44 地上で二万日生きて、毎日十個、悪事を働いた者は、累計二十万回、針で突き刺されて、血まみれとなる。頂上にたどり着くまでに、倒れ込み、全身が針で突き刺されるものもいる。鬼は、容赦なく、亡者をつかみ上げ、また立たせて歩かせる。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。
三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。
そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。
引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
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■何を祈るべきか
「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―
このように祈ることが大事です。
【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。
『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように続きます。
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第二の 道は 『正思』なり
冷静に 己の 内を 見つめては
心の 実相 掴むなり
まず 煩悩の 火を鎮め
執着の 思いを 除き はじむべし
執着とは
心の 中の こだわりなり
貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)の 三毒なり
貪とは むさぼりの 心なり
瞋とは 怒りの 心なり
癡とは 愚かな 心なり
自分の 保身に こだわりて
他人を 害し
結局は
自己をも 滅ぼす 所業なり
獅子 身中の虫 己心の魔
仏性の敵 そこにあり
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The second step is ‘right thought’
Look within yourself calmly
And find the truth of mind
First, soothe the flames of worldly desire
And remove your attachment
Attachment is what sticks to your mind
It originates from the Three Poisons
Greed, anger and foolishness
If you are too concerned
About defending your own interests
You will harm others
And will eventually damage yourself
This is a thorn in your mind
Here is the enemy of Buddha-nature
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①貪(とん)
苦しみの原因の中心は何かというと、「貪・瞋・癡」のなかの、特に、「貪」です。貪りの心、抑えることができない欲望、「欲しい、欲しい」という思い―これが、ほとんどの苦しみのもとなのです。「自分がなぜ苦しいか」ということを反省してみれば、ほとんどの原因、この「貪」―貪欲のところにあります。身分不相応な処遇、身分不相応な相手、努力以上の結果を求めたりしていると、そこに苦しみが生まれてくるのです。
ですから、それを冷静に見る目が大事です。冷静に見ることによって、「貪」は消えていくことがあります。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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つづいて、経典「八正道の心」より抜粋をご紹介いたします。
この経典は、もともと会内経典でしたが、HSU開学を前に、一般書として書店でも頒布されている大変ありがたい経典です。お持ちでない方は是非拝受ください。【税抜き1500円】
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〇貪(とん)
八正道の本来の順序では、正見の次は正思になっているので、正語の前に正思を説明します。
正思の反省の内容は、私の著書にも書いてありますが、「貪・瞋・癡」という「心の三毒」であり、さらに「慢・疑・悪見」まで入れると「六大煩悩」になります。【※大乗経典では、「貪・瞋・癡・慢・疑」を「心の五毒」と呼ぶこともあります。これに関する心の浄化に関して、当会の会内経典に『五蓋反省法』がありますので、是非拝受ください。】要するに、煩悩の反省です。煩悩とは、心の迷い、迷妄、心の曇りなど、悪しき精神作用の総称です。
何のために反省行をするかというと、そういう、心が出したスモッグのようなものを取り除くためなのです。
宗教的な勉強が少し進んだ人は、正思において、煩悩のところを反省すればよいわけです。
まず、貪欲(とんよく)です。「あなたは欲が深くなかったか」ということです。
これは、自分のことはなかなか分からないのですが、ほかの人を見ると、よく分かります。「あの人は欲が深いな。欲張っているな」というのは、ほかの人が見れば、よく分かるものであり、まず外れません。自分については、そう簡単には分からないのですが、他人については、見れば分かるのです。
「あなたは、その程度の仕事能力で、そんなに出世したいのですか。その程度の仕事で、今以上の給料をもらいたいのですか」ということは、すぐに分かるでしょう。
また、「あなたは、その顔とその心で、そういう人と結婚したいのですか」「あなたは、その勉強量で、そんな一流の学校に行きたいのですか」などということも、他人のことであれば、すぐに分かります。
他人のことはよく分かるのですが、自分のことは分からないものなのです。
したがって、反省するためには、自我の立場を離れなければいけません。私は、よく「無我」を説いていますが、自我というものがピシッとあって、「これが自分だ」と思ってつかんでいると、まず反省はできません。自我の立場が強いと、他人しか見えず、自分は見えないのです。
自我の立場から離れるということが無我なのです。自我の立場から離れて、自分を外から見るようになると、自分の間違っているところが分かるわけです。
欲は、誰にでもあります。悪いことばかりではなく、正しいことについても欲はあります。
例えば、高校野球の監督やコーチが、「甲子園に出て優勝したい」と思っているとします。しかし、自分のチームがどのくらい強いか分からないまま、優勝する可能性の無いようなチームを朝から晩までしごきまくったならば、選手はみんな体を壊して入院してしまうでしょう。
これは、欲が過ぎたために失敗したことになるわけですが、本人には、それが分かりません。そういうものなのです。
この欲のところを見るためには、自分を客観的な目で見なければいけないし、人々の反応もよく見なければいけません。自分の欲が過ぎているかどうかを知るためには、他の人の反応をよく見ればよいのです。それは他の人にはよく分かるものなのです。あまり他の人からの反発や批判が多くなってきたら、「自分が何か間違っているのではないか」と考えなければいけないことがあります。
これが「貪」です。
【大川隆法 『八正道の心』より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第4章「正語」
2自他を損なう不用意な言葉
〇「正しく語る」ということの探究には終わりがない
言葉を整えるということは、勇気を持って努力していくしかありません。これは一つの格闘です。自分との闘いです。
「正しく語る」ということの探究には終わりがありません。永遠に終わることがないのです。だた、少なくとも、一日を終わるときに、その日に話したことを音声で聞かされたとしても、何とか安らかな眠りに就ける状態まで努力すればよいのです。その音声を聞いてしまったら眠れなくなるような言葉を語っていたら、これは大変です。それを聞いても、「ああ、まあまあのことを言っている」と思って眠れるようであれば、それでよいのです。そこまでは努力しなければなりません。
さて、ここで問題になるのは、言葉で特に他人を傷つけた場合です。相手の心に何年も何十年も残っているようなことで、言った本人も、実は反省していることがよくあります。その場、あるいは翌日、または一週間以上たってから、反省していることは多くあるのですが、自分が心を改めた、考え方を変えたということを、どうしても語れない人がほとんどです。悲しいことに、九割以上の人がそうなのです。
コンピューターのデータ入力の際にも、間違えれば、「アカ・クロ」と言って、修正伝票を入れます。もし、この修正伝票が間違っていれば、またその入れ直しをしなければなりません。大変な作業が要ります。
同じように、間違ったものを心にインプットしてしまったと思ったら、差し替えしなければ、きれいなものは出ないのです。いつまでたっても心の帳尻は合いません。頑張って、差し替えしなければならないのです。
【大川隆法『真説・八正道』第4章「正語」142pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年に説かれた経典『仏陀再誕』を振り返ります。
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■『仏陀再誕』
第1章 我、再誕す
○三宝帰依
縁生の弟子たちよ。
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
わが声を聞け。
かつて、我はあなたがたに教えたはずだ。
三宝に帰依せよと。
三宝とは、これ仏・法・僧なりと。
「仏」とは、ほとけ。現成せる仏を意味す。
これ、悟りたる人、覚者なり。
「法」とは、これ仏の説く法なり。仏の説く教えなり。
仏の説く教えは、
過去・現在・未来を通して、一乗なり。
一つの乗り物、一つの教え方、一つの内容なり。
過去、幾百万年、幾千万年、
あるいはそれを超える歳月のなかで、
人間は、さまざまな社会をつくり、
さまざまな時代をつくり、
さまざまな文化をつくってきた。
その時代、時代に、
その地域、地域に、
その文化に、文化に、
異なった色彩はあれど、
されど、仏法は一乗なり。
すべての時代を貫いて、
真実なる仏の教えがあったということだ。
わが声を聞く、あなたがたの多くは、
かつて、幾転生のおのが人生の途次で、
さまざまなかたちで、わが教えを聞いたであろう。
それらの教えは、いつも唯一のことを教えていたはずである。
大宇宙には、その大宇宙の統べるところの偉大なる大霊がある。
この偉大なる大霊が、その分身を地上に遣わした時、
これが、現成の仏陀となる。
現状の仏陀は、その使命、立場のゆえに、
偉大なる大霊の法を説く。
偉大なる大霊の法は、仏陀を通して説かれ、
仏陀を通して説かれたその教えが、
弟子たちの力によって、
法典として編纂(へんさん)されてゆく。
その法典のなかを流れている教えを、永遠(くおん)の法という。
この法に基づき、この法のもとに、人々は生きねばならない。
この久遠の法は、仏陀が地上に下生しているかどうかを問わず、
仏陀が地上を去ったのちも、多くの人々を導く光となるであろう。
多くの人々を導く灯台の灯火となろう。
人びとよ。
仏陀ある時に生まれしは幸いなり。
仏陀なき時に生まれし人びとは、法を拠りどころとせよ。
法に依拠(いきょ)せよ。
法のもとに生き、法のために生きよ。
そうして、この仏法を育て、守り、広げてゆくものが、僧である。
すなわち、これ弟子たちの集団、サンガなり。
仏法がいかに、広く、多くの人々に伝わるか否かは、
この僧団の力による。
○久遠の価値
縁生の弟子たちよ。
今世、ただいまの、この時代の価値観に、迎合することなかれ。
現在ただいま、数多くの魅力的なる職業があるであろう。
この世的に、花形と言われるような職業があるであろう。
されど、あなたがたは、そのようなものに心をとらわれてはならない。
あなたがたは、人の噂に心をとらわれてはならない。
あなたがたは、人の言葉に、心をぐらつかせてはならない。
あなたがたは、永い永い転生のなかで、
いつも、わが言葉を聞き、
わが言葉に従ってきたはずである。
あなたがたの心の奥の奥なる真実の真心は、
久遠の価値とは何であるかを、知っているはずである。
久遠の価値とは、仏陀の説く法につながること。
仏陀の説く法のもとに生きること。
仏陀の説く法をおしすすめること、おし広げること。
仏陀の説く法を、一人ひとりの心に伝えること。
あたたかき血液となって、一人ひとり心に、
その法を流し込んでゆくこと。
これがいつもいつも
あなたがたが価値あることと思ってきたことではなかったろうか。
諸人よ、この世的なる値打ちに迷ってはならない。
諸人よ、この世的なる価値観に迷ってはならない。
諸人よ、あなたがたの生命の真なる意味を考えよ。
人間には永遠の生命があると、いつもいつも私は説いてきたはずだ。
永遠の生命のなかを生きる時に、いちばん大切なことは、
永遠の生命を、人々に保証しているその大いなる力に気づき、
大いなる力に感謝し、
大いなる力のために生きんとすることではないのか。
さすれば、この大いなる法輪のなかに、
自らの転生を回転させよ。
自らの人生を回転させよ。
仏・法・僧は、それぞれに尊く、
それぞれに独立しているようでありながら、三位一体である。
仏ありても、その法伝える僧なくば、その法は死せるなり。
僧ありても、仏なくば、心に拠りどころはない。
このように、仏・法・僧は、たがいに生かし合う関係にあり、
仏・法・僧は、まとまりて一つの力となる。
その通り。
法とは何かを考える時に、
それは人間の生命を離れたものではないということなのだ。
【大川隆法『仏陀再誕』第1章「我、再誕す」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第4章 空の思想
9 「空」と「無」
「空」の思想と非常によく似た考え方に、「無」の思想があります。「無」の思想自体は非常に大きなものであり、「無」ということを考察するだけで、一冊の書物が出来上がるだろうと思いますが、本節では、「無」とは何かということを簡単に説明しておきましょう。
「空」は「空っぽ」と書き、「無」は「無い」と書きます。これらは同じことのようにも思えますし、違うことのようにも思えます。
しかし、すでに述べたように、「空」は何もないという意味ではありせん。「空」とは、あるものが変化していくことを意味しています。仏のエネルギーがさまざまに変化していく姿をいいます。形あるものが形なきものへと変わり、形なきものがまた形あるものへと変わる―こうしたプロセスを、「空」という言葉で読んでいるのです。
したがって、「空」は一つの循環の法、宇宙の運動法則を意味するものだと言えます。「生成・発展・衰退・枯死(消滅)」という宇宙の運動プロセスを、「空」という言葉で表しているのです。
これに対し、「無」という言葉は、宇宙の運動法則を表しているわけではありません。「無」は否定であり、「無い」という意味です。
これ観点から見ると、「空」と「無」という言葉は、実はそれぞれ、「時間」と「存在」を暗示していると考えられるのです。
「空」という言葉の意味を説く鍵は「時間」にあります。時間の本質を、「空」という言葉で表しているのです。
時間の概念のなかには、「変転していく」という意味があります。何ものも変化しない空間においては、時間は存在しません。それは、静止している状態、停止している状態と言ってよいでしょう。万物が変転し、流転することによって、初めて時間が発生するのです。
「空」の思想は、実は時間論にほかなりません。時間というものは、「生成・発展・衰退・枯死(消滅)」という循環プロセスを意味しているのです。
一方、「無」の思想は存在論であり、時間と対比される「存在」に鍵があると考えてよいのです。
それでは、存在論としての「無」とは何なのでしょうか。何をもって、存在論としての「無」の思想と言いうるのでしょうか。
これは結局、「この宇宙を創っている意志をいかに見るか」ということと、かかわってくるのです。
人間は、存在というものを、固定化したもの、固形化したもの、動かないもの、しっかりとしたものといった観点からとらえがちですが、そうした観点がはたして正しいのかということを、禅のごとく問うのが、「無」の思想なのです。
「あなたがたが住んでいる家は、ほんとうに存在しているのか。地球は本当に存在しているのか。自分自身は本当に存在しているのか。
大地はどうだ。石はどうだ。動物はどうだ」
要するに、「時間の変化をなくしたとき、時間を止めたとき、万物が存在しうるのか」ということについての考え方が「無」の思想なのです。
「空」の思想において時間が流れていますが、「無」の思想においては時間は静止しており、それは、「時系列の一点において時間を止めたとき、世界は存在するのか、大宇宙は存在するのか」という問い掛けをしているのです。
こうしてみると、人びとが「確固たる世界だ」と思っているものが、実は、根源なる仏の意念(いねん)、念いの、反映、投影にすぎないことが分かります。
すなわち、九次元世界、八次元世界、七次元世界、六次元世界、五次元世界、四次元世界、三次元世界といっても、それらの世界は、実は仏の意志がそれぞれの次元という”スクリーン”に投影されているだけなのです。「それらの世界は、いわば映画のスクリーンに映った景色や人物にしかすぎない」ということを知らなければなりません。
そのスクリーンに、如来たちが映ったり、菩薩たちが映ったり、六次元光明界の住人たちが映ったり、地獄界の姿が映ったりしますが、それはあくまでもスクリーンに映った姿であって、映写機から発せられる光を止めたときには、そうした世界は忽然と消えてなくなるのです。これが、宇宙を創っているものの真相です。
すなわち、「存在は、忽然として現われ、忽然として消えるごときものであり、仏の意念、仏の意志のみによって投影されているものである」という見方が、実は「無」の思想なのです。
「空」と「無」は非常に似た思想のようにも見えますが、その裏には時間論と空間論をふくんでいて、時間論から考えた思想が「空」であり、存在論、あるいは空間論から考えた思想が「無」です。「空」と「無」は、時間と空間、時間と存在を立脚点とした世界観だと考えてよいのです。
【大川隆法『釈迦の本心』第4章「空の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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62 視力や聴力が与えられて、人生がどれほど豊かになったことだろう。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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エル・カンターレ・大好き
