96 人間として「品性」がないというのは、「教養」がないのと同義である。
【大川隆法 箴言集『人生への言葉』より】
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本日は35周年を迎えます「宗教法人設立記念日」です。皆様誠におめでとうございます。35年前の1991年3月7日に「幸福の科学が永遠に続くことになった始まりの日」です。「復活の祈り」と合わせて本日伊勢支部にて10時と13時、19時より「宗教法人設立記念式典」を開催します。皆様、主への感謝と報恩の誓いを捧げてまいりましょう。そして、発祥の時において、いかに盤石なエル・カンターレ信仰を打ち立て、揺るぎない形で主の法を後世に伝えることができるかが重要な使命であることを心に刻み、真理の法灯を子々孫々に継承していく決意を固めてまいりましょう。
なお3/7(土)~13(金)まで、「宗教法人設立記念式典」を開催させていただきます。宗教法人設立記念式典期間として、大宇宙の根本仏であられる主エル・カンターレ
大川隆法総裁先生に、
永遠の法灯を灯して下さったことへの感謝を捧げさせていただきます
おすすめの精舎限定経典&御法話CDは『真理の法灯は永遠に』が一万円目安と『信仰を守る勇気を』経典とCD各5000円目安です。是非お求めください。
もうあと三十年以上戦い続けられるか。
体を鍛え、頭を鍛え、心を鍛え続ける。
無神論国家を信仰国家に変え、
世界に真実と愛と平和を取り戻す。
弟子たちが成長し、組織が一層大ならんとすることを欲す。
されど「自助論」の限界まで、私は戦いをやめない。
その頃、コロナ禍の時代など、
はるか昔の話になっていることだろう。
(『真理の法灯は永遠に』あとがき より)
始めに、2017年3月7日に説かれました「魔境からの脱出」を引用して振り返ります。
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■『悪魔からの防衛術』第2章「魔境からの脱出」
4宗教修行者に訪れる「魔境」とは
〇“悪霊の拡大再生産工場”になっている間違った宗教の内情
しかし、それで大きくなった団体も現にあるので、何とも言えないものがあります。
例えば、霊動現象といっても、「体が動く」という意味での霊動現象が起きるところはたくさんあるでしょう。オウム教を信じた人は、体がピョンピョンしているのを「空中浮遊」であれば、浮かないといけないはずですが、膝を組んだままでピョンピョンしているのを「空中浮遊」と言っていたのです。ただ、あれくらいは動物霊でも十分起こせるので、それだけでありがたがってはいけないでしょう。
ほかにも、「組み手」といって、「お互いに手かざしをし、交互に悪霊を飛ばし合う」というようなことをする宗教もありますが、現実には不可能だと思います。「どちらか片方の人が、天上界の光を受けて、その光を放射する」というのであれば、憑いている悪霊を飛ばすことはできますが、「悪霊が憑いているもの同士で、お互いに手かざしをして取り合う」などということはできません。憑いている悪霊の入れ替わりはあったとしても、飛ばすのはそんなに簡単ではないのです。
やはり、浄霊を行うためには、浄霊する側の”心の窓ガラス”が曇っていない状態であることを自己確認できていなければいけないでしょう。自分でそれを分かっているぐらいでないと無理です。
ところが、間違っている宗教では、”お客さん”に繰り返し来てもらうために、「憑依霊や悪霊、悪霊は、何重にも憑いていることがあります。十二単(じゅうにひとえ)みたいに憑依霊をたくさん被っていて、手かざしをするたびに、一枚一枚、薄皮を剥がすように取れていくんですよ。だから、毎回、来てください」という感じでやっています。
その結果、道場のなかでは、毎回、”悪霊交換”が行われて、入り乱れており、実際には、悪霊が拡大再生産されているのです。まるで悪霊の集積地になっていて、集まってきているのでしょう。
そこは、不成仏霊を成仏させてあげない状態になっています。修行して法力を持った人が、お経をあげたり、強い念波で諭してくれたりすれば、成仏させることも可能ですが、それができていません。
さらに、そういうところへは、成仏できない霊たちが、「何かいいところがあるらしい」ということで、たくさん集まってき始めます。そのため、”悪霊の拡大再生産工場”になってしまうのです。
そういう意味で、道場で修行しているうちに、どんどん憑依が進んだりするようなことも、ないわけではありません。
5 魔境を乗り切るのに必要な「体力マネジメント」の要点
〇「体力」と「霊力」の関係
ただ、われわれとしても気をつけないといけないところはあります。
確かに、ある程度修行が進んでくると、何らかの念力が聞き始めたり、奇跡が起きたりすることもあるのですが、それが「永続する」と思ってはいけません。もし、多勢に無勢になったときには、だんだん負け始めることもあるからです。
まずは、常に天上界の太陽の光が届くように、自分自身の”心の窓ガラス”を磨いておかなければならないでしょう。そして、それと同時に、常に自分の協力者になるような人として、修行をしている「道の友」、法友たちに護られていなければ、結構厳しいことがあるのです。
当会の支部長あたりは、特に気をつけないといけません。ましてや「一人支部長」の場合、相手にする悪霊の数があまりにも多すぎて、家で寝込んでいる状態になる人もいるのではないでしょうか。
したがって、”充電”ということも非常に大事になります。
この世で生きていても、霊的に覚醒してくると、魂と肉体の分離をはっきり感じるようになってくるのですが、それでも、肉体自体は犬でも買っているようなもので、食物を与えなくてはなりません。また、運動も適当にさせなければいけないし、休息も取らせなければいけないのです。
もちろん、そのへんのバランスを取りながら、修行を続けていくとなると、なかなか自由にはならない面もあるとはいえ、この法則を一定以上乱すと、どうしても持ちこたえられなくなるところもあります。
やはり、いくら霊的に覚醒していても、完全な霊存在にはなれません。それは”死んでいる”状態であって、この世での仕事は終わってしまうでしょう。
たとえ、霊と肉体の分離を自覚し、霊的な意識でもって自分を見ることができるようになっても、肉体をもったままで修行している以上、この世での肉体機能を維持する部分は残ります。つまり、このあたりについてのマネジメントの部分は依然としてあって、この世的な部分でつまずくと霊力も落ちてくるわけです。
例えば、宗教修行には、断食というものもあります。これは、一定の方式に則り、限度を良く知った上で行う分にはよいでしょうし、先輩がいるような場合には問題はないかもしれません。しかし、単なる断食をすれば、普通は、霊力が弱って、悪霊の憑依を避けられなくなってくるのです。
もちろん、”現金なもの”で、元気がつくものを食べたりすると、パッと光が射して、力が出てくるようにもなります。それは、釈迦がミルク粥を供養されたときにも起きたことです。
したがって、特別な修行はあるとしても、一般的には、適切な栄養等を取るのは大事でしょう。
もし、このバランスを崩していたら、体に悪いものが出てきたりすることはあるのです。
【大川隆法『悪魔からの防衛術』第2章「魔境からの脱出」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。
教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。
七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。
経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています。私が全編読誦を強くお勧めするのには理由があります。
正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。
私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。
このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。
それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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黄色は 教え 法の色
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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
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Yellow is the Color of Teaching.
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光は霊天上界から降り注ぐエネルギーであり、力です。無色透明な光は、あらゆる色の光が一つの束になったものです。その天国世界では太陽の霊体である霊太陽から降り注ぐ光が、地上に降り注いでいます。
光の束の内、黄色の光線は法を意味し、仏の教えを意味しています。法とは、宇宙の法則を意味します。心の法則は、主よりさまざまに教えていただいていますが、似たもの同士が引き寄せ合う-「波長導通の法則」ですとか、原因があれば結果がある―「縁起の理法」などがあります。黄色の光線は仏陀の智慧-「悟り」を象徴する色です。
黄金光線は、慈悲の光線、であり、仏法真理の中心の光線です。九次元大霊では、黄色の光線は釈迦(エル・カンターレ)が担当しています。
主は光です。エル・カンターレの力は、透明な光として具現化されています。
その根源は、天国世界では、霊太陽として存在して、三次元世界では、太陽として存在しています。
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仏に三身ありと言われており、仏のお姿には「応身」「報身」「法身」の三種類あります。そのなかの最も尊いのが「法身です。これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。
そして、何よりも「光とは何か」を教える『仏説・正心法語』こそが、私たちの主、エル・カンターレの法身そのものなのです。
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最後に、経典から抜粋いたします。
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仏神は光です。
光は、あるときは粒子として顕われ、あるときは波として顕われます。
光が粒子として顕われたとき、そこに物質が出現します。
光が波として顕われたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。
仏神の心というものは、
凝集されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心というものは、
凝縮されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心が、
凝集された粒子というかたちではなく、波として顕われたときには、
想念の波動として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在します。
これが大宇宙の秘密なのです。
【大川隆法 『不滅の法』序章「心のなかの宇宙」より抜粋】
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■「読むと光が降りてきて、後光が出ます!」
・「正心法語」などを読んでいても、上からバーッと光が入って光の柱のようなものが立ってくるのです。
・それは、霊能者でも何でもない普通の会員の方でもそうです。「正心法語」を読んでいますと、光がパーッと降りてきて後光が出てきます。そういうふうになってきて、自分を救うことができるようになります。
【大川隆法『信仰と愛』p.163より抜粋】
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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第5章 智慧とは何か
4 この世的観点とあの世的観点
②苦楽中道と般若の智慧
『悟りの挑戦(下巻)』の第一章「中道からの発展」において、「苦楽中道」について述べました。「極端な修行のなかに悟りはない。また、この世的な快楽のなかにも悟りはない。中ほどに真理がある」という話です。この中道の考えは、どこから来ているのか。そもそも釈迦が中道をとった理由は、「般若を得るためには、中道に入らないと得られない」ということなのです。
たとえば、極端なヨーガの修行などを見てください。一日中、滝に打たれて、いったい何を智慧として得ることができるでしょうか。あるいは、インドの修行者のなかには、茨の上に寝たりする人もいます。茨の上に寝て、その痛みをこらえて”解脱”しようとしている人もいます。また、土のなかに潜ってじっとしている人もいますが、「肉体を苦しめることによって、はたして智慧が現れるのかどうか」ということを問うてほしいのです。
実際に、みなさんが深い洞察、直観を得られるときというのは、そういうときではなくて、リラックスしているときではないでしょうか。リラックスして、心が調和されて、明るく、温かく、伸び伸びとしている、そうした受け身の状態、受動的な状態にあるときに、智慧が得られるでしょう。ひらめきや霊的な直観というのは、くつろいでいるときに得られるものです。ですから、そのような激しい修行のなかで得られるものではないのです。
ところが逆に、快楽のほうに走り、この世的に単に居心地のいいほうに走って、修行をしなくなると、人間は精神力が弱ってくるのです。意志の力が弱ってくると、悟りを得る力が失われていきます。そのような、この世的に何もかも満たされた快適な生活だけをしていると、修行をしなくなって意志の力が弱り、また悟りが得られなくなってくるのです。ですから、修行もまた必要なのです。難行苦行というような、肉体を苦しめるところまでの修行をしてはいけませんが、精神を強める意味での修行は必要です。
戒律によって自分を律する。あるいは毎日しっかりと勉強する。ある程度、身体を鍛える。あるいは刻苦勉励し、克己精神を養う。こういう修行は大事なのです。それであってこそ、精神を高めることができ、悟りを得ることができるのです。
しかし一方、肉体を苦しめすぎると、今度はリラックスした状態での智慧というものは得られません。
適度に修行があって、適度に休めるなかに、偉大なる智慧が現れてくるのです。般若がそこに現われてくるのです。中道というのは、そうした極めて実戦的な立場から得られたものなのです。
贅沢三昧のなかでは、悟りは得られません。また、肉体をいじめているだけ、苦しみのなか、激痛のなかで、それを堪(こら)えようとしているだけで、どうして智慧が生まれてきましょうか。やはり、瞑想状態―心静かに穏やかにして、よろこびに溢れてくる状態にしないと、なかなか智慧は湧いてこないのです。そのような状態にしたときに洞察が湧いてきて、自分も他人も一視同仁(いっしどうじん・だれをも差別せず、すべての人を平等に見て一様に仁愛をほどこすこと)にすべてを見る智慧が湧いて来るのです。
【大川隆法『沈黙の仏陀』第5章「智慧とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【四無量心を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道する】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、五人の一般の方と新たに出会う
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」、悟りを得るために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史
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