(4/4-1)【基礎教学通信】94【4月4日】『仏説・正心法語』を読む35我らは 皆 光の菩薩―「信仰心と国を愛する心について」「日の丸」の国旗に信仰の姿を描いている日本―『心の挑戦』表面意識と潜在意識

『正心法語』を読む

53 毎日一歩をすすめようとしている人を、まわりは放っておかない。
54 頭の回転が速い人が、沈沈と考え始めたら、出世の前兆である。

【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
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4月21日は主の伊勢支部御巡錫記念日です。2013年4月21日大川隆法総裁先生が伊勢支部に御巡錫されて御法話『信仰心と国を愛する心について』を賜りました。この御法話は経典『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』の第一章に所収されています。経典をお持ちでない方は支部や精舎、書店にてぜひとも拝受ください。【1800円(税抜)】

この聖なる日に向けて、信仰・伝道・植福に私たちの最大の感謝と報恩の誓いを捧げさせていただきましょう。

本日からは、教典『日本建国の原点』から伊勢支部御巡錫御法話「信仰心と国を愛する心について」を振り返ります。私たち伊勢支部信者にとってはとても大切な経典ですので、お持ちでない方は、是非いただいてください。【税抜1800円】
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■『日本建国の原点』第1章「信仰心と国を愛する心について」
〇「日の丸」の国旗に信仰の姿を描いている日本

一方、日本の国旗を見てみると、シンプルな「日の丸」の旗です。「白地の真ん中に太陽を描いた」と言われており、おそらく世界で一番シンプルな国旗ではないかと思います。

これは、もちろん、日本という名前に「日」が入っているので、その字を取ったといえば、そういうこともあるでしょうが、この日の丸の「太陽」というのは、日本の信仰の象徴でもあるわけです。

根本を辿れば、「太陽信仰」というものがあり、天照大神という存在が国家神として認められ、伊勢を中心として、日本全体がそれを承認してきて、今の皇室制度は成り立っているわけです。

今、皇室については、よくわからないままに、世論が動いたり、評論家やマスコミなども意見を言ったりしていますが、そもそも、なぜ皇室は連綿と続いているのでしょうか。

「天皇は百二十五代続いている」と言われています。あるいは、別説によれば、「二百数十代続いている」という歴史書もあることはありますが、それについては”正統な”歴史家があまり認めていないので、百二十五代としましょう。その間、途切れずに続いており、「天照大神の子孫」ということで系図がはっきり残っているわけです。

また、憲法学者の、今は亡き芦部信義 
東大名誉教授も、憲法学のテキスト、教科書のなかに、「『何ゆえに天皇制があるのか。あるいは、何ゆえに、皇室が特別な地位を持っていて、そうした制度が憲法に書かれており、現在あるのか』と問われたときに、憲法学者として答えようとしたら、『皇室は天照大神の子孫である』ということ以外に、その根拠を述べることはできない」というようなことを書いています。

これは、宗教家や宗教学者が言っているわけではなくて、憲法学者がそう言いようがない」と、芦部さんははっきり書いています。

そういう意味では、日本はもともと祭政一致の国なのです。つまり、国旗のなかに、すでに信仰の姿が描かれているわけで、「この国は、太陽の神、ゴッド・オブ・ザ・サン(God 
of the Sun)を信仰する国なのだということです。

【大川隆法『日本建国の原点―この国に誇りと自信を』第一章「信仰心と国を愛する心について」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。

教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。

七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。

経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています

正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。

私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。

このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。

それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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我らは 皆 光の菩薩

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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。

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All of us could be The Light of Bodhisattvas.

※日本語版では、「光の菩薩」と表現されているのに対して、英語版では「光の菩薩になることができる」となっている点に違いがあるのが印象的です。菩薩の定義は、「悟りを目指して修行している修行者」という意味と、「仏の救済の助力者・人助けのプロ」としての意味があります。
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本日の解説も、経典『信仰論』から引用させていただきます。
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この部分を読む際に、「私は菩薩なのだろうか」と疑問に思う人もいるかもしれませんが、この「菩薩」という言葉のなかには願いが込められています。菩薩とは、「仏になりたい」と願って修行している人のことでもあるのです。

菩薩とは、狭義では、「七次元世界の住人」と定義されますが、広義では、「仏になろうと志して修行をしている人」「仏になるという大願を掲げて修行し、伝道している人」「仏の助けをしようとして活動している人」―そうした人のことを言います。

したがって、菩薩には、仏を目指している人たちもふくまれます。ここでは、そうした広い意味での菩薩のことを言っているのです。

そして、みなさんには、真の菩薩への道も開けています。

【大川隆法 『信仰論』 より抜粋】
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日本語版の「正心法語」の
「我らは 皆 光の菩薩」の箇所を英語版正心法語では、
All of us could be The Light of Bodhisattvas.
となっており、直訳すると「私たちは光の菩薩になることができる」となります。
菩薩の法門は、すべての人間に開かれているということであり、また同時に、本物の菩薩になれるかどうかは、地上での私たちの修行次第であることも同時に意味します。

このように主は、私たち全員に、菩薩になる可能性を平等に与えながら、心の自由を同時に与えました。このように仏から生かされ、与えられた時間(生命)の中で、心の修行と与える愛の実践に取り組み、魂の自由を得ることができる―悟りへの道をお開きになりました。これこそが仏の人間に対する最大の慈悲なのではないかと私は思います。

主からいただいた、心の自由を最大限に生かして、「主を信じ」「法を愛し」「隣人と一体となる」ことを日々目指してまいりましょう。それが最終的に「主を信じ、主を愛し、主と一体となる」ことにつながるのではないかと思います。

ちなみに、大乗経典によれば、阿羅漢の上の境地である、菩薩のレベルには52段階あります。仏の助力者としてプロと認められる菩薩は、この48段階以上の存在とされています。菩薩が修行すべき五十二段階は以下の通りです。因みに53段階以上が如来となります。

●菩薩が修行すべき五十二段階(十信を外凡、十住・十行・十廻向の三十位を内凡と称する)

①十信(じつしん)
菩薩が修行すべき五十二段階の最初の十位 仏の教えに入るものは、まず信による。
私たちが、三帰誓願をして仏弟子になると最初の段階である十信の仲間入りを果たし、人助けのプロ・仏の救済の助力者である菩薩を目指す修行者です。

②十住(じゅうじゅう)
菩薩が修行すべき五十二段階の第十一位から第二十位までをさす。心を真諦の空理に安住せしめるところ。悟りを求めて中道と空を体得するために仏道修行に専念する修行者です。

③十行(じゅうぎょう)
菩薩が修行すべき五十二段階の第二十一位から第三十位までをさす。利他行を行ずる位である。修行によって得た悟りの力・心の力を人助けに生かす修行者です。

④十廻向(じゅうえこう)
菩薩が修行すべき五十二段階の第三十一位から第四十位までをさす。自分が修めた功徳をひろく衆生に回し向けること。仏道修行によって得た法力を衆生救済のために廻向する修行者です。

⑤十地(じゅうじ)
菩薩が修行すべき五十二段階の第四十一位から第五十位までを十地という。
歓喜地・離垢地・発光地・焔慧地・難勝地・現前地・遠行地・不動地・善慧地・法雲地の十段階このうち、第七地と第八地以降との区別について、聖徳太子は独自な解釈を施しています。

⑥等覚(とうかく)正しい悟りを得た位 五十一位

⑦妙覚(みょうかく)迷いを滅し尽くし、智慧がまどかにそなわった位 五十二位

このように、菩薩にも、悟りの境地によってさまざまな段階があります。ですから、三帰誓願したばかりの菩薩とプロの菩薩とでは、精進の積み重ねにより、これだけの違いがあることは知っていてよいかもしれません。

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仏の国への導きについて、御法話より抜粋いたします。
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菩薩とは、基本的に仏になろうとして努力している人たちのこと。それは、より多くの人々を救い、助け、幸福にしていこうといていく人たちのことを言う。釈尊も菩提樹下で大悟し、仏の自覚を持つまでは、「自分は菩薩である」という自覚を持っていた。

仏としての自覚とは何か、直接、真理を獲得したという自信と真理に目覚めたということを、自信を持って他の人に説けるようになったということ。・・・

その信ずる心に基づいて、勇気を持って、行動してください。伝道にはまだまだ遥かに長い道のりが用意されている。数多くの人々に真理が届いていない。・・・彼らの無明を打ち破り、真理を伝道師、一人でも多くの人々を、入会へ導き、三帰誓願へと導いていってください。それは、仏の光の一部となるということ。そういう人たちを数多くつくってください。それが菩薩行であり、ある意味、菩薩になるための唯一の条件でもある。

【大川隆法 御法話「菩薩の条件」より】
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■「釈迦如来の意識で書かれた経典です!」
『仏説・正心法語』は、全編を私の潜在意識である釈迦如来の意識で書いた経典です。古い伝統的な仏教教団では、毎日、さまざまなお経を読んだり、題目を唱えたりしていますが、『仏説・正心法語』という経典が出されたということは、そうした古い経典類はもう要らなくなることを意味しています。

【大川隆法『信仰論』p.114より抜粋】
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ここで、仏教の基本に立ち返るべく、教典『心の挑戦』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―本書は、神秘的な宗教の世界に憧(あこがれ)、仏教的世界観を探し求めている人生の旅人たちにとって、絶好の案内書となることでしょう。―『まえがき』より
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第3章 禅定の本質
3 表面意識と潜在意識

もし、心の波長、心の波というものを調えることなく、精神集中、精神統一というものにのめり込んでいきますと、これがまた悪霊の憑依のもとになります。そして重度の霊障になる方がよくいます。

ですから、瞑想状態に入る前に、まず心の波を平らかにしていく必要があります。怒ってカッカしているような状態、心のなかに愚痴や不平不満がたくさん溜まっているような状態で精神統一をすると、地獄界の魔王や悪霊といわれるものに、非常に簡単に入り込まれてしまうのです。

三次元で暮らしていて、肉体中心の生活をしていますと、心の波も非常に三次元波動に染まりやすいのですが、これには功罪の両面があります。

功の面は、三次元波動を極端に持っていますと、悪霊もなかなかそれなりに取り憑きにくい点があることです。これは事実です。要するに、彼ら悪霊も、地上の人間とまったく同じようには生活しにくいのです。悪霊も、地上の人たちのように忙しくいろいろなことをするのには、なかなかついていけない部分があるわけです。

しかし、そのような忙しい生活には、そういうよい面がある半面、高級霊もまた感応しにくい、インスピレーションを降ろしたりすることが非常に難しいという、両刃の剣の部分があるわけです。

ところが、精神統一の状態に入ってくると、高級霊もかかりやすい半面、悪霊も非常にかかってきやすい状態になってきます。

表面意識、潜在意識という言葉が、一般によく使われますが、霊界との交流を始めるときには、潜在意識の部分の扉が開かなければなりません。そして、その潜在意識の扉を開けるためには、表面意識のほうを次第に鎮静化させていかなければならないのです。

表面意識とはいったい何であるかというと、たとえば、人と議論したり、忙しい計算業務をしたり、電話で話をしたり、書類業務をこなしているときのように、頭脳がいつもフル回転している状態のときに働く意識です。何か作業をするために、常に頭脳が活動している状態のときには、いわゆる表面意識というものが前面に出ています。

ところが、リラックスした状態になってくると、脳の活動を中心とした精神作用が次第しだいに鎮静化して、意識の水面下に沈んでいきます。そうすると、それとちょうど交替するようなかたちで、潜在意識という、通常は表に出てこない部分が浮上してきます。つまり、夢のなかでみなさんがいろいろな体験をされるような、心だけの世界、純粋な心の映像の世界が表面に出てくるわけです。

潜在意識の扉を開くときには、天国と地獄の両方から入ってこられる可能性、危険性があります。日頃、善なる心でもって生きている人、善なる念いと行いを心がけている人にとっては、表面意識を鎮静化させていくだけで、守護霊や指導霊といわれる、高級霊界の人たちとの交流が始まりますが、日頃、善なる念いを持つことが少なく、善なる行ないを心がけることの少ない人は、表面意識を鎮静化させることで、かえって悪霊の虜になることもあります。

ですから、以下、本章で述べる禅定の方法にしても、その人の心のあり方、行いのあり方が、現時点でどうであるかということと非常に関係があります。

通常の人は、自分自身の心を正すとか、正しき心の探究をするといったことは、まったくやっていないというのが普通であろうと思います。善とは何か、悪とは何かについて、哲学の時間か何かで考えたことはあったとしても、日常生活、社会人の生活をしていて、そのようなことは久しく考えたことはないでしょう。

自分が今、心のなかに描いたこと思ったこと、これは善いことなのか悪いことなのか、そういうことについて、いちいち点検している人は、なかなか宗教的な人格であると言えましょう。

一般の人は、心に思ったことについて、その都度、「これは悪いことを思ってしまった」「これは善いことを思った」というようなことを点検する習慣はありません。また、それを行動に移して行為をしたときに、「これは善いことをした」「これは悪いことをした」というようなことを、いちいち点検する習慣はないのです。

しかし、幸福の科学でしっかり勉強しているような宗教的人間になってきますと、心のなかの思いについて、「これは善い思いだ」「これは悪い思いだ」「いけないことを思ってしまった」というようなことを、一つひとつ点検することができます。また、行いについても点検することができます。こういう人であれば、いま述べたような心の統一状態に入っていっても、そうそうおかしくならないのが普通です。

【大川隆法『心の挑戦』第3章「禅定の本質」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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