42 「天狗」の第一の特徴は鼻が高いことである。「天狗」には、必ず自慢の癖があり、「自分の方が偉い。」と思えないと安心できない。
43 現代では、あらゆる分野で「天狗」が多発しており、実績も残すが、協調性なく、社会の破壊も多い。「名あって実なし。」となるのが一般である。
【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】
57 ある時、お年寄りを騙して、詐欺をしていた集団が、養殖池で、多数の毒フグに襲われるところを見た。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。
三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。
そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。
引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
われらの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
われらを真なる幸福へと導きたまえ。』
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はじめに、今日の一日を振り返りつつ、天御祖神が始まりとされる武士道について、経典『現代の武士道』から学びます。
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第1章 武士道の根本―武士道の源流―
4 武士道とフォースの関係について
〇素手で二十推回の暗殺を交わした勝海舟の「胆力」
勝海舟の修業時代には、毎日、夜中に神社の境内へ行き、抜刀術の練習を何時間もやっていたというようなことが本に書いてあります。この人も幕末の剣豪の一人ではあると思うのですが、夜中の神社の境内で、神前で抜刀術をやっていたら、やはり、多少、神がかってはくるでしょう。気合も入ってくるし、胆力も出てくるでしょう。
勝海舟は幕府の軍事の総裁等をしていたので、たびたび襲われることがあり、幕府のほうは、「暗殺を狙われるので、警護の人を四人か五人立てておくから置いてくれ」と言うのですが、そういうこともあってか、勝は何度も断っています。
「そんなもの、向こうが本になって襲ってくるなら、四人や五人いたって、十人いたって、皆殺しにされるに決まっているじゃないか。向こうは何十人もで来るに決まっているのだから、二十人、三十人で切り込んでこられたら全員死ぬ。警護の人がいたら、死ぬ人が増えすぎる。俺一人でいいから、もう要らない」と言って断っていたのです。
実際、二十数回も暗殺に来られているわけですから、一度も斬られていませんし、もう、剣さえ差していなかったというほどです。向こうが剣で斬りかかってくるのを、素手で相手にしたというぐらいなのです。剣を「無刀取り」したかどうかも分からず、足払いしたり、庭に投げ飛ばしたりしていたようなので、そうとうすごいものがあります。
勝海舟は身長百五二センチぐらいで、体重も四〇キロそこそこぐらいの男だったので、どのくらいの胆力があったかと想像すると、そうとうなものだと思います。
「勝が百五十二センチなら、その当時の人はみな小さいのだろうと」と思うかもしれませんが、そんなことはなく、坂本龍馬は百七十四センチはあり、町を歩けば頭一つ出ていたと言われているし、西郷隆盛になると百八十センチもあったと言われているわけです。
その百八十センチ、八十キロの西郷と、百五十二センチ、四十キロ少々の勝海舟が江戸城で会談しているわけで、大男との会談だったと思いますが、両者、「胆力と胆力のぶつかり合い」のようなものだったと思うのです。
【大川隆法 『現代の武士道』第1章「武士道の根本―武士道の源流―」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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6自他を損なう不用意な言葉
○不用意な言葉で他人を傷つけたり、感情を害したりしていないか
悩みの原因は、プライドにあることが多いのです。
「自分は他人から嫌われている」と思っている人は多いでしょう。自分自身は他人から嫌われていると思うでしょうか。それとも、他人から好かれていると思うでしょうか。
他人から嫌われていると思う人は、よくよく自己分析をしてみてください。たいていの場合、言葉で嫌われているはずです。例外を除けば、たいていは言葉で嫌われていると思います。不用意に出した言葉が原因となって、他人から嫌われているのです。それがひと言ぐらいなら許されても、二回、三回、四回と続いたら、他人はもう許してくれなくなります。「この人は、こういう言い方をする人で、こういう考え方をする人だ」という見方が固まってしまいます。決められてしまいます。
他人から嫌われていると思う人は、実際は、他人を傷つけるようなことを言ったことがある人なのです。他人を傷つけたり、他人の感情を害したりしています。そして、害していることに対して何もアクションを起こしていないのです。「みんなが自分をいじめる、攻撃する」などと思っているかもしれませんが、それは、自分が思いつくままに言ってきた不用意な言葉が、他の人々の神経を苛立(いらだ)たせたことが原因である場合が多いのです。
そうであるならば、「私はあのとき、本当に間違っていました」と相手に言えば、そんな悩みは、ほんの数分で終わるのです。謝ってくる人に鞭を打てるような非常な人は、それほどはいません。そのようなことは、なかなかできないものです。反省している人を見て、鞭を打ったり裁いたりできるものではないでしょう。
【大川隆法『真説・八正道』第4章「正語」144pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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第一章 我、再誕す
○魂の起源
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
魂の成り立ちに気づけ。
魂の成り立ちを思い出せ。
魂の大いなる起源に思いを寄せよ。
おまえたちは、すでに聞いたはずである。
偉大なる大宇宙の大霊が、
その宇宙を、繁栄と発展のなかにおくために、
人格化して、その姿を顕(あら)わした。
そして、この地球にも、大いなる力を持った人格大霊が顕われた。
その人格大霊は、自らが得た力を発揮して、
数多くの魂を創っていった。
そう、あなたがたが仏陀と呼んでいるこの魂は、
あなたがたの魂の親でもある。
あなたがたを、数多く創り、育て、
そうして学ばせていた親でもあるということなのだ。
さすれば、仏陀と僧とは、親と子の間柄にあたる。
そして、仏陀の説く法は、
親と子をつなぐところの、
母と子をつなぐところの、
臍(へそ)の緒でもあるということなのだ。
法は、ある時には栄養の供給源となり、
法は、ある時には血液の供給源となり、
法は、ある時には酸素の供給源となり、
法は、ある時には生命の供給源となる。
人びとよ、知れ、
師と弟子との関係は、父と子、母と子の関係でもあるということを知れ。
法というものを通して、つながっているあいだ、
あなたがたは、飢えて渇くことはないであろう。
あなたがたが飢え、あなたがたが渇く理由は、
その法を学ぼうとしないからだ。
その法を実践しようとないからだ。
その法を、わが血肉としようとしないからだ。
○出家
人びとよ、これより後、
わが説く法の内容を、よく学べ。
わが語る言葉を、よく聞け。
我はあなたがたに、過去、何度も何度も語ったはずである。
肉体を持ちて地上に降り立ち、
そうして、あなたがたと同じく、
赤子の肉体に宿り、子供となり、成人し、
やがて、世の中のさまざまな苦しみや悩みを見るにつけて、
それを放置できない気持ちとなり、
我はかつて、出家者となった。
出家者となりて、人々を救うための道を求めあぐねた。
さまざまなところで、見聞を広めた。
さまざまなところで、坐禅をし、
さまざまなるところで、己の心を磨いた。
ある時には、人間を師とし、
ある時には、動物を師とした。
鹿の生き方に学び、蛇の生き方に学び、
兎の生き方に学び、象の生き方に学び、
そして、川のなかの魚の生き方にも学んだ。
そこここにある木立の、樹々の生き方にも学んだ。
山や野原にある花の生き方や、草の生き方にも学んだ。
蜜蜂の生き方にも学び、蝶の生き方にも学んだ。
我は、天地万物を師とし、
そして、真なる仏法を体得するために、
学び、学び、学び
己の心を、磨き、磨き、磨き、
修業を重ねた。
そして、六年の修行の結果、一つの悟りを開いた。
【大川隆法『仏陀再誕』第一章「我、再誕す」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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第四章 空の思想
10 「空」の理論の新展開
こうした「空」の理論を現代風にアレンジすると、結局、最先端の物理と融合する思想にならざるをえないと思います。
現在の物理学は、「素粒子理論」と「大宇宙の構造論」の二つの問題で、壁に打ち当たっているようですが、その先にあるものは、霊の世界の神秘、霊の世界の不思議なのです。実在世界の作用や仕組みを明らかにしないかぎり、今後、物理学は一歩も進まないでしょう。
したがって、「空」の思想を、あるいは近未来風に解釈しなおすならば、素粒子の根源としての、仏の光りの分析、また、「相対性理論」の奥にあるものとしての「霊界科学」ということになります。
相対性理論のなかには一つの前提があります。それは「光の速度を一定としてとらえたときには、時間と空間がゆがみを生ずる」という理論であり、アインシュタインの考えは、まさしくここに立脚点があるのです。
ニュートン的な物理学においては、時間と空間を一定のものとして、法則を説明しようとしましたが、アインシュタインは、「光の速度、高速こそが一定であり、これを軸として考えたとき、時間と空間にゆがみが生ずる。つまり、時間が伸びたり縮んだり、空間がゆがんだりする」という理論を発見したのです。
しかし、アインシュタインのこの理論は、まもなく破られることになります。
「光速度も一定不変のものではなく、究極の尺度ではない」ということが明らかになるのです。これは、「光速」を超えるものとして、「霊速」、霊の速度というものがあるということです。
霊速は光速を超えており、それゆえに霊の世界では未来が見えるのです。
そして、この霊速こそが、来るべき新たな物理学の観点となるのです。それを予言して、本章を閉じることにします。
【大川隆法『釈迦の本心』第四章「空の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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Lord EL Cantare is my All. 主こそ私のすべて。
We are The One, with our Lord. 我々は主と共に一体である。
One for All. All for The One. 一人は主のため、隣人のために。みんなは主の悲願のために。
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◆映画「ドラゴン・ハート」伝道植福について
5月23日(金)に全国の映画館にて公開されます映画「ドラゴン・ハート」は大川隆法総裁先生制作総指揮による28作目の映画となります。この映画の大成功に伊勢支部信者全員の信仰心を結集させていただきます。皆様の尊い布施をどうぞ、この映画伝道植福に託して、私たちに縁ある方々の心と魂を救うべく、この映画を主の御名と共に、全国・全世界で広宣流布してまいります。映画伝道植福への喜捨を何卒宜しくお願い致します。
大宇宙の すべての根源であり 地球の創造主であられる
主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生
映画『ドラゴン・ハート❘霊界探訪記❘』を賜り
心より感謝申し上げます
本作は 未知なる世界に飛び込む勇気を与え
人類に真実への目覚めを与える映画です
全世界の人々に
霊的真実と主エル・カンターレの御存在を
弘めてまいります
仏弟子一同 力を合わせて
一人でも多くの方を 主のもとへと誘(いざな)ってまいります
■映画『ドラゴン・ハート―霊界探訪記―』四つのポイント■
①「天国・地獄」の存在を知らしめ、全人類の魂を救済する映画です。
映画では、霊界探訪記として現代の地獄の有様を詳細に描いています。つまり、今死んで地獄に落ちるとしたらどんな世界なのかということがリアルに映像体験できる映画です。死後の世界を詳細に紹介することで、「あの世はない」「霊界なんてばかばかしい」と考える人の間違えた考えをカブト割りする映画です。この映画は、このままでは地獄に落ちてしまうたくさんの方々に救いの縁を届ける「魂の救済」映画です。正しい霊界観や信仰を持たない人にこそ届けたい映画です。
②地球の霊的中心地・シャンバラの危機を救う映画です。
今、地球の霊的中心であるシャンバラは、地上世界で、信仰心が薄れ、神仏や霊的世界を信じない人が非常に増えていること、巨大な唯物論科学国家である中国が、インドやネパール等への覇権を強めていることによって、非常な危機にあります。現に中国・洞庭湖のほとりにあるシャンバラの入り口は発見するのが相当難しくなっています。
シャンバラという地球の霊的センターが護られていることで、魂修行の場としての地上世界も安定いたします。もし、シャンバラが崩壊するようなことがあれば、地球を護る霊的結界が失われ、宇宙の邪神やダークマターの悪想念による更なる地球介入を招く事態となります。
本映画は、霊界思想を地球の霊的センターとしてのシャンバラの存在を全世界へと知らしめることによって、崩壊への危機にあるシャンバラを護るという「神の戦い」そのものを描いた映画です。
③全世界の人々が主なる神エル・カンターレと出会い、一つなる道を示す映画です。
この映画は、全世界の人々に造物主エル・カンターレのご存在を知らしめる映画であり、本年の幸福の科学の活動テーマである「日本全国・全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てよう。なお、一歩を進める」の中心となる作品です。
主人公たちの地獄巡りは、現代社会の諸相そのもの。しかし、そうしいた人類の、かつてない混乱、混迷の先には、大いなる規模、救い主の存在があることを示す映画であり、宗教の違いや、民族や国家の枠を超えて、全人類が、主なる神への共通認識の下、一つになる道を示される希望の映画です。
④仏弟子(まだ気づいていない仏弟子)たちがドラゴン・ハートに目覚め、霊的覚醒をうながす映画です。
この映画は、川で河童を追って溺れた主人公の二人が、霊界の天日鷲神に出合い、「霊界探訪で本来の自己に目覚めることができたなら地上に還してあげる」と告げられ、地獄巡りなどの一種の修行を経て、魂の親エル・カンターレと出会い、本来の自分の使命に目覚めるという、宗教的なメッセージが込められた映画です。
純粋な信仰心、そして、救世への本物の念いの確立が求められている今、私たち仏弟子や、まだ目覚めていない一般の方たちの中にいる仏弟子予備軍に対して、霊的覚醒を促す導きの映画であり、私たちのドラゴン・ハートに導かれた旅は、映画公開までに、すでに始まっていると言えるのが本年の活動です。
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き
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文責:蒲原宏史
(2/9-2)40『仏陀再誕』を読む―我、再誕す―魂の起源―「空」の理論の新展開
