45 自分の欲を増大する方向で、いつも聞こえてくる霊の声は、悪霊の可能性が高い。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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「七」は勝利の日 「七」は目覚めの日 「七はあなたの生誕の日」
私たちは 主エル・カンターレ御降臨という
奇跡の時代に 仏弟子として 主と共に歩ませて
いただけますことを 心より感謝いたします
そして 主への報恩として
日本に 全世界に エル・カンターレ信仰を弘め
地球ユートピアを実現してまいります
私たちは これからも 仏弟子の使命である 伝道に邁進し
必ずや 「七の月」の「七の日」を
主の勝利の記念日とすることを お誓いいたします
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8月10日(日)~ 8月12日(火)まで、お盆の供養大祭を開催いたします。この期間、
ご家族やご親戚の「個人名」でも、「〇〇家」の先祖への供養でもお受けいただけます。
大宇宙の創造主 にして地球神 であられる 主エル・カンターレへの信仰のもと、縁ある諸霊の供養を行い、故人への伝道、最大の報恩の機会とします 。
【お盆の幸福供養】
○幸福供養 先祖供養……仏説・願文『先祖供養経』
※ご家族やご親戚の「個人名」でも、「〇〇家」の先祖への供養でもお受
けいただけます。
○個人供養……仏説・願文『先祖供養経』
※友人・知人など、縁ある故人への供養。
○水子供養……仏説・願文『愛児・水子供養経』
※四正道を説いても少し難しいと思われる小さなお子様への供養。
(参照:『仏説・願文「先祖供養経」講義』
※各1 万円目安。(学生 3 千円)
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『信仰の法』から第5章の「地球神への信仰とは何か」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、二〇一〇年十一月二日に、原題「エル・カンターレ信仰とは何か」として説かれた御法話です。エル・カンターレとは、「地球神」を認める信仰であることを明らかにしたうえで、新しい地球創世記の時代を生きる人間に対する信仰のあり方が説かれています。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き2000円】
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■『信仰の法』第5章「地球神への信仰とは何か」―新しい地球創世記の時代を生きる
1 エル・カンターレは「地球神」
○エル・カンターレ信仰とは、地球神の存在を認める信仰
はっきり述べると、エル・カンターレ信仰は、別な言葉で言えば、「地球神の存在を認める」という信仰です。
しかし、これについて明確には言わずに、「それを悟れ」ということを言っていたわけです。
もちろん、それには、教団の客観的な力の成長を待っている部分も多分にあります。
例えば、浄土真宗では、親鸞は「弟子ひとり持たず候(そうろう)」と言っていたのに、今では公称一千万人という大教団になっています。また、日蓮は自分を「法華経の行者」と言っていたのに、日蓮教団もまた、「数百万人の信徒を持っている」と言われる大教団になっています。
このように、宗教も時代を下れば大きくなり、信仰の形態も変わっていくものだろうと思います。
釈迦も、生前には「人間・釈迦」の部分が確かにあったのでしょうが、時代を下るにつれて、「人間・釈迦」ならぬ、「久遠実成の仏陀」としての信仰が立っていったと思われます。
したがって、「今、地上に下りている大川隆法を通じて、みなさんが、”現在進行形”で感じているエル・カンターレが、本当のエル・カンターレであるかどうか」ということには、まだ疑問とする余地はあるのです。
みなさんは、人間としての属性を持ったエル・カンターレを、ちょうど3D眼鏡をかけて見ているかのような状況にあります。しかし、後世の人たちから見たエル・カンターレは、みなさんが見ているエル・カンターレとは、おそらく違ったものになるであろうと想像されます。
そして、「どちらが本当であるか」ということであれば、おそらく、後世の人が見ているエル・カンターレ像が、本当のエル・カンターレに近いであろうと感じられるのです。
【大川隆法『信仰の法』第5章「地球神への信仰とは何か」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第七番目、最後の経文である『仏説・降魔経』についてです。
『正義の言葉「仏説・降魔経」』は、『仏説・正心法語』の最後を飾るお経であり、今までにない経文だと言われています。悪魔との対決についても、「幸福の科学」の基本教義として、明確に根本経典の中に入っています。それでは、引き続き経典『仏陀の証明』より主の御解説をご紹介いたします。
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〇降魔成道から伝道へ
こうして悪魔を撃退したのちに、仏陀は覚悟して言っています。
「みずから思いを制し、よく念い(注意)を確立し、国から国へと遍歴しよう。―教えを聞く人々を広く導きながら」
悪魔と対決し撃退したあと、「自分の心のなかに起きてくる思いをよく制し、また、仏道修行の念をきっちりと固めて、国から国へと遍歴しよう。教えを聞く人びとをひろく導きながら」「よく修行し、自分自身を統御しながら、人びとに教えを説いて、導いていこう」と、仏陀は言っているのです。
これをみると、「降魔と自己確立、さらには他の人々にも教えを広げることというのは一体だ」ということが、よくわかります。魔に勝ったその意志力でもって、また自分を固めながら、魔に蹂躙(じゅうりん)されている他の人々を導くのです。
この時すでに、「世間の人々であっても悪魔の軍勢を破り得ない。バラモン修行者たちも、もはや魔の手中にある」と言っています。「そのような火祀りをしていたところで、悪魔を撃退する力など何もありはしない。供養などできていない。私は知っている。世間の人々もまた魔の虜になっている。だから、この降魔をした後、それでよしとするのではなくて、さらに、人々に教えを弘めよう」としているのです。
このあたりを読むと、二千数百年の時空を超えて、ありありと情景がわかります。仏陀が悟っていたのがよくわかります。
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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現代においても、既存の伝統宗教である仏教やキリスト教等は、魂の存在を否定したり、転生輪廻を否定したり、唯物論に傾倒して、もはや救済力を失っています。こうした宗教界にも悪魔が巣くっていますし、主が在家時代、一流の商社マンであった時代にも、悪魔は、出家を念い止めるために、この世的な方法で惑わしを試みています。その信仰の試しを打ち破り真理の伝道に入った降魔成道を2600年の時を越えて主もご経験されています。
今世の主におかれても、2600年前の仏陀・釈尊やイエス様におかれましても、真理を自分以外の人に伝道をする直前に必ず、悪魔との対決に勝利をされています。
とても印象的です。
私たち弟子においても、レベルの差は天と地ほどありますが、これには例外はないのではないかと思います。
私たちにおいても、自らの隣人を救い助けようと伝道を開始するとき、立ちはだかるのは魔の存在ではないでしょうか。
その時に、問われるのは、私たちの信仰心です。
この世的な、三次元的な常識や、世間体や、世論や、他人の評価など、様々な壁が立ちはだかるときに、
私たちは、主への信仰を貫き通すことができるかどうか。私たちの信仰の試しは人生の途上に必ず訪れるのではないでしょうか。
その時に、心静かに、主と対面する時間を「正しき心の探求」を形にする精進としての日々の教学・反省・瞑想・祈りのなかで主に近づき、主と一体となる絶対時間をどれだけ取ることができるかが、信仰における人生の勝利の鍵ではないかと思います。信仰における凡事を徹底して、魔を降し、主の愛を広げましょう。
「降魔と自己確立、さらには他の人々にも教えを広げることというのは一体だ」という言葉が大変印象的でした。
そして、永遠の仏陀という論点では、本日の引用で大変印象的だったのが次の言葉でした。
「このように、宗教も時代を下れば大きくなり、信仰の形態も変わっていくものだろうと思います。
釈迦も、生前には「人間・釈迦」の部分が確かにあったのでしょうが、時代を下るにつれて、「人間・釈迦」ならぬ、「久遠実成の仏陀」としての信仰が立っていったと思われます。
したがって、「今、地上に下りている大川隆法を通じて、みなさんが、”現在進行形”で感じているエル・カンターレが、本当のエル・カンターレであるかどうか」ということには、まだ疑問とする余地はあるのです。
みなさんは、人間としての属性を持ったエル・カンターレを、ちょうど3D眼鏡をかけて見ているかのような状況にあります。しかし、後世の人たちから見たエル・カンターレは、みなさんが見ているエル・カンターレとは、おそらく違ったものになるであろうと想像されます。
そして、「どちらが本当であるか」ということであれば、おそらく、後世の人が見ているエル・カンターレ像が、本当のエル・カンターレに近いであろうと感じられるのです」
主への信仰を純粋化して、主を「人間・釈迦」の生まれ変わりとして見るのではなく、法身として『永遠の仏陀』として観る。そしてそれを伝える精進を本日も重ねてまいります。
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心の指針108 『道を求めて生きる』
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この世の世界、
この物質世界は、
欲望の渦巻く世界である。
地位、名誉、
権力、金、
異性をめぐる確執、
物質的な利便性、
あれもこれもと、
心に芽生えた欲望は、
とどまるところをしらない。
この世を生き抜くためには、
欲望や野望もある程度は必要だろう。
しかし、常に忘れてはならないことは、
心の調和であり、
道の完成である。
心の調和という言葉に、
消極性を感じとる人もいるだろう。
だが心を調和させるには、
強い意志、勇気、精進が必要なのだ。
穏やかな心の持つ真のパワーに、
まだ気がついていない人が多すぎる。
利己心、自己保存欲、
自分自身の身勝手さに打ち克ち、
常に内なる道を求め、
道の完成を一生の理想とするがよい。
心の指針を忘れてはなるまい。
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ここで、日本が1945年8月15日に敗戦を迎え、今日、戦後80年を超えるにあたり、過去の教訓を未来に生かす歴史観を経典『奇跡の法』第二章「繁栄への道」より学びます。本御法話は1997年3月7日宗教法人設立記念日講演として賜ったものです。『奇跡の法』は全国の書店・支部や精舎で購入できます。(税抜き1600円)
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■『奇跡の法』―第2章「繁栄への道」―過去の教訓を未来に生かす歴史観
2 明治以降の日本の歩み
○開国後の日本人の努力
先の戦争を考えるにあたっては、「明治以降の日本の歴史は暗黒史であり、犯罪と侵略の歴史であったのかどうか」という問題が関係すると思います。【※司馬遼太郎氏の司馬史観もこれにあたると考えられます】
そこで、開国から第二次世界大戦までの日本の歩みを簡単に振り返ってみましょう。
一八五三年、ベリーが四隻の黒船を率いて浦賀沖に現われ、日本に開国を迫りました。日本では、「ベリーは貿易などを要求した」とよく言われていますが、ベリーは日本が開国しなければ戦争をする覚悟で来ていたようで、宣戦布告文のようなものを日本に渡したそうです。
ある学者は、「アメリカの教科書には、『日本は二度、アメリカに降伏した。一回目はペリー来航のとき、二回目は第二次世界大戦のときである』と書かれている」ということを伝えています。
ペリーに大砲で脅されて開国した日本は、諸外国と不平等条約を結ぶはめになりました。その不平等条約を、平等なもの、互恵的【※相互に利益を与え合う関係や、協力関係を築き、それぞれが相手に見返りを与えること】なものに変えるために、明治以降の日本人は努力をしてきたのです。
当時、清国(中国)はアヘン戦争(一八四〇~一八四二)等に破れ、ヨーロッパ列強の植民地と化しつつありました。アヘン戦争に負けた清国がイギリスに割譲した香港は、一九九七年に中国へ返還されるまで、百五十年以上もイギリスに支配されたのです。
明治の日本人は「このままだと日本も占領されるだろう」と非常に焦り、富国強兵・殖産興業に励みました。その努力自体は、どう見ても、間違ったものであるとは思えません。よく努力したのではないかと思います。
【大川隆法『奇跡の法』第2章「繁栄への道」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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文責:蒲原宏史
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