(8/17-1)【基礎教学通信】229【8月17日】幸福の科学入門9「愛の原理」―「因果応報」「心の針」を、どの方向に向けているか―『黄金の法』栄光のゴールへ

幸福の科学入門

76 あの世の世界は、神の目から見て「公平」であり、あの世まで「平等」にしてはいけない。

【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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「七」は勝利の日 「七」は目覚めの日 「七はあなたの生誕の日」
私たちは 主エル・カンターレ御降臨という
奇跡の時代に 仏弟子として 主と共に歩ませて
いただけますことを 心より感謝いたします

そして 主への報恩として 
日本に 全世界に エル・カンターレ信仰を弘め
地球ユートピアを実現してまいります

私たちは これからも 仏弟子の使命である 伝道に邁進し
必ずや 「七の月」の「七の日」を
主の勝利の記念日とすることを お誓いいたします

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8月23日(日)は13時より全国仏法真理学検定試験です。
本試験は、一年に一回、エル・カンターレ信仰を深め、 
仏法真理の知識をどこまで獲得できたか、自らの精進を確認するためのものです。「正しき心の探究」を具体化するための仏法真理の学習によって、主の法に基づいた救世活動を展開するための基礎力を身に着けることができます。こうした水面下の努力を継続していくことが 
、光あふれる伝道へとつながっていきます 。これを機会に、いっそう教学を深め、 仏法真理を自らの魂の糧とし、 
伝道力の向上につなげてまいりましょう。

根本仏が下生された時代に生まれ、数多くの法を学べること自体が奇跡です。一冊一冊 、 
丁寧に仏法真理を学び、信仰・伝道・植福における異次元パワーを引いてまいりましょう。

8月30日(日)音楽祭「響感2025―主なる神を愛する―」が名古屋正心館を本会場に全国の支部・拠点にて14時より衛星中継されます。

今回の音楽祭では、映画『影を売る女』公開前のお誘い・伝道の機会として、映画の内容がより深まる「本当の成功とは何か」について、映画のメインテーマ・挿入歌や、楽曲「主なる神を讃える歌」「天御祖神の夢」「夢人間」「遥かなる異邦人」等を中心に、主の楽曲歌唱・経典の朗読等を交えてお届けいたします。

主なる神は、全ての人を愛しています。その愛のために生まれた美しい天上の界の調べを是非、ご体感下さい。皆様のご来館をお待ち申しあげています。

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仏の願いを成就せよ。仏の願いとは、一つだ。一切の衆生を救いたいと念う心であり、縁ありて集いたる一切の衆生に、仏法真理を学び尽くしてほしいという願いなのだ。

この宝の山を、ごちそうの山を、一人ひとりに届けたいということなのだ。これが仏の本願である。この本願を遂行することが、弟子としての最高の使命である 

【『 永遠の仏陀 』第3章 より抜粋】
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8月に入り、お盆という霊的な季節を迎えるにあたり、皆様とともに「永遠の生命」についてともに考える機会を持ちたいと思います。経典『復活の法』第4章「因果応報」を学びます。この法話の英語タイトルは「As 
You Sow, So Shall You Reap【蒔いた種は、刈り取らねばならない】」となっています。 
経典『復活の法』をお持ちでない方は、全国の書店・支部・精舎で購入可能です。この機会にぜひ拝受ください。【税抜き1800円】
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■『復活の法』―第4章「因果応報」―人生を「前世・現世・来世」で捉える
2 現世の生き方が来世につながる
○「心の針」を、どの方向に向けているか

三世の因果が現実に成り立つためには、肉体を離れた自分というものが、どこかになければなりません。過去世の自分は、いまの自分の肉体と同じではなく、また、来世の自分も、いまの自分の肉体と同じものではないので、肉体を離れた自己認識というものが、どこかになければならないのです。

そして、自分のカルマ(業)、魂の傾向性には、肉体に宿ったために盲目となり、霊的な意味がわからないまま、あることを反復して行ったり思ったりして形成してきたものが多いと言えます。

走っている電車は、急に止まろうとして運転手がブレーキをかけても、慣性の法則というものが働いているため、急には止まれません。

それと同じように、ある人が、数十年の人生において、一定の傾向を持ち、繰り返し何かをなしているときには、その傾向自体は、すぐにはなくならないのです。必ず、あとあとへと尾を引くことになります。

ここで思い出されるのは、天台大師智顗が説いた「十界互具(じっかいごぐ)」や「一念三千」という教えです。

十界互具とは、天上界の最も上の心境から地獄界の最下層の心境までを十通りに分けて、「その十通りの心境を、上は仏から、下は真っ逆様に地獄に堕ちた人まで、全員が具(そな)えている。誰もが、心のなかに、そういう機能自体を持っている。しかし、もともと持っている機能が、どういう表れ方をするかは、人によって違ってくる」という考え方です。

すなわち、「確かに、すごい怒りに包まれた人の心は地獄に通じている。しかし、菩薩や仏は、心のなかに、怒るという機能をもっていないかというと、そうではなく、やはり、そういう機能自体は持っている」と考えるのです。

この世に生まれた菩薩や如来自体は食欲がないかというと、そんなことはありません。また、断食修業をしたからといって、食欲自体がなくなるわけでもありません。

人間であるかぎり、作用としては同じものを、基本的に、すべての人が持っているのです。

しかし、「心の世界から観た人間には三千もの種類がある」という一念三千の教えのとおり、「心のあり方を、どのように調整していくか。心の針を、主として、どの方向に向けているか。これによって人間は違ってくるのだ」ということです。

ラジオという装置においては、電波を上手に受信できなければ、きれいな音楽が放送されていても、その音楽は、きれいには聞こえませんが、心についても、「きれいな音楽が聞こえるか、雑音が入るか、それは心のあり方によるのだ。装置そのものが違うわけではないが、心のあり方によって、そのように違いが生じるのだ」というように考えるのが天台智顗の思想なのです。

これは、ある意味で、本当だと思います。「仏は仏、菩薩は菩薩、阿羅漢は阿羅漢、地獄の鬼は鬼」という具合に、それ一つだけの心で固まっているかというと、そうではありません。いろいろな心の可能性を、すべて持っていながら、「どの部分が最も強く出ているか」ということによって、それぞれの悟りの段階が定義されているとみてよいのです。

【大川隆法『復活の法』―第4章「因果応報」より抜粋】
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さて、ここからは、幸福の科学の基本書3部作『黄金の法』を通して、エル・カンターレの歴史観を共に学んでまいります。『黄金の法』は、光の菩薩たちが主の悲願である地上仏国土ユートピア建設のためにどのような活躍をなしたのかを記すものです。神の計画を、光の天使・菩薩たちはどのように実行したのか、その一端を学びます。経典をお持ちでない方は、是非この機会に拝受ください。【税抜2000円】
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『黄金の法』第1章 黄金の人生を創る
9 栄光のゴールへ

かくして、あなたがたは、黄金の人生を創るための栄光のゴールに近づいてきたと言えます。黄金の人生とは、まばゆいばかりに金色に輝いている人生です。それは、光そのものなのです。

人間として生まれて来る前に、それぞれの人が属していた霊層、次元世界というものは、もちろんあります。しかし、母の胎内に宿り、赤ん坊として生まれたときは、だれもが平等なのです。つまり、スタートラインは同じだと言えます。人間が、すべて過去世の記憶を忘れてしまうことは、各人の魂修行を平等のスタートラインから始めさせるための仏の配慮なのです。

たとえば、過去世にミケランジェロ、あるいは、レオナルド・ダ・ヴィンチとして生きたことを記憶している子供がいるとしましょう。しかし、その子の人生は、はたして、それで幸福でしょうか。その子供が、過去世同様に、芸術家として生きることを今世の使命として持っているとしても、それを知っているということは、必ずしも幸せな少年時代を意味しないのです。やはり、他の少年と同じように、クレヨンで、下手な牛や馬の絵を描いて、小学校の先生に手直しされているぐらいでよいのではないでしょうか。やがて、長ずるに従って、自分の才能に気づき、芸術家への道を歩んでゆく。そのほうが、その魂としては、はなるかに磨きをかけることができるのです。

イエス・キリストも、処女マリアから生まれる必要はなかったのです。最初から、他の子供と違ったような、いかにも救世主然とした生まれ方をする必然性など何もありません。また、釈迦がマーヤー夫人(ぶにん)の脇の下から生れ落ちる必要もないのです。たとえ救世主であったとしても、普通の子供として、他の子供と一緒に遊び、かつ学んでゆくなかで、人生への疑問を持ち、その答えを求めて修行をしてゆくうちに、真実の生き方に気づき、やがて、悟りを開き、世の人々を救ってゆく。それでよいのです。それでこそ、本物だと言えるのではないでしょうか。

同じスタートラインに立って走り始める。しかし、やがては、レースのリーダーとなる。そういう人であって初めて、優れた指導者と言えるのではないでしょうか。指導者となるべき人が、他の人々よりも百メートルも先のスタートラインに立って、スタートを切る。そして、「後に続く者たちよ。おれについて来い」と言っていたのでは、だれもがやる気をなくしてしまうでしょう。

栄光のゴールに到達するために、もっとも大切なことは、努力なのです。努力なくして偉人になるということは、まず、ありえないと考えるべきなのです。どのように偉大な人物であっても、やはり、同じスタートを切って偉大になってゆくのです。人間の偉大さは、その心の広さであり、その志の高さにあります。そして、そのためにこそ、さまざまな人生経験があるのです。あなたがたが、この地上で目標とすべき生き方は、いかに仏の側(そば)近き人間になるかということなのです。それ以外のゴールはないのです。

その「仏の側近き人間」というのが、自分の生まれ育った環境、教育、思想、信条、習慣、能力、才能に応じて、違った像となってゆくのです。仏からは、七色の光が放射しているように、仏近きさまざまな人間像があってこそ、ほんものだと言えるのです。ですから、自分にとって、どのように生きることが、あるいは、どのように完成してゆくことが、真実、「仏の側近き人間」になることを意味するのか。その点を、ひとりひとりの人間が、真剣に考えてゆかなくてはならないのです。

人生を有限なものととらえ、人間は死ねば終わりなのだと考える人にとっては、いろいろな考え方も可能でしょう。しかし、人間の本質は、不滅の魂であり、永遠の生命体であると信ずるものにとっては、人生とは、より仏に近づいてゆくための階梯(かいてい)でしかないのです。

そして、それは、信じる信じないといった自由裁量の問題ではありません。実在界があり、人間が永遠の旅人であることは、疑いのない真実なのです。すなわち、真に栄光のゴールを目指すか、草鞋(わらじ)のようにすり切れて終わるかなのです。

【大川隆法『黄金の法』第1章「黄金の人生をつくる」より抜粋】
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さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとしている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。以下2003年に発刊されました主の著書である、経典『幸福の法』の第四章「幸福の科学入門」を引用しながら、幸福の科学の基本教義を学んでまいります。経典をお持ちでない方は、この機会に拝受ください。【税抜1800円】
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〇「愛の原理」
・愛の原理が広がれば世界は平和になる
愛の原理は、「『奪う愛』をやめて、『与える愛』に生きなさい」ということであり、これを守るだけでも入れるのですから、ありがたいことです。

ただ、「与える愛」の実践に智慧が足りないと、失敗することもあります。人を甘やかして堕落させたり、悪いことをしている人をほめて、それを助長したりすることも、たまにあるので、そういう局面が出てきたら、智慧を使わなければいけません。

そういう意味で、智慧を使って、ときとぎ、心ならずも叱らなくてはいけないときがあります。厳しい面、厳しい父親のような面を見せて、導かなくてはいけないところもあります。そういう生かす愛も勉強しなくてはいけないでしょう。

ただ、生かす愛が強くなると、善悪の目がかなりはっきり出てきますが、善悪を分けすぎると、本来の仏の心から少し離れるところもあります。それを超えていくものは、やはり、許す愛なのです。生きとし生けるものに対する深い慈悲の心、これで超えていけるのです。

さらには、「自分の今生での数十年、あるいは百年の人生を、最大限の光として遺したい。多くの人に光を与えたい。闇夜の法灯のように、できるだけ光を照らしたい。港にある灯台の光のように、できるだけ遠くまで光を届けたい」という気持ちを持たなくてはいけません。

そういう愛の発展段階があるということを、修行者はみな、心の中に銘記しておかなくてはならないのです。

しかし、現実には、最初の出発点からつまずくでしょう。「存在の愛の実践をしよう」と思っても、夫婦げんかや親子げんか、兄弟げんか、友達とのけんか、職場での上司とのぶつかり合い、同僚の嫉妬など、いろいろなものがあって、うまくいかないものです。

したがって、「この段階が終わったから、自分の修行は終わった」というようなものではないのです。いつも原点はここにあり、くり返しくり返しで出くるものであって、常に点検し、修行しなくてはいけないものなのです。

これが愛の原点です。ここだけでも押さえていただければ、世界は平和になりますし、もう一つ、キリスト教の愛の教えに足りない部分を補うことができます。キリスト教では、愛の教えが説かれていながら、足りないものがあるため、争いが絶えません。そこへ、仏教的な部分を加味した愛の教えが入り、慈悲の教えに転嫁すると、争いがやんでいくところがあります。
したがって、当会の愛の教えが世界に広がるだけでも、人類はかなり幸福になると思います。

【大川隆法『幸福の法』第4章「幸福の科学入門」 より抜粋】
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続いて『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理」より抜粋します。
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〇人間関係をよくするには一円も要らない
「足りないところだけを見て、それを求め続けた場合、幸福になれる人間はいないのだ」ということを、まず悟らなくてはいけません。

すでに多くのものを与えられているのです。それに感謝することから出発すると、人はお返しをしなければいけなくなり、お返しの人生になります。実を言うと、お返しの人生においては、不幸になる道がありません。自分がお返しの人生に入ったときには、不幸はないのです。

これも、完璧に百パーセントのお返しができるわけではないのですが、一パーセントお返しできたら一パーセントだけ幸福になり、十パーセントお返しできたら十パーセント幸福になり、五十パーセントできたら五十パーセント幸福、九十パーセントできたら九十パーセント幸福になります。

そのため、人を愛するほう、人に与えるほうに思いを切り替えたならば、その「観の転回」をすることによって、結局、人生において不幸が消えていくのです。むしろ、それは幸福の創造なのです。

したがって、他の人の幸福を自分の幸福としている人ほど幸福な人はいないのです。「他の人の幸福を自分の不幸とする」というような人は、なかなか幸福になれません。「少しでも、他の人がよくなると、それが自分の幸福と思う」という人が、実は幸福的メンタリティー(心的傾向)を持っている人なのです。

「奪う愛」の苦しみは、たいてい、人間関係を中心としての欲求不満であり、それは、「自分は与えられていない」ということから来る不満だと思います。しかし、そういうものは、いくら求めても、ますます蟻地獄となっていく道なのだということを知らなければいけません。

その思いを捨てて、自分が認められているところについて感謝し、自分が他の人に求めていたことよりも、自分が他の人にしてあげていなかったことのほうを考えることです。・・・

したがって、他の人の立場に立って、相手から与えられていないことよりも自分自身が相手に与えていないこと、なしていないことのほうを考え、それに対して深い反省をし、行動することです。これが幸福への道です。

長年、夫婦で連れ添っていても、自分の妻、あるいは夫が、一生懸命、努力したことに対して、ほめ言葉ひとつ与えない人がいます。なぜ、そのようなことに躊躇(ちゅうちょ)するのでしょうか。それをするには一円も要らないのです。・・・

人間関係をよくするには、基本的に、お金は一円も要りません。まったく要らないのです。単に心の態度を変え、口を開くぐらいです。少しエネルギーをつかうので、エネルギーが一キロカロリーぐらい減るかもしれませんが、それほどたいしたことでありません。

人は、自分に対して言われた悪い言葉は何十年も覚えているものですが、ほめ言葉も、また覚えているものです。少し怒られても、十年間ぐらい覚えているし、少しほめられても、十年間ぐらい、ほめられた気になっているものです。しかし、その言葉は、ほんとうは、ほんの一瞬のものなのです。その一瞬の効果は大きいわけです。

人間関係を良好にし、幸福な方向へ導くには、一円のお金も要らないし、汗水たらして努力する必要もないのです。必要なのは、心の態度を変えること、そして、具体的な、ささやかな好意を示してあげることです。それが大事です。

世の中の人の苦しみを見ると、ほとんどは、この「奪う愛」のところの苦しみなのです。「欲しい、欲しい」と思って苦しんでいるので、「欲しい」と思うことをやめて、「どうしたら人に与えることができるか」ということを考えてください。その時点で、すでに悩みは消えています。これも悟りの一転語です。

【大川隆法『幸福の法』第3章「人間を幸福にする四つの原理」より抜粋】
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幸福の科学の教えの第一は「愛」です。
そして、「愛は人から奪うものではなく、愛は人に与えるもの」として教えていただいています。

本日の御教えでは、
愛の原理は、「『奪う愛』をやめて、『与える愛』に生きなさい」ということでした。生かす愛には、厳しい父親のように厳しさの中にある教導の愛があることを教えていただきました。そして

『ただ、生かす愛が強くなると、善悪の目がかなりはっきり出てきますが、善悪を分けすぎると、本来の仏の心から少し離れるところもあります。それを超えていくものは、やはり、許す愛なのです。生きとし生けるものに対する深い慈悲の心、これで超えていけるのです』

愛には、愛を与えきり見返りを求めない「愛する愛」、愛を遠くまで広げために、知恵をもって愛を与える「生かす愛」、そして、愛は許しであるという慈悲としての「許す愛」。愛には、この三段階の発展段階がありますが、主はこのように教えていただいています。

『したがって、「この段階が終わったから、自分の修行は終わった」というようなものではないのです。いつも原点はここにあり、くり返しくり返しで出くるものであって、常に点検し、修行しなくてはいけないものなのです。これが愛の原点です。ここだけでも押さえていただければ、世界は平和になります』

この言葉がとても印象的でした。愛の原点を抑えれば、この教えを世界に広げるだけでも世界は平和になると教えていただいています。現在のロシアとウクライナにおける戦争の問題も、そもそもキリスト教文化同士の争いであり、お互いがお互いを理解できないという愛の欠如が問題になっています。愛の修行と実践には終わりがないことを学びました。

また、本日の引用では、
『したがって、他の人の立場に立って、相手から与えられていないことよりも自分自身が相手に与えていないこと、なしていないことのほうを考え、それに対して深い反省をし、行動することです。これが幸福への道です』

幸福への道としての教えと、

『世の中の人の苦しみを見ると、ほとんどは、この「奪う愛」のところの苦しみなのです。「欲しい、欲しい」と思って苦しんでいるので、「欲しい」と思うことをやめて、「どうしたら人に与えることができるか」ということを考えてください。その時点で、すでに悩みは消えています。これも悟りの一転語です』

「奪う愛」から「与える愛」への一転語がとても感動的でした。

この世のすべては「愛」と「慈悲」です。現在の混沌とするパレスチナの問題も根底に得るのは、愛の問題であり、人間が神の慈悲を見失っていることが原因です。世界平和のために、主の愛をどこまでも遠くへ広げてまいりましょう。

人生の問題集のほとんどは「愛」の問題であると痛感します。私たちも勇気を出して、奪う側から与える側への一大変革を人生で成し遂げてまいりましょう。
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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文責:蒲原宏史 

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