43 事前練習は大事だ。しかし、準備に時間がかかりすぎる人は、一般に、才能がない。
44 言葉を選んで即答できる人は、切れ者といわれる。
【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
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4月21日は主の伊勢支部御巡錫記念日です。2013年4月21日大川隆法総裁先生が伊勢支部に御巡錫されて御法話『信仰心と国を愛する心について』を賜りました。この御法話は経典『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』の第一章に所収されています。経典をお持ちでない方は支部や精舎、書店にてぜひとも拝受ください。【1800円(税抜)】
この聖なる日に向けて、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
さて、ここからは2002年7月7日に説かれました御生誕祭御法話『大悟の瞬間―大いなる悟りが明かす多次元空間の神秘』を振り返ります。そののち、『仏説・正心法語』をともに読んでまいります。
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■『大悟の法』第4章「大悟の瞬間―大いなる悟りが明かす多次元空間の神秘」
3エネルギーの本質
〇すべては霊的エネルギーに還元される
私は「釈尊の無我の思想は唯物的な思想ではなかった」と説明しました。肉体は、水に流れていく泥のようにはかないものなので、唯物論的な解釈として、「そういうものにとらわれてはいけない」という考え方もあります。ただ、この世にある存在そのものもまた、実はエネルギーの表れにしかすぎないのです。
エネルギーの本質は霊的エネルギーです。その霊的エネルギーが、粗い波動になって、この世に顕現してきたときに、物質となるのです。家であろうと、人間の肉体であろうと、やがては朽ちて土になりまずか、最終的には、また霊的エネルギーに還元されるわけです。
地球には多くの生き物が生きていますが、地球が消滅したあとも、その生き物たちが地球に生きていたときの生命エネルギーそのものは、霊界に存在しつづけ、決して消えることはないのです。これは、もう一つの「エネルギー不滅の法則」です。
多くの人間や動物たちの、かつて生きていたエネルギーや、いま生きているエネルギー、そのエネルギー自体は、この世が失われても、なくなることはなく、存在しつづけます。
それが、霊界は広大無辺であって、また、多くの生命を育んでいる理由でもあるのです。
過去に生きていたものたちが、霊界でエネルギー磁場をつくり、そのなかから、また現代的な存在をつくり出してきています。
そして、すべては、根本的なる、大いなる念いが顕現してきたものなのです。
したがって、物質と精神とを分ける考え方は極端であり、「物質も精神も、最後には一元化して、一つのものに還元されていくのだ」ということを知らなければいけません。
「無我の思想は唯物論ではない」と述べましたが、ある意味では、物質に適用できる無我の思想もありうるのです。「すべては光に還元される。すべては仏神のエネルギーに還元される」という意味においては、唯物的な側面を持った無我の思想も妥当でありうるわけです。
そして、この世の肉体がなくなったあとの霊魂なるものも、ほんとうは仏神の光が一定の形状を持っているにすぎないのです。霊魂もまた、本当の意味での本質的存在ではなく、さらに奥には光のみが存在するのだということを知らなければならないと思います。
【大川隆法『大悟の法』第4章「大悟の瞬間―大いなる悟りが明かす多次元空間の神秘」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。
教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。
七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。
経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています
正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。
私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。
このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。
それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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いま 昇り来る 太陽は
未来を 照らす 光なり
仏の 国への 導きなり
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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
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Now, we are watching Rising Sun.
It will shed light to the future.
To invite sad people to Buddha Land.
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本日の解説も、経典『信仰論』から引用させていただきます。
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ここで言う「未来」とは、人類の未来でもあるし、個人の未来でもあります。個人の未来には、今世での残りの人生だけではなく、来世までがふくまれます。「いま昇り来る太陽」は、こうした未来を照らす光であり、また、仏の国に入るための導きでもあるのです。
【大川隆法 『信仰論』 より抜粋】
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仏の国への導きについて、経典『大悟の法』より抜粋いたします。
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〇伝道とは智慧を押し広げること
仏教には自由と平和という二つの特徴があり、悟りのなかには、その両方が入っています。この自由と平和を含めた悟りのことを、智慧といいます。
この智慧は個人のものではありません。真実の智慧には普遍性があり、それは人類の共通財であって、公共のものなのです。
仏陀は、自分の悟りを自分ひとりのものとはせず、悟りの果実としての智慧を、他の人にも分け与えようとしました。「このようにすれば、悟りを得ることができる。あなたがたも、修行をすれば、仏神と一体の状態になれるのだ。その状態を目指しなさい」と、自らが得た智慧のあり方を教えました。
この智慧を押し広げていくことを伝道と呼んだのです。
そして、智慧を押し広げることは、同時に慈悲であり、多くの人々の苦しみや悲しみを取り除く行為です。それは、また愛の実践でもあります。慈悲にして愛、愛にして行動の原理が伝道です。これが大事なのです。
仏陀は、智慧を個人のものとせず、人類の共通財産、共通の宝として、他の人と共有しようとしました。これが伝道への熱意になったのです。
真理というものは、より多くの人に理解してもらう必要があります。なぜなら、真理は多くの人を幸福にするからです。
自分は幸福になる方法を知っているのに、それを他の人に教えないということは、やはり情けないことだと思います。
真理を知らない人は、ちょうど、「自分の家の庭を掘れば、そこから温泉が湧いてくるのに、それを知らずに、洗面器を持ち、何百メートルもの長い距離を歩いて、風呂屋に通っている」という人にも似ています。多くの人々が、現にそのような状態にあるのです。
そのため、「庭の下には温泉があるのですよ。その掘り方を教えてあげましょう」と言っているわけです。
これが智慧と慈悲の関係です。
伝道、教化、布教といわれるものは、智慧の部分を押し広げていくことです。それが仏弟子の仕事でもあると言ってよいのです。
【大川隆法『大悟の法』第五章「常に仏陀と共に歩め」より】
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■「釈迦如来の意識で書かれた経典です!」
『仏説・正心法語』は、全編を私の潜在意識である釈迦如来の意識で書いた経典です。古い伝統的な仏教教団では、毎日、さまざまなお経を読んだり、題目を唱えたりしていますが、『仏説・正心法語』という経典が出されたということは、そうした古い経典類はもう要らなくなることを意味しています。
【大川隆法『信仰論』p.114より抜粋】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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第2章 仏性とは何か
4 価値判断の主体である心の持つ法則性
これは決して肉体を持った人間だけにあるのではない、ということを、私は、霊的な能力を持つことによって感じるようになりました。
霊になった人には、もはや肉体はありません。ですから、この肉体感覚を通じたものとしては、いま述べた「眼・耳・鼻・舌・身・意」のすべてがありません。しかしながら、生前その人が持っていた感覚と、まったく同じような感覚を持っているのです。
霊には耳がありませんが、生きている人間の声を聞くことはできます。彼らには鼓膜はありません。しかし聞くことはできます。音楽を聴くことも可能で、生前好きだった音楽をかけてもらうと、霊になったあとでも、それを聴けば喜びます。生前好きではなかった音楽の場合には、霊になったあとに聴いても喜びません。
そのように、肉体を失ったあとでも、同じような感じ方を持っています。これが、「心」といわれるものなのです。
そのなかには、もちろん頭脳的な作用もあります。この世的な頭の良し悪しというものがあります。昔は、「頭のよい人は脳味噌のしわの数が多い。頭の悪い人はしわの数が少ない」というように言われたこともあります。しかし、現実には、この肉体を失い、脳を失っても、魂のなかには考える作用があります。
ですから、西洋医学では「無脳症」といって脳がない人間は人間ではない、というような扱いをすることがありますが、これは大きな間違いです。人間は脳味噌によって考えているのではありません。考えているのは、その奥にあるものです。
脳はあくまでも、ひとつの計算機なのです。みなさんが計算機やワープロを叩くように、あるいはコンピューターを動かすように、そういう機械として、情報の整理場所としてあるのです。もちろん、そこが故障し場合には、肉体として情報整理に困難を感じることは事実ですが、魂としては的確に情報を得ているのです。
このように、この世的にいろいろと体験することを受け取るもの、そしてそれについて善悪、美醜、好悪(こうお)、などの価値判断をするもの、それを「心」といいます。その「心」があって初めて、人間は「人間」ということができます。これがなかったら、人間は「地球上でまったく偶然に動いている物体」という以上のものではないと思います。心があるからこそ人間は人間であり、かつまた尊いものなのです。
しかも、不思議なことに、その心は、親が一緒ではない者どうしでも、同じような法則性を持っています。善悪、美醜の感覚というものは、割合に共通したものがあります。もちろん、人によって、その意味づけ、判断に多少の違いはあっても、たとえば、美しいものを見て美しいと感じる感覚、また甘いものを食べて甘いと感じる感覚は、原則は一緒です。
日本に住んでいる人も、地球上の裏側に住んでいる人も、甘いものを食べれば、甘いと感じます。しかし、同一の親から生まれたわけではありません。それも何千年、何万年、それ以上のあいだ、まったく別に生活していたはずです。まったく別々のところにいたのに、甘いものは甘い、辛いものは辛いと感じる感覚があります。これはいったい何でしょうか。
また、うれしいときには笑い、悲しいときには涙を流します。これはいったい何でしょうか。それから、腹が立つときには、ともに腹が立つことだってあります。
そのように、個人個人の小さな誤差はあったとしても、一定の条件のもとに同じような感じ方をします。人間の心には、そういう共通性、普遍性があります。言葉は通じなくても、そういうところがあるのです。
【大川隆法『心の挑戦』第2章「仏性とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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文責:蒲原宏史
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