33 氷多きに水多し。多くの間違いが、多くの救い道具を作る。
【大川隆法 箴言集『人格への言葉』より抜粋】
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7月7日は70周年を迎えます。主の御生誕日です。
この聖なる日に向けて、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
本日7/5(日)から7/7(火)まで、「御生誕祭」を開催させていただきます。7/5(日)~7/7(火)は、連日13
時より、別格本山・聖地エル・カンターレ生誕館を本会場として、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催させていただきます。伊勢支部では7/11日まで御生誕祭を開催いたします。皆様万難を排してご参集ください。
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さて、ここからは、主の御教えを世界へと広げるために、教典『大川隆法
東京ドーム講演集』から第1章の「信仰の勝利」を共に振り返ってまいります。主におかれましては、一九九一年七月十五日に、東京ドーム第一回大講演にて「エル・カンターレ宣言」をなされました。この聖なる日を魂のなかに刻印して、主とともに全人類救済の旅立ちの一里塚を私たち仏弟子は超えてきました。信仰の名の下に勝利以外の結果はないことを全世界に知らしめた主の救世の獅子吼です。経典をお持ちでない方は、支部や精舎、全国の書店でお求めください。仏弟子必携の一書です。【税抜き1800円】
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■『大川隆法 東京ドーム講演集』第1章「信仰の勝利」
5 法を弘めるは弟子にあり
今後、ノストラダムス以下の予言者たちの戦慄の啓示を、
この予言を外れさせるか否かは、あなたがたの活動にかかっている。(※1991年当時)
そのすべてを変えることは、おそらくはできまい。
それはもう、変えることができないところまで来てはいる。
しかしながら、いかなるかたちによって、その恐怖の予言が成就するかは、
まだ変更の余地があるのだ。
それは、この真理の動きが、
どれほどの光と、エネルギーと、力を有するかによって決まるのである。
だからこそ、私はあなたがたに言う。
今、われわれは純粋なる念いでもって、神に誓願を立てようではないか。
法を説くは師にあり。
法を弘めるは弟子にあり。
弟子たちよ、覚悟せよ。
その使命、果たすことなく、
今世において、その生命を終えることは許されないのだ。
それは、あなたがたが、仏との誓いを破ったということになるのだ。
しかし、わが願いは、
かくのごとく小さく、有限の部分のものでは決してありえない。
私たちは、生きている人たちだけに責任を負っているのではない。
私たちの先輩であって、
すでに地獄というところに赴いているところの数十億の迷える人々を、
その煉獄の炎のなかから救わねばならないのだ。
今、地獄の扉を開け、彼らの罪を赦(ゆる)し、光の世界に導くは、
幸福の科学の光の戦士たちである。
あなたがたの仕事は、過去・現在・未来という、この地球世紀のなかにおいて、
最大に聖なるものであるのだ。
最大に尊いものでもあるのだ。
【大川隆法『大川隆法 東京ドーム講演集』第1章「信仰の勝利」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。本日は、『仏説・正心法語』第七番目、最後の経文である『仏説・降魔経』についてです。
『正義の言葉「仏説・降魔経」』は、『仏説・正心法語』の最後を飾るお経であり、今までにない経文だと言われています。悪魔との対決についても、「幸福の科学」の基本教義として、明確に根本経典の中に入っています。それでは、引き続き経典『仏陀の証明』より主の御解説をご紹介いたします。
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●悪魔の軍隊の諸相
そのあと、降魔の時に、仏陀は悪魔に対し、その正体を見破って、「おまえは、こんなことを考えて攻めてくるのだろう」と、悪魔の狙いどころを全部指摘しています。「お前の攻め方はこうだ。私は、おまえの手の内を全部知っている。悪魔の軍隊がどんなことをするか、私は全部知っているのだ」と言って、悪魔と法戦をしたのです。
その部分を、中村元氏の訳で、少し見てみたいと思います。
仏陀が悪魔の軍隊の種類を数え立てているのです。以下で「汝」(なんじ)というのは悪魔のことです。
「汝の第一の軍隊は欲望であり、第二の軍隊は嫌悪であり、第三の軍隊は飢渇であり、第四の軍隊は妄執と言われる。
汝の第五の軍隊はものうさ、睡眠(すいめん)であり、第六の軍隊は恐怖といわれる。汝の第七の軍隊は疑惑であり、汝の第八の軍隊は見せかけと強情と、
誤って得られた利得と名声と、また自己をほめたたえて他人を軽蔑することである」
(『ブッダの言葉』〔岩波文庫〕より)
このように、執拗に仕掛けてくる悪魔の軍隊として、十種類を認めたのです。「ナムチよ、これらは汝の軍勢である。黒き魔(Kamha)の攻撃軍である。勇者でなければ、彼に打ち勝つことができない。(勇者は)打ち勝って楽しみを得る。このわたくしが、ムンジャ草を取り去るだろうか?」(前掲書)
この「ムンジャ草を取り去る」というのは、当時の諺で、「敵に降参してしまう」という意味です。(座禅の時の敷草を取り去ることは、すなわち、修行を放棄することを意味する)。
「この場合、命はどうでもよい。わたくしは、敗れて生きながらえるよりは、戦って死ぬほうがましだ。
ある修行者たち・バラモンどもは、この(汝の軍隊)のうちに埋没してしまって、姿が見えない。そうして徳行ある人々の行く道をも知っていない。
軍勢が四方を包囲し、悪魔が象に乗ったのを見たからには、わたくしは立ち迎えて彼らと戦おう。わたくしをこの場所から退けることなかれ。
神々も世間の人々も汝の軍勢を破りえないが、わたくしは智慧の力で汝の軍勢を打ち破る。―焼いてない生の土鉢を石で砕くように。」(前掲書)
こうした言葉が遺っています。現代に遺っているものとしては、霊界の真実をかなり正確に述べていますので、釈尊が語っていたことを相当正確に伝えていると思います。これを少し解説してみます。
釈尊は、悪魔が「バラモン教学に基づく、伝統的な宗教修行をしろ」と言ったのを退けたあと、この悪魔に対して、「お前の魂胆を知っているぞ。言ってみようか。お前の軍隊、悪魔の軍隊が攻めてくるやり方を知っている。十種類の軍隊をお前は持っている」と言っています。その十種類について説明します。
(次回につづく)
【大川隆法『仏陀の証明』幸福の科学出版 より抜粋】
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私たちの救世運動が人類の未来を切り拓くための要となっています。この救世運動を邪魔したいのが、悪魔という存在です。
では、悪魔はどのような特徴を持っているのでしょうか。経典「沈黙の仏陀」には、次のように説かれています。「悪魔というのは、見破られるともうだめなのです。これが悪魔の本質です。《中略》見破られるまではみな親切で、その人が非常に言ってほしいと思っていることを囁いて、誘惑していきます。そして、さまざまな欲望を抱かせて、支配欲を膨らませ、その人を自由にしようとするのです。ところが、本人が謙虚で、誘惑に迷わされずに、魔の正体を見破った瞬間に、彼らは正体を現わします。
悪魔の十の軍隊についてまとめました。
☆悪魔の十の軍隊☆
①欲望
②嫌悪
③飢渇
④妄執
⑤ものうさ・睡眠
⑥恐怖
⑦疑惑
⑧「みせかけ」と「強情」
⑨誤って得られた利得・名声・尊敬・名誉
⑩自己をほめたたえ、他人を軽蔑する
本日の学びでは、悪霊や悪魔の攻撃、または生霊の攻撃に対しても、まず相手の正体を見破ることが降魔や呪い返しに必要であることがよくわかるエピソードでした。明日からは詳しく悪魔の十の軍隊についてさらに学んでまいります。
仏陀在世時に悪魔が、当時のインド宗教界の代表であるバラモン教に入り込んでいたことがよく分かります。現代においても、悪魔が一部の宗教団体に入り込み、邪教が跋扈して、正しい宗教とその教えが広がりにくい精神土壌を日本中につくっています。これらと闘うのが幸福の科学という名の私たちサンガと、エル・カンターレの御教えと、主なる神・根本仏であるエル・カンターレです。
本日の引用にありましたように、
『法を説くは師にあり。
法を弘めるは弟子にあり。
弟子たちよ、覚悟せよ。
その使命、果たすことなく、
今世において、その生命を終えることは許されないのだ。
それは、あなたがたが、仏との誓いを破ったということになるのだ。
しかし、わが願いは、
かくのごとく小さく、有限の部分のものでは決してありえない。
私たちは、生きている人たちだけに責任を負っているのではない。
私たちの先輩であって、
すでに地獄というところに赴いているところの数十億の迷える人々を、
その煉獄の炎のなかから救わねばならないのだ。
今、地獄の扉を開け、彼らの罪を赦(ゆる)し、光の世界に導くは、
幸福の科学の光の戦士たちである。
あなたがたの仕事は、過去・現在・未来という、この地球世紀のなかにおいて、
最大に聖なるものであるのだ。
最大に尊いものでもあるのだ。』
この言葉を我々は魂に刻み、信仰・伝道・植福に、今日もいま一歩、前に踏み出してまいります。
悪魔対策のキーワードは「信仰心」です。
もし、執着やうぬぼれ、怠け心など、悪魔に近い心を持っていると、悪魔を呼び寄せてしまいます。エル・カンターレへの信仰心に基づいてそうした思いが無いかどうか反省することで、悪魔は憑いていられなくなります。
さらに、信仰心がしっかり立ってさえいれば、「正心法語」や「エル・カンターレへの祈り」、そして幸福の科学の修法や祈願等で、悪霊・悪魔は必ず撃退できます。教学を深め、信仰を深める中で、この経文に込められた主の救いの光を確信することこそ、悪魔と戦う何よりの武器です。
私たちの主を信ずる力が強くなればなるほど、主エル・カンターレの大救世主としての力も強くなります。主エル・カンターレと一体となり、地の果てまでもエル・カンターレ信仰を伝道してまいりましょう。
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心の指針199 『グルグル思考』
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学校の勉強ができても、
人間関係や、
人生の途上の問題集に出会うと、
『グルグル思考』に陥ってしまう人がいる。
たいていは、
自分で決断できないのである。
また、人の善意が信じられないのである。
その結果、判断を先のばしし、
自信のなさと、
世間からの非難を、
やりすごそうとしているのだ。
ひっかけ問題をやりすぎた受験秀才や、
被害意識のトラウマのある人が、
よくはまるパターンだ。
よく考えてみよう。
何で人が自分をワナにはめる必要があるのか。
どうして、そこまで。
自己保身が強いのか。
神仏に対する全託がないのである。
未来への勇気がないのである。
そして何よりも、
神仏の子としての自分自身を信じてもなければ、
他の人もまた神仏の子だと信じ切れないのだ。
信仰薄き者は、
浅はかな知恵で人生を考えて、
グルグル思考に陥る。
胸に手をあてて、
よく考えてみるがよい
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ここで、宗教の原点に立ち返るべく、教典『宗教の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1300円税込み】
―私が目指しているものは、民族的なるものではなくて、普遍的なものである。軽佻浮薄(けいちょうふはく)なるものではなくて、根源的なるものである。宗教のほんとうの敵は、マスコミや政治であるべきではない。宗教の敵は宗教であるべきだ。私が言いたいのは、ほんとうの宗教批判は宗教の内部からなされるべきであるということだ。聖か邪か、神か悪魔か、宗教自体がこの問いに答えてゆかねばなるまい。―『まえがき』より
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■『宗教の挑戦』
第5章「チャネリングの秘密」
○邪教団は悪霊拡大生産機関
いずれにしても、霊現現象そのものは、大変くたびれるものですから、長時間するものではありません。また、日々、点検しないと、あるときまではうまくいっていたものが、途中から悪霊現象に入れ替わるということがよくあります。
宗教の教祖などでも、それが非常に多いように思います。ある程度の霊格を得て、最初悟りを開いたときには、守護霊や指導霊の声が聞こえていたものが、途中から欲が募ってくると悪霊現象に入れ替わってきて、まったく、自制がきかなくなります。
しかも、自分はものすごく偉いのだと思い込んでいると、それを反省する機会がないので、ついに改まることもなく進んでゆくことになります。そしてその信奉者全員が悪霊に憑依されてゆく。こうしたことがたくさんあります。
現代において大きくなっている宗教教団のなかにも、邪教団と言われる悪霊の拡大生産機関のようなところがたくさんあります。特に霊能系統のところは気をつけなければいけません。
また密教の系統でも、呪詛といって、人を祈り殺す、人を呪うようなことをするような教団がありますが、そういうところは完全に悪魔に支配されている教団です。そうした所に行って霊能力を得ようなどということは、絶対にしてはなりません。
また、霊能力が一日で得られるとか、三日で得られるとか、そうしたことを吹聴して、誰でもが霊能者になれるということをやたら勧めるようなところもありますが、こうしたところにも絶対近寄るべきではありません。
そうした霊能力は、先ほども述べましたように、まず心の浄化をして、「悟りに到る道」の過程で得られるものなら正しいわけですが、インスタントで得られるということは絶対にありません。インスタントで得られるものは、インスタントで得られるような霊です。要するとそのあたりの地上にウヨウヨしている不成仏霊たちが、自分たちが救われたいがために取り憑いて、そして供養されるという形態をとっています。ですから、絶対そうしたものに近寄ってはなりません。
「触らぬ神に祟りなし」ということは一般的には正しい行為なのです。あまり霊能者などに頼って人生を決めようとしてはなりません。
やはり、人類の昔からの遺産とも言うべき高い道徳的な確立、そうしたものをベースにした宗教こそが本物であって、霊能力のみを吹聴する宗教というのは、どうかなるべくなら避けておいていただきたいと私は思います。
そして、自分の人生の判断をあまり霊能者などに頼るのではなく、やはり「自己責任の原則」を貫いて自助努力し、自分の与えられた範囲内における結果に対して足ることを知って、「自分の望む以上、自分の努力以上の成果は得まい。そしてたとえどのような悪いことが起きようとも、また立ち直っていこう」と思うことが大切です。
私の著書の中に『常勝思考』(幸福の科学出版刊)がありますが、まさにその「常勝思考」で、どのような事態があっても切り抜けてゆこうという心を持つことこそが大事である。私はそのように思います。
【大川隆法『宗教の挑戦』第5章「チャネリングの秘密」より抜粋】
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■御生誕祭の宗教的意義について
〇御生誕祭は、主エル・カンターレ大川隆法総裁先生のご降臨への感謝と、報恩としての伝道の誓いを捧げる、幸福の科学における二大祭典の一つです。
主のご降誕に対し、心からの感謝を捧げ、主への信仰を深める日
――根本仏にして地球神エル・カンターレの御降臨は、慈悲であり奇跡そのものです――
〇御生誕祭は、主と魂の契りを結ぶ霊的な場です。そして、主への報恩として、弟子としての使命を果たす誓いを捧げる場でもあります。誓いを立てることで、信仰は本物となります。
〇主エル・カンターレ大川隆法総裁先生は、1956年7月7日朝7時頃にご生誕されました。「7」という数字は、天上界において、「勝利」と「完成」を意味します。ご生誕の「777」の数字には、悪魔を象徴する「666」にすべての面で凌駕する「勝利の宣言」が込められています。主は、この世の一切の悪なる勢力に勝利し、地球ユートピアを建設されるために、ご降臨されたのです。
〇主エル・カンターレのご本体の御降臨は、3億年前のアルファ様、1億5千万年前のエローヒム様に続き、地球の歴史上3度目に当たります。地球神であり、根本仏でもあられる主は、天上界では光そのものであり、本来、肉体を持たれてはならないご存在です。
・今世は、大川隆法総裁先生というお姿を通して、エル・カンターレのお姿をかいま見ることができる、歴史上ほんの一瞬の、稀な機会なのです。
〇本仏が下生される時代は、人類にとって危機の時代であり、同時に、新時代の幕開けとなる希望の時代です。主のご降臨そのものが、人類に対する最大のご慈悲なのです。
〇御生誕祭は、主がご降臨された奇跡の時代に、主と共に生まれ、主と共に救世活動ができることへの感謝を捧げ、エル・カンターレ信仰を深める大切な日なのです。
■御生誕祭の霊的意義に関連する聞慧■
〇勝利の宣言
私は、昭和三十一年の七月七日、朝、潮満つるころ、七時ごろに生まれました。その数字の示すとおり、「777」という数字がならびます。《中略》「7」という数字は、天上界において、これは勝利を意味する数字であるのです。これは、ひとつには、勝利を意味し、もうひとつには、完成を意味する数字であります。《中略》この「7」の数字の意味は、もうひとつ、別の説明が可能であります。「777」の下には、「666」という数字があります。《中略》ルシフェルをあらわす文字が、数字が、「666」なのであります。これが、彼らの暗号であります。「777」とは、この6に、すべての面において、凌駕するということを意味しているのであります。すなわち、この今生において、私が生まれてくるときに、勝利へ�
�宣言をこめて生まれてきたということであります。何に対しての勝利であるか。《中略》私たちは、神のつくられた、この地上において、いっさいの悪なる勢力を一掃しなくてはならないのであります。
【大川隆法『勝利の宣言』p.11~p.14より抜粋】
〇現成の仏陀の声
私はさらに言葉を継いであなた方に言おう。私は、多くの書物に書かれているように、仏陀の魂の、その生命体の生まれ変わりではあるが、あなた方の前に大川隆法として立っているこの存在は、通常、地上には生まれることのない存在であることを。あなた方は、真の意味において今、我が名で呼ばれているところのこの魂を見ることは、今後、地上においても、天上界においてもあり得ない。それを言っておこう。通常、「法身」という名で呼ばれているのが、私の本当の姿であって、もはや人間の姿をとって出ることはない。そう思って、「幸福の科学」という名を借りての地上における今回のこの真理の活動の意味を知ってほしい。
【大川隆法『悟りの極致とは何か』p.123~124より抜粋】
〇いまはエル・カンターレの姿を見られる稀な機会
「主は、どういう存在か」ということですが、本来、エル・カンターレという存在を、あなたがたに見せることはできません。いまは、「私の姿を通して、かろうじてエル・カンターレの姿を見ることができる」という、歴史上ごく稀な珍しい機会であり、普通は、想像することしかできないのです。というのも、私は、あの世に還ったら、顔や手足などはなくなり、光そのものになるからです。《中略》いま、あなたがたは、エル・カンターレの姿を垣間見ることができますが、歴史の流れから見ると、これは、ほんとうに一瞬の出来事です。《中略》その一瞬に、あなたがたは、永遠なるものの影を見て取り、心に深くとどめておかなければならないのです。
【大川隆法『君よ、涙の谷を渡れ』p.68~70)より抜粋】
〇一回目の名は「アルファ」、二回目の名は「エローヒム」
「エル・カンターレという魂は六人の分身を持っている」というような言い方をしていますが、実は、エル・カンターレの本体としての下生は、今回が三回目に当たります。一回目の下生は、もう今から三億年以上前のことになります。そのときは「アルファ」という名で呼ばれていました。《中略》二度目に生まれたのは、今から一億五千万年ほど前に当たります。このときに呼ばれた名前は「エローヒム」で、一般的には、これを簡略化し、「エル」という名で呼ばれています。《中略》「エローヒム」という名で呼ばれているのが二回目の下生のときです。
【大川隆法『エル・カンターレ信仰とは何か』p.25~26より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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文責:蒲原宏史
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