(5/19-2)【阿羅漢への挑戦】139―48『仏陀再誕』を読む―教養の道―『解脱の言葉「仏説・八正道」』19正定【深き禅定から解脱へ】―『真説・八正道』「職業」と「真理」の問題を前面に打ち出す時期が来ている―『釈迦の本心』天国の思想

『仏陀再誕』

53 ある時、餓鬼霊の群れに出くわした。戦争ばかりやって、民衆を飢えさせた将軍が、ゾンビの大軍に食いちらかされているようだった。

【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。

三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。

そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。

引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
われらの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
われらを真なる幸福へと導きたまえ。』
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第五の経文である『解脱の言葉「仏説・八正道」』についてです。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』は、その名の通り、解脱に到るための道です。毎日読誦することで、心の浄化を図ることができます。禅定とは、本来、心静かに座禅して八正道を実習することであると教えていただいています。毎日、短い時間でも構いませんから、心静かに自分の心を見つめる時間をとってまいりましょう。

『解脱の言葉「仏説・八正道」』はこのように終わります。
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そして 第八に 『正定』なり
正見から
正念までを 振り返り
深き禅定に はいるなり
禅定 しだいに 完成し
この世の 一切の 束縛から
解き放たれた 魂は
自由自在の 境地なり
自由は 解脱の 心なり
平和は 涅槃の 境地なり
かくて 
八正道を 究めては
迷界より
悟界に渡す
船となせ
仏陀の 悟りを 船となし
彼岸に 向けて 進むべし

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Lastly, the eighth step is ‘right meditation’
Follow all the steps
From right view through to right will
And enter a deep meditative state
As you complete your meditation
Your soul is released
From all the bondage of this world
And attains total freedom
Freedom is emancipation from bondage
And peace is the state of mind, nirvana
So, follow the Eightfold Path
And make is a boat that carries you
From this world of delusion
To the world of enlightenment
Journeying on the boat
Of Buddha’s enlightenment
Steer in the direction of the other shore

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正定というのは独立してあるのではなく、最初の正見から七番目の正念までの全部が、実は正定に入るためのプロセス(過程)であり、準備作業なのです。これらをプロセスとして順番にやっていくうちに、だんだん深い禅定に入っていきます。

そして、禅定が深まってくると、魂は自由自在の境地に入ってきます。・・・

「解脱」というのは、要するに、縛られた体から自由になって、「大力量人」になることです。(※大力量人とは「修行によって勝れた力を発揮できるような人」『無門関』第二十則より出典)つまり、家庭や職場の人間関係などで、がんじがらめになった物質世界において、いろいろな規則やしがらみに縛られて、どうにもならないものを、バサッと切って、自由自在の境地になるのが、「解脱」なのです。

そして、その結果として現われてくる平和の境地、天国的な境地―それが「涅槃」なのです。

みなさんは、自分自身を振り返ってみても、いろいろなことで束縛されているはずです。いろいろな苦しみに束縛されていて、それは鉄の鎖のようだと思います。あるいは、船の錨(いかり)のような重さだと思います。

これを断ち切っていって、自由自在にならなければいけません。どのような身上であっても、どのような立場にあっても、自由自在に生ききる気持ち―そうした修行の心が大事なのです。

そうすれば、人生のいたるところで天国になります。「どの立場にあっても、それは、多くの人々を幸福にする仕事ができる立場なのだ。どこででも自分は磨けるのだ」―そう思っていると、幸福な毎日になります。・・・

『かくて 
八正道を 究めては
迷界より
悟界に渡す
船となせ
仏陀の 悟りを 船となし
彼岸に 向けて 進むべし』

迷いの世界から悟りの世界へ渡す舟としなさい、とあります。・・・

この世は此岸(しがん)、あの世は彼岸(ひがん)です。やがて、あの世の実相世界に向けて、三途の川を必ず渡らなくてはいけないわけですから、来るべき日を期して、常に悟りを深めて、迷界から悟界に渡ろうと思わなければいけません。

毎日、この八正道を行ずることによって、あの世に行ってから困ることは、まずないでしょう。そうした修行だということです。

日々、この八正道を実践してください。

【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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つづいて、経典「八正道の心」より抜粋をご紹介いたします。
この経典は、もともと会内経典でしたが、HSU開学を前に、一般書として書店でも頒布されている大変ありがたい経典です。お持ちでない方は是非拝受ください。【税抜き1500円】
主におかれましては、正念についてこのように教えていただいています。
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〇八正道の第八―「正定」
八正道の最後は「正定」です。
八正道は、最初の正見から論理的にどっとつながってきて、最後に正定が来るのです。

定については、またいろいろと教えることもたくさんあるのですが、基本的には、まず「心の平静」というものをつかむことが大事です。「平静な心は、それ自体で価値があるものだ」ということを知らなければ、仏教の初歩が分かっていないのと同じです。

心が波立っているかいないか、心が穏やかであるかないか、この区別もつかないようでは話になりませんが、現実の会社生活などにおいては、「心は波立っていないか。心は穏やかであるか」というようなことは、話題にもならないでしょうし、そういう話をされても、何のことを言っているのか、さっぱり分からないかもしれません。

ただ、近年、脳波について、アルファ波というもがずいぶん話題になっています。脳波には
アルファ波やベータ波があり、ベータ波は、雑念がわき、心が乱れているときに出て、アルファ波は、心が非常に穏やかなときに出るとされています。

「瞑想をしている人の脳波を機械で測ると、アルファ波が検出される」ということが分かっています。座禅中の禅僧の脳波を測ると、やはりアルファ波が出ており、「正しく定に入っていることが科学的に立証された」と言われています。

このアルファ波の状態というか、穏やかな状態に入ると、前述した「貪・瞋・癡」の心が薄れてきて、平明(へいめい)な心になってきます。

それは、穏やかで澄んだ湖面に満月がきれいに映るような、そういう状態の心であると言ってよいでしょう。

湖の上で風が吹いて、湖面が波立っていたら、満月はきちんと映りませんが、湖面が鏡のように穏やかになっていたら、満月はくっきりと映ります。真理というものを満月にたとえるならば、「心が澄み切って穏やかな状態でないと、真理を映すことができない」ということです。

そういう澄みきった穏やかな心を取り戻すことによって、この世の雑波動から逃れることができ、天上界との心の交流が始まるのです。

【大川隆法 『八正道の心』より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第5章「正業」
3仏法真理のなかの繁栄・発展【正業】
〇「職業」と「真理」の問題を前面に打ち出す時期が来ている

日本は今、アメリカという国に追いついてきていますが、かつては、「アメリカで流行っているものをまねすれば、十年後、日本がそうなる」と言われていました。今では、それもだんだん分かりにくくなってきている現状ではありますが、今後の日本の「ビジネス界」「宗教界」を取り巻く環境として、どういう環境が出てくるかと考えてみると、この両者をリンク(連結)させる理論は必ず出てこなければならないでしょう。当然、出てくるはずです。

それゆえに、私たちも、「幸福の原理」のなかの一つとして、「発展」という概念を明らかに打ち出しています。これを行けておかなければ、今後の社会の要請に応えることができないのです。

釈迦仏教のなかには、この「発展の概念」は、どちらかといえば欠けていたでしょう。「内面世界の発展」ということにとどまっていたかもしません。

しかしながら、環境自体がこれだけのダイナミックスを含んでいる現今において、内面世界の発展だけでは止まらない部分があります。
私たちがよく「この世とあの世を貫く幸福」という言葉でも言っているとおり、かつて「実在界」のみに存在した世界を、この「現実世界」にも同時に連動的に現す時期が来ているということなのです。

特に日本神道系にあっても、この点についてはそうとう努力をされてきたという感じがあります。戦後の日本の復興というものを見たときに、これは日本神道系の高級神霊たちのそうとうの力があったと思われるのです。

だた、もっと本質的な部分、根源的な部分から、この「職業」と「真理」という問題を前面に打ち出す時期が来たのではないかと思われます。

○「瞑想的生活」だけでなく、「発展・繁栄の原理」も真理である
私はこれまで、四千三百年前に生まれたギリシャのヘルメスについて語ってきましたが、ヘルメスの生涯を見れば、「こうした真理もあるのだな」ということが分かるでしょう。みなさんが今まで真理と思っていた、あの「瞑想的生活」だけではないという部分が明らかに出てきます。真理のなかには、「この世の発展・繁栄の原理」となるべきものが明確に含まれているのです。

実は、ヘルメスは、十七、十八、十九、二十世紀と近現代の世界で起きてきたことを四千年前にすでに先取りしていました。そうした原理が明らかに出ています。

貨幣経済をつくったのはヘルメスなのです。現在の為替に近いものまですでに発明しています。また、三国間貿易といったものも始めていましたしたし、そういう発想が出ていて、ギリシャおよび地中海世界を軍事的に支配するというのではなく、経済的な問題として、そういう関係をつくり、平和を生み出すという努力をしていたのです。

さらに、ヘルメスは、国連の原型にあたるようなものも考えだしています。そういうものの原型が、四千年以上まえにすでにあったのです。

こうした事実を知ったときに、みなさんは、「真理の根底には、そうとうしっかりした軸が埋まっている」ということを知るに至るでしょう。そして、おそらく、現実の社会、あるいは、ビジネスの世界というものを無視できないと感じるようになるだろうと思います。

それは、そうした社会を規律する法則を真理の方に向けていくことによって、より大きな力で世の中を変革していけるという場面が出てくるからです。

そういう意味で、単なる逃避だけでは済まない部分があるのです。

【大川隆法『真説・八正道』第5章「正業」173pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
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■『仏陀再誕』
第2章 叡智の言葉 
○教養の道

しかして、さらに次なることをも言っておこう。
この水路のたとえをさらに敷衍(ふえん)し、発展させておこう。
水路は、そのまわりに囲いを持っている。
その幅は、三〇センチであったり、五〇センチであったり、
一メートルであったり、さまざまであるが、
水を流すために、一定の幅があり、
一定の長さがあり、一定の障壁というものがある。
これは、一見、
他の人びとへの愛を拒んでいるようにも見えるかもしれない。
こうした壁があるということを、
人びとは批判し、それを非難することがあるかもしれない。
しかし、考えてもみなさい。

もし、水路があのようにまっすぐに走っていなければ、
どのようになるかを。
ポンプ小屋から自ら溢れるだけであったら、どのようになるかを。
まわりは水びたしとなり、一種の小さな洪水となるであろう。
そして、洪水となった結果が、
ほんとうに稲の穂を伸ばしてゆくことになるかどうかを、
考えてみなさい。
それは、そうではないであろう。
まだ生え揃(そろ)わぬ苗を水びたしにして、
そして、腐らせてしまうことにもなりかねまい。
私は、そう思う。

こうしてみると、
より多くの人びとに、まんべんなく愛を与えるためには、
人生の基礎工事が必要であるということを、
この水路は物語っているのだ。
その水路を引く途中においては、迷いがあるかもしれない。
この水路をつくってゆく工事の途中で、
他の人びとから批判があるかもしれない。
その批判は、おおかた次のようなことであるだろう。
「幅五〇センチの、
あるいは幅一メートルの水路をつくる田畑があるならば、
その土地があるならば、そこに稲を植え、そこに麦を植えたならば、
もっと多くの収穫を得ることができるのに」
と彼らは口ぐちに言うであろう。
しかし、あなたは黙々とその水路を掘り続けるであろう。
あなたが、水路を掘り続ける姿を見、
その水路を固め、そして、そこに水を流すための工事をしている時に、
あざ笑う人はいるだろう。
「バカなことをしている。あんな工事をしたところで、
そこから一粒の麦も、一粒の稲も実らないのに。
つまらないことに時間を費やしている。
つまらない工事に自己満足している」
そのように批判する人は必ず出てくるに違いない。

されども、自らの理想というものを疑ってはならない。
自らの理想を忘れてはならない。
たとえ、遠大な計画であったとしても、
その計画は必ずいつの日か達成されるのである。
目先のことにとらわれてはならない。
目先の利益にとらわれてはならない。
あるいは、あなたが偉大なる理想を持っているときに、
他の人びとの批判や中傷に怯(ひる)んではならない。
そういう批判や中傷に怯むことなく、
まっすぐ、まっすぐに水路をつくってゆかねばならない。
たとえ、その土地が無駄だと言われようとも。
たとえ、その工事が一粒の麦をも実らせないと言われたとしても。
徒労だと言われることがあったとしても。
あなたがたの人生の理想が、大いなる愛の供給にあるならば、
その工事作業をやめてはならない。
私は、そのように思う。
このように考えてみるならば、
あなたがたの中道の道というものも、
さほど容易なことではないだろう。
それは出来上がってしまい、成功してしまい、完成してしまうと、
「なるほど」と他の人びとを納得させるものではあるが、
その途中では、「何ゆえに」という言葉を数多く見るであろう。
「何ゆえに」という声を、数多く聞くことになるであろう。
それは、理想を理解できない人たちの言葉でもあるだろう。
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
私はこの水路のたとえで、あなたがたに何を話そうとしているか、
このことがわかるであろうか。
私のこのたとえの意味が分かるであろうか。

縁生の弟子たちよ。
私は、人間完成の道には数多くの学びが必要だと言っているのだ。
あなたがたは、教養を積みなさい。
教養の道を歩きなさい。
教養を身につけるということは、そう簡単なことではない。
それは、倦まずたゆまず努力をしつづけることを意味する。
教養を積んでいる途中で、
数多くの人から批判を受けることはあると思う。
「そんなことは役に立たない」と。
「そんなものは何のためにもならない」と。
そのように言われることが、必ずやあるであろう。
しかしながら、教養の道は遠大な道なのだ。
それは、あなたがたの魂の肥やしをつくってゆく道でもあり、
魂を育ててゆく道でもあるのだ。
今、自分は、
広大な土地に、一歩の水路を通そうとしているのだと思いなさい。
一本の水路を通すことによって、まわりのあれた土地を灌漑し、
それを田畑に変えてくことができるのだ。
この一本の水路を通す工事のことを、教養をつけるというのだ。
あなたがたが、人生に勝利し、多くの人びとを導いてゆくためには、
是が非とも数多くの知識を身につけ、数多くの経験を積み、
そしてそれらを教養にまで高めねばならないと思う。
我は、一片の知識をかき集めることをもって、
それで教養と呼ばない。
知識は教養をつくってゆくための力になることは事実だ。
しかしながら、知識は愛を経て教養になるのだ。
知識は、愛という触媒を得てはじめて教養になるのだ。
ということを私は言っておきたい。
その知識が、何のための知識であるかということが大事であるのだ。
その知識が、あなたがたが自己をてらい、
他の人びとに、
自らをえらい人間であると思わせるためだけの知識であるならば、
それは、決して教養となることはないであろう。
しかし、その知識は、
あなたがたが他の人びとを利し、
他の人びとを生かそうという思いのなかにある時に、
あなたの人格のなかにくい込み、
あなたの人格を太らせ、あなたの人格を力あらしめるであろう。
すなわち、教養への道は、
知識に愛が触媒として加わって、
そして自らの智慧となった時、
それが教養そのものの道となるのである。

人びとよ、このことを疑ってはならない。
よいか、これより後、
あなたがたの目の前に広がる広大な土地のなかの一部分を、
自分の教養のためにとっておきなさい、と私は言っているのだ。
あなたがたのうちの、あなたがたの一日の時間のうちの一定の時間を、
一か月の時間のうちの一定の時間を、
一年の時間のうちの一定の時間を、
教養を身につけるために割(さ)きなさい。
それは、決して無駄にはならぬ。
他の多くの人びとを生かすための、土木工事となるであろう。
そう言っているのだ。

しかして、この教養をつける道にとって、
いちばんよいものは何であるか。
教養のなかの教養、真の教養とは、やはり永遠の仏法真理である。
私は、そう思う。
あなたがたの教養のなかの中心に、仏法真理というものを据えなさい。
仏法真理を、中心としなさい。
仏の教えを、その教養の中核としなさい。
そして、これを知り、これを学ぶことを通して、
この世的なる数多くの知識というものを、
もう一度、学びなおしてみなさい。
もう一度、研究してみなさい。
また、あなたが過去得た経験を、もう一度、検討してみなさい。
あなたが過去得た数多くの経験のなかから、
ダイヤモンドのごとく光るものがあるならば、
叡智の片鱗があるならば、
これを取り出して自らの飾りとしなさい。
あなたがたが、これから学ぼうとするもののなかに、
仏法真理を匂わせるものがあったならば、
仏法真理を感じさせるものがあったならば、
むさぼるがごとく、
それを吸収してゆきなさい。
それを学んでおきなさい。
すなわち、教養への道は、
仏法真理を中心として、そのまわりに、
数多くの発明や発見や
工夫という名の人類の遺産をはべらせることなのだ。
数多くの人が、数多くの発見をしてきたであろう。
数多くの人が、数多くの工夫をしてきたであろう。
数多くの人が、数多くの思想をつくってきたであろう。
数多くの人が、数多くの意見を言ってきたであろう。
それらすべてのものを仏法真理という名のふるいにかけて、
そして、そのふるいを通ったものを自らの糧としてゆきなさい。
それが、教養を積んでゆくために、ひじょうによいことであるのだ。

【大川隆法『仏陀再誕』第2章「叡智の言葉」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第5章 縁起の法
8 天国の思想
それでは、「天国の思想」を仏教ではどのようにとらえているのでしょうか。

仏教においては、天国は大きく三つに分かれています。一つ目は「人間界」です。これは善人が行く世界です。二つ目は「天界」です。これは、人間としてかなりの修行を積み、光り輝いた人が行く世界です。その上に、三つ目として、「仏界」という仏神の世界があります。これが天国についての仏教的な認識です。

ただ、実際は、天国といわれる世界も、さまざまな要素によって、さらに細かく分けられており、非常に精妙で緻密な区別のある世界となっています。四次元、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元と称する世界も、実はもっと細かく分かれているのです。

なぜなら、あの世は意識の世界であるため、意識に微妙なずれがあると、住む世界が分けられてしまうからです。ひと口に天国といっても、その内容はまさに千差万別なのです。

ただ、大まかに言うならば、天国という世界には、ある程度、人間としての善性に目覚めた人びとの住む「五次元善人界」、社会的にもある程度の成功を収めながら、心のなかに善なるものを有している人びとが住む「六次元光明界」、その上には、人間離れした天人の世界、天使の世界である、「七次元菩薩界」および「八次元如来界」があります。

仏教では天人の世界を明確に肯定し、さらに天人にもさまざまな人がいることを説いています。天国にはさまざまな職業を持った天人たちがいることを明確に説きえた点が、仏教の特色の一つにもなっていると思います。

あの世はこの世の延長であり、この世で生きていた人が死んであの世に還るのですから、あの世の世界がこの世とそれほど違っているはずはありません。地上の人間に仕事があるように、あの世の人間にもいくつかの役割があって、それぞれの仕事を遂行しているのです。

【大川隆法『釈迦の本心』第5章「縁起の法」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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53 両手があって、物がつかめることすら、幸福なのだ。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
エル・カンターレ・大好き

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