7 仏教では、地獄も、仏法真理、因果の理法が張り巡らされていると考えるのだ。
8 善因善果、悪因悪果は、この世で実現するほうがよい。それが完結しない世の中となると、地獄界が増大する。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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■何を祈るべきか
「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―
このように祈ることが大事です。
【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、教典『心眼を開く』より、霊界の裏側の世界についての学びを深めてまいります。
本経典の霊指導は、天御祖神であると言われています。大切な教えですので、教典をお持ちでない方は是非拝受ください。全国の書店・支部・精舎でお求めいただけます。【税抜1500円】
「やや宗教的な面を強く出し、天狗、仙人、妖怪、妖魔の世界にも言及し、日本で「宗教」と思われているもののなかに、世界宗教としての仏教やキリスト教の奥にある考えとの相違があることを示した。いずれにしても、心の清らかさから、物事の真実を見極める、幸福の科学の立場を説明していると思う。」―「まえがき」より―
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■『心眼を開く』第2章「心眼を開く②」
2 霊的な眼が開けてきたときの注意点
〇心の眼が開いて憑いているものが視えると、人が極端化して見える
ただ、人の表情というものは不思議なもので、変化していきます。その人がのめり込んでいること、あるいは虜になっていること、夢中になっていること等によって外見が変化してくるので、本当に気をつけなければいけないのです。
例えば、麻薬の常習者は、やはり顔に出てきます。目がトロンとしてきたり、口の周りの雰囲気など、何となく、「麻薬、覚醒剤をやっているのではないか」という感じが出てくるのです。暴力的な人にも、そういうオーラが出ていることはあります。
そして、本当に心の眼が開け、霊眼が開けるところまで行ってしまうと、それぞれの人に憑いているものまで見えてくるようになります。そうなると、もっと極端化して人が見えるようになります。
例えば、外見上、いくら美人に見えても、腰や腰の周りから、狐の尻尾のようなものがユサユサと揺れていたりすると、ちょっと、これはたまらないなと思います。
普通は、美人と一緒に話をしたら楽しいでしょう、そういうお店もたくさんあると思うのですが、ちょっと、たまらない感じは出てくるはずです。
取り憑いているものは、狐系の妖魔かもしれませんし、その他の動物霊かもしれません。あとは蛇系のものも多いのです。こういうものが取り憑いていると、やはり、近くにいてあまり気持ちのよいものではありません。
それ以外に、家族のうちで亡くなった人とか、友人や親戚で亡くなった人とか、職業上で円があった方で亡くなった人とか、こうした人が取り憑いたりしていると、本人も体が少し重い感じがするはずです。こういう人と会うと、「うわっ、これはちょっと大変だな」と思います。
霊眼が開いていると、話をしているうちに、そういうものの姿がだんだん見えてくるわけですが、自分のほうに移動してくる場合もあるので、「これは、ちょっとたまらない」という感じにはなるのです。
映画「心霊喫茶『エクストラ』の秘密―The Real
Exorcist―」でれば、最初の出だしのところで、主人公のサユリが霊感体質になってしまい、いろいろなものがかかってきて、「頭が痛い」「耳鳴りがする」「人に憑いている、いろいろなものが視えてしまう」ということで苦しんでいるシーンが出てきますが、霊的に目が開ける前は、そういう状態がけっこう出てくる場合が多いのです。
【大川隆法『心眼を開く』第2章「心眼を開く②」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第1章「序論」
3反省の出発点とは
〇まず「神仏の創られた世界のなかに生きている自分」を知る
「人間が神仏によって創られ、永遠の目的の下に生きている」という事実は、議論を許さない事実なのです。議論を許さない事実であるからこそ、これは「信じる」以外に手はないのです。信ずるということは、「一躍(いちやく)受け入れる」ということ、「握ってしまう」ということであって、それ以外には許されないわけです。
まず、これを始めることによって一つの契約が生じます。これが西洋的に言えば「神との契約」です。ここから本当に、「学ぶ」ということが始まってくるのです。
私は、幸福の科学において、仏法真理の「探究・学習・伝道」という三段階の方法論を説いていますが、これは決して「自然科学者のような探究」「顕微鏡で細菌を見ているような探究」を言っているのではありません。あるいは、「自分の都合のよいことは信じて、そうでないものは信じない」というようなことを教えているのではないのです。
根本において、まず、確固とした、「神仏の創られた世界のなかに生きているという土台」を認識するところから始まるのであって、そのあと、その神仏の世界のなかにおける、さまざまな仏法真理の探究や学習があるのだということです。「この根本を満たしていない者は、まず、仏法真理探究の世界に入ることは許されない。学ぶことが許されない。学ぶことが許される前提条件は神仏を信じることである」ということを知らなければなりません。
〇「仏法真理の道」に入る人に求められる心構えとは
私は、安っぽい意味において、信仰心を言うつもりはまったくありませんが、今、説いたような意味における信仰心がない人には、「幸福の科学の仏法真理を学んでいる。修行している」などと言っていただきたくないのです。単なる活字の情報として得て、それに目を通しているだけで済むと思ったら大間違いです。「仏法真理の探究」と自認するならば、「そうした確固たる土台の下にそれをなすのである」と、覚悟を決めていただきたいのです。
真実、今、探究者として立とうとしている人は、非常に厳しい立場にあるということを知らなければなりません。それは妥協を許されない立場です。今、私たちは、真に「神仏の姿」を知ろうとしているからです。また、神仏の子である自分自身の本当の姿を知ろうとしているからです。これは、まさしく生死の断崖絶壁の所に立たされているのと同じなのです。
決して”禅宗的なこと”を言うつもりはありませんが、「今、そうした気持ちでなければ、本当の意味で仏法真理を知ることはできない。悟りの道に入ることはできない」ということを言っておきたいのです。
安易な気持ちで、「仏法真理の道」に入ってはなりません。安易な気持ちでこの道に入ろうとする人は、いち早く引き返してください。「本当に仏法真理を学ぶ」という意味において仏弟子になる気がある人は、それだけの覚悟をしていただきたいのです。
そして、「真に神仏を信じる」ということをスタート点として、学習に入っていただきたいと思います。この段階がクリアできない人は、まだ「情報」として仏法真理を学ぶ程度で要でしょう。あるいは、出ている本に目を通すだけでよいでしょう。そうした別な在り方もあると思います。
【大川隆法『真説・八正道』第1章「序論」37p】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第1章 目覚めよ
〇仏陀との誓いを成就せよ
あなたがたは知らねばならない。
仏陀の念いを。
仏陀の願いを。
それは、
この地上に生きている衆生一切を救うということであるのだ。
人々を一人残らず救うことであるのだ。
今世のみならず、来世の人々をも、
また、おくれて地上に生まれてくる人々をも、
救わんとすることが、
仏陀の願いであるのだ。
さすれば、仏弟子たちよ。
あなたがたの使命は、おのずと明らかであろう。
この道を共に歩む以外にないではないか。
その道を歩んでゆくために、
あなたがたには、
あなたがたの糧として、教えが説かれるのだ。
その教えは、あなたがたの魂の糧なのだ。
その教えを食べているかぎり、
あなたがたが道に倒れることはないのだ。
その教えを、魂の肥やしとし、糧として生きてゆくかぎり、
無限の力がわいてくるのだ。
無限の情熱がわいてくるのだ。
仏より流れ出すところの、一切の教えを、学ぼうと誓え。
仏より流れ出すところの、一切の真理を、学びつくそうとせよ。
そうであってこそ、
あなたがたは無限の力を得ることができるのだ。
遠き道を歩んでゆかんとするならば、
この力を身につけよ。
魂の糧を、一つ残らず、食べ尽くすのだ。
そして、永き道のりを、共に歩いてゆくのだ。
あなたがたは、
一切の衆生を済度(さいど)せんとして、
地上に降りたのである。
一切の不幸を地上からなくすために、
この地に、この時代に、生れ落ちたのである。
さすれば、仏陀との誓いを成就せよ。
仏と仏の弟子とが誓いしことは、
必ず成就されるのだ。
目覚めよ、目覚めよ。
強くあれ、強くあれ。
信じよ、信じよ。
道は開ける。
その道を、うまずたゆまず歩いてゆくのだ。
私は、あなたがたと共にある。
私があなたがたを背負って歩いているということを、
忘れてはならない。
【第一章「目覚めよ」完 合掌】
【大川隆法『永遠の仏陀』第一章「目覚めよ」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第1章 菩提樹下の悟り
7 心の調和
こうして、ゴータマは「布施」を受ける決意をしました。そして、毎日、一定の時間、托鉢(たくはつ)に出ることに決めました。居住場所はウルヴェーラの森(といっても、木が涼しい影をつくっているぐらいの林ですが)だったのですが、一日のうち、早朝と夕方の二回、托鉢に出て、人びとの家を回り、心からの布施を遠慮なく受けることにしたのです。
布施を受けることに決めたとたん、ゴータマは心に一つの調和が生じるのを感じました。
それまでは、何ごとも「自分が、自分が」と思い、自分ひとりで解決しようとして、「食べ物の調達であろうが、何であろうが、すべて自分でやるのだ。他人の世話は受けない」と考えていました。
しかし、そうした心は強く締めた琵琶の弦のようなものだと考え、「中ほどでよいのだ。生活能力のない自分であるならば、力まず、見えを張らず、『食欲がない』などと自分をごまかしたりせず、修行者として人びとの布施を乞おう」と決めたのです。
当時のインドでは、「出家者たちに施しをすることは、天の蔵に宝を積むことだ」と言われていたので、信仰深いインドの人びとにとって、布施をすることは一つの習慣であり、功徳を積むための在家修行でもありました。そうした事情もあって、ゴータマは快く布施を受ける決意をし、残りの時間を使って、一生懸命、「悟りを得る」ということに打ち込むことにしたのです。
「自分が、自分が」という気張り、緊張した思いが去ったことによって、自分の顔に一つの余裕が生まれてきたことを、ゴータマは感じました。顔に笑みが戻って来たのです。そして、肋骨が透けて見えるような身体(からだ)にも肉が戻り、次第に力がみなぎってきました。
そして、「いままでの自分が、いかに弱気で消極的であり、否定的な思いに囚(とら)われていたか」ということを知り、また、「生きていくことに余裕が出てくると、いろいろな人のことがよく見えるものだな」ということを感じたのです。
結局、このとき、ゴーダマは次のように思ったのです。
「多くの人びとの生き方を見て、彼らに対して参考になる意見が述べられるような自分となりたい。また、自分自身に対しても的確な判断が下せるようになりたい。
そして、この世界や人生の意味を知り、多くの修行者たちが求めている悟りというものが名何であるかを実感してみたい。悟りたる者としての仏陀とは何か。仏陀の境涯とはいったい何か。それを体得してみたい」
やがてゴータマは旅に出ます。「古い生活と決別し、新たな道を開いていけ」という声が、心のなかから聞こえてきたような気がしたからです。
「布施に頼って生きていく以上、どこにいても困ることはない。いままでは、食するための木の実や草の根があるところで生活していたが、これからは布施を受けて生きていく以上、そうしたことを気にしなくてよいだろう。思うがままに世界を見、思うがままに人の心に触れ、悟りを深めていこう」
こう考えて旅に出たのです。そして何日かたち、ガヤーという町につきました。
【大川隆法『釈迦の本心』第1章「菩提樹下の悟り」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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2 置き去りにしてきた記憶を想起しよう。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き
