1 信仰心なき者に、良き未来はない。
【大川隆法『地獄へ行かないための言葉』より抜粋】
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こんばんは。主から頂いた奇跡の一日も残りわずかとなりました。
皆様と共に、一日の終わりに「主への感謝」と「復活の祈り」を捧げます。
三宝帰依を寄る辺として、主エル・カンターレへの信仰を貫くために、一日の始まりを希望と共に「四弘誓願」を立て、『エル・カンターレへの祈り』と『仏説・正心法語』で始めました。
そして日中は主のため、世のため、隣人を救うために、「正しき心の探究」と「地上仏国土ユートピアの実現」のために「四正道」と「六波羅蜜多」の実践をなすべく、私たちは御仏の御手足として働きました。本日も本当にお疲れ様でございます。
引き続き、純粋なる信仰を「復活の祈り」と共に主に捧げると共に、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
『主エル・カンターレよ、
主のため、世のため、隣人を救い助けるために、
仏国土ユートピア建設のために、
われらの今世の使命を、光の使命を果たすために、
主への道に立ちはだかる、あらゆる障害を取り除きたまえ。
あらゆる悪霊・悪魔を遠ざけたまえ。
われらを真なる幸福へと導きたまえ。』
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はじめに、今日の一日を振り返りつつ、一日一生の精神をあらたにすべく、『天御祖神 武士道を語る―現代に求められる真実の死生観』の教えを確認します。とても大切な教えですので、教典をお持ちでない方は、支部・精舎・全国の書店にてお求めください。【税抜1700円】
―今日、命がなくなったとして、おまえはそれで満足できるかどうか」ということを、日々、自らに問うということだな。そういう生き方をしなさいということだ。―天御祖神
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■『天御祖神 武士道を語る―現代に求められる真実の死生観』
一、武士道の根本にあるもの
〇目に見えない「魂」こそ自分自身であるとつかむこと
大川隆法「天御祖神の武士道」―。
天御祖神よ、天御祖神よ、
ご降臨たまいて、われらに、あなた自身の武士道に関するお考えをお聞かせください。
迷える日本の民に、世界の人々のために、あなたご自身の考えられた武士道を、今考えておられる武士道を、その中身についてお教え願いたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。(約五秒の沈黙)
天御祖神 天御祖神である。
質問者A 本日はお越しくださり、ありがとうございます。
天御祖神 うーん。
質問者A 今、武士道についても勉強を深めようとしているところです。『現代の武士道』(幸福の科学出版刊)という本も頂いているのですが、天御祖神様ご自身に、直接、武士道についてお話をお聞きしたことは、そんなにはなかったのかなと思いました。
天御祖神 うーん。
質問者A この際に、日本を創られたときに天御祖神様が教えとして説かれていた武士道精神的なるものがありましたら、ぜひ現代の私たちにも教えていただきたく思います。
天御祖神 私の武士道の基本はね、
「この地上に生まれた人間が、
数十年の人生を生きるに当たって、
自分の肉体を中心に発想するようになり、
それが煩悩となって自分を迷わし、
天上界に還ってこられなくなる。
これをどうやったら防げるか」
ということを考えた武士道ではあった。
つまり、見えている肉体よりも、
見えていない「肉体に宿りたる魂」こそ自分自身であるということを、
どのようにしてつかむかということが大事ではあると思う。
その方法として、やはり、
「精神を鍛える」ということを考えなければならないし、
「人生の一大事においては、
この世に命生き長らえるよりも大切なことあらば、
その身を捨てて、
その大切なもののために、
この世での命を捨てることも惜しまない。
それだけの勇気と胆力を持ちなさい」
ということであったかな。
※天御祖神(あめのみおやがみ)
『古事記』や『日本書紀』よりも古いとされる古代文献『ホツマツタエ』に出てくる日本民族の「祖(おや)」に当たる創造神。約三万年前、アンドロメダ銀河のマザー星から約二十万人を率いて富士山の裾野に降臨し、「富士王朝」を築き、日本文明の基を創った。「正義」「礼節」「秩序」「調和」等を人々に説き、その教えは、中国やインド、中東などユーラシア大陸へ、さらに世界各地の古代文明に広がるとともに、「武士道」の源流として現代まで脈々と受け継がれている。大宇宙の創造主にして地球神でもあるエル・カンターレの本体意識に近い存在の一人とされる。(『天御祖神の降臨』〔幸福の科学出版刊〕等参照)
【大川隆法『天御祖神 武士道を語る―現代に求められる真実の死生観』より抜粋】
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ここで一日の終わりに反省をする前に、反省がそもそもなぜ大切なのかについて経典『幸福の科学とは何か』から学びます。経典をお持ちでない方はこの機会に是非お求めください。【税抜1600円】
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■『幸福の科学入門―初歩からの仏法真理』
第5章「反省はなぜ必要か」
1反省についての考え方
本章では反省について話を進めていきたいと思います。
私は、幸福の科学で、この反省のことを、かなり重点を置いて話をしているつもりです。『太陽の法』のなかでも八正道について述べているように、「反省が大事だ」ということを繰り返し繰り返し説いています。
反省という考え方は仏教の根本にあると思ってもよいでしょう。
あるいは、ある意味では、仏教と言わず、宗教の根本にあると言ってもよいでしょう。反省は、「悔い改め」「懺悔(ざんげ)」「禊祓(みそぎばら)い」、こういう言葉と相通ずるものであり、呼び方は違えども、すべての宗教に、何らかのかたちでこれに近い考え方があるのです。
人間は、本来、実在界に住んでいますが、「地上界に下りてくると、実在界の記憶を忘れる」というシステムになっています。これによって、地上界で、さまざまな試行錯誤が起き、それゆえに人生の軌道修正が必要となってくるのです。
「生まれ変わりにおいて記憶が失われる」という事実を、不思議に思う人もいるに違いありません。「なせ、そうなるのか」ということを考えてみると、結局、こういうことなのです。
過去世、前世の記憶、実在界の記憶が、生まれてきた赤ちゃんの頭のなかにあって、その子が、「自分は、過去世で、こういうことをした」「自分は、天上界で、こういう役割をしていた」「自分は地獄に二百年ほどいた」などと言ったならば、その子の父や母は、どう思うでしょうか。
おそらく、「何という、ませた生意気な子供だ」と思うに違いなく、その結果、その子は、両親の愛を受けられなくなって、苦労することになります。
また、本人にとっても、そういう過去世の記憶が邪魔となり、今世において魂の磨きができにくいことにもなります。
生まれてきた子供に、どういう才能が眠っているか分からないからこそ、親は子育てに力を入れるし、子供も自分の勉強や努力に磨きがかかる面があるのです。
さいしょから、「この人は、このようになることが決まっている」と分かっていれば、例えば、一生の職業になるものが、はっきりと分かっていれば、それ以外の才能を磨く機会もなく、任県として、トータルでの人格向上が目指せなくなってしまうおそれがあります。
こういうことを総合的に考えて、人間が現世に生まれるときには過去世の記憶を忘れるようにしてあるのです。
そして、地上に生まれてからのちに、表面意識というものが発達し、この表面意識のなかに、今世において蓄積された知識や経験が詰まって、人間は、それを基に、さまざまな判断をするようになります。
意識には、表面意識のほかに、意識の八十パーセント、あるいは九十パーセントを占めると言われる潜在意識の部分がもちろんあるわけですが、これは、ときおり、その人の魂の傾向性として姿をのかせたり、あるいは、守護霊や指導霊のかたちを借りて、その人にインスピレーションを送ったりするようになっていきます。
このような、人生の不思議があるために、人間は、その人生行路において、ときおり、本来の自己というものを取り戻さなくてはならないのです。
人間は、この世で学んだ、「知と意」による教え、学問的な知識、あるいは人から教わったことを基にして判断しがちですが、それは、ともすれば、仏の心から離れていることが多いのです。
それゆえに、「仏の言葉を伝えている、光の天使たちの教えに基づいて、みずからの誤りを反省する」ということが大切になってくるわけです。
これが、たとえばキリスト教においても、「日曜日に教会へ行き、牧師の説教を聞いて『聖書』の言葉を基準に、自らの心を振り返る」ということを行なっている理由です。こういう習慣において、キリスト教には、ずいぶん進歩しているところがあると私は思っています。
仏教のほうでは、残念ながら、法事や葬式に追われて、なかなか、「心を振り返る」という機会を提供できないでいるように思います。
本来、宗教の役割というものは、「週に一度でも、仏神のことを思い起こして、みずからを振り返る」という機会を提供するところにあったのです。
【大川隆法『幸福の科学とは何か―初歩からの仏法真理』第5章「反省はなぜ必要か」より抜粋】
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今日の一日を振り返りつつ、1991年7月に説かれました『永遠の仏陀』を振り返ります。
仏弟子必携の重要経典ですので、お持ちでない方は是非お買い求めください。【税抜1800円・携帯版税抜1200円】
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■『永遠の仏陀』
改訂新版・まえがき
仏陀の教えには、深遠な真理が、平易な言葉で述べられている。
これをもって「最高」という。
また、投網を打つかのように、すべての人の機根に合わせた心の法が説かれる。
これをもって「最大」という。
さらに、揺るがない静かなる自信に裏打ちされた言葉で語られる。
これをもって「最強」という。
永遠の仏陀の法は、限りない神秘性と、冴え渡る合理性とを融合しつつ、ガンジス河のように、滔滔と流れてゆく。
二千五百年前の真理は、現在(いま)もまだ真理であり、三千年の後にも、真理であり続けるだろう。
これをもって、「最勝」と称するのである。
一九九九年 盛夏
幸福の科学グループ創始者兼総裁 大川隆法
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まえがき(旧版)
『仏陀再誕』(幸福の科学出版刊)に引き続き、この『永遠の仏陀』という書物を世に送る。
これは、最高、最大、最強の教えであるがゆえに、また最勝の教えでもある。
本書を手にし、そして読み進むならば、あなたがたは、確かなる勝利を手にするであろう。本書を読み、味わい、理解し、かつ実践して、人生に敗れるということはありえない。あなたがたは、いま、最高の瞬間を手にしているのだ。
この書をとくと読み進むがよい。さすれば、あなたがたが単なる物質の塊ではなくて、黄金色に光る永遠の存在であることが分かるであろう。
一九九一年 七月
幸福の科学グループ創始者兼総裁 大川隆法
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■『永遠の仏陀』
第1章 目覚めよ
〇仏弟子の証明
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
ふたたび、あなたがたに、大切な話をすることとしよう。
あなたがたの多くは、地上に数十年の人生を生きてきて、
かつてみずからが続けてきた、魂の修行を忘れているに違いない。
しかし、私は言っておく。
あなたがたは、過去、幾転生のなかを、
仏弟子として生きてきたのだ。
永い長い転生の過程を、
わが弟子として生きてきたのだ。
自分の心の内に、よくよく問うてみるがよい。
さすれば、深く、深く、求めるものがあるであろう。
道を求める気持ちがあるであろう。
何か崇高なるもののために、
たとえ、その道、厳しくとも、
力強く生きたいという願いがあるであろう。
その強い願いこそ、菩提心というべきものであるのだ。
かつてわが弟子であった証明は、
あなたがたの心に菩提心があることだ。
みずからの内を振り返りみて、
あるいは、かすかなりといえども、
深い、深いところまで求めている、ただならぬ心があるならば、
その人は必ずや、
かつて仏弟子であったと言って間違いないはない。
そう、そのようなあなたがたに、
私は、大切な話をしておくこととしよう。
【大川隆法『永遠の仏陀』第1章「目覚めよ」より抜粋】
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続いて、仏陀の教えに原点回帰すべく『釈迦の本心』を共に学びます。
本書も仏弟子必携の書となりますので、お持ちでない方は是非お買い求めください。【税抜2000円】
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■釈迦の本心
〇新版へのまえがき
本書は、釈迦の考え方を、現代人にわかりやすい形で書き下ろしたものです。内容的には、小乗仏教と大乗仏教にまたがったものとなっています。両思想は釈迦没後数百年にわたって展開されてきたもので、後世の弟子たちの付加したものもありますが、本質的なところは、下生時の釈迦の考えと、天上界に還ってから指導しはしめた釈迦の考えの双方が反映されています。
本書が一味かわった仏教思想入門になることを祈念します。現代という傲慢と不遜の時代は、そう長く続かないだろうという予言を込めつつ、
一九九七年 十月
幸福の科学 総裁 大川隆法
〇まえがき(旧版)
ここに『釈迦の本心』を刊行できましたことをたいへん嬉しく思います。
本書では、第1章で釈迦の出家・成道を物語ふうに再現したわけですが、第2章以下の各章では、釈迦の教えの真骨頂を現代的法理論として説明してみました。釈迦の全生涯そのものについては、いずれ本格的なものを世に問いたいと考えていますが、本書では、まず、思想の全景を鳥瞰(ちょうかん)してみました。釈迦の思想の骨格の部分が色鮮やかに再現できたと考えています。
八正道や六波羅蜜多、空の思想、縁起の法が仏教にうとい方でもよくわかるように解説されていると思います。
『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』の三部作同様、霊的啓示で書かれた本書が、多くの人々の心の糧となりますことを祈念してやみません。
一九八八年 八月
幸福の科学総裁 大川隆法
■『釈迦の本心』第一章 菩提樹下の悟り
1出家
本書では、『釈迦の本心』と題して、ゴーダマ・シッダールタ、いわゆる釈迦(釈尊、釈迦牟尼仏、仏陀)の悟りと、悟りを得てからのちの行動について、主としてその本心を探っていきたいと考えています。
したがって、背景説明はごく簡単なものとなりますが、「釈迦は出家してよりのち、いかにして悟りを開いたか。そして、数十年の伝道期間をいかに生き、いかに考えたか」ということを、その内面からとらえていきたいと思います。
釈迦の出家に関しては、すでに数多くの仏教書に書かれており、その内容も、八割がたはそのとおりと言ってよいでしょう。
釈迦の出家の理由は主として三つありました。
第一の理由は、内なるささやき、心の内からのうずきです。それは「王宮での安楽な生活のなかでは、どうしても自己の本懐を遂げることができない。何かもっと大きなものが、未知なるものが、自分を待っている」という、内からの強い衝動でした。
現代風に言うならば、野心家の青年が郷里を出るときに「何か大きな仕事をして名をあげよう」と思う気持にも、ある意味では似ているかもしれません。あるいは、将来の資質、天命の予感と言ってもよいでしょう。
それでは、第二の理由は何でしょうか。仏伝ではよく、「生老病死」に対する疑問の探究があげられています。これについては現在では、象徴的、寓話的に語られているようです。
「カピラヴァストゥに東西南北の門があり、東門より出づれば、年老いて老醜(ろうしゅう)をさらしている人あり。南門より出づれば、病の人あり。西門より出ずれば、病の結果、死んでいく人あり、北門より出づれば、出家者あり」
このように、「生老病死」で苦しんでいる人を見て初めて、「なぜ、そうしたことがあるのだろうか」と疑問を持ったと仏伝などには出ています。
しかし、そうしたことを二十九歳で初めて知るというのは、ありえない話です。本当の理由は別にあったのです。
ゴーダマが住んでいたカピラヴァストゥでは、月に一度ほど、出家修行者を呼び、その話を聞くという習慣がありました。現在、日本の皇室に御進講(ごしんこう)というものがあるように、当時のインドの王宮でも、月に一回は、出家して悟りを深めている人を招き、その話を聴いて学ぶということが、習慣として行われていたのです。
ゴータマは宮中の者たちと一緒に、そうした師匠の話を聴いていました。しかし、宮中の他の人びとは、出家者たちの話に心を打たれ、心を動かされていたのですが、ゴーダマだけは、彼らの話だけではどうしても納得がいかず、「彼らがやっていることは、実際、何なのか。ほんとうの悟りとは何なのか」ということに対して、強い哲学的衝動を持ったのです。
これが出家の根本の理由です。すなわち、王宮に来ていた僧侶たち、修行者たちの言葉に対する疑問の追究、探究ということです。
第三の理由は、「ひとりになって自分を見つめたい」という気持が強かったことです。
ゴータマは非常に瞑想的な体質であって、十代前半より、ひとりでもの思いにふけり、考えごとをするのが好きでした。しかし、当時のインドの王族の習慣にならって、納妃(のうひ)の儀がとりおこなわれ、第一妃ヤショーダラーをはじめ、第二妃ゴーパーや第三妃マノーダラー、侍女出身の側室である美女ムリガジャーの四人の妃がいました。
当時、妃が複数であった理由は、①王家の子孫を確実に残すため、②別々の宮殿に妃を住まわせ、王(王子)の居所を一定とせず、敵の夜襲を避けるため、③国政がただひとりの妃の意見で左右されないため、④王としての威厳を保つためなどでした。
ゴータマは美貌のゴーパーと最初に結婚し、次に身分も高く、誇り高いヤショーダラーを第一妃としました。のちにヤショーダラーは一子ラーフラのあとを追って出家し、尼僧となります。【※ヤショーダラーは現代に大川家長女、ラーフラは大川家三男に転生しています】
ゴータマは、毎日、そうした妃たちとの会話を重ねるにつけ、現代風に言うならば、「女性というものは、どうしてこれほどまでに、現実的でゴシップが好きなのか」と考えこんでしまったのです。女性たちの嫉妬心や独占欲にほとほと疲れたのも事実です。
こうした環境のなかでは、瞑想や哲学的思索にふけることが非常に困難でした。それゆえ、「なんとかして、ひとりになりたい」という気持ちがつのってきたのです。
また、自分のまわりには、妃たちだけではなく、さまざまな侍従や侍女がいて、ものごとを何か一つ決めるにしても、あるいは、なんらかの行動を起こすにしても、彼らの許可を得たり、伴の者を同伴したりしなければなりませんでした。そのために、「ひとりになって自分自身を見つめたい」という気持が強かったのです。
しかも、当時のインドの文化風土では、跡継ぎができて、残した妻子が十分に生活できるだけの経済的余裕がある人は、出家して山林修行者となってもよいことになっていたのです。今日の留学の考え方や、郷里から上京して勉強することなどに相当すると言ってよいでしょう。
このように、釈迦の出家には、主として三つの動機があったと言えます。
【大川隆法『釈迦の本心』第1章「菩提樹下の悟り」より抜粋】
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■真説・八正道
〇改訂・新版へのまえがき
原書は、今から三十一年前、著者残十二歳の折に、当時、西荻にあった幸福の科学道場での、四回連続の講義がもとになっている。
とても現代的で、初心者にも分かりやすい内容だ。
生・老・病・死の「四諦」と「八正道」が、釈迦仏教の、中軸と思われる。簡単には「四諦・八正道」と呼ばれる。この後に、「中道」の境地が生まれ、「智慧」が得られると考えられていた。
本書では原本のわかりやすさを生かしつつ、折々に、三十一年後の教団のありようと、根本仏教的思考を加味した。一層、魅力的な形で、世に問えることをとてもうれしく思っている。
二〇二〇年 五月三十日
幸福の科学グループ創始者兼総裁 大川隆法
〇旧版 まえがき
ここに幸福の科学の反省修法の理論的支柱として『真説・八正道』をまとめあげることができ、とてもうれしく思います。
本書は本年一月、幸福の科学道場において、中・上級者対象に四回連続で行なった反省法講義を再現したものです。反省としては何かを現代的視点で徹底的に解き明かしたつもりです。
本書をきっかけとして、読者が自己変革を実現され、新生活を開拓し、新しき生命を得られますことを心よりお祈り申し上げます。
一九八九年三月
幸福の科学グループ創始者兼総裁 大川隆法
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明日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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■伊勢支部精舎の理念■
100 パーセントエル・カンターレ信仰
―天御祖神と共に―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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・「信仰心と国を愛する心」という問題について言えば、やはり国民の信仰心がなくなったら、その国は衰退に入っていくし、いずれ滅びると私は思います。
・みなさんには、どうか強い信仰の思いを全国に発信していただきたいと思います。
―「信仰心と国を愛する心について」 ―2013 年4月21 日 伊勢支部精舎御巡錫―
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■伊勢支部の行動指針■
【菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して妖怪性を払拭する】
私たち、伊勢支部信者は、エル・カンターレ信仰をキチッと確立して、天御祖神の武士道精神のもと、仏教的精神を打ち立て、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設します。
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大宇宙の根本仏 唯一なる 主エル・カンターレよ
伊勢支部精舎は、今年落慶17周年、そして御巡錫13周年を迎えました。
2009年1月24日、日本の中心とも言われる伊勢の地におおいなる光の灯台を賜りましたことを仏弟子一同・伊勢支部信者一同心より感謝申し上げます。
そして、2013年4月21日に、伊勢支部精舎に御巡錫を賜り、御法話『信仰心と国を愛する心について』をお説きくださいました。主の御慈悲に心より感謝申し上げます。
私たち伊勢支部信者一同、主への純粋なる信仰の下、「主の復活の祈り」を通して
エル・カンターレ信仰を確立し、「愛」と「知」と「反省」と「発展」の四正道を日々実践し、主の御名と御教えを伝えます。
そして、われらが愛する、この伊勢の地を、三重の地に主の悲願である仏国土ユートピアを必ずや建設いたします。
私たち、伊勢支部信者は、菩薩の本懐である六波羅蜜多を推進して、自らの心に巣くう妖怪性を払拭します。そのために、三宝を熱く敬い、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道に帰依して、エル・カンターレ信仰をキチッと確立し、「天御祖神」の武士道精神のもと、仏教的精神を復活させて、伝道に邁進し、隣人を救い、私たちの愛する街に、必ず仏国土ユートピアを建設するために、以下のことを改めてお誓いいたします。
①私たちは、主から頂いた仏性を輝かせ、自らの善きものを隣人に分け与え、一切のみかえりを求めません。主から頂いた教えを必ず伝え伝道します。【布施波羅蜜多】
②私たちは、自らの戒を持ち、戒を守り、仏法真理の教学に力をつくします。
そして法友の育成・養成に力を尽くします。【持戒波羅蜜多】
③私たちは、主の御心を実現するために、目標を明確に持ち、実現するまで計画を実行しつづけます。【せん提波羅蜜多】
④私たちは、主の御手足となる本物の菩薩になるために、救世活動を日々の精進として積み重ねます。【精進波羅蜜多】
⑤私たちは、常に主を信じ、主を愛し、主と一体となるために反省と瞑想を重ね、祈りの生活を送ります。【禅定波羅蜜多】
⑥私たちは、主から既にすべてを与えられていること、主から愛されている自分を発見し、エル・カンターレ信仰さえあれば、あとは何もいらないという絶対幸福をえて、隣人と分かち合います。【般若波羅蜜多】
私たちは、主への報恩として 日本に 全世界に 「天御祖神」と共に、エル・カンターレ信仰を弘め地球ユートピアを実現してまいります。
主よ、私たちの信仰心が主の復活の力となり、主から預かりました伊勢支部精舎が、光の灯台として、一人でも多くの方に主の光を届けることができますよう、お導きください。主よ、まことにありがとうございました。
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8 もう今となっては、謝ることのできない人に対して、心の中で謝ってみよう。
【大川隆法『病のときに読む言葉』より抜粋】
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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TEL:0596-31-1777
■□■
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エル・カンターレ・大好き
