(2/28-1) 【基礎教学通信】59【2月28日①】『ユートピア創造論』1ユートピア論の原点と人間の使命―『沈黙の仏陀』三慧【後天的に得た智慧】

ユートピア創造論

83 素直に生きて文句のつけようのない人生が望ましい。
【大川隆法 箴言集『人生への言葉』より】
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3月7日は「宗教法人設立記念日」です。1991年3月7日に「幸福の科学」は宗教法人格を取得して、その存在が公に認められ、「幸福の科学が永遠に続くことになった始まりの日」です。

「宗教法人設立記念日」は「幸福の科学」が宗教法人として、世に誕生したことを記念する日です。この日をはじまりとして、幸福の科学は永遠の法灯がともされることになりました。

「宗教法人設立記念日」には、大宇宙の根本仏であられる主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生に、永遠の法灯を灯して下さったことへの感謝を捧げます。

そして、発祥の時において、いかに盤石なエル・カンターレ信仰を打ち立て、
揺るぎない形で主の法を後世に伝えることができるかが重要な使命であることを心に刻み、
真理の法灯を子々孫々に継承していく決意を固めてまいりましょう。
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本日は、幸福の科学が目指すユートピアについて、ともに考えてまいりしましょう。
幸福の科学は、「愛と悟りとユートピア建設」を旗印に毎日、伝道活動をしています。

幸福の科学は、この地上に真のユートピアを建設するために、日夜努力しています―経典『ユートピア創造論』にあるように、私たちが「正しき心の探求」として「愛・知・反省・発展」の四正道の教えの実践と四正道の全世界への布教に向けて伝道しているのは、「仏国土ユートピア建設」のためです。

そこで、ここからは、私たちが日々取り組んでいるユートピア活動の原点に立ち返り、幸福の科学がどのようなユートピアを目指しているのかを改めて確認する機会とさせていただきます。経典『ユートピア創造論』をお持ちでいな方は、ぜひご拝受ください。(税込み1602円)

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■『ユートピア創造論』第一章「ユートピア創造論」
1ユートピア論の原点
幸福の科学は、この地上に真のユートピアを建設するために、日夜努力しています。

幸福の科学においては、目的としての「幸福」と、手段としての「科学」―この二つの追求、 
探究が、基本として考えられています。分かりやすく言うならば、「幸福になるためには、どのように努力していけばよいのか」を、一緒に探っていこうとしているのです。

そして、私は「幸福の科学が目指す幸福には、私的幸福と公的幸福という二種類の幸福がある」と説いています。

「私的幸福」とは何でしょうか。それは個人としての幸福です。もう一方の「公的幸福」とは、社会全体の幸福のことです。
なぜ、この二種類の幸福が必要なのでしょうか。

まず、私的幸福から話を始めたいと思います。個人としての幸福とは何でしょうか。それは個々人の満足のことをいうのでしょうか。それとも個々人が声を出して笑うような状態をいうのでしょうか。あるいは、他人から尊敬されるようなことをいうのでしょうか。

幸福には、「満足」の面を強調した静的な幸福、つまり、「足ることを知る」という意味での消極的な幸福もあれば、「進歩・向上」の面を強調した動的な幸福、つまり、「発展・成長を喜ぶ」という意味での積極的な幸福もあります。

そして、この二つは、いわばブレーキとアクセルのように、人生という名の自動車の運転に影響を与えているのではないでしょうか。

つまり、過熱気味な人、無我夢中の人生を生きている人に対しては、ブレーキとしての消極的幸福が勧められるべきであろうし、堂々巡りの人生を歩んでいる人、目的もなくその日暮らしをしている人に対しては、アクセルとしての積極的幸福が重要であろうと思うのです。

個人としての幸福には二面性がありますが、集団の一員として人生行路を渡っていく人間にとって、ブレーキとアクセルは両方とも必要です。すなわち、集団としての人類のまとまりのためには、この両方が不可欠なのです。

足の速すぎる人は、少し速度を落とす必要がありますし、休んでばかりいる人は、少しせきたてられる必要があります。個々人が自分の幸福を求めながら、同時に全体の調和というものを保っていかねばならないのです。

個人個人は、それぞれにアクセルを踏んだりブレーキを踏んだりして、私的幸福を味わっているのですが、社会全体としても、一つの大きなまとまり、大調和を形成しながら、進歩していくことが大切なのです。

結局のところ、私的幸福は、やがて社会全体、人類全体を大調和させ、進化させていく方向へと奉仕し、公的幸福の実現のための力となっていかねばならないのです。

かくして、各人の私的幸福をかなえながら、公的幸福をも形成していく方法論が必要となってきます。いろいろな時代にとかれた仏法真理、あるいはユートピア論は、つまるところ、私的幸福と公的幸福の大調和の実現に目的があったのです。

つまり、私的幸福と公的幸福とをどちらも損なわずに両立させる考え方が必要なのです。これがユートピア論の原点です。

2ユートピア創造の原動力

では、こうしたユートピア世界、すなわち、個人としても幸福で、社会全体としても幸福という世界を創造するための原動力は、いったい何なのでしょうか。その力の根源を何に求めるべきなのでしょうか。

私はその論拠を、やはり二段に分解して考えます。まずは、「個人が幸福になりたいという心は、なぜわき上がってくるのか」ということです。次は、「なぜ全体の幸福が必要とされるのか」ということです。

個人が幸福になりたいと思う理由の一つとして、「魂のうずき」があります。つまり、魂自身のなかに、あるときは安らぎを求め、あるときは進化を求める要素があるのです。

それは魂自体が、その出自に対して郷愁を感じているからです。人間の魂は、はるか昔の記憶を、かすかに持っているのです。かつて、根本仏の生命体から、個性をもつ者として分かれてきた時の記憶を―。

それは、何億年前、何十億年前という、はるかなる昔の記憶です。銀河のある場所で、根本仏の意識の一部が、人類の魂を創るために、個性ある光として散乱したことがあるのです。これが、「人間の本質は仏の子、光の子である」といわれている理由です。

その本質において、仏と同じものを人間は持っているのです。「その本質において、仏と同じであり、その形態において、仏から分かれてきた仏の子である」というのが、人間の魂に関する真実なのです。

したがって、仏が目的としているのと同じことを、人間の魂も目的としています。「進歩」と「調和」という、根本仏が宇宙を創造した時の二大目的を、人間の魂は内部理想として持っているわけです。

それゆえ、人間には、「進歩」、すなわち向上・発展を求める心と「調和」、すなわち安らぎと美を求める心とが、内なるうずきとしてあります。

つまり、幸福という名を冠された「安らぎと向上」「調和と発展」を人間が求めるのは、人間が仏の子であるという事実に根拠を持つのです。人間が個人として幸福を求めるのは、人間が仏の子であることの証明にほかなりません。

言葉を換えるならば、人間とは単なる物体ではなく、聖なる使命を帯びた生命体だということです。その生命の根源には、偉大な目的意識が潜んでいます。仏の光が宿っているのです。

それでは、そうした私的幸福を求めることを、その本質としている人間が、何ゆえに、全体の調和、公的幸福を目指す必要があるのでしょうか。

それは、「一」なる仏から分かれてきた無数の生命体が、再び「一」なる仏に戻らんとする理想ゆえにです。仏という名の親元をいったん離れた子供たちが、私的幸福という名のお土産を両手にたくさん持って親元に帰り、共に喜びを分かち合うことが、公的幸福の実現にほかならないのです。

この里帰り運動が、実は、地上天国、仏国土・ユートピア建設の運動であり、私たちが最終的に目指しているものなのです。

3人間の使命
かくして私たちは、いま一度、人間の使命について考え直してみる必要があるようです。人間は何のために個性を持ち、何のために地上に生まれ、何のために心の修業をし、何のためにまた実在界、すなわちあの世の世界に還るのかを―。

結局、大宇宙を創造した仏は、限りない進化と、乱れることのない大調和という、一見背反する二つの目的を整合させるために、宇宙の理法であるところの「法」を考え出したのです。そして、宇宙の理法の体現者、実践者としての役割を人間に期待したのです。

こうして、宇宙の理法を人間社会にあてはめて説く必要がでてきました。これが、光の指導霊たちが長年にわたって築き上げ、また、説き来たり、説き去ったところの仏法真理だったわけです。

つまり、幸福の科学が探究している仏法真理とは、大宇宙の理法、すなわち、大宇宙の進化と調和を実現するための「法」を、地球という環境の中で、人類が学習し経験するための手引きなのです。

仏は宇宙を統べるにあたって、自分自身が考えた「法」の具体的遂行を、各惑星にある星団に委ねました。したがって、この地球も、大宇宙に数限りなく存在している他の霊団同様に、宇宙の中の一地域社会といて、その運営を任され、集団で自治をしているのです。

そうすると、おぼろげながら、人間の使命が分かってくるはずです。

地球上の各国がよい国づくりを目指して競っているようにまた、日本のなかでも、各都道府県や各市町村が、他に負けないようなよき共同体づくりのために邁進しているように、全宇宙においても、さまざまな星に住む魂系団たちが、最高の星、最高に光に満ちた惑星をつくり上げるために、日夜努力しているのです。

それゆえに、地球という星を最高度に進化・発展させ、大調和させていくことが、人間の最高の使命なのです。

この使命、この理想を実現するために、みなさんは、いろいろな個性を持った魂として、みずからの個性を最高度に発揮しながら、共同作業として、ユートピア創りに励むことになっているのです。これが、みなさんにできる最高の仕事なのです。

【大川隆法『ユートピア創造論』第一章「ユートピア創造論」より抜粋】
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あらためて、「幸福の科学」の原点を学んでまいりました。

ユートピアの原点とは、「私的幸福と公的幸福とをどちらも損なわずに両立させる考え方」であることを教えていただきました。これは、公的幸福のために私的幸福が犠牲にならない事を意味すると同時に、私的幸福ばかりでなく、同時に公的幸福をも完成させる考え方を打出しています。

これは、共産主義国家・全体主義国家のような、個人が国家の繁栄の道具のように取り扱われる考え方とは正反対の考え方です。幸福の科学は地上ユートピア建設として、「自由」・「民主」・「信仰」の実現を旗印として活動をしています。

また、「ユートピア創造の原動力」では、もともと「一」なる大宇宙の根本仏から分離して、根本仏の分け御霊である人間が、宇宙の二大原理「進歩」と「調和」の実現を担いつつ、魂の里帰り運動として、根本仏へと再び帰還することが、仏国土・ユートピア建設の運動であり、私たち幸福の科学メンバーが最終的に目指しているものであることを教えていただきました。

そして、最後に「人間の使命」について教えていただきました。
大宇宙の造物主が地球を、私たちの魂の修行場としてつくったのは、地球という星を最高度に進化・発展させ、大調和させていくためです。この使命、この理想を実現するために、私たちは、いろいろな個性を持った魂として、みずからの個性を最高度に発揮しながら、共同作業として、ユートピア創りに励むことを、根本仏である主から期待されています。これが、私たちにできる最高の仕事であることを教えてくださいました。
こんな話ができるのは、人間を創った人でなければできないことです。

あらためて、私たちの魂の親である、主の偉大さに、感謝を捧げるとともに、私たちの使命の大きさを自覚しながら、主への報恩業を共に誓わせていただきます。
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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第5章 智慧とは何か
2「慧」の種類
②三慧(さんえ)―後天的に得た智慧

a 聞慧(もんえ)―真理の知識を吸収すること
第一のものを「聞慧(もんえ)」といいます。字の通り、「聞いて得る智慧」という意味です。

ただ、何を聞いても「聞慧」になるかと言えば、そうではなく、魂の糧になる学びをしなければ、智慧にはなりません。これは主として仏教の教えということになりますが、広く言えば、真理に関わる教えです。当会で言うと、講演会を聴いたり、セミナーで講演を聞いたりして得られる智慧に基づく力です。あるいは、テープを聴いたりビデオを視たり、(※現在ではCDやDVD)、また真理の書籍を読むということも、意味的には同じです。このように、真理の知識を吸収することを「聞慧(もんえ)」といいます。

これによって、明らかに智慧が現れてくるのです。今まで理解することができなかったことが理解できるようになったり、今まで見抜くことができなかったことを見抜くことができるようになるなど、後天的な智慧が現れてきます。これは非常に大事なことであり、基礎なのです。これなくして、一躍、偉大なる叡智を手に入れようとしてもやはり無理があり、基礎訓練の部分はどうしても必要です。

ただ、この「聞慧(もんえ)」自体は、後天的なものであると言いましたが、ある意味では、「生得慧(しょうとくえ)」の延長であることも事実なのです。「学びたい」という気持は、みんな生まれつき持っているものなのです。真理に対する関心、尊いものを知ろうとする力、知りたいと願う心自体は、やはりある程度生まれつきのものがあります。

B 思慧(しえ)―思索によって得られる智慧
二番目には「思慧(しえ)」というものがあります。これは思索によって得られる智慧です。たとえば、私の説法を聞き、理解するわけですが、自分としては分からないところがない、要するに疑問なところ、不可解なところ、理解できないところがないような状態にまでとことん高めることを、「思慧(しえ)」と言うのです。

単に耳から聞いて覚えただけならば、これは知識の暗記になります。これも学習効果はありますし、そうした知識によって、さまざまな判断をしたりもできますが、まだ充分ではないのです。

思索することによって、自分自身のものとすることができるのです。その言葉の意味はいったい何なのだろうか。どういうわけで、きょう、師はこういう教えを説かれたのだろうか。それを深く考え、それによって自分のものとして身につけていきます。そうすると、また応用も利くようになってくるのです。このような深い理解のことを「思慧(しえ)」といいます。考えることによって正しい道理をつかむことができます。

もちろん、「思慧」といっても、単に考えることだけではなく、仏教の修行者であればほとんど瞑想状態にあるわけですから、定をしながら考えることでもあるのです。そうした意味では、次の「修慧(しゅうえ)」にもつながっていきます。深く考えるためには、自分なりに、それなりの環境づくりをしなければなりませんから、そうした瞑想状態で考えるということです。

【大川隆法『沈黙の仏陀』第5章「智慧とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【四無量心を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道する】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、五人の一般の方と新たに出会う

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」、悟りを得るために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史 

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