渡してみよ。
おまえたちを取り囲んでいる人たちの、
心の様相を見よ。
心のありかたを見よ。
なんとも見下げ果てたことを、
一日中、考えているではないか。
いや、ほとんど考えなきに等しい人が、
どれほどの数、いることであろうか。
考えなき人生を生きるとは、
昆虫の人生にも劣ると言わざるをえまい。
昆虫でさえ、みずからのえさを探して、
考え考え、道を歩み、
みずからを害するものを避け、
そうして生業を立てているではないか。
考えることもなく生きているということは、
昆虫以下の人生であるとさえ、言うことができよう。
人間として生まれ、そして生きてゆくことの、
いちばんの意味は、
人間が考えというものを持つことができるという点に、
帰着するのだ。
すなわち、「正しく思う」とは、
「正しく考える」と言いかえてもよいだろう。
おまえたちの人間性を決定しているものは、
すべて、おまえたちの考える中身にある。
もし、他人の心がガラス張りだとして、
誰もがその中身を見ることができるとしたならば、
おまえたちは、いったい、どのように感じるだろうか。
まさしく、それは驚愕(きょうがく)でしかあるまい。
もし、おまえたちの首から黒板がぶら下がっていて、
その黒板に、おまえたちの考えていることが、
チョークの文字となって現れているとしたら、どうするか。
街を歩くことさえできまい。
人と視線を合わせることさえできまい。
何しろ、おまえたちの考えていることが、
すべて外に書かれ、
そして、他の人の目にさらされるというのだから。

この際に、どうすればよいのか。
そう、基本的には二つのことが重要となろう。
一つは、見られても恥ずかしくないような、
仏法真理に則ったことを考えるということである。
そして、いま一つは、
もし仏法真理に反したことを考えたとしても、
即座に修正を入れるということなのだ。
「ああ、自分は間違ったことを考えていた。
これは、自分の良心に照らして、
まことに恥ずべきことであった」と、
即座に修正することなのだ。
それによって、魂は洗われ、
その汚れは取り去られるのだ。

このようにして、
自分の正しい思いというものを探究してゆく過程において、
その魂は、次第しだいに力を帯びてくることになるのだ。
偉大なる人物とは、
偉大なることを考えた人間のことであるのだ。
これが大事なポイントとなる。

【大川隆法『永遠の仏陀』第4章「跳躍の時」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第3章 六波羅蜜多の思想
8 禅定波羅蜜多

「禅定波羅蜜多」は、別名「精神統一の完成」とも呼ばれています。

これは八正道の「正定」と重なるところもありますが、正定とどう違うかと言えば、正定は、正しく定に入ったかという、定に入るときの精神状態、思いのあり方を、作法として反省するところに力点があるのに対し、禅定波羅蜜多は精神統一を日々重ねていくという実践の徳目を指しているのです。

たとえば、日曜日などの閑暇(かんか)が訪れたときに過去を振り返るのは、そう難しいことではないかもしれません。しかし、毎日を忙しく過ごしていながら、日々、自らの心の内や行動をふり返るのは、容易なことではありません。こうした日々を積み重ねていくのは大変なことなのです。

したがって、日々、みずからの内を見つめる時間を確保しつづけることができた人は、それだけですでに非凡の高みに上っていると言えます。

私はみなさんに、自分自身のことに思いを巡らせていただきたいのです。生まれてから現在までのことを思い出すのは、それほど難しいことではないかもしれません。しかし、日々に自らの心を発見し、探究し、確認するという作業を積み重ねることが、どれほど困難なことか分かるでしょうか。それは大変な努力を要するものなのです。

そして、禅定波羅蜜多の究極の姿は、特定の作法に則った禅定をするだけではなく、作法にかかわらず禅定の状態に入るということにあるのです。すなわち、人間として当然なすべき仕事や生活をしていながら、歩くなかにも、語るなかにも、仕事をするなかにも禅定がある姿―これが実は禅定波羅蜜多の完成した姿なのです。

これは、一日二十四時間のどの部分をとってみても禅定の状態にあるということです。つまり、心は常に天上界に向いており、いつでも高級諸霊と話ができるような状態、禅定とまったく同じ状態にあるということです。実はこれが、人間として目標とすべき、修行の最高段階なのです。

現代でも、禅宗においては、人里離れた庵や寺のなかで、人びとが坐禅を実践していますが、日常性から脱却して心の世界を探究するのは、そう難しいことではありません。しかし、日々の仕事をしながら、そのなかで禅定の状態を続けるというのは、非常に困難なことなのです。

この最高の状態の禅定に至ったときには、心は平静です。また、他人からのどのような言葉を受けたとしても、その波動を自らの内に受けことなく、心は常に、澄んだ湖面のような姿をしています。

このような理想の状態、天上界にいるのとまったく同じような状態で三次元に生きている人、「三次元即実在界」「三次元即菩薩界」の生活を実践できる人のことを、禅定波羅蜜多の完成者というのです。

ここまで至ることが修行者の目標であり、釈迦教団のなかでも最大の目的の一つとされていたのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第三章「六波羅蜜多の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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73 算数のおかげで商売もでき、数学のおかげで、建物の建築や乗り物づくりができた。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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エル・カンターレ・大好き

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