(7/19-2)【阿羅漢への挑戦】200―18『永遠の仏陀』を読む―僧団の仕事―『常勝思考』試練から学び尽くす―『真説・八正道』愛に先立つ智慧―『釈迦の本心』正精進

『永遠の仏陀』を読む

17 妖怪は、自分の仕事や生活態度を変えさせようとする人を軽んじ、一刺しし、事実をねじ曲げようとする。

【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

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■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、『常勝思考』の教えを通して、「人生には敗北はないのだ」という主の熱いメッセージを受け取ります。経典をお持ちでない方は、全国の支部や精舎、書店にてお求めください。【税抜き1500円】本書アフリカなど外国おいて、教科書の副読本としても使われています。

「本書には、読者の方がたに、よきリーダーとなり、人びとを導いていける存在になってほしい―という願いが込められています。すなわち、「常勝思考」(常に勝ち続ける思考)とは、成功からも失敗からも教訓を学びとり、人びとを導いていける人間へと成長していくための方法論であり、そのいみでは、光明思想と反省の両方を織り込んだ「全天候型」の運命開拓法なのです」―新版への「まえがき」より
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■『常勝思考』第一部「常勝の原理」
4 試練から学び尽くす

優秀な人は、仕事を習い始めのころには、いかに自分ができるかを証明することに血道(ちみち)を上げるものです。これは、幸福の科学で教えている「与える愛」とは逆であり、まさしく「奪う愛」、賞賛を求める愛であると思います。

いかに自分が認められるかということに夢中になって、人の評価が低いと、「これでもか、これでもか」と、もっとがんばるわけですが、がんばればがんばるほど、周りの人は、なぜか知らないけれども、しらけた目で見はじめるのです。これがなかなかわかりません。みなさんも経験があるのではないかと思います。がんばればがんばるほど、なぜか知らないけれども、周りの評価は逆になってくるということがあるのです。

それは、後のち考えてみると、結局は愛を奪っていたのだということに気づくでしょう。多くの人からのほめ言葉や賞賛をえようとしてがんばっていると、他の人から見れば、それを認めることによって、何か自分から持ち出しが出るような感じ、小遣いが減っていくような感じがするのです。いかにも認めてほしそうに動いている人を見ると、その人をほめたりすれば損するような気がするのです。

みなさんの周りにも、ほめてほしそうな顔をして行動している人がいませんか。身内のなかに、あるいは職場に、人の目を見れば、いかにも「ほめてほしい」という感じでいる人がいませんか。そうした人に限って、なかなかそう簡単にはほめてもらえないのです。それで、もっと、ほめてほしそうに活動します。すると、周りの人はますますいろいろなことを言いはじめます。「あいつは目立ちたがり屋だ」というような評価が返ってきます。

そして、ジレンマが始まります。「こんなに一生懸命やっているのに認めてくれない。世の中は公平だ。人の能力を素直に見ようとしない人たちばかりだ」と考えはじめるのです。

ところが実際は、「人から認められよう、認められよう」と思って頑張っている間というのは、他の人がよく見えることはありません。自分が認められることを中心に考えているときというのは、他の人がよく見えることはなく、他の人は自分を支えるための神輿を担いでいる人だ、というような錯覚に陥っているのです。

すなわち、自分が舞い上がることばかりを考えている人は、決して他の人を幸福にすることはできないのです。人というものは非常に敏感なものです。その人とつきあって、決して自分が幸福になれないのであれば、遠ざかっています。「そういう人とは、なんとか一線を画したい」と思いはじめます。

そうなると、批判をするようになります。いやがらせをすることもあります。あるいは悪口を言いはじめます。このように、裏目裏目に出てくるのです。

したがって、自分がもし挫折のなかに置かれたり、あるいは、絶好調だったのにダウンしたりという試練の期間があったとしても、どうかそれをマイナスだと思わないでいただきたいのです。その期間にこそ、みなさんの魂は練られると同時に、人びとの心というものがわかるようになります。

「自分が、自分が」と思っていたところが、自分などいなくても、仕事が順調に動いていくのを見るに到ります。残念なことですが、世の中はそのようになっているのです。

サラリーマン社会は、誰かがいなくなっても、すぐに変わりが出てくるようになっていますし、「絶対に代わりはいない」と思われる社長でも、残念ながら、すぐに変わりが出来るのです。

すなわち、ほんとうは、自分ひとりの力で仕事をしているのではなく、つまり、自分が自己発揮できる前提には、他の人びとの力があるのです。それを忘れてはいけません。

したがって、この本を読んでいるさなかにおいて、挫折や逆境の真っただなかに入ると思っている人がいたならば、どうか、過去の何年間、あるいは何十年間の自分の生き方を振り返ってみて、バランスを崩していなかったかどうか、また、自分の評価ばかりを考えて、他の人びとを評価することをわすれてきたのではないか、そうしたことを考えていただきたいと思います。

こうした見方ができるようになるということは、非常に大きなことなのです。人間が成長していくためのきっかけは幾つかありますが、ほんとうに底光りをしてくる人を見ると、やはり何らかの試練を通り越してきているよう思います。試練を通り越して、それをみずからの力にまだ仕上げた方というのは、光が出てきます。しかし、試練にダ押し流されている人というのは、どうしてもその影を引きずって、暗さが漂(ただよ)っているように見えます。

試練というものは、そう長く続くものではありませんから、洋は、その間にどれだけのものを学べるかということが課題であって、学べるだけのものを学び尽くしてしまうということが大事だと思います。

【大川隆法 『常勝思考』第1部「常勝の原点」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第2章「正見」
6 愛に先立つ智慧
〇うぬぼれて、増上慢になっている人をどう見るか

人を見る場合には、見方はいろいろとあります。
ここで、ある人が非常にうぬぼれていくとしましょう。みなさんのなかにも、そういう可能性のある人は多いでしょう。例えば、ある程度、役割を与えられるとします。幸福の科学で言えば、上級セミナーの試験に合格したり、支部長あるいは支部長の役職者に選ばれたりするとします。その時点では、確かに優秀な人として目をかけられたかもしれません。しかし、それはやがて変化していきます。一年後の姿は一年前の姿と同じではありません。それ人は、向上しているか、堕落しているか、あるいは現状維持であるかという三つのうちの一つです。

そうした人の姿をみているときに、例えば、その人が増上慢になっていき、転落間際だと見えるとしましょう。そういう時、やはり見方はいろいろあるのです。

一つには、「確かにこのままでは悪になってしまう。間違いなってしまうので、厳しく糾弾しなければならない」という見方があります。

しかし、別の見方もあります。単に「間違ってきているから糾弾しなければならない」という考え以外に、「自分の与えた愛というものを、もう一度振り返ってみなければならない」という点があるのです。

その人が、そうなってきた理由は、甘やかしにあったのではないのか。
愛のなかには優しさがあるが、優しさが甘やかしになっていて、
こういう危険なところまで本人を追い込んでしまったのではないか。
今、考えなければならないことは、
「そうなったから、その人が悪い」ということではない。
そう考えるよりも、「自らの愛の実践において、
愛に先立つ智慧が足りなかったのではないのか」
ということを考えなければならない。

こういえ見方もあるわけです。

〇愛の与え方について、それに先立つ智慧があったかを反省する

その人に愛を与えるに際して、
こういう傾向性のある人で危険性があるならば、
事前によくそのことを見抜いて、
このように接していくべきではなかったのか。
あるいは、順序を追って、その人の成長を図っていくべきではなかったのか。
丸ごとすべてを与えることをもって愛と勘違いしていたのではないか。
「惜しみなく愛を与える」と言うが、
その人にとってまだ時期が来ていないときに、愛を与えた結果、
その人の増上慢の芽をつくったのではないのか。
そうであるならば、
その人が、「ゆくゆくは、
そのような立場に立って当然の素質を持つ人である」と思えたとしても、
その性格をよく見抜いて
本人の自覚が高まるにつれて、少しずつ立場を上げていくなり、
扱いを上げていくなりすることもありえたのではないか。

このように、「愛の与え方において、それに先立つ智慧があったかどうか」という自己反省の仕方もあります。単に「おかしくなってきたから糾弾する」という見方ではなく、こういう見方があるのです。

【大川隆法『真説・八正道』第2章「正見」69p】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第3章 不滅の力 
〇僧団の仕事

我がこの地に降り、仏陀の悟りを得て、
法を説きはじめてから刊行されたる、
仏法真理の書籍の群れを見よ。
これは宝の山であるのだ。
このように、宝の山が積まれているというのに、
それに気づかぬ人の多きことよ。
目はあって、なきがごとし。
耳はあって、なきがごとし。
手はあって、なきがごとし。
ああ、愚かなる人々よ。
仏法真理の宝の山が、
いま、この時代に、天より降り注いで、
どこででも手に入れることができるというのに、
それを知らないでいるとは。

地に生きたる、幾億、幾十億の人々が、
一行の仏法真理も知ることなくして、
この地上を去るということは、
耐え難い悲しみである。
仏陀として、
この世に生命(せいめい)をうけ、教えを説いておりながら、
その一行の仏法真理をも、
同時代に生くる人々に、
分け与えることができなかったとするならば、
これは海よりも深い悲しみである。

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
これこそが僧団の仕事であるのだ。
おまえたちは、すでに学んでいるはずだ。
仏法真理を学ぶには、三宝帰依の姿勢が大事であると。
三宝とは、仏(ぶつ)・法(ほう)・僧(そう)である。
仏(ぶつ)とは、仏(ほとけ)、現成(げんじょう)せる仏陀を指す。
法とは、これ、仏陀の説く教えをいう。
そして、僧とは、
この仏法真理を弘めんとする、
地上につくられたる、弟子たちの集団をいうのだ。
これほどの宝が、天より振り注ぎ、
そして、山と積まれているにもかかわらず、
同時代に生きる人々に、
その一行の仏法真理も気づかせることなくして、
この地上を去らせることになるとするならば、
そこに、僧たちの使命はないと言わざるをえない。

【大川隆法『永遠の仏陀』第3章「不滅の力」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第2章 八正道の発見
8 正精進

次は、「正しく道に精進する」ということについて考えてみましょう。この場合の「道」とは、仏道の道、仏法真理の道です。

人間はなにげなく日々を送りがちですが、人生というものは実は目的地がはっきりしているのです。その目的地とは、死という関門を通り抜けてたどり着く天上界です。

この天上界に還ることが、大いなる仏が立てた魂の進化計画にかかわっており、ここから「正精進」の意味が明らかになります。すなわち、正精進を考えるためには、この世、三次元世界が存在することの目的を考えざるをえないのです。

三次元世界とは、結局、魂の学習の場、魂修行の場なのです。また、教育の場であると同時に、大いなる光の芸術の場、すなわち、仏の栄光、仏の繁栄を持ちきたらすべき場でもあります。これが大切な考え方であって、正精進を考えていく鍵はここにあるのです。

正精進についての観点を、私は次の二つに要約したいと思います。

一つは、この三次元の人生を魂の学習の場としてとらえ、「はたして自分は、魂の学習というテーマに沿った生き方をしているか。そうした努力を積み重ねているか」と考えることです。

正命が、一日をサイクルとした短期決戦的な考え方だとするならば、正精進は、年単位のような中期計画ということになるでしょう。正精進は「一年、三年、五年、十年といった年数のなかで、どのように自分をつくっていこうとしているのか。そのために、どのような準備をしているのか」ということにかかわるのです。

このように、自分の生き方を魂学習の観点から考えて見ることが第一点です。

第二の検討点は、霊性の進化、霊格の向上を確かめるということです。正精進の目的は、結局、霊性の進化、霊格の向上にあるのです。それゆえ、霊格が向上しないような生き方であっては、正精進をしているとは言えません。

霊格が向上していくとは、悟りのレベルが上がっていくことを意味します。それでは、悟りのレベルが上がるとは、どういうことでしょうか。その答えとして、次の三つの観点があげられると思います。

第一点は、自分自身の真実の姿がよく見えるということです。すなわち、公平無私なる第三者の眼でもって、あるいは仏の眼でもって、自分自身の真実の姿がよく見えるようになったかどうかが、悟りつつあることのチェックポイントの一つなのです。

第二点は、他人の姿を、単に自己とは別個のものと見るのではなく、「大調和のなかにある他人」という見地から眺められるということです。すなわち、同胞、仲間という眼、「共にユートピア建設のための光の戦士」という眼で見られるということです。

第三点は、人生と世界の存在の意味を深く理解しうるということです。則ち、自らが生かされている環境の意味を道破(※どうは・はっきりと言いきること)できるということです。

この三つを確認できたとき、その人の霊格は高まっているということができます。正精進の目的も、ここにあるのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第2章「八正道の発見」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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83 意見を言ってくれる家族がおり、世間の評判を心配をしてくれる親族がいる。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

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