(5/5-2)【阿羅漢への挑戦】125―34『永遠の仏陀』を読む―栄光の瞬間―『解脱の言葉「仏説・八正道」』を読む5四諦・八正道【八苦】―『真説・八正道』他の人の幸福に対する祝福の思いはあるか―『釈迦の本心』実在界の発見

『智慧の言葉「仏陀の悟り』」

39 糞尿の池から、二メートルぐらいのミミズがたくさん出てきた。生前、肛門セックスをしていたLGBTQの人たちだった。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。教典『仏陀の証明―偉大なる悟りの復活』を引用しながら、ともに八正道を深めてまいります。経典をお持ちでない方は、是非拝受ください。【税抜き1942円】
『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように続きます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■解脱の言葉「仏説・八正道」

我に 今こそ 確信あり
人生 まさに 四苦 八苦
欲望の 瀑流(ぼうる)の 中を
泳ぐなり
されど 不動の 境地あり
この悟りこそ 真理なり
正しき 悟りは 八正道
苦・集・滅・道 沈思して
四諦の 道を 究むべし
解脱の 道を 進むべし

*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
Now I am firmly convinced
That life is nothing but the Four Pains
The Eight Pains
It is like swimming
Across a violent river of desire
But you can achieve a steadfast state of mind
This enlightenment is the Truth
The right way to enlightenment
Is the Eightfold Path
Contemplate and pursue
The Four Noble Truths
Suffering, its cause, its extinction
And the Path
And walk the path to emancipation

*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇八苦
要するに、「悲しみや苦しみの原因は、実は真理の目が開けていないところにあるのだ」ということが言いたいのです。四苦八苦の苦しみとして、「生・老・病・死」「怨憎会苦(おんぞうえく)」「愛別離苦(あいべつりく)」「求不得苦(ぐふとっく)」「五陰盛苦(ごおんじょうく)」とありますが、結局、「人生における四苦八苦の苦しみというのは、真理の目が開けていないがゆえの苦しみです」と言っているのです。

これは、正直に言って、その通りだと思います。たまたま、「自分はまだ若いし、しかも結婚したばかりなので、幸福だ」という方もいると思います。あるいは、「会社に入社したばかりで幸福だ」「課長に昇進したばかりで幸福だ」という方もいると思います。しかし、長い目で何十年か見ると、やはり、苦しみから逃れることはできないでしょう。

昇進の喜びがあっても、仕事で息詰まる苦しみが当然出てくるでしょう。結婚の喜びがあっても、やがて家庭不和の苦しみが来ることもあるでしょう。悲しい別れもやって来るでしょう。愛した子供であって、誰もそれを否定できません。ここまではっきりという宗教家は、他にはいないのです。

「怨憎会苦」(嫌な人と会う苦しみ)も、否定できないでしょう。そうした苦しみというのは現実にあります。どこへ行ってもあるはずです。

「愛別離苦」(愛するものと別れる苦しみ)もあります。

「求不得苦」(求めても得られない苦しみ)は、おそらく万人が万人、あるはずです。みなさん全員に、求めても得られない苦しみはあります。何もかも思いのままの人生というようにはいきません。

たとえ、思いのままの人生が展開し、願った通りの人生が現れたとしても、そのあと幸福かどうかということがあります。

たとえば、同期の人たちよりも早く出世して、収入も多く、「出世頭だ」と思っていたら、突如、ピストルで撃ち殺されるような支店長もいます。地位あるがゆえに狙われることだってあるのです。

ですから、「自分としては、これが理想だ」と思っていた人生が、その通り実現した時に、自分がいま予想しているものではない事態が、待ち構えていることだって、当然あるわけです

そうした予期せぬ不幸や悲しみは、人生のあちこちにあるものです。しかし、それを、突如として襲った不幸と考えても無駄です。人生はそのような不幸に満ちているものであり、不幸は襲ってくるものだと、まず正直に、実直に見つめたうえで、そこから脱出して幸福になる道がないかどうかを考えてみなさい、ということなのです。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
それでは、さらに四苦について、経典『悟りの挑戦(上)』より抜粋して解説を加えます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
この四苦、生老病死というのは、誰一人逃れることができなのです。全員、確実に死ぬのです。この予言だけは外れません。全員死ぬのです。間違いなく死にます。読者の方で、二十二世紀まで生きている人は、まずいません。

釈迦はまずこういう人生の真理を述べました。
さらに、八苦といって、四苦に四つ加えたものがあります。

まず、「愛別離苦(あいべつりく)」、愛する者と分かれる苦しみがあります。
人生の間に、「この人とだけは別れたくない」というような親友もあったでしょう。また、懐かしい母親、父親、兄弟、友人、あるいは夫婦であれば、妻や夫、子供がありますけれども、愛しい愛しい自分の身内や友人といった懐かしい人と、ある日突然に分かれがきます。病気や事故もあります。・・・あるいは、それまで仲良くやっていたのに、思想信条等がぶつかって分かれることもあります。信仰を得たために、たとえば夫と妻の信仰、宗教が違うために反目して、愛する者と別れることもあります。あるいは、幸福の科学に入ったということで、昔の親友と別れなければならないこともありましょう。愛する者と分かれる苦しみというのは、人生の間に必ずどこかできます。

この反対に、「怨憎会苦(おんぞうえく)」といって、いやな人と会う苦しみ、嫌いな人と会う苦しみがあります。・・・そのように、人生にはいろいろな選択肢がありますが、そのなかで、愛する者と分かれる苦しみ、いやな者と会う苦しみ、これはなかなか避けられないものです。どうしても出てくるのです。愛別離苦や怨憎会苦は、みなさんも、いろいろな過程でおそらくあるはずです。

それから、「求不得苦(ぐふとっく)」といって、求めても得られない苦しみがあります。これは苦しみを象徴するようなものであって、ほとんどの人にあります。

いい職場を求めてもなかなか得られない。出世を求めてもなかなか得られない。結婚相手、伴侶を求めてもなかなか得られない。収入がもっとあればいいと思うのに手に入らない。・・・このように、いろいろなものを求めても得られない苦しみは山のようにあります。これは万人が万人、おそらくあるでしょう。そういう悩みはみんなが持っているはずです。求不得苦というものは、考えたから考えただけ出てきます。・・・

しかし、それはあなた一人だけではありません。他の人もやはりそうなのです。得られなかったものは、ものすごくあるのです。その人その人によって違いはありますが、その人にとっては得られなかったものが、たくさんあるのです。

奥さんを得られないで苦しんでいる人もあれば、奥さんを得たために苦しんでいる人もいます。良妻賢母を得られなかった苦しみというのもあるのです。また、子供が欲しかったのに得られないと苦しんでいる人もいますが、できの悪い子どもを持ったための苦しみもあります。賢い子供を持てなかった苦しみ、これもあるのです。

このように、何かを与えられたらそれでいいかと言ったら、そうでもないのです。得られない苦しみというのは、なかなか止まることがありません。

最後に、「五蘊盛苦(ごうんじょうく)があります。「五陰盛苦(ごおんじょうく)ともいいます。五陰というのは肉体の煩悩(ぼんのう)のことであり、これが燃え盛るさまが五陰盛苦です。精神生活に目覚めてくると、本当にこれがいやになることがあります。

なぜ毎日毎日お腹が空いてくるのだろうか。自分は霊的な存在だと思っているのに、お昼になったら、お腹が空いてくる。一食抜けば、もう人間でないようにガツガツしてきます。恥ずかしいです。食べていないと、このようになってきます。「食物にこだわってはいけない」思うのに、どうしてもやめられない。お酒などもそうです。アルコールがどうしてもやめられない。そういう煩悩があります。

また、異性の問題もあります。若い人もそうですし、中年以降、晩年でも結構あるようですが、異性を求めて燃え盛る炎が静まらないことがあります。「ああ、こういう欲がなければ、どんなにスッキリするか」と思うのに、それでも止まりません。こういう苦しみがあります。肉体を持っていること自体に伴う燃え盛る煩悩、これを抑えることができないのです。「なぜ、こんなに苦しい」「宗教というは、きついことを言うものだな」と思いながら、抑えることができないで苦しみます。

このように、「生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦」の四苦八苦を言われたら、どの方も逃げならないのです。この世に生きているかぎり、ついてまわるものです。

【大川隆法『悟りの挑戦(上)』幸福の科学出版 より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『真説・八正道』第3章「正思」
6「正思」のための三つのチェックポイント
➂「謙虚さ」を妨げるもの―嫉妬心と自己顕示欲

〇他の人の幸福に対する祝福の思いはあるか
謙虚さがなくなると、どうなるでしょうか。これは、自分が「お山の大将」でないと気に食わなくなってくるということです。

「お山の大将」の特徴はどこにあるでしょうか。まず、「他から学ぼうとしなくなる」という傾向が一つあります。また、「自分の立場を合理化、正当化していく」ということに走るようになります。そして、その結果どうなるかといえば、「進歩への意欲」を放棄するようになります。さらには、「他の者を押し落とし、蹴落としにかかる」というようになっていきます。

ここで、特に注意を促しておきたいことは、「他の者の幸福を祝福する心を失っては終わりである」ということです。私はそのように述べています。

真に謙虚であれば他の人の幸福を祝福することもできますが、自分が傲慢になればなるほど、他の人の幸福を素直に喜べなくなってくるのです。「幸福は自分だけのものであって、他の者には幸福の享受(きょうじゅ)を許したくない」という気持になってきます。

そうなるとどうなるかといえは、他の人の幸福を邪魔するようになるわけです。そのなかには、意識的に邪魔をする場合と、無意識的に邪魔をする場合の両者があります。

意識的に邪魔をする場合には、例えば、仕事をしていて同僚の足を引っ張ったり、仕事上でつまずきをつくらせたり、上司に告げ口をしたり、部下の心を違ったほうに向けさせたりと、いろいろな画策をするようなことがあります。

無意識的に邪魔をする場合には、”自分の信念”として説明することがよくあります。「自分はこういう生き方をしてきた」ということを、信念として他の人に押しつけるようになります。自分の過去の生き方のなかには、実は、幸福も不幸も両方あったはずなのですが、それを一つの”自分の信念”として提示し、他の人に押し付け始めます。これが無意識的な妨害です。

他の人の幸福を害する場合にはこの二種類があります。

〇エリートへの妨害をしたくなる、苦労人による「信念の押し付け」
例えば、創業者である社長自身が、叩き上げで非常に苦労した人だった場合、スイスイと
生きてきたような人間には我慢がならないということがあります。創業者が苦労に苦労を重ねて会社をつくっていくなかで、最初は零細であったところから、何千人、何万人単位という大会社になっていくと、世の中ではいわゆるエリートとされるような人も入社するようになるわけです。

そうすると、ここで無意識下の妨害として出てくるのが「信念の押しつけ」です。「人間は、叩き上げでなければ、真実は分からないのだ。仕事はできないのだ」ということで、毛並みのいい者たちを排除していくようになります。スイスイとくるような要領のいいものを許せなくなるのです。

それとは反対のことをしたのは松下幸之助のような方です。

「学歴もなく、体も弱く、苦労を重ねたけれども、自分はそういう人間であるから、自分の分かは、みな自分よりも立派な方だ」として扱いました。「私ができない分を補ってくれ。自分は立派な人たちを使って仕事をしているのだから、企業が伸びるのは当然だ」という考えで松下氏はやっていきました。

これは、叩き上げであっても、信念を押しつけず、その逆に出た例であり、注目すべき成功者の一面でしょう。

しかし、このようにはなかなかいかないのが普通です。零細企業から叩き上げてくるような人の場合、どうしてもいじめを始めてしまいがちです。苦労をせずにスイスイと来ているように見える人間に対しては、いじめをしてしまうのです。本人は意識していませんが、そういうところが無意識下に出るのです。

【大川隆法『真説・八正道』第3章「正思」124pより抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『永遠の仏陀』
第5章 永遠の仏陀 
〇栄光の瞬間

ああ、この太陽系ができたは、
わずか、ほんの、つい昨日のことのようにも思える。
太陽がうまれ、その周りを回る惑星が生まれた。
惑星のなかに住んでいる小さな存在である、おまえたちには、
その惑星たちの一つひとつを生みだした時の悦びが、
その星を創った時の悦びが、分かるまい。
その星を創り、その星に生命を降ろした時の、
その悦びの気持ちが、分かるまい。
しかし、私はあえて言う。
おまえたちの住む星は、悦びと共に生まれたのだ。
そして、その星に生きている、
動物、植物、鉱物、また人類も、
悦びの経綸(※けいりん・国家を治めととのえること。その策。)を実現すべく、悦びのなかに生まれたのだ。

ああ、その聖なる、高貴なる悦びよ。
おまえたちは、その高貴なる瞬間を、その始まりを、
想像だにすることができないのか。
それが、そんなに難しいことであろうか。
小さな小さな心を捨て去り、
大きな大きな心と一つになることだ。
おまえたちが人間として生まれ、育ち、生きてきて、
規定しているところの、
人間という名の、思いの枠を取り払い、
宇宙を創りたる仏の心と一つになれ、
心の縛りを取り除き、
肉体の殻を脱ぎ去り、
仏の心と一つとなれ。
さすれば、おまえたちの心のなかにも、
栄光の瞬間がよみがえってくることだろう。
おまえたちにも、
この太陽系を創った時の悦びが、
伝わってゆくに違いない。

【大川隆法『永遠の仏陀』第5章「永遠の仏陀」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『釈迦の本心』
第4章 空の思想
4 実在界の発見

仏教における人間観や死生観、転生輪廻観について述べきました。

次に、「釈迦は実在界を、どのように見ていたのか。いかなるものとして認識していたのか」ということについて語ってみましょう。

釈迦教団において、釈迦はどのような仕事をしていたのでしょうか。何千人もの教団になってからは、釈迦は主として一週間に一度、全体説法と言われる大きな説法をしていましたが、それ以外の日は、高弟たちを集めて打ち合わせをする程度に抑え、自分自身の瞑想時間をかなり確保していました。そして、野外での禅定中に魂が肉体を抜け出し、心を実在界に遊ばせることがよくあったのです。

実在界に対する釈迦の認識はかなり進んだものであって、九次元宇宙界の本質まで悟っており、「九次元世界は地球だけで完結するものではなく、地球以外の惑星にも広がっている。他の惑星にも素晴らしい霊人たちが数多くいて、修行をしている」という事実もつかんでいました。

また、「宇宙即我」という自己拡大の経験をしたときには、地球という惑星が非常に小さな点となり、みずからの内臓の細胞の一つになっていくのを実体験していたので、宇宙というものの感覚もつかんでいました。

しかし、それらを当時の弟子たちに説くのは非常に困難だったため、さまざまなたとえ話で語るにとどめていました。当時の人びとは、宇宙の構造を聞くまでには、魂の勉強が進んでいなかったのです。

現在、私は実在界の姿を解明していますが、そうした世界について、今から二千五百年前のインド社会という限界のなかではありますが、釈迦はすでに知っていたのです。

ただ、釈迦に足らざるところがあったとすれば、地上にいるときの世界観が、まだいくぶんインドを中心としたものだったために、幽体離脱をして実在界に行っても、会っている霊人たちが、主としてインドを霊域とした人たちだったということです。違った霊域の人びとと会うには非常に難しい面があったと言えます。

また、実在界には、いろいろなスタイルで生きている人が数多くいて、釈迦が彼らを非常に珍しい眼で見ていたことも事実ですが、「彼らの存在がいかなるところから来ているのか。彼らはどのような生活をしているのか」ということを、深く追求しないままに終わったところがあります。

しかし、釈迦が幽体離脱によって実在界を実体験したことは、生と死の意味、人生の目的、転生輪廻を説く際に、大きな力となったことは事実です。実在世界の発見によって、彼の思想はいっそうの高まりや深み、真実感を得たのです。

これはちょうど、私が初期のころに、さまざまな霊言・霊示集を世に問うたことに似ていると言えるでしょう。

そうした書物を数多く世に問うことによって、世の人びとは、実在の世界、高級霊の世界がほんとうにあるということを、リアリティー(現実感)を持って感じられるようになったと思います。また、のちに仏法真理の理論書を次々と世に問うにあたって、その裏づけにもなりました。

結局、宗教とは実在界を科学することであり、実在界についての裏づけがない場合には、単なる哲学になってしまうのです。「哲学と宗教の違いは、実在世界についてどこまで踏み込んでいるか、実在世界をどこまで現実に科学しているかという点にある」と言っても過言ではないでしょう。

【大川隆法『釈迦の本心』第4章「空の思想」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
■□■□■□■□

■□■□■□■
。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
■□■□■□
E-mail:ise@sibu.irh.jp
□■□■□
https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
エル・カンターレ・大好き

タイトルとURLをコピーしました