40 黒いカラスが急降下して、動物たちの背中の毛を抜いていた。巨大パンダに化けた黒鬼と白鬼が、口から炎を吹いて、悪いカラスを焼き尽くした。生前、タカリ屋だった魂たちだった。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。
三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。
そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。
引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
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■何を祈るべきか
「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―
このように祈ることが大事です。
【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように続きます。
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我に 今こそ 確信あり
人生 まさに 四苦 八苦
欲望の 瀑流(ぼうる)の 中を
泳ぐなり
されど 不動の 境地あり
この悟りこそ 真理なり
正しき 悟りは 八正道
苦・集・滅・道 沈思して
四諦の 道を 究むべし
解脱の 道を 進むべし
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Now I am firmly convinced
That life is nothing but the Four Pains
The Eight Pains
It is like swimming
Across a violent river of desire
But you can achieve a steadfast state of mind
This enlightenment is the Truth
The right way to enlightenment
Is the Eightfold Path
Contemplate and pursue
The Four Noble Truths
Suffering, its cause, its extinction
And the Path
And walk the path to emancipation
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〇苦しみの原因は欲望にある
苦しみの原因は何であるかというと、結局、「欲望の瀑流(ぼうる)」です。欲望の本流のなかで、この世的に生きやすい自分を求めていることが、実は、いろいろな苦しみをつくっている原因である、ということを知らなければいけないのです。欲望こそが、苦しみの原因なのです。
そうであるならば、欲望を去ることにこそ、実は平安の境地があります。
では、欲望を去るためには、どうすればよいのでしょうか。大事なことは、実相世界の目でもって、自分の人生を見つめなおすことです。それによって、欲望の炎を沈めていくことができます。
そして、欲望の炎を鎮める作業として、八正道という方法論が提示されているわけです。八正道は、宗教といわず、一種の哲学・思想と考えても、心のあり方を、ここまで分析しながら考えるということは、なかなか高度な考え方だと思います。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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それでは、さらに「苦・集・滅・道」の四諦について、経典『悟りの挑戦(上)』より抜粋して解説を加えます。
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●苦の原因―集
(お釈迦様の初めての説法―初転法輪―で)釈迦の五人の弟子たち(相手を如来と認めたら、そのときにはもう弟子になる)は、「なるほど、『人生は苦しみである』というのが一つの真実であることはよくわかった。では、いったいどうしたらいいのだ?苦のままだったらもう救われようがないではないか」と訊きました。
釈迦はこう答えます。「いや、道はある。その道を私は発見した。人生は苦である。しかしながら、この苦には必ず原因がある。原因があって、そういう状態が起きているのだ。その苦しみの原因を発見することが大事である」。
これが「集(じゅう)」です。そういう原因を集めてくるということです。あるいはそれを一点に絞る、何が問題なのかということを知る、これを集といいます。
これを病気でたとえると、最初の「苦」が病気の状態、「ああ、これは風邪ですね」という病状が苦であるとすると、「集」がその原因です。「あなたは混みあった電車のなかで、ごほごほいっている風邪の人と会ったでしょう」、あるいは「寒いのにコートも着ないで雪のなかを歩いたでしょう」、これが原因を探ることです。苦しみの原因を探り、その原因を当てることが集です。「これは風邪の状態だ」「あなたはいま苦しんでいるのですよ。魂が苦しんでいるのですよ」というのが苦であり、「実は、その原因はあなたがこういうことをしたからですよ」「コートを着ないで寒い中を歩いたからですよ」「あなたは風邪をひいた人と接触して、何時間も一緒にいたでしょう。それで風邪が移ったのですよ」、これが集です。原因の�
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�
�見です。
たとえば、求不得苦(ぐふとっく)、求めても得られないことの苦しみについて、なぜ苦しみの原因があるかということを考えてみるわけです。「会社のなかで出世できない」ということで苦しむならば、なぜ自分は出世できないのだろうかと考えてみるのです。同期の人は出世できているのに自分はできないので苦しむけれども、それに対して単に不平不満を言うのではなく、「なぜなのだろうか」と研究し、この原因を探るのです。
そうしてみると、上役に対して反抗的な態度をとっている自分だったりすることもあります。あるいは、「根本的に言って勉強不足であった。学生時代にマージャン以外やったことはなかった」というのであれば、会社に入ってから仕事がよくできるわけもないのです。会社に入ってから勉強するならば、ねじりはちまきで勉強しなければいけないのに、そういうことは考えもしなかった。そして出世が遅れる段になって、「なぜ遅れるのだろう。おかしい」などと言っている。それは言っている本人のほうが悪いのであって、もっと早く考えなければいけないことなのです。
あるいは、身体が悪くなってから、「ああ、運動などまったくしなかった。学生時代はラグビーをやっていて身体が強かったので大丈夫と思っていたけれども、十年も経ったらもうよぼよぼの肉体になっていた。身体を鍛えなかったら病気になった」ということならば、それは本人が悪いわけです。
このように、苦しみを認めたら、苦しみの原因を追究するのです。
●八正道によって苦を滅する
次に「滅」です。その苦しみを滅したらどうなるかを考える、あるいは苦しみを滅しよう、消そうと思う、この思いです。
たとえば、病気が治ったらどうなるかというようなことを考えるわけです。健康になったらどうなるか、経済状態がよくなったらどうなるか、出世したらどうなるか、いろいろありましょう。
あるいは、家族と仲良くなったらどうなるか。「今は妻と喧嘩状態、交戦状態だけれども、これが円満になった時の状態を想像してみるのです。そして、「ああ、やはり、夫婦が調和して仲が良かったな。やはりあの状態に戻さなければいけないな」と考えます。これは「滅」です。滅を願うことです。
では、「滅」の状態に入るためには、要するにその病気を治してしまうためにはどうするか、その方法があるだろう―これが「道」です。これは道しるべ、進むべき方法です。この「道」というのが有名な「八正道」です。・・・(中略)
●限りなき完成への道
「苦・集・滅・道」のことを「四諦」といい、そして最後の「道」が八正道のことです。これを「四諦・八正道」というのです。
これが、初転法輪のときに釈迦が説いた最初の教えなのです。これが最初の悟り、出発点ですが、最初だからといって重要性が低いわけでは決してありません。みなさんにとって、今でも重要性を帯びた考え方だと思います。
もう一度復習しましょう。菩提樹下で悟って、初転法輪、初めて法輪を転じたときに、釈迦が語ったことは何だったのでしょうか。
修業においては、
中道―極端を離れる、両極端を否定する、
そういう中道的な態度が大事だ。
そして、その思想の内容としては、
苦・集・滅・道の四諦である。
人生の苦、迷いの生存、迷った人生、
間違った人生観に基づくこの世の苦しみということを、
まず見抜かなければいけない。
そして、その原因を知らなければいけない。
さらに、『それを滅しよう、消し去ろう。
そして幸福になろう』と願わなければいけない。
そのために八正道があるのだ。
八つの目標、目印があるのだ。
そういう方法があるのだ。
これを毎日行じていくことだ。
さすれば、その道は自分を整える道であろう。
すなわち、八正道はまた中道でもあろう。
中道のなかに入って自己を発展させていく道であろう。
それが八正道の道であろう。
そういうことです。限りなき完成への道を、まず最初に説いたのです。そして、それはまた終わりなき道でもあったと思います。これが「四諦・八正道」ということです。
本章は初転法輪に関しての大切な話ですから、どうか心の中に留めておいてください。
【大川隆法 『悟りの挑戦』(上巻)第一章「仏教的精神とは何か」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第3章「正思」
6「正思」のための三つのチェックポイント
③「謙虚さ」を妨げるもの―嫉妬心と自己顕示欲
〇職場などで、他の人の幸福を邪魔したくなる女性の「嫉妬心」の問題
また、気に障ったらお許しいただきたいのですが、例えばかなり長く勤めているOL、結婚していない女性等のなかにも、そうしたことをする人はいるでしょう。もちろん、気立てもよく、仕事もできる人もいますが、なかには、無意識下に若い人たちの邪魔をし始める人もいるのです。若い女性の結婚の邪魔をしたり、若い男性をいびったりすることもあると思います。
若い女性の結婚を邪魔する場合には、「浮ついている」「化粧が云々(うんぬん)」「仕事をする気が全然ない」「遊びに来ている腰掛だ」といったことを言っていじめたりします。また、男性に対しては、「仕事をしないで女の子の尻を追いかけている」などといびったり邪魔をしたりするわけです。こうしたことは無意識化にやっているのですが、やはり人の幸福を邪魔したい気持ちが働いています。
こうしたものは、みな、自己正当化をして、プライドを固めていった結果なのです。そして、自分が、神仏から、あるいは多くの人たちから愛を受けて生きているということを見落とした結果なのです。
自分がもっともっと愛を受けたいと思っているのに、他の者が愛を受けている姿を見ると、我慢がならないのです。そして、表となり裏となって、いろいろなことをして引き落としにかかるのです。
こうしたものも、「正しい思い」のところでチェックしなければいけない部分です。これは、「嫉妬心」「やっかみ」「嫉み」「妬み」といった言葉で表される思いと言ってよいでしょう。
「人間は太陽の光を浴びて生きているような存在である」ということを決して忘れてはなりません。太陽の光は、善人にも悪人にも、同じく光を投げかけています。植物に対しても、毒麦であろうが、小麦であろうが、同じく光を投げかけています。
ところが、そのように惜しみなく与えられている光を、スポットライトのように自分一人に集めたいという気持になってくるわけです。
〇「自己顕示欲」は自分の人生を正当化し、他の人の心の安らぎや愛を奪う
そして、自己顕示欲という問題も出てきます。「謙虚さ」ということを考える上でもいちばん大事なのは、「自己顕示欲」の問題です。
この自己顕示欲との闘いも、極めて難しいものです。「スポットライトを浴びたい」という気持ちの裏にあるのは、「自己の人生を正当化したい」という考えです。それゆえに自己顕示欲が出てきます。
自己顕示欲がなぜいけないかといえば、他の人の心の安らぎを奪ってしまうからです。また、本来であれば他の人に流れるべき愛を、自分のほうへ持ってこようとするからです。
そういう人は、他の人にも同じように陽の光が当たっているのが我慢できません。「陽の光は、自分の鉢だけに当たるべきである」というように考えるのが自己顕示欲なのです。
○周りからの「嫉妬心」には、「自己顕示欲」を牽制する効用もある
なお、「正思」の基準としてチェックしなければならないもののなかに、「嫉妬心」という項目がありますが、実は、この自己顕示欲を牽制するものに嫉妬心というものがあるのです。嫉妬心にはマイナスの面もある一方で、”嫉妬心の効用”ともいうべきプラスの面もあると言えます。
すなわち、「自己顕示欲に生きた人」に対しては、「他人の嫉妬心」というものがぶつけられることになっているのです。こうして牽制が利くことによって、それぞれの位置が決まってくるわけです。
あまりの自己拡張が許されなくなるのは、他人の嫉妬心によります。これも一つのバランス感覚と考えてよいかもしれません。
ただ、この嫉妬心というものには愛がありませんので、行きすぎると悪になることは当然のことです。これも、自己愛だけの裏返しということになります。
【大川隆法『真説・八正道』第3章「正思」128pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第5章 永遠の仏陀
〇人類の選択
この地球ができて、四十六億年以上の歳月が流れた。
それは、わが一千億年の孤独のなかでは、
ほんの、ついきのうのことのようにも思える。
されど、我は、この地球のすべてに関し、
最終の権限を有するものである。
わが宣べ伝えるところの仏法真理を守り、
広げ、実現することこそ、
人間としての真なる生き方であるのだ。
我は、ふたたび、おまえたちに法を示した。
おまえたちに、人間として生きてゆくための則を示した。
その則を守りて、素晴らしき仏国土を建設するか否かは、
おまえたち人間の所業にかかっている。
わが教え、人々の心にしみわたり、
仏国土がこの地上に湧出すれば、
おまえたちは真実の仏の子と言えよう。
されど、わが教え説かるるも、
その教え、伝わらず、
その教え、人々を救うに至らず、
その教え、歴史の波間に、反故(※ほご)として捨て去られたならば、
もはや、人類は地上に住むことが許されなくなるだろう。
そのことをも、私はおまえたちに厳しく警告しておこう。
この、わが説く教えに従って、仏国土を築くか。
あるいは、このわが教えを一顧だにすることもなく、
人類そのものが滅亡し去るか。
選べ、選ぶのだ。
いずれを取るかを。
繁栄をとるか、滅亡を取るかを。
わが念いには厳しいものがあるということを知らねばなるまい。
■□■□■※新版において削除された箇所■□■□■
わが教えは、
ある時は、愛となり、
ある時には、厳しい剣ともなるであろう。
親は、子に対して、その真実の成長を願うからこそ、
厳しく、その教えを説き、
その教えの実現を迫ることもあるということを知っておくがよい。
もう一度、くり返して言っておく。
すべては、おまえたちの選択であるのだ。
この地球を創り、地球に人類を住まわせたところより、
「この法を下に、仏国土を創り、幸福な生活を営め」というのが、
わが教えであった。
その事実を、もう一度、私はおまえたちに告げているのだ。
それを、信じて行うか否かは、
おまえたちの選択にかかっている。
しかし、仏国土実現の意欲なく、努力なく、希望なく、
停滞と堕落を選び取るならば、
人類を待ち受けているものは滅亡である。
それだけを、私ははっきと言っておく。
※反故(ほご)=ものを書き損じたりして、不用になった紙。転じて、役にたたない物事。むだ。ほぐ。ほうご。
【大川隆法『永遠の仏陀』第5章「永遠の仏陀」より抜粋】
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※参考
■□■□■※新版において削除された箇所■□■□■
かつて地球によく似た美しい星、
金星にも、姿形は違えども人類は住んでいた。
その人類をも、我はかつて指導していた。
しかし、究極において彼らは、
我が教えの本なる仏国土建設という理想を実現することなく、
怠惰に明け暮れ、進歩を止め、
停滞の長きにどっぷりと浸かり、
それより抜け出す意欲なく、
生存を重ねていた。
我はまた、この金星の人類を滅ぼした者でもある。
【大川隆法『永遠の仏陀』平成3年7月7日初版より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第4章 空の思想
5 物質界の再考
実在界の姿を知ったうえで、三次元の物質界、つまり地上界を見ると、いかなる世界に見えるでしょうか。
それは海外旅行にもたとえられるかもしれません。初めて海外を旅行し、異国の風土に触れた人が、一ヵ月ぶり、あるいは一年ぶりに日本へ帰ってきたとき、日本の姿が非常に不思議に見えることがよくあります。たとえば、人口密度の高さ、車の多さ、道の狭さなどにあきれてしまったりします。
同じように実在世界を知ってしまうと、地上界、物質界にある人々の姿が、何ともこっけいに見えることがあるのです。その滑稽さの原因の一つは価値観にあります。
高いところから眺めてみると、地上の人びとがせっせと働いている姿が、まるで蟻が砂糖の粒を運ぶ姿のように見えてきます。蟻にとって至上の価値を持つは、巣の中に食糧を運び込むことでしょうが、それを眺める人間からすれば、それがはかなく虚しいものに見えることが多いのと同じく、実在界を知った人間には、物質界は非常にはかなく虚しいものに見えてくるのです。
ただ、それは最初の見方であり、次なる見方として、「はかなく虚しい物質界は、なにゆえに存在しているのか」ということに考えが至るようになります。そして、そのはかなさの奥にあるものを深く見つめていくと、「それは大いなる修行の材料として与えられている」ということに気がつくのです。
さらには、「肉体や物質は霊と対立するものではない。肉体も物質も、霊と同じ素材からできており、その現われ方が違っているだけだ」ということにも気づくようになります。霊をつくっているものは、仏の光、仏のエネルギーですが、物質界を構成しているものも、同じく仏の光、仏のエネルギーであることに気がつくのです。
それはちょうど、水蒸気が冷却されると水になり、さらに冷却されると氷になるのに似ています。水と氷は別もののように見えます。それは、水は水で、「私は霊だ」「私は実在界だ」と言い、氷は氷で、「私は肉体だ」「私は物質界だ」と言っているようなものです。しかし、両者はもともと同じものからできており、外観が違うだけなのです。
したがって、最初は「水と氷は違うものだ」と感じますが、さらに深く感じ取り、見極めていくと、「それらは本来、同じものであって、現われ方が違っているだけだ」と感じられるようになるのです。
ここに至ると、三次元世界の意味は、消極的なるものから積極的なるものへと、一八〇度の転換を見るようになります。三次元世界のなかにも、仏の創られた偉大な計画があることを、人びとは感じるようになるのです。
【大川隆法『釈迦の本心』第4章「空の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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エル・カンターレ・大好き

