83 仏宝護持のための竜神は、黒竜、赤竜、白竜、青竜、金竜などがいる。私は以前、奈良の猿沢の池で、黒竜や金竜を霊視したことがある。全長四十メートルぐらいあった。
【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】
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■何を祈るべきか
「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―
このように祈ることが大事です。
【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、主のマインド・セットである人生観に迫るべく『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』より第二章の「独立する精神の軌跡」を共に学びます。この経典は現在、会内経典にて頒布されている『若き日のエル・カンターレ』【※旧題「平凡からの出発」】の講義としていただいたものです。会内経典『若き日のエル・カンターレ』は1万円目安で、全国の支部や精舎にて拝受可能です。是非拝受ください。これから共に学ぶ『人を愛し、人を生かし、人を許せ』は全国の書店、支部や精舎にて購入いただけますので、ぜひこの機会にお求めください。とても重要な教えが詰まっています。【税抜1500円】
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■『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』第2部「独立する精神の軌跡」
二 独立する精神
1 責任の範囲と魂の器
『平凡からの出発』の第2章は「独立する精神」です。
発展をしていくためには「独立する精神」「独立心」が非常に大事です。独立心というのは、別の言葉でいえば、「個性の発揮」ということです。自分自身の特性、独自性を、限りなく伸ばしていこうとすることが独立心なのです。
この独立する精神においては、難しい問題がいくつかあります。その一つが調和との兼ね合いです。
独立心に関して、ぜひ知っておいていただきたいのは、「独立心はあるが、調和を乱し、まわりを害していく人は、責任を取らないタイプである」ということです。独立心が旺盛なのはよいのですが、その結果、調和を乱している人というのは、責任を取らないタイプであることが多いのです。
無責任な人が独立心ある生き方をすれば、害悪になってくることが多いので、独立心には必ず責任感の自覚が必要なのです。
人間の器の大きさとは、責任を取れる範囲のことでもあります。人間の大きさを測る基準はいくつもありますが、一つには「どれだけ責任を取れるか」ということなのです。
あなたが責任を取れる範囲が、あなたがどのような人間であるかを物語っています。自分はどれだけのことに責任を持っているか、あるいは責任をとれるかということが、自分の器を知る指標なのです。
つまり、「自分はどのような人間か。どのような立場の、どのような器の人間か」を知りたければ、自分が責任をとれる範囲を考えればよいのです。
これはきわめて大事な考え方です。案外、責任がとれないものなのです。
責任をとるというのは、自分の人生だけで名はなく、他の人の人生にも責任をとることを意味します。これはリーダーの資格そのものです。どれだけ多くの人の生き方に責任を持てるかということが、リーダーとしての器を表わすのです。無責任なリーダーの下にいる人は、たまったものではありません。
責任をとることに関しては、次のような考え方が大切です。
「自分の心で正直に見て、失敗だと思うことは、自分の責任を認めることによって、次なるステップがある。ところが、それを環境や周りの人のせいにだけしていては、いつまでたっても向上はない。自分に不利なことをも、あえて正直に認めるという性格が、大いなる独立の精神へと導いていくのである」
失敗したとき、人間はともすれば、「自分だけの責任ではない。いろいろなことが原因でこうなった」と思いたいものです。実際、そのとおりでもあります。原因を分析すれば、誰かひとりだけの責任ということはありえません。やはり、まわりの人の問題もあるでしょう。
そのため、「こうした環境や条件下でこうなった」と、自分を慰めたい気持ち、自己を弁護したい気持ちが起きてきます。その気持ちはわからなくもありません。そう考えないと、非常に繊細になり、悩みに陥ってしまい、再び立ち上がれないかもしれません。
ただ、傍目からみて、「この人は偉いな」と思うのは、その人の責任範囲を越えたところにまで、自分の責任を感じている人を見たときでしょう。そうした人からは、「なかなかの人物だな」という印象を受けます。
他の人の場合はそう思えても、自分の場合になると、なかなかそうはいかないものですが、ここは一つ努力してみる必要があります。
確かに、直接に手を下したかどうかという一時的な責任は有限なので、自分が直接的な責任を負っているとは言えないかもしれません。しかし、二次責任、三次責任、すなわち、間接的な責任というものがあるのです。
たとえば、「うちの子が転んだのは、お宅のお子さんが悪かったからよ」と一生懸命に考えたところで器は大きくなりません。
しかし、「うちの子が転んでケガをしたのは、一緒に遊んでいた友達の責任かもしれないが、危険な場所であることに気づかなかったのは、母親である自分の責任である」という考え方もあるわけです。
「これは自分がいたらなかった。いつもと違って、買い物の時間が非常に長くかかったので、こうなってしまった」など考えれば、他の人を責める気持ちが起きてきません。「これは自分にも原因がある」と思ったときには、他の人を責める気持ちがなくなるのです。
これは大事なことです。「言葉で人を傷つけなかったか」という、八正道の「正語」も、結局、責任の問題なのです。
「他の人の責任だ」と思うと、人を傷つける言葉を出してしまいます。しかし、「自分にも原因がある。少なくとも、二次責任、間接責任は自分にもある」ということを、言葉を出す瞬間に考えれば、厳しい言葉を出さずにすむかもしれないし、言ったとしても違ったかたちになるでしょう。
したがって、「責任を持つ」という考え方は、反省とも非常に関係があるのです。特に正語の部分と強い関係があります。
これはなかなかできないかもしれませんが、「なるほど、そういうものか」と、知識として知っていることが出発点になります。これを知らないと、責任を持てるようにはなかなかなれません。
そして、自分の責任の範囲を、心のなかで少しずつ広げていくことです。そうするうちに、責任という言葉で語っているものが、愛に変わっていきます。最初は責任と思っていたものが、やがて愛に変わっていくのです。必ずそうなります。
【大川隆法『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』第2部「独立する精神の軌跡」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第8章「正念」
6 正念の実践
〇目標達成に向けて「手段・方法・時期」の問題を考える
では、一定の目標を達成するためにはどうすればよいのでしょうか。
例えば、取引先と新たな商売を始めようとしたときに、向こうの担当の課長はオッケーと言ってくれるし、どうやら、その上司も悪くは思っていないようだけれども、どうしても、そこの部長が”ガン”になっているとします。そこで、「これをどうにかしなければならない」と、とにかく、その人を強引にでも説得しようとしたり、あるいは、「それができなければ左遷させてくれ」という思いでやったりした場合は、やはり違っているわけです。
このようなときに、人間として考えるべきことは、どういうことでしょうか。
実は、ここが「正念」のいちばん大事なところなのです。
目的というのは、それが非常にはっきりと固まっていったときに、「手段・方法・時期」の三つの部分が極めて難しくなるのです。
もちろん、手段も方法も時期も限定して断行し、そして成功する人はいます。しかし、そういう人は、ある程度の実力がある人でしょう。過去に成功体験があって、平均打率として八割九割、は打ってきたような自信のある人は、そういうこともできるかもしれませんが、“へっぴり腰”でこれをした場合には、たいてい失敗します。
そこで、この「手段・方法・時期」の問題が出てくるわけです。『漏尽通力』でも、このあたりのことについてはかなり詳しく語っていますが、これは、実は、霊的自己実現のいちばん核にあたるところなのです。
【大川隆法『真説・八正道』第8章「正念」270pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
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第6章 転生輪廻とは何か
○希望の福音
さすれば、諸々の比丘、比丘尼たちよ。
まず、仏の教えを学びの中心とせよ。
仏の教えを学びの柱とせよ。
仏の教えを、常に学び、常に心に吸収し、
その学びによって日々を正しく生きてゆけ。
日々を正しく生きてゆくということは、何よりも大切なことである。
この時に、仏法真理の知識によって、
己の心をコントロールするということを、間違わないことだ。
仏法真理の知識によって
己の心を統御するということを、
忘れてはならない。
仏法真理の知識によって己自身を支配するということを、
忘れてはならない。
知識は、このように感情を支配するのに役に立つのだ。
おまえたちの間違いの大部分は感情にあり、
情にあり、思いにあり、
このようなところにおまえたちの間違いがある。
それを統御するのは、正しい仏法真理の知識である。
正しき仏法真理の知識を持って、
そうした思いや感情を統御してゆかねばならない。
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
しかし、おまえたちには希望の福音がある。
この希望の福音があることを喜べ。
それは、おまえたちが今世において学んだことは、
一つも無駄にはならないということなのだ。
おまえたちが今世において学んだものも、
今世において役に立たないこともあるやもしれぬ。
しかしながら、おまえたちが今世に学んだことは、
必ずや今後、来世において、
また来来世において、役に立つこととなるのだ。
おまえたちは、地上を去って後、
実在界にて数百年、
あるいはそれ以上の生活を送るになるであろう。
そうして、おまえたちの魂が、また次なる修行を欲する時に、
次なる姿となって、おまえたちは地上に肉体を持つようになる。
すなわち、赤子として生まれ、成人し、
またさまざまな悩みのなかを駆け抜けてゆくようになる。
されども、今世おまえたちが、この人生修行で得たものは、
必ず来世の修行にも役に立つのである。
必ず来世修行において役に立ち、
おまえたちを、よき方向に導いてゆけるに違いない。
さすれば、今世、獲得したるものは、今世のみの功徳ではない。
今世を超え、来世、来々世において、
必ずやおまえたちを幸福にするに違いない。
さすれば、修行の期間、努力において苦しみがあったとて、
それを苦にしてはならない。
それは、今世のみの成果ではない。
おまえたちの魂を根本的に変えてゆくための力となるのだ。
おまえたちの魂が根本的に力を得てゆくための修行となるのだ。
そのための尊い修行を今なしているのであるならば、
決して怯(ひる)んではならない。
おまえたちは、精神の力ということを知っているか。
おまえたちは、精進の力というものを知っているか。
人はここにて力尽きたりと思うことがあったとしても、
さらに心して努力に励めば、その内に秘めたる力が、
次から次へと噴き出してくるのだ。
おまえたちの力は、無限である。
なぜならば、おまえたちには仏性が宿っているからである。
この仏性の力が顕(あら)われてきたときに、そのエネルギーは無限である。
その光は無限である。
仏に向かって進んでゆく時に疲れるということはない。
倦(う)むということはない。
傷つくということもない。
もし、この地上において、仏の教えを学び、
その教えを広げていると途中で、
おまえたちが悩み、苦しみ、疲れ、倦むことがあったとしても、
そうした努力を積み重ねていったおまえたちは、
地上を去った時、必ずや、光と安らぎのある国へと、
連れてゆかれるのだ。
先は、そう長くはない。
わずか数十年である。
あるいは、わずか数年である。
その間を、この教えのために生きてみようと思わないか。
その間を、この教えを体(たい)して生きてゆこうと思わないか。
その間を、この教えのもとに魂を燃焼し尽くそうとは思わないか。
諸人よ、これより後、
この真実の法を体(たい)して日々努力してゆくがよい。
仏の教えは、嚙めば嚙むほどに味が出、
聴けば聴くほどに味が出、
実践すれば実践するほどに、
その悟りの芳香(ほうこう)が、あたり一面に漂うものとなる。
おまえたちは、ほんとうに悟りの味というものを知らねばならない。
ただ単に活字を読んでも、
ただ単にテープを聴いても、
それが真実、魂の糧とならないならば、
ちょうど銀の匙(さじ)がスープをすくっても、
スープの味を知らないのと同じだ。
おまえたちは、悟りの味を味わえる人間とならねばならない。
悟りの香りをかぐことができる人間にならねばならない。
悟りの音色を聴きわけることができる人間とならねばならない。
そうであってこそ、はじめて、
おまえたちは真実の修行者ということができるのだ。
悟りへの道は、目の前に開けていると言ってよい。
【大川隆法『仏陀再誕』第6章「転生輪廻とは何か」より抜粋】
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続いて、地上への執着と煩悩を断つ修行法として『漏尽通力』を共に学びます。
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第四章 漏尽通力
6 漏尽通力の極致
本章を閉じるにあたり、漏尽通力の極致についての話をしておきたいと思います。
釈迦の持っている六大神通力のなかで、最大のものと言われたこの漏尽通力。この世的にもすぐれた生き方をしながら、霊的能力を最高度に発揮する生き方。これをどのように究めていけばよいのでしょうか。
生きている人間が漏尽通力を究めんとするならば、まず、その意識を高めていく必要がどうしてもあります。すなわち、肉を持った身でありながら、高級霊たちと同じだけの意識の高さを持つ必要があるのです。「高級霊からの啓示」を、単に「教え」として受け止めるのみならず、彼らの垂れんとしている教えそのものの輪郭が分かり、その高低が分かり、その広がりが分かる。その個性の違いが分かる。こういう必要があるのです。
したがって、漏尽通力の極致は、「霊的現象に振り回されず、その本質をすべて見通せる」ということにあるのです。高級霊たちの言葉であっても、その個性の違いが分かる。その教えの高低が分かる。その教えの優劣が分かる。そうしたことを瞬時に見抜ける能力まで持っていれば、そういう人が、この世的に生きていくということは非常に簡単なことです。「高級霊たちの個性の違い」が分かり、「教えの違い」が分かり、「考え方の差」が分かるのであるならば、「この世的な人々の考え方の差・意識の差」は、はっきりと分かってきます。したがって、「どのようにそれを実現していけばよいか」ということも分かるのです。
ここに、対機説法の出現の場があります。釈迦の教えのなかでも、対機説法が非常に大事であったと言われています。「その人に応じた話をする」「その人の心根に応じた話をする」「釈迦の性格が救済のために変容する」ということがよく言われていました。相手によって、導き方が変わってくるのです。
その高低に差がつく。広がりに差がある。話の内容に差がある。あるときには、まったく違ったようなことを言う。ある人に対して話した内容を、別の人にはまた違った角度から言う。そのため、教えを受けた者は、必ずしも釈迦の本心が分からない。そういうことが言われたわけですが、これは対機説法能力があったからです。
その対機説法能力の根源は、いったいどこにあるかというと、「すべての人間の心、考え方が分かり切る」ということは、「その根源において、神からわかれた光をすべて知り尽くしている」ということです。「神の属性として、どういう光があるかを知り尽くしている」ということです。「神の属性として、どういう光があるかを知り尽くしている」ということ。これが根拠となるわけです。
したがって、釈迦の自身、対機説法すべき自身の根拠、根源にあったものはいったい何であるかというと、結局のところ、「高級霊たちの教えをも篩(ふるい)にかけて聴くことができた力」です。ここに、力の源泉があるのです。
すなわち、生きながらにして、肉体を持ちながらにして、高級霊たちの教えや考え方を見抜くことができたのです。こうした能力を持っていれば、高級霊はもちろんのこと、いわゆる悪霊、邪霊、悪魔の類の正体を見破ることは簡単です。どのようにして彼らの正体を見破るか。それはいとも簡単なのです。
特に、悪霊の正体を見破るためには、欲望に流れさないことが大事です。欲望に執われていると、悪霊たちの正体を見抜けません。しかし、欲望に執らわれず、淡々として流れていると、そうしたものを見抜いていくことができるのです。
したがって、霊たちの考えを見抜くという考え方のなかで、悪霊たちの考えを見抜くというやり方は、「日々、淡々とした生き方をする。日々に引っ掛かりなく流れていく。感情の起伏をつくらない。感情の起伏ができたときには、それをいち早く修正する。そして、元の心の平静さを取り戻す」ということです。
「心の平静さ」がいちばん大事です。悪霊に取り憑かれないためには、悪霊たちの支配を振り切るためには、心の平静、どんなことが起きてもただちに平静に戻る心が大事です。そうした心がなければ、霊的な本質を見抜く力はなかなか湧いてこないのです。
また、高級霊たちと十分に話ができるようになるためには、それだけ自分の魂を磨いていく必要があります。それには、この世に生まれた人であるならば、この世的に学んでいく必要もあります。
学びに関しては、確かに、書物などで得た知識もあるでしょう。それ以外に、いろいろな人に接して学んだ知識もあるでしょう。あるいは、「さまざまな経験、トータルな経験のなかから、自分の心の糧になるものをどう学び取ってきたか。人生の教訓をどのように得てきたか」、こうしたことも大事であろうと思います。
結局、高級霊たちが、それだけの見識を持ち、認識力を持っている理由は、数多くの経験のなかから、それだけの珠玉のごとき光の教訓を学んでいる。得ている、そして、その光でもって自らを包んでいるからです。そうした高級霊の心境に近づいていくためには、地上に肉を持って生きている人たちも、地上において経験した事柄のなかから、珠玉のごとき光を取り出し、身につけることです。
毎日、毎日、日々の生活のなかから、どれだれ、心の糧となるものを引き出していくか。これが根本です。どのような人にとっても、一日は二十四時間です。その二十四時間から一体に何を学びとっていくか。何を引き出していくか。これが、その根源です。毎日毎日の生活のなかから、高級霊たちと同じようなエキスを抽出できるだけの力があれば、「その人もまた、高級霊たちと同次元に立っている」ということができるのです。
やはり、人間の修業としては、ここまで行かなければいけません。すべての霊、すべての人間の心が分かる。それに合わせた話ができる。そして、そのなかで、自分を磨いていける。教育者としての自分を磨いていく。指導者としての自分を磨いていく。そういう境地に立てたときに、初めて漏尽通力も極致にと至るのです。そういう極致こそ、やはり、この世的な修行の最高の目的である。目標である。私はそのように思います。
【大川隆法 『漏尽通力』第4章「漏尽通力」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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25 神様、生命を下さって、有難う。そうつぶやいてみよう。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

