(1/28-1)【基礎教学通信】28【1月28日】「支部発展のための祈り」を読む28「三帰信者に期待すること ⑦自分の課題と真理の学習」―『新日本国憲法試案』第二条―『沈黙の仏陀』涅槃寂静

支部発展のための祈り

新日本国憲法 第二条 信教の自由は、何人に対してもこれを保証する

【大川隆法『新日本国憲法 試案 第二条』】
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■新・日本国憲法 試案
〔前文〕
われら日本国国民は、神仏の心を心とし、日本と地球すべての平和と発展・繁栄を目指し、神の子、仏の子としての本質を人間の尊厳の根拠と定め、ここに新日本国憲法を制定する。

〔第一条〕
国民は、和を以て尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。

〔第二条〕
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。

〔第三条〕
行政は、国民投票による大統領制により執行される。大統領の選出法及び任期は、法律によってこれを定める。

〔第四条〕
大統領は国家の元首であり、国家防衛の最高責任者でもある。大統領は大臣を任免できる。

〔第五条〕
国民の生命・安全・財産を護るため、陸軍・海軍・空軍よりなる防衛軍を組織する。また、国内の治安は警察がこれにあたる。

〔第六条〕
大統領令以外の法律は、国民によって選ばれた国会議員によって構成される国会が制定する。国会の定員および任期、構成は、法律に委ねられる。

〔第七条〕
大統領令と国会による法律が矛盾した場合は、最高長官がこれを仲介する。二週間以内に結論が出ない場合は、大統領令が優先する。

〔第八条〕
裁判所は三審制により成立するが、最高裁長官は、法律の専門知識を有する者の中から、徳望のある者を選出する。

〔第九条〕
公務員は能力に応じて登用し、実績に応じてその報酬を定める。公務員は、国家を支える使命を有し、国民への奉仕をその旨とする。

〔第十条〕
国民には機械の平等と、法律に反しない範囲でのあらゆる自由を保障する。

〔第十一条〕
国家は常に、小さな政府、安い税金を目指し、国民の政治参加の自由を保証しなくてはならない。

〔第十二条〕
マスコミはその権力を濫用してはならず、常に良心と国民に対して、責任を負う。

〔第十三条〕
地方自治は尊重するが、国家への責務を忘れてはならない。

〔第十四条〕
天皇制その他の文化的伝統は尊重する。しかし、その権能、及び内容は、行政、立法、司法の三権の独立をそこなわない範囲で、法律でこれを定める。

〔第十五条〕
本憲法による、旧憲法を廃止する。本憲法は大統領の同意のもと、国会の総議員の過半数以上の提案を経て、国民投票で改正される。

〔第十六条〕
本憲法に規定なきことは、大統領令もしくは、国会による法律により定められる。

以上
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■『新日本国憲法試案』講義
第二条 信教の自由は、何人に対してもこれを保証する
【大川隆法『新日本国憲法 試案 第二条』】

〇宗教性悪説を打破するために
・現行憲法は、実質上、「信教の自由」を保証していない

わりに早い段階で、「信教の自由」の条文を出しました。前文も第一条も、かなり宗教的な色彩をおびているので、第二条に「信教の自由」を持ってきたのです。

「信仰を持つ自由」を誰に対しても保証するということです。条文としてはこれだけで、付帯条項をつけることはやめました。

現行の憲法には、付帯条項として、「政治と宗教を分離せよ」「公教育から宗教を分離せよ」といった政教分離規定がありますが、それによって、現実には、宗教を社会の片隅に追いやる力が働いていると、私は考えます。

例えば、日本国憲法第二十条を読むと、「信教の自由は、何人に対してもこれを保証する。」という文言のあとに、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」(第一項後段)、「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。」(第二項)、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない。」(第三項)とあります。

この条文を素直に読めば、宗教というもが非常に日陰の存在とされていることは明らかです。

最初にある、「信教の自由は、何人に対してもこれを保証する。」ということはよいのですが、例外規定が多すぎます。これだけ例外を設けられたら、信教の自由を保障していないのとほとんど変わらなくなります。

「宗教団体は、国から特権を受けたり、政治上の権力を行使したりしてはならない」ということになると、第二十一条の「結社の自由」は、宗教団体はまったく適用されないかのごとくになりますし、「言論・出版の自由」等に制約がかかるようにも読めます。

また、人間平等の原則からいって、「その人の職業によっては政治家になれない」ということがあってはいけないはずです。「漁業をやっていても、農業をやっていても、政治家になれるのに、宗教家であれば政治家になれない」ということならば、これは明らかにおかしいとおもいます。

むしろ、宗教家は普通の人よりも見識が高いことが多いのです。精神修養を積んだ「大人を教えられる教師」が数多くいるのが、宗教の世界なので、政界の浄化ということを考えるならば、こういう規定は、かえって有害無益であると考えます。

【大川隆法『新日本国憲法 試案』より抜粋】
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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2仏教の教えの基本
③涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)
さらに、仏教の教えの中心とされるものの三番目に、「涅槃寂静」という教えがあります。

涅槃の境地というものは、初期の仏教教団において、非常に憧れをもって探し求められた境地です。すべての修行者の修行目的は、この涅槃の境地に至ることであると言われていました。

その涅槃の境地を一番最初に味わい、自分のものとして享受(きょうじゅ)したのが、ほかならぬ釈迦牟尼仏(しゃかむにぶっだ)であったわけです。そして、目には見えぬ、言葉でも言い表しかねる、その涅槃の境地を人びとに教えるために、さまざまな修業論を展開したのです。

では、涅槃の境地とは、いったいどのような境地でしょうか。

「諸行無常」において、変転きわまりない時間軸のなかでの諸存在の姿を捉えました。また、「諸法無我」のなかで、一切は空であるという思想につながっていくような空間論的な存在を観じました。時間と空間、そのすべてにおいて、固定的なものは何もない、向上なるものは何もないという悟りでした。そのなかで、現にここに存在し、修行をしている私は、いったい何であろうか―。この意味を追求することこそ、涅槃寂静の悟りなのです。

すべての時間的観点から見た場合に、
すべてのものは流れ去っていくものである。
そして、空間的観点から見ても、
すべてのものには、本来、我なるものはない。
自性なるものはない。
永遠に続いていくもの、
自分自身が生み出していく力によって続いていくようなものは、
何ひとつない。

現にあるものはすべて、
それ自体で成り立っているものではない。
何かによってつくられたるものであり、
また、必ず滅びていくことが確定しているものである。
それが、この世の存在である。
時間においては無常、
また、空間においては空。
そのような思想のなかで生きている我とはなんであるか。
「我思う、ゆえに我あり」という思想もあるであろう。
しかしながら、そのような時間的・空間的観点において、
何ひとつつかみどころのない、
そのような縦と横の交わる交差点、
その十字架のなかに立っている我とは、いったい何であろうか。
それを深く考えなくてはならない。

そうしてみると、
実は、本来の自己なるものは、
この肉体のなかに宿って、
特定の名前を持ち、特定の両親を持っている
あなた自身ではないはずである。
おそらくそうではない。
空間的にも時間的にも、
一切が、つかみとることができない。
そのなかに生きている我のみを、
ほんとうにつかみとることができるのだろうか。
そうではない。
その我というものも、
実は、神仏の永遠の時間と空間のなかで、仮に存在あらしめられ、
その掌(てのひら)において、遥かに見えている存在である。
川にたとえるならば、
その川の中を流れていく泡沫(うたかた)、
その泡にしかすぎない。
そう、いつか川の中から、水の中から生まれ、
そして必ず消えていくことになっている泡沫(うたかた)の自分が、
「自分とはいったい何であるか」ということを考えている。
考え、考え、考え、考え抜いて、
そして永遠の実相なるものをつかみとっていく―。
そこに涅槃寂静の境地が開けてくる。
すなわち、
自分というものを通して、
神仏の本来の姿を、その意図を、
その光なるものを見抜いていくこと。
そのためには、
己というものを、
限りなく、空(むな)しく空(むな)しくしていかなければならない。

【大川隆法『沈黙の仏陀』第1章「沈黙の仏陀」より抜粋】
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さて、伊勢支部の発展を祈念して、「支部発展のための祈り」から一つずつポイントをご紹介させていただいいています。本日は『三帰信者に期待すること』についてです。

まず、『支部発展のための祈り』という経文がございますが、こちらは、三帰信者の私たちが、2000円の奉納目安でいただける大変ありがたい経文です。
私も毎日ありがたく読誦させていただいています。

『支部発展のための祈り』の経文には、主より「幸福の科学の正会員である三帰信者に期待すること」をわかりやすく教えてくださっています。三法帰依したら10のことを中心に日々の信仰生活を組み立ててもらいたいという願いが込められています。

幸福の科学の正会員の条件は「三宝に帰依すること」です。
「三宝」とは、私達仏弟子がこの世において、そしてあの世において、もっとも大切にしている宝物のことです。「帰依」は信じるということです。

一つ目の宝は「仏」です。仏様の本当の名前をエル・カンターレといって、地上に今、「大川隆法総裁先生」として下生されています。私たちの主です。私達仏弟子にとって、最も尊い宝物です。

二つ目の宝が「法」です。法とは主の説かれる教えのことです。

三つ目の宝が、「僧」です。僧とは主の教えを拡げようとする者の事です。宗教法人「幸福の科学」は僧の集まりです。

三法帰依された方には、「仏説・正心法語」の他、「祈願文①」「祈願文②」「エル・カンターレへの祈り」を拝受いただけます。奉納目安は各2000円目安となります。

前置きが長くなりましたが、本日は『三帰信者に期待すること』の第7です。
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主が三帰信者に期待すること
⑦ 職員、講師、法友たちのアドバイスを受けながら自分の課題を見出し、経典、法話(ビデオ、DVD、CD、テープ)の学習に日々の精進として取り組んでください。
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三帰信者である私達の心がけとして、大切にしている心の態度とは「正しき心の探究」です。正しさとは神様・仏様の心つまりは、エル・カンターレの心より生まれます。だから、正しい心を探究とは、神仏の心を探し求め、それを学ぶということになります。神様・仏様の教えを「仏法真理」といって、私の主である「大川隆法総裁先生」の教えを日々学んでいます。また、「正しき心の探求」とは幸福の科学の基本教義である「愛・知・反省・発展」の「四正道」を毎日実践することであるとも教えていただいています。

人生の課題については、そもそも、人間存在に対する私達の間違えた見方から様々に生まれているのではないでしょうか。
つまり、人生の課題について考える前に、自分と他人が異なる存在なのではなく、本来一体であるとう見方、前提がとても重要だと思うのです。
私たちには、地上の目で見たら、個人個人は、それぞれ別々の存在に見えます。しかし、私たちの肉体には魂が宿っていて、その魂の中心に心があり、その心の中心には、仏さまから分かれた光、「仏性」(仏性が宿っています)。

私たちが生まれる前にいた世界、そして、私たちが死後に帰る世界、本来私たちが住んでいる天国世界から見ると、私たちは決して個別バラバラな存在ではなく、仏性を縁として私たちは一体です。だから、自分を傷つけることも、人を傷つけることも、仏からいただいた「仏性」を傷つけるという意味において同じであり、間違えであることを私たちは主より教えていただいています。

私たちは、自分以外の存在と「愛」によって結ばれており、神仏と私たちは「慈悲」によって結ばれている本来尊い存在です。私たちが地上に生きているのは、前世の記憶をすべて無くした中で、地上世界において、愛に目覚め、神仏の慈悲に目覚めるためです。

宇宙や、地球や、人間を創造した主なる神への信仰をもつこと。それによって、自分が神仏から愛され、生かされている「慈悲」に目覚めること。他の存在によって自らが生かされているということに気づき、主なる神を愛するために、自らの隣人に愛を与えること。
これが、私たちの人生の課題です。

主より「神とは、愛である」と教えていただいています。
そして、私たちは、主より心の自由を与えられています。その自由を使って、人生の中に「主なる神」を発見し、神の愛を発見し、愛を他の隣人にどのように与えるか。私たちは100%の自由と、それに対する責任を負っています。だから、人生の課題、問題とは「愛」の問題であると言っても過言ではないと思います。

ここで、主より賜りました心の指針「人生の問題集」をご紹介いたします。
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「人生は一冊の問題集である」
とは、まさしく至言だ。
人生修行の歳月を重ねるほどに、
その意味を重く感じる。

すべては、
自分自身がまいた種と、
その育て方に原因がある。

また、自分自身と他者とのかかわり方、
自分と自分を取りまく世界との関係を、
どう考え、どう行動していくかにある。

自分の努力で、
自分の人生の問題集が解ける、という考え方が、
縁起の理法を信ずる立場だ。

何を善と見、
何を悪とるか。
どのような行為を、
仏意にかなっていると考え、
どのような行為を
悪魔の所業だと思うか。

あなたは日々、
選択と決断を迫られている。
その答えの集積が、
あなたの人生の総決算である。

あなたは来世の採点結果を、
運命ではなく、自分の努力点であると、
静かに受け入れる境地を持たねばならない。

【心の指針『仏は支える』より抜粋】
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まさに人生は一冊の問題集であり、その問題集の解決のために、主よりさまざまな、心の教えや、あの世とこの世を貫く幸福についての教えをいただいています。

支部や精舎の講師は、皆様の人生の問題集の解決をお手伝いいたします。
主からいただいた心の教え―仏法真理―に基づいて、神仏の御心にかなう答えを友に導きだしていきましょう。共に力を合わせて、「愛」と「悟り」と「ユートピア建設」を実現して参りましょう。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史 

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