31 「善人」のフリをしている妖怪は、その人が見ていないところで、「へッ」と舌を出している。
【大川隆法『妖怪にならないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。
三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。
そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。
引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
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■何を祈るべきか
「この地球の一員としての自分、
宇宙の一員としての自分、
この自分に与えられた使命を、
全うさせてください。
そして、願わくば、自らに縁のある人々に、
一筋の光明をお与えください。
一握りの愛を与えさせてください。
人々が幸福に生きられるように、
この世においても、
そして、この世を去った世界においても、
幸福に生きられますように」―
このように祈ることが大事です。
【大川隆法『祈りと希望』p61 より抜粋】
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はじめに、『常勝思考』の教えを通して、「人生には敗北はないのだ」という主の熱いメッセージを受け取ります。経典をお持ちでない方は、全国の支部や精舎、書店にてお求めください。【税抜き1500円】本書アフリカなど外国おいて、教科書の副読本としても使われています。
「本書には、読者の方がたに、よきリーダーとなり、人びとを導いていける存在になってほしい―という願いが込められています。すなわち、「常勝思考」(常に勝ち続ける思考)とは、成功からも失敗からも教訓を学びとり、人びとを導いていける人間へと成長していくための方法論であり、そのいみでは、光明思想と反省の両方を織り込んだ「全天候型」の運命開拓法なのです」―新版への「まえがき」より
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■『常勝思考』第2部「光明転回の理論」
7 他人の評価は相対的なもの
みなさんのなかには、自分の肉体について劣等感を持っている人は多いでしょう。「自分の肉体は完璧だ」と思っている人は、あまりいないと思います。あのマリリン・モンローでさえ、本人は、「私は背が低い」と思っていたといいます。誰でもみな、それほど肉体が完璧ではないはずです。肉体的劣等感をあまり考えてもしょうがないのです。
サラリーマン社会では、「『あなたは二枚目ですね』とほめられれば出世しない」と、よくいわれています。「『二枚目ですね』とほめられた瞬間、もう終わりだ」といわれます。出世する人間は、もちろん仕事ができるために、それだけでも周りは腹が立つのに、さらに二枚目でもあれば、もっと腹が立ってしまうでしょう。そうすると、当然、周りから嫉妬されることになります。そして、蹴落とられるか、あるいは引きずり下ろされます。だから出世できないのです。
それでは、二枚目であって仕事ができない場合には出世するかといえば、出世するはずがありません。それで出世するのは、顔でいける世界だけです。そうした世界では出世するかもしれませんが、サラリーマン社会などでは、仕事が出来なければ、二枚目であっても出世するはずがありません。なぜなら、女性のファン投票で役職が選ばれるわけではないからです。結局、二枚目だとサラリーマン社会では出世できないのです。残念ながら、第一印象はあまり”かっこよくない”ほうが出世するのです。
みなさんは、現に悩んでいることを紙に書き出そうと思えば、いくつか出るでしょう。肉体的なものも精神的なものも、たぶんあるでしょう。でも、それはたいていの場合、せいぜい二十か三十ぐらいではないでしょうか。百も二百も書ければ”天才”です。一度、肉体の欠陥を百、精神の欠陥、心の欠陥を百、書ければ描いてみてください。書ければ大したものです。そして、「しかし、ほんとうにそうなのか」ということを考えてほしいのです。
女性であれば、「自分は色気がない」ということで悩んでいる人もいるはずです。それでは、色気がないということが、ほんとうにそれほどマイナスかといえば、そうでもないのです。色気がありすぎて入社試験で落ちている人は、いくらでもいます。「どんな学生時代を送ったんだろうか」と思われ、採用から外れている人がたくさんいます。逆に、「色気がないから」ということで合格している人はたくさんいます。そうしたものです。もしミス・ユニバースのような人が受けてきたならば、「入社して一ヵ月以内に必ず問題が起きる。だから採れない」と、人事部の面接で落とすことが多いのです。”そこそこ”でいいのです。そこに無限の成長の可能性が出てくるのです。
したがって、「これがマイナス要因だ」と自分で勝手に決めつけていることがあるでしょうが、ほんとうにそうかどうかを、よく考えていただきたいのです。「現在、自分が悩みだと思っているものに、ほんとうは何か違ったプラス面があるのではないか」ということを考えてみることです。そして、そのプラス面が見えたならば、そこでひとつ、努力してみる必要があるのではないでしょうか。
【大川隆法 『常勝思考』第2部「光明転回の理論」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、教典『真説・八正道』より反省の本質を学びます。妖怪性からの脱却をはかり、「反省からの発展」さらに「中道からの発展」を目指しましょう。
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■『真説・八正道』第3章「正思」
6「正思」のための三つのチェックポイント
したがって、「正思」の探究においては、前節で挙げた三つの点について、その思いをチェックすればよいということになります。【※①素直さ ②自助努力 ③謙虚さ】
正しい思いというものを一覧表にして考えるのは非常に難しいことですが、真に神仏に近づいていくための心構えとして、「素直さ」「自助努力」「謙虚さ」というものが必要だとするならば、これに反する思いが「正思」を妨げているというように考えてもよいわけです。
①「素直さ」を妨げるもの―自我の殻
では、第一に挙げた「素直さ」を阻害しているものはいったい何でしょうか。素直に取り組もうとする姿勢、教えを受け、学び、向上していこうとする素直な気持ちを阻害するものは何であるか、ということについて考えてみる必要があります。
そこに出てくるものは、自分が過去何十年かの間につくってきた、”殻”です。「自我の殻」がこれを妨げるのです。それまでに自分が「よし」と思って生きていた、「これでいい」と思って生きてきた生き方のなかに、自分を枠に入れている”殻”が何か付いているのです。この”殻”の部分が、自分を素直になることを妨げているのです。
それゆえに、まず、「自分は自分固有の匂い、見方、生き方といったもので、なんらかの”殻”をつくってはいないかどうか」ということを点検しなければなりません。これも、反省においては非常に大事な点です。
過去の自分の生き方を見てみると、おそらく、普通の人と違った部分、特殊な部分があるでしょう。その特殊な部分については、プラス評価できる面とマイナス評価となる面の両方があるでしょう。いずれにせよ、そうした特殊な部分があったということ自体が、すなわち、自分のものの考え方、生き方において、何らかの”殻”をつくっていることは間違いないと思ってよいのです。
したがって、過去の自分を振り返るときに、最初に取りかかるとよいことは、それまでの三十年、四十年、五十年、六十年の人生のなかで、自分と他の人とを比べてみて、いちばん変わっていたところはどこであったかを点検することです。
いちばん変わっていたところはどこであったか、その生き方がどのように自分に方向付けをしているかを考えてみると、思い当たることは必ずあります。もし、その生き方がマイナスの生き方であって、それを自力によって克服してきたとしても、それなりのものを必ずつくっているはずです。
それには、いろいろなものがあると思います。
〇肉体的なハンディがある場合
例えば、肉体的なハンディというものがあるでしょう。普通の人とは違うような肉体的ハンディがあった人もいるでしょう。それを克服しようと努力してきたかもしれないし、克服に失敗したかもしれません。どちらかは分かりませんが、その格闘の過程において、何らかの”殻”をつくっているのは間違いないと思います。これも一つの例であります。
〇家庭環境が極端に裕福だったり、貧しかったりする場合
また、別なものとしては、家庭環境が良すぎるがゆえにできる”殻”もあるでしょう。あまりにも家柄がよすぎる、両親が立派過ぎる、あるいは家が裕福すぎといったことゆえにできている”殻”もあります。
その逆に、貧しすぎるがゆえの”殻”もあるでしょう。貧乏ということを味わいすぎたゆえに、心がそこから抜け出せないというような”殻”もあります。
〇肉親にかかわる不幸があった場合
さらには、幼少時における両親の不幸ということもあるかもしません。片方の親が亡くなったり両方とも亡くなったり、あるいは離婚したり再婚したり、いろいろなことで不幸があったかもしれませんが、こうした特異な事件は、必ずその人の心に何かを投げかけています。
〇才能や勉学、学歴等に偏りがある場合
それから、才能の面でも同じことが言えます。
ある面において非常に突出した才能を持っている場合、そこにはおそらく光と影の両面が出ているでしょう。
例えば、学校の勉強ができるというところだけが突出した人にも、もちろん、プラスとマイナスの両方があるはずです。プラスの面としては、それを生かしていろいろな知識職業、知的職業をこなしていけるところがあるでしょうが、その一方では、人間関係において、いろいろなデコボコや、ギクシャクをつくってきていることがあります。ともすれば、暗く引っ込み思案の性格になったり、他の人々のことを本当にはよく思わないような性格をつくったり、人間嫌いの性格をつくったりしていることもあります。
反対に、学歴不足に悩んでいる人もいるでしょう。そのなかには、劣等感だけで生きている人もいれば、「劣等感の克服のために、これだけやってきたんだ」と頑張っている人もいるでしょうが、いずれにせよ、少なくとも何らかの”殻”はつくっているわけです。
したがって、真実の自己と出会うためには、まず、そういった”殻”の部分を見破らなければなりません。
〇自分の「特殊事情」を言い訳にしない
そして、素直な心になるためには、この”殻”の部分を取らなければならないです。さまざまな過去のいきさつ、自分の特殊事情というものを取り去らなければ、本当に真実の心で神仏と対面することはできません。「私は、こういう特殊事情があったために、こうなったのです」という言い訳をしているうちは、いつまでも、決して心を素直にすることはできないのです。決して心を開くことはできないのです。自分になりの特殊事情、言い訳というものを、まず取らなければなりません。これを取らないかぎり、絶対に「正しい思い」などできないのです。
ですから、まずは、誰にも必ずある”殻”を取ることです。プラスもマイナスも含めて、この”殻”の部分が自分に与えていた影響を取り去り、素直な、純粋な人間としての自分を、もう一度考えてみる必要があるのです。素直な、純粋な人間としての自分を、もう一度考えてみる必要があるのです。ここを経なければ、真実の自分というものは決して分かりません。
【大川隆法『真説・八正道』第3章「正思」111pより抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
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■『永遠の仏陀』
第5章 永遠の仏陀
〇仏は法なり、仏は教えなり
くり返し、おまえたちに告げる。
このわが教えは、
単に、おまえたちの心を救うがためにのみ、
説かれているのではない。
この教えを本として、全宇宙は統べられているのだ。
この教えを実現すべく、
人類の過去・現在・未来があり、
人類なき過去にも、
この教えは厳然としてあり、
人類なき未来にも、
また、あるであろうということを。
私は明言しておく。
このわが説く法は、
人間の出現に先立ち、
人間の消滅におくれて、
なおもあるものである。
教えとは、姿を変えたる仏そのものであるということを、
おまえたちは知らなくてはならない。
わが教えを読むは、仏を見ると同じなのである。
仏を知らんと欲せば、わが教えを見よ。
その教えこそが、姿形なき仏の実体なのである。
おまえたちは、空を見上げて、仏を見んとするか。
おまえたちは、目を閉じて、仏を見んとするか。
おまえたちは、想像のなかで、仏を見んとするか。
それとも、
おまえたちは、霊的なる目を開いて、仏の姿を見んとするか。
いずれの試みも、虚しく終わるであろう。
そう、真実の仏とは、姿形なきものである。
真実の仏とは、
この地上を超えた実在世界にある高級霊の姿をとった、
その霊的実在でもない。
その霊的実在を超えたものが、真実の仏であり、
真実の仏の姿は、教えに表れているのだ。
よくよく聴くがよい。
手で仏をさわらんとして、目で仏の姿を見んとし、
その体の大きさに合わせて仏を測ろうとする者たちよ。
仏とは、
おまえたちの五官によって捉えられるものではない。
おまえたちの想像するようなものではない。
仏とは、法であり、
仏とは、教えであるのだ。
わが説く、この法こそが、
わが説く、この教えこそが、
仏の実体の本質であるのだ。
わが教えを学ぶ時、
おまえたちは仏の姿を見たのである。
わが教えを聴く時、
おまえたちは仏の声を聴いたのである。
わが教えを理解する時、
おまえたちは仏の心を理解したのである。
くり返し、くり返し、言う。
仏とは、姿形なきもの。
仏とは、人間を超えたるもの。
しかして、霊を超えたるものでもある。
仏とは、人間的なる感覚を超越し、
この宇宙を統べるところの、
教えそのものとなっている存在なのだ。
おまえたちは、
その手にしているページの一枚、一枚に、
仏の姿を見ているのである。
仏とは、何であるかを知りたくば、
わが説く教えを、深く深く、理解せんとせよ。
そこに、
仏とは何であるかという、その問いに対する答えが、
明らかに現れてくるであろう。
【大川隆法『永遠の仏陀』第5章「永遠の仏陀」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
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■『釈迦の本心』
第4章 空の思想
2 生と死の意味
次に、仏教における「生と死」の意味、死生観を考えてみましょう。
当時のインドは、戦乱が続き、隣国がいつ攻めてくるか分からない時代だったので、人びと自分の生命がどうなるかわからない状況にありました。釈迦が育った城であるカピラヴァストゥも、やがて滅び去りました。釈迦という九次元大霊が出ても、みずからが育った国や、そこに住む人びとを守りえなかったのです。そうした無常の世の中でした。
当時、「生」を保つというものは、戦に勝つことを意味していました。生きていくためには他を犠牲にしなければならず、他を打ち倒してでも生きていく意欲のある者だけが生き残り、そうでないものは死んでいくしかありませんでした。無力であること、平和主義者であることは、すなわち「死」を意味したのです。
そうした世の中であったため、「生」への虚しさと、死後の世界へのあこがれが蔓延したとしても、不思議はないかもしれません。当時においては「生」はむしろ否定され、嫌われる傾向にあったと言えます。
実際、仏道を求める人びとのなかにも、地上で仏になろうと思うのではなく、来世における幸福を願う人が多かったことは事実です。「今世は苦しみの連続だったが、せめて来世では幸福な世界に還りたい」と願う風潮が強かったのです。
それゆえに、釈迦の思想のかなにも、来世への福音がかなり盛り込まれていました。「生」そのもののなかに、醜さや見苦しさ、悲しさがつきまとう時代には、来世への信仰を説く必要もあったのです。
これも一つの方便であることは事実です。当時の人びとに死後の世界へのあこがれを持たせることは、一時的な麻酔剤にすぎなかったかもしれませんが、地上の人々の心を、一時期、どうしようもない悩みや苦しみから遊離させるという点において、非常に役に立った面もあるのです。
【大川隆法『釈迦の本心』第四章「空の思想」より抜粋】
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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69 歩けるだけではない。足の指で絵を画く人もいる。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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TEL:0596-31-1777
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エル・カンターレ・大好き
