(9/17-2) 【阿羅漢への挑戦】260―78『仏陀再誕』を読む―大宇宙の大霊への感謝―「独立する精神の軌跡」経済と思いの関係―『真説・八正道』自己実現に当たり、念いを神のほうにしっかりと向ける―『漏尽通力』知の本質

『仏陀再誕』

85 日本の妖怪で多出するものに「狐」がある。性格には「妖狐(ようこ)」というべきかもしれない。山林の開発や環境整備、「電車」「自動車」「携帯」「スマホ」などの普及とともに、目撃例、体験例ともに急速に減少している。動物としての狐、狸も、その実数を減らしているだろう。

【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】
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■何を祈るべきか

「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―

このように祈ることが大事です。

【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、主のマインド・セットである人生観に迫るべく『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』より第二章の「独立する精神の軌跡」を共に学びます。この経典は現在、会内経典にて頒布されている『若き日のエル・カンターレ』【※旧題「平凡からの出発」】の講義としていただいたものです。会内経典『若き日のエル・カンターレ』は1万円目安で、全国の支部や精舎にて拝受可能です。是非拝受ください。これから共に学ぶ『人を愛し、人を生かし、人を許せ』は全国の書店、支部や精舎にて購入いただけますので、ぜひこの機会にお求めください。とても重要な教えが詰まっています。【税抜1500円】
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■『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』第2部「独立する精神の軌跡」
二 独立する精神
3 仏法真理と経済
①経済と思いの関係

第2章では「経済的感覚」についてもふれています。

宗教的なものを求める人には、この経済的感覚でつまずく人が多いのです。

精神的に貧乏性になっていると、現実にも貧乏になっていきます。心の世界で貧乏になっていると、それが現実になるのです。

お金を持つことは悪いことだという罪悪感を持っている人は、指のあいだから、お金がすり抜けていきます。そのため、たまにお金が入っても、持っていられなくて、全部ばらまいてしまいます。

人にはそれぞれ、持てる金額の範囲があるのです。気が小さくて、十万円までしか持てない人がいます。それ以上持つと、「スリに取られるのではないか。どこかで落とすのではないか。かけごとに手を出すのではないか」と、安心できない人がいるのです。財布に二千円以上は絶対に持てないという人もいます。

あるいは、「投機的なことに手を出すおそれがあるので、ある一定額以上の貯金を持つと危ない」と考える人もいます。

このように、一定額以上のお金を持つと不安になったり、罪悪感を持ってしまたりする人がいるのですが、こうした人にはお金が貯まりません。

お金が貯まらないどころか、マイナスになって初めて安心できる人もいます。常に借金があると安心する人が何割かいて、「このお金を返すまでは死ねない」と、借金をてこにして働いているのです。

現象が現われる前には、思いが必ず先にあるので、まず思いを点検してみてください【※思いの先行性】。経済的な面には、経済的な面には、その人の精神傾向が非常にはっきり出てきます。

お金を持つことに罪悪感を持っている人は、必ず貧乏になっていきます。

そうした人は、お金がもうかりすぎると、「こんなことで人生をまっとうできるはずがない。これは何かの間違いだ」と思っているうちに、事故を起こすなどして、結局、得たお金を失ってしまいます。お金が貯まっても、それは長く持てないのです。

そうならないためには、豊かさに応じたユートピア計画を持つことが必要です。「豊かになったならば、こうしたことにお金を使っていきたい」という絵を、心のなかに持つのです。

夫婦と子供をあわせた程度の、小さな範囲の経済ばかりを考えていると、小さなところで終わるでしょう。しかし、「もっと豊かになったならば、こう展開していきたい」と思い、使い途(みち)を心なかに描いて、それに納得できていると、お金が貯まっても不自然でなくなるのです。

これは笑い事ではありません。経済問題で悩みが絶えない人がいるはずです。

胃腸が弱いのは、実はお金がないためであることもあります。あるいは、「支払いができない」「手形が落ちない」といったことが、不眠症の原因だという場合には、薬を飲んでも治りません。しかし、きちんと支払いができれば治るのです。やはり、根本を変えることが大切なのです。

【大川隆法『人を愛し、人を生かし、人を許せ。』第2部「独立する精神の軌跡」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第8章「正念」
7「待ちの間」の蓄積
〇自己実現に当たり、念いを神のほうにしっかりと向ける

先ほどの家の例(p271~276を参照)は、霊的自己実現ということを非常に明確に示しています。

まず、最初に、理念として「こういうものが与えられる」ということが降りてきます。そして、それが地上に落ちてくる過程で、だんだんに具体化していきます。溶岩のように流動化して流れていたものが、固まってき始めるのです。

その際に、岩のようなものが現れてきます。これは地上の人間の、いわゆる評判の悪い「自由意志」というものです。これによって邪魔が入り、そして、溶岩の流れが変わることもあります。

それでも、結果的には固まっていくわけですが、最初の理念が、そのとおりか、あるいは何らかの違ったかたちになって固まっていくことになるのです。
そして、その人の念いが神のほうにしっかりと向いていれば、もっとよいかたちで出てきます。念いが足りなければ、多少悪いぐらいで出てくるかもしれません。こういうものです。

【大川隆法『真説・八正道』第8章「正念」277pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1989年7月に説かれました『仏陀再誕』を振り返ります。
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■『仏陀再誕』
第7章 信仰と仏国土建設への道 
○大宇宙の大霊への感謝

それゆえに、あなたがたの信仰の第一の方向は、
大宇宙を統べるこの仏に向けられなければならない。
大宇宙を統べる大霊意識に向けられなければならない。
ただ、こうした大宇宙大霊は、人格を持ったものではないがために、
あなたがたの願いを聴き入れたり、
あなたがたの悩みに答えたりするような存在ではない。
それは、ちょうどあの太陽のように、
あなたがたに、愛と光とエネルギーを与えきりの仏である。
それゆえに、こうした窮極(きゅうきょく)の仏に対しては、
あなたがたは感謝という名の信仰でもって応(こた)えなさい。
日々を感謝で生きることだ。
大宇宙を創り、森羅万象を生かしている、
その養(やしな)いの主(ぬし)たる仏に対し、
大宇宙大霊に対して感謝を捧げること、
これが地上で生きている人間の使命とも言えるものだと、
私は思う。

○高級霊への畏敬(いけい)
さて、しかし、具体的にあなたがたを教え、指導し、そして愛し、
あなたがたの悩みに答えている霊として
高度に発達した高級霊がある。
その内容について、いろいろと学んだことがあるだろう。
この高級霊が多様な姿で現れることは、
当然と言えば当然と言ってよい。
それは、現代の人びとが見聞した限りにおいても、
世界各地に、時代を超え、地域を超えた、
偉大な人格者が住んでいるように、
実在界における高級霊は、数多くその名をとどめている。
もちろん、そうした高級霊であっても、
そのいる場所において違いがある。
窮極(きゅうきょく)に近い、仏に近い存在があれば、
一方、比較的人間に近い存在もある。

そのように、その存在相応に次元というものが違っている。
生活する場所が違っている。
その違いを認めなければならないと思う。
ただ、そうした違いは違いとして厳然としてありはするが、
どうしても否定できないものとして、
これらの神々とも言われる高級霊たちが、
優れたる者であるということだ。
この優れたる者である彼らは、いや彼らの叡智は、
たとえ地上にどのような知恵者がいたとしても、
とうてい到達することができないものである。
そのように思わなければならない。
それゆえに、まず敬意を表せ、まず尊敬の念を持て。
それが、当然の礼儀である。
そのように思うのだ。

窮極の大宇宙の大霊に対しては、感謝を持って信仰とせよと語ったが、
こうした高級霊たちに対しても、感謝はもとよりのこと、
礼儀を持って信仰の作法とすべきである。
この礼儀とは何であるか。
それは恐れ敬うという気持だ。
畏(かしこ)み念(おも)うという気持だ。
畏み念うという気持だ。
次元の高き者、徳高き者、
指導力富み、愛富み、慈悲富んだる者に対する畏敬の念、
これだけは、忘れてはならない。
この地上においても、身分が違うものであるならば、
直接会って話をすることは難しいであろう。
同じように、この地上を遥かに去った世界においても、
もっともっと、地上の人間の魂修行を超えた存在があるのだ。
そうした存在に対しては、一様に礼儀を尽くさねばならない。
私はそのように思う。

それは、一つのルールであるからだ。
それは、人格大霊といわれる方がたが、
地上の人間たちの、かつての魂の親でもあるからだ。
魂の親であり、また魂の教師であったからだ。
そうした魂の教師に対して、深く深く感謝をいたさねばならない。
魂の教師たちの仕事は、今世のみに限られることではない。
過去、幾転生を繰り返すなかで、魂の教師たちは、
あなたがたに確実にいろいろなことを教えてきたのだ。
魂の教師たちが、いろいろなことをあなたがたに教えてきたがために、
あなたがたは現在、幸福に生きている。
あなたがたは現在、道を過たずに生きている。
また、あなたがたが現在、信仰深く生きることができるのも、
過去幾転生の過程のなかで、
こうした高級霊たちが、あなたがたを導いてきたからだ。
その導きに対して、心より敬意を表さねばならない。
私は、そのように思う。

【大川隆法『仏陀再誕』第7章「信仰と仏国土建設への道」より抜粋】
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続いて、地上への執着と煩悩を断つ修行法として『漏尽通力』を共に学びます。
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■『漏尽通力』
第5章 仏法真理と学習
2 知の本質

学習ということに関して、「知」、いわゆる「知力」ということについて話をしてみたいと思います。言葉を換えるならば、「知の本質とはいったい何か」ということです。

現代の日本、および他の先進諸国においては、「知を磨く」ということに関して、そうとうの努力を払っていると思います。そうとうの犠牲を払っていると思います。子供たちの大部分は二十年近い間、知を磨くための学習環境に置かれます。遅い人でも小学校に上がるころから大学を卒業するまで、言ってみれば十六年ぐらいになりましょうか。早い人であれば、保育園、幼稚園というところからスタートします。ほぼ二十年に近い間、学習期間があるわけです。この間に、「知を磨く」という努力を義務づけられているわけです。

こうして教育というものを施されているわけですが、教育の目的そのものは、分かっているようで意外に分かっていないところがあります。「人格を陶冶(とうや)し、社会に貢献できる人物をつくるため」という言葉が、よく教育の目的として掲げられるわけですが、これは、必ずしも教育の本質そのものを見抜いているとは言いがたい面があります。

教育の本質とは、結局のところ、「知を伸ばす」というところにあります。あるいは、「知の本質を探究する」ということでもありましょう。「知」というのは、人間が頭脳労働によって「つくり出したるもの」、あるいは「つくり出しうるもの」です。

古来、ソクラテス以来、「知を愛する」ということが人間の本質であるように言われてきました。「動物たちは『知を愛する』ということがない。しかし、人間は、知を愛することができる。その点において、動物と人間とは違うのである」、このように言われてきたのだろうと思うし、実際にそういうことはあるわけです。

動物たちの知というものを見たとき、確かに、動物園で飼育された動物が、ある程度の芸当をするということはあるかもしれません。ただ、それ自体は教え込まれてそうなったということであって、さらに、その応用可能性というものを見れば、非常に少ないということが言えると思います。

ところが、教育によって与えられた人間の知はそのまま、そのものズバリを使うというのではなく、それが「応用可能性、発展可能性を持っている」ということができるのではないかと思います。この応用可能性、発展可能性というところに、人間としての知の本質があると思うのです。

高校時代や大学時代に、地理や歴史を教わったからといって、また、それを暗記したからといって、どうこうなるものではありませんが、そうしたものを学んだことによって、まず思考の材料が与えられます。そして、その材料を組み立てたあとに、さらなる思考の構築ができるわけです。このあたりが大事なことなのです。

結局、教育によって発見される知、掘り出される知というのは、そうした思考の材料としての知であるということが言えると思います。

このように、人間は「どのように知的に物事を考えられるか」、別な言葉で言えば、「抽象空間、あるいは、哲学空間を持っているかどうか」によって、人間の人間らしさが測られると言えるわけです。「思弁的に考える」という言葉で言ってもよいかと思います。

人間には理解できる範囲に限界がありますが、単に自然語といいますか、「鳩」とか、「豆」とか、「赤ちゃん」とか、「汽車」とか、「飛行機」といった目に見える物体でもって指す言葉、指示語を理解するのと、そうした目に見えるものではない抽象的な言葉を理解できるのとでは、やはり、段階に差があるわけです。

その抽象的な言葉の代表として挙げられるのが、「神」や「仏」というような言葉ではないでしょうか。あいるは、「霊」というような言葉ではないでしょうか。こうした言葉は見ることができないものなので、抽象的に理解するしかありません。ただ、「抽象的な理解をどの程度できるかによって、その人の霊性が測られる」という面があると思うのです。

こういう意味において、例えば、芸術作品、文学作品というようなものでも味わいに開きがあると思います。単にストーリーだけを追っているようなものもあれば、そのなかに、詩としての余韻があるものもあるでしょう。あるいは「世界の名作」といわれるようなものは、たいてい思想性があります。そのなかに、作者の思想というものが入っています。

これに反して、非常に技術的、事務的な書物というものもあります。計算の方法だけを教える本や、税務面での指導方法だけを教える本、あるいは、科学的な方面であっても単に実験の記号式ばかりを追っているような書物もあると思います。こうしたもの自体は、「魂に対して何らの影響も与えない」と言えば語弊がありますが、「大きな増進作用はない」と言えましょう。

しかし、人間の生き方そのものに与える影響を持つ書物というのは、何らかそこに「核」「向上心」「人間を向上させるもの」があるとも言えると思います。

このように、知の本質のなかには、非常に抽象的なる面、思弁的なる面があって、「それが可能であればあるほど、その人の霊的な部分が高まっている」ということができるかもしれません。ただ、学者たちのように抽象的な言葉ばかりをあげつらって、実質論がない人たちは、また、あるところで”Uターンを描いて、曲線が元に戻ってくる”と思います。そうした現象もありますが、たいていの場合は、どれだけ高尚・高邁(こうまい)な理論、議論ができるかでもって、その人の魂の向上度が測られることになるわけです。

【大川隆法 『漏尽通力』第5章「仏法真理と学習」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
 ―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。

そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。

私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。

そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。

私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。

①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】

②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】

③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】

④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】

⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】

⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】

私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。

主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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22 自分より優れた人が、たくさんいてくれたから、この社会は繁栄したのだと思おう。 
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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エル・カンターレ・大好き

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