56 見ていないようで見ている人は仕事ができる。見られていないと思って、見られている人は仕事ができない。
57 口は一つ、耳は二つ。しゃべる二倍聞け。
【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
4月21日は主の伊勢支部御巡錫記念日です。2013年4月21日大川隆法総裁先生が伊勢支部に御巡錫されて御法話『信仰心と国を愛する心について』を賜りました。この御法話は経典『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』の第一章に所収されています。経典をお持ちでない方は支部や精舎、書店にてぜひとも拝受ください。【1800円(税抜)】
この聖なる日に向けて、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。
本日からは、教典『日本建国の原点』から伊勢支部御巡錫御法話「信仰心と国を愛する心について」を振り返ります。私たち伊勢支部信者にとってはとても大切な経典ですので、お持ちでない方は、是非いただいてください。【税抜1800円】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
■『日本建国の原点』第1章「信仰心と国を愛する心について」
2神や偉人の歴史を消し去ろうとする左翼史観
〇「天照大神」と「聖徳太子」を架空の人物にする左翼史観
もちろん、こうしたことについては、さまざまな左翼系の学者が引っ繰り返そうとして頑張っており、日本の歴史をいろいろと書き換えたり、批判をたくさんしたりしています。
例えば、今の歴史学者は、「天武天皇、持統天皇のころに『古事記』『日本書紀』が編纂されたが、特に『日本書紀』等でかなりつくりかえられた。持統天皇の人格が反映されて、天照という人格が創造されたのだ」というようなことを言って、日本の歴史を千三百年程度に縮めようと”頑張って”はいるわけです。
ただ、そうとは言い切れない面があるように思われます。
というのは、それより百年近く前の聖徳太子の時代(六〇〇年前後)に、隋の煬帝に宛てて、聖徳太子が国書を送ったのですが、このときに、「日出する処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無(つつがな)きや」と書いているわけです。
傲岸無礼(ごうがんぶれい)といえば傲岸無礼な、自信満々の言葉でしょう。「日が昇るところの天子が日の没するところの天子に国書を送る」という立場には、何とも言えないものがありますが、これは、朝貢外交などとは違って、明らかに、”挑発外交”です(会場笑)。「攻めて来れるものなら、来てみろ!」というような感じだと思います。
さらに、「恙無きや」ですから、隋の煬帝は怒って国書を破り、焼き捨てようとしたらしいのですが、「まあ、まあ」と諫められたため、いまだに遺ってはいるようです。
なお、聖徳太子は、「憲法一七条や冠位十二階を制定したり、その他、いろいろと改革を行った」ということになっているわけですが、これも、日本人にしては、あまりにも鮮やかにいろいろなことができすぎているので、今の歴史学者は、「そんなことがあってはならいいのではないか」と思うようです。そして、ついに「聖徳太子は架空の人だった。想像上の人物で、存在しなかった」というようなことまで言い出しました。
一万円札から、その肖像が消されると、すぐにこうしたことが起きるので、気をつけないといけません。(会場笑)。一万円札で使っていれば、そんなことを言う人はいないと思いますが、福沢諭吉に変わってしまうと、すぐにそうしたことを言う人が出てくるわけです。
しかし、生きていた証拠があまりにも多く出すぎているので、「聖徳太子が架空の人物だった」というのは、やや無理があるように思います。
架空のこととして、そのような物語を全部書けるはずがありません。「架空の人物が中国に送った国書が、届いて遺っている」などと言うことが、あろうはずもないので、実際にいた人物なのです。
そんなすぐれた人が過去の日本にいたら、恥ずかしいでしょうか。おかしいでしょうか。私は全然、そうは思いません。
結局、「日本は駄目な国で、過去にいてはいけないのだ」という強い信念の下に書けば、そういう人を全部否定していくことになるのでしょう。
【大川隆法『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』第一章「信仰心と国を愛する心について」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。
教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。
七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。
経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています
正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。
私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。
このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。
それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
光のみ 実在
愛のみ 実在
真理のみ 実在を
語り 伝える 菩薩なり
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
Believe in that The Light has Reality.
Believe in that Love has Reality.
Believe in that The Truth has Reality.
These are the Facts that should be Conveyed.
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
本日の解説も、経典『信仰論』から引用させていただきます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
この部分を読む際に、「私は菩薩なのだろうか」と疑問に思う人もいるかもしれませんが、この「菩薩」という言葉のなかには願いが込められています。菩薩とは、「仏になりたい」と願って修行している人のことでもあるのです。
菩薩とは、狭義では、「七次元世界の住人」と定義されますが、広義では、「仏になろうと志して修行をしている人」「仏になるという大願を掲げて修行し、伝道している人」「仏の助けをしようとして活動している人」―そうした人のことを言います。
したがって、菩薩には、仏を目指している人たちもふくまれます。ここでは、そうした広い意味での菩薩のことを言っているのです。
そして、みなさんには、真の菩薩への道も開けています。
【大川隆法 『信仰論』 より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
お祈りの経文のなかに「主への祈り」があります。
主への祈りでは、このように説かれています。
「主エル・カンターレよ
あらゆる光と
あらゆる力と
あらゆる智慧と
あらゆる愛の
根源の方よ
われらに 光を お与えください
われらに 力を お与えください
われらに 智慧を お与えください
われらに 愛を お与えください」
このように説かれてその後、お祈りの最後では、
「主よ
御光を お与えくださって
本当に ありがとうございます。
心より 感謝いたします」(合掌)
このように締めくくられています。
このように、光と力と智慧と愛の根源にあるのが私たちの主エル・カンターレであることが分かります。そして、光と力と智慧と愛が私たち信仰者のエネルギーの源であることが分かります。
主から御光のエネルギーをいただいた私たち光の菩薩が何をこの地上で行うかというと、
光のみが実在であり、
愛のみが実在であり、
仏法真理のみが実在であることを
語り伝えること。
つまり「伝道すること」が私たち光の菩薩の仕事であると教えていただいています。
大胆に極論してしまえば、
光・愛・仏法真理、以外のものは実在ではなく、幻のようなものであるといいきることができます。
おもえば、聖徳太子の格言に「世間虚仮、唯仏是真」とあり、世の全ては夢幻のようであり、唯一仏のみが真実である。といいきっています。
この真実を述べ伝える使命が私たち光の菩薩の地上でのお仕事となります。
日本語版の「正心法語」の
「我らは 皆 光の菩薩」の箇所を英語版正心法語では、
All of us could be The Light of Bodhisattvas.
となっており、直訳すると「私たちは光の菩薩になることができる」となります。
菩薩の法門は、すべての人間に開かれているということであり、また同時に、本物の菩薩になれるかどうかは、地上での私たちの修行次第であることも同時に意味します。
このように主は、私たち全員に、菩薩になる可能性を平等に与えながら、心の自由を同時に与えました。このように仏から生かされ、与えられた時間(生命)の中で、心の修行と与える愛の実践に取り組み、魂の自由を得ることができる―悟りへの道をお開きになりました。これこそが仏の人間に対する最大の慈悲なのではないかと私は思います。
主からいただいた、心の自由を最大限に生かして、「主を愛し」「主の法と一体となり」「われらの隣人を救い助ける」ことを日々目指してまいりましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
仏の国への導きについて、御法話より抜粋いたします。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
菩薩とは、基本的に仏になろうとして努力している人たちのこと。それは、より多くの人々を救い、助け、幸福にしていこうといていく人たちのことを言う。釈尊も菩提樹下で大悟し、仏の自覚を持つまでは、「自分は菩薩である」という自覚を持っていた。
仏としての自覚とは何か、直接、真理を獲得したという自信と真理に目覚めたということを、自信を持って他の人に説けるようになったということ。・・・
その信ずる心に基づいて、勇気を持って、行動してください。伝道にはまだまだ遥かに長い道のりが用意されている。数多くの人々に真理が届いていない。・・・彼らの無明を打ち破り、真理を伝道師、一人でも多くの人々を、入会へ導き、三帰誓願へと導いていってください。それは、仏の光の一部となるということ。そういう人たちを数多くつくってください。それが菩薩行であり、ある意味、菩薩になるための唯一の条件でもある。
【大川隆法 御法話「菩薩の条件」より】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■『心の挑戦』
第3章 禅定の本質
4 心の錆(さび)落としをする(反省)
ですから、常日頃そういう状態にない方が、「たまの休日に禅定でもしようか」と思って瞑想する場合、三次元波動をいったん遮断して、心の波がゆるやかになってきた段階、すなわち潜在意識の扉が開きそうになってきた段階で、まず心の錆(さび)落としをする必要があります。
心のなかに、デコボコといろいろなものがあって、そこにひっかかりがたくさんありますと、そのひっかかりの部分に、ちょうどロープでも結んで上がってくるように、悪霊が入り込んできますから、潜在意識との完全な交流に入る前に、まず自分自身の心のあり方を正していく必要があります。その際に、自分の思いと行いの一つひとつを点検していくことが大事になります。
では、まずは何を点検すればよいのか。通常の場合、いちばん大切なのは、まずその日一日を振り返ることです。
「今日一日はどうであったか。朝起きてからあと、自分の心のなかにどんな思いが去来しただろうか。それは正しい思いであっただろうか。人に対して悪い思いが去来しただろうか。悪いことを考えなかっただろうか。また、悪い行いをしなかっただろうか」―そのように、思いと行いについて、まずその日一日をふり返って行くのです。
そして点検してみて、悪いものがあったならば、「今度は、そういうことはするまい」と反省するのです。人に対して悪い思いを発したならば、「それは、どうも申しわけないことをしたものだな」と、きちんと反省をする。悪い行為についても、「もうこういうことはするまい、修正すべきことは修正しよう」と決意をすることです。
そして、きょう一日について心のクリーニングが終わったならば、さらに、その射程距離を広げていきます。
たとえば、ここ一週間のことについて思い出してみます。一週間ぐらいのことでしたら、わりに覚えているものです。この一週間ぐらいの思いと行いに関して、幸福の科学の書籍で読んだ仏法真理に照らして、それが正しい思いと行いであったかどうかを、ずっと点検してみます。
それが終わったならば、さらにもう少し広げて、この一ヵ月について考えてみます。「この一ヵ月の自分はどうであっただろうか。悪い思いは持たなかったか。悪い行いはしなかったか。あるいは、きちんと精進をしていただろうか。努力を怠らなかっただろうか。仏弟子としての使命を、おろそかにはしなかっただろうか。きちんと、やるべきことをやっただろうか」「一か月前と今を比べて、私は何かが前進しているだろうか。もし前進していなければ、仏からいただいた生命を無駄に使ったということになる」「自分は感謝というものをしているだろうか。自分が生かされていることへの感謝、仏への感謝、天地万物への感謝、また、多くの人たちの労力に対する感謝、こんな感謝をしただろうか」―こういうことを一ヵ月の反省と�
�てやってみます。
そしてさらに次には、この一年ぐらいをふり返ってみます。「ちょうど一年前の今頃、自分はどうであったか。それからの一年間、自分はどういうことを思って、どういうことを行ってきたか。一年前と今とでは、自分は前進しているだろうか、後退しているだろうか。自分の心の問題、性格の問題として考えていたものは、修正することはできただろうか。少しでも、進歩しただろうか。それとも悪くなっているのだろうか」。そうしたことを、この一年間についてふり返ってみます。ここまでしますと、だいぶ身体と心が澄んでまいります。
そして、さらに、自分自身を振り返る充分な時間がもう少しあるならば、できれば生まれたときからのことを、年代を区切って順番に考えることが大事です。「生まれてから三歳までの自分というのは、どういう自分であったのだろうか」それをちょうど映画のスクリーンでも見るように、心のスクリーンに映してみます。そうすると、そのスクリーンに映った自分の周りに、両親、あるいは兄弟、おじいさん、おばあさん、近所の人など、いろいろな方が現われてくるでしょう。そうした周りの姿をスクリーンに映しながら、三歳までの自分自身のあり方を考えてみるのです。
さらに、小学校に上がる頃までのことをふり返ってみる。次は小学校時代のことをふり返ってみる。中学生時代はどうであったか。高校に入ったらどうであったか、それ以降はどうであったか。そうした自分の人生の重大転機というものを境として、年代を区切って思い出していく。そして、もう一度現在の自分にまでたどり着く―。
そこまで反省をしますと、たいていの場合、思わず知らず両眼から涙が頬を伝っているものです。この涙こそが、実は、あなたがたの心の塵というものを流しているものなのです。
【大川隆法『心の挑戦』第3章「禅定の本質」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■□■□■□■
。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
■□■□■□
E-mail:ise@sibu.irh.jp
□■□■□
https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
文責:蒲原宏史
■

