(3/4-1)【基礎教学通信】63【3月4日】『真理の言葉・正心法語』をよむ4生命は歴史であり永遠に普遍―『悪魔からの防衛術』組織が大きくなると攻撃してくる「マスコミの法則性」―『沈黙の仏陀』識は般若を支える足腰の部分

『正心法語』を読む

92 外見の美ではなく、美しい人生を望みなさい。

【大川隆法 箴言集『人生への言葉』より】
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3月7日は「宗教法人設立記念日」です。1991年3月7日に「幸福の科学」は宗教法人格を取得して、その存在が公に認められ、「幸福の科学が永遠に続くことになった始まりの日」です。

「宗教法人設立記念日」は「幸福の科学」が宗教法人として、世に誕生したことを記念する日です。この日をはじまりとして、幸福の科学は永遠の法灯がともされることになりました。

「宗教法人設立記念日」には、大宇宙の根本仏であられる主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生に、永遠の法灯を灯して下さったことへの感謝を捧げます。

そして、発祥の時において、いかに盤石なエル・カンターレ信仰を打ち立て、
揺るぎない形で主の法を後世に伝えることができるかが重要な使命であることを心に刻み、
真理の法灯を子々孫々に継承していく決意を固めてまいりましょう。

おすすめの精舎限定経典&御法話CDは『真理の法灯は永遠に』が一万円目安と『信仰を守る勇気を』経典とCD各5000円目安です。是非お求めください。

もうあと三十年以上戦い続けられるか。
 体を鍛え、頭を鍛え、心を鍛え続ける。
 無神論国家を信仰国家に変え、
 世界に真実と愛と平和を取り戻す。
 弟子たちが成長し、組織が一層大ならんとすることを欲す。
 されど「自助論」の限界まで、私は戦いをやめない。
 その頃、コロナ禍の時代など、
 はるか昔の話になっていることだろう。

 (『真理の法灯は永遠に』あとがき より)

ここからは、2017年3月7日に説かれました「魔境からの脱出」を引用して振り返ります。
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■『悪魔からの防衛術』第2章「魔境からの脱出」
3 組織が大きくなると攻撃してくる「マスコミの法則性」
〇「攻撃開始」のサインとなった「宗教法人格の取得」

そのように、夏に東京ドームで初めて講演を行った一九九一年は、宗教法人格を取得した年でもありました。当時は東京都が申請先だったのですが、宗教法人課の職員は、『太陽の法』(幸福の科学出版刊)を読んで、「私たちも感じるものがあります」と言っていました。「宗教は平等ということで、いちおう教義のよし悪しや高低などについては考えずに、形式だけで見ることにはしています。ただ、『太陽の法』を読んで、これは、ほかのところとは違うと感じます」というようなことを言ってくれたのは覚えています。

その後、「オウム事件」が起きてからは、宗教法人の認証もかなり難しくなったようです。
あれからすでに二十数年がたち、宗教法人格を取得したところに生まれた世代の人が、今では二十代ながらも幹部要員で入ってくる時代になっているので、当時の時代感覚が分からなくなりつつあるところもあるかもしれません。

例えば、私の娘は、高校時代にチアダンス部に入っていて、東京体育館のような一万人規模の会場で演じたこともありましたが、父親が東京ドームで”変な格好”をして説法をしている昔の映像を観て、「こんな大きなところで何をしているの!?」というようなことを言っていました。「うーん、昔は普通にあそこでやっていたんだけどなあ。今よりもっと大きな会場で講演をしていたのを知らなかったの?」という感じの話をしたのを覚えています。

また、当時、長男はスタンド席あたりから私の説法を双眼鏡で見ていて、「あれがパパなの?」と言っていたようです(笑)。

そのように、チャレンジングな宗教法人取得の年ではありました。

ただ、その前日までは、マスコミ等は幸福の科学のことをほとんど話題にしてくれなかったのですが、宗教法人格を取るや否や、各雑誌や、さまざまなメディア、媒体にたくさん出るようになり、ガンガンにいろいろなことを報道され始めたのには驚きました。

当会としては、”それ以前と同じ”だと思っていたわけですが、宗教法人格を取ると優遇税制があるというところが関係あるのでしょう。つまり、宗教行為そのものに関しては非課税になったということです。また、不動産関係については、保有税や相続税系統のものも非課税になります。

なぜかというと、そういう税金をかけられると、お寺はなくなってしまうわけです。「散財相続したらお寺がなくなる」ということであれば、お寺は存続できないでしょう。代を引き継ぐごとに、墓地を半分ずつ売っていくことはできませんから、いちおう軽減措置ということで、税金がかからないようになっているのです。

もちろん、営利事業を行っている部分については、一般の会社よりは税率がやや低いものの、きちんと課税されています。ただ、それ以外の、宗教の本業のところについては、税金がかからないようになっているわけです。

これが、外部にとっては、うらやましいと言えばうらやましく、疎ましいと言えば疎ましいわけで、宗教法人化を「攻撃開始してもかまわない」というサインと捉えたのでしょう。いろいろなところに当会のことが出るようになって、結構集中的に批判を受けました。

やはり、このあたりは初めての経験に近かったので、自分では分からないのです。自分としては、「昨日もやった。一昨日もやった。今日も明日もやり続けるだけだ」という感じで、同じく一生懸命に走っているだけなのですが、どこかで扱いが変わることもあるわけです。

〇「どこから公人になるか」は、他の人を見て勉強しておくべき
そういう意味で、マスコミ等の報道で難しいのは、「公人」か「私人」かの分かれ目のところでしょう。それはとても難しいものがあり、自分で客観的に評価できる人はあまりいないだろうと思うのですが、いちおうラインはあるのです。

たた、これについては誰も教えてはくれません。「ここから先は公人です」というような一覧表があって、「ここからは週刊誌に載り、ここからはスポーツ紙に載り、ここからは五大紙に載って、ここからはテレビの七時から九時のニュースに出ます」などというように書いてはくれていないので分からないのです。そのため、ある日突然、報道されるようなことになります。

そのように、「自分の変化が、周りからどう見えているか」を知るのは、とても難しいことでもあるし、誰も教えてくれないのです。

したがって、あのあたりのことを知るためには、「自分より年上の人や、違う業種でも似たような扱いをされている人など、ほかのいろいろな人たちが、どのようなときに、どのような扱いをされていくか」ということを見て、勉強していかなければなりません。新聞の社会面や文化面、あるいは、週刊誌等、いろいろなものを見て、「報道してくれないと思っていたのに、報道したら、このようになるのだ」ということを、よく勉強しているとよいわけです。

【大川隆法『悪魔からの防衛術』第2章「魔境からの脱出」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。

教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。

七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。

私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。

私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。

このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。

それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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生命に よりて 歴史あり
生命は 永遠に 普遍なり

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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
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And Buddha’s Energy has made Human History.
It will be supplied eternally.
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光は、仏の生命であり、
仏の生命によって人は生きています。
そして、仏の生命によって、歴史があるということです。

歴史というものは、人と人との間に生まれる営みの記録であり、「愛の星 地球」の記憶でもあります。

ところで、

仏教では、原因と結果の法則が説かれています。「縁起の理法」とも呼ばれています。縁起に時間縁起と空間縁起いうものがあります。

日本人であれば、例えば、私という存在(結果)があるのは、父と母がいて、祖父や祖母がいて・・・突き詰めると3万年前の天御祖神様の時代に生きた祖先(原因)にまでさかのぼることができる存在です。このように時間の中の原因と結果を時間縁起と言います。

「普遍」という言葉は、難しい言葉ではありますが、 全体に広く行き渡ることや例外なくすべてのものにあてはまることです。

本日の引用部分は英語版の正心法語では、
People can live by this Energy.
And Buddah’s Energy has made Human History.
It will be supplied eternally.

となっています。
「生命」が「Energy」【力・エネルギー】Buddah’s Energy【仏の力】となっているところが注目すべきところです。
仏の力が人類の歴史を創り、仏の力が永遠にあらゆる場所へと供給され続けていることが記されています。

そういう意味では、歴史とは、人の時間縁起と空間縁起が、織物の経糸(たていと)と横糸を組み合わせて一つの大きな布をつくようにして出来上がるものです。そういう意味において、人は、主の慈悲の光の中で、悠久の時間を越えて、多くのものに生かされている存在ということに思い至ります。

私たち人間の歴史は、主が創造された時間と空間と光によって紡ぎ出されたものです。
根本仏は、もしかしたら大宇宙という織物を光という仏の生命によって織り上げているのかもしれません。

この世は諸行無常の世界であり、変転極まりない世界でありますが、無常の中にあって変わらないもの、それが「生命」であると教えていただいています。

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最後に、経典から抜粋いたします。
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仏神は光です。
光は、あるときは粒子として顕われ、あるときは波として顕われます。
光が粒子として顕われたとき、そこに物質が出現します。
光が波として顕われたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。
仏神の心というものは、
凝集されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心というものは、
凝縮されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心が、
凝集された粒子というかたちではなく、波として顕われたときには、
想念の波動として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在します。
これが大宇宙の秘密なのです。

【大川隆法 『不滅の法』序章「心のなかの宇宙」より抜粋】

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仏に三身ありと言われており、仏のお姿には「応身」「報身」「法身」の三種類あります。そのなかの最も尊いのが「法身です。これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。
そして、何よりも「光とは何か」を教える『仏説・正心法語』こそが、私たちの主、エル・カンターレの法身そのものなのです。

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■「読むことで、宇宙の叡智、人類の叡智とつながることができます!」
『仏説・正心法語』という経典は、釈迦の生命体から発された言魂で書かれているものです。これは宇宙の叡智、人類の叡智です。この光がみなさんの黄金のパイプを通じて伝わってくるのです。こういう経典が現にある以上、これを通じて無限の叡智へとつながっていくことです。         
【大川隆法『幸福の原点』p.155より抜粋】
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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第5章 智慧とは何か
3 識(しき)と般若(はんにゃ)
④ 識は般若を支える足腰の部分

別のたとえを使うならば、必ずしも宗教的な知性とは関係がないのですが、たとえば理想的な官僚というのがいるとすれば、その官僚の立場は識の立場に近いでしょう。そうした人たちは、非常に分析能力があり、書類をつくったり判断をしたりする能力を持っています。

また一方に、理想的な政治家がいるとすれば、この政治家は、非常に直観力や洞察力に富んでいて、どうすれば人々をまとめることができるか。全体の力を合わせていくことができるかということに、いつも心を配っています。このような理想的な政治家の立場は、般若の立場に近いわけです。

ですから、この世的なIQのほう政治家の平均IQのほうが政治家の平均IQより高いかもしれないし、官僚には頭のいい方が非常に多いのに、官僚が政治家につかわれているというのは、こうした洞察力のところが違うからなのです。ものごとの道筋を見ていく力、全体をつかむ力、「どういう判断をしたほうが全体的な利益になるか」という大局的な判断をいつもしているのが、理想的な政治家のあり方です。官僚は、一生懸命、事務仕事をしていますが、最期の判断はもっと高い境地からの判断に委ねるという、こういう感じに少し似ているかもしれません。

これは、宗教的な面で言うならば、たとえば、宗教研究家という学者の立場と、実践している宗教家の立場との違いが、この識と般若の違いに当たるかもしれません。

宗教学者というのは、宗教の本を読んで研究しても、論理性を一生懸命追究していきます。論理的かどうか、教義に整合性があるか、言葉が厳密か、ということをいつも研究していますが、宗教家というのはそうではありません。分析が必ずしも厳密ではないかもしれません。また、必ずしも論理的ではないかもしれせん。その人にとって必要なことを言うので、相手によって違うことを言ったりします。宗教家の言葉は、昨日言ったことと、今日言ったことが矛盾することもあるのです。しかし、学者の立場では、そのようなことはあまりないのです。

なぜ、宗教家はそうした矛盾することでも言うかというと、それは相手を救う、相手を助ける、あるいは何とかして解脱させるという観点から、相手に必要なものを出しているからです。その意味では、自己という自我意識が明確であれば矛盾することなのですが、自他一体ですべてが幸福になることを考えているので、一見この世的には矛盾するような行動や意見を言うことがあっても、全体で見れば確かに一つの目的に向かって進んでいるのです。そうした違いがあります。

ですから、宗教学者が宗教を研究するとき論理的にだけ分析していこうとする傾向がよくあるのですが、それで宗教を理解しえたとは言えません。宗教家の立場はそうではありません。やはり「人をどうやって導くか」ということをいつも考えているので、結果が素晴らしければそれでいいわけです。結果として人々が救われたらそれでいいわけで、そのために情熱を持ち、本質的なものを選び出して、そうでないものを切り捨てるという作業をいつもしています。

たとえば、官僚などが、「過去の事例や法律に基づけばこうなる」というように、杓子定規に判断していくのに対して、「法律が悪ければ、法律を変えるしかない」というような判断をするのが政治家です。過去こうしていたから今もしなければいけないかと言えば、必ずしもそうではありません。わかりやすく言えば、それが「識」と「般若」の違いです。

ただ、般若のほうが立場が上だからといって、識のほうを無視してよいかといえば、必ずしもそうでないことは、念を押しておきたいと思います。お寺のお坊さんなどは、そうした般若の智慧修行をずいぶんしているわけですが、この世的に疎(うと)いところがあって、疎さが結局、救済力を空しくしていくこともあるのです。ですから、識というのは、知性全体を肉体にたとえるならば、足腰の部分に相当するものなのです。足腰が弱いと頭の働きも悪くなるわけで、般若の働きといっても、足腰の強さも関係があるということを知っていただきたいのです。

また、宗教的人格、瞑想的なことを好む方というのは、よく失敗をしたり、悩みをつくることが多いのですが、それはこの世的なことでつまづいていることが割合に多いのです。普通の人なら「こうしたらこうなる」ということがわかるのに、それを知らないがために失敗をするのです。そして葛藤をつくって悶々(もんもん)とし、本能から脱せられないということで苦しむのです。

しかし、この世的な智慧があれば、スパッと切れることはいくらでもあります。「ああ、それはここが悪いのだ」「悪いことを考えている人はここにいるのだ」といえるところを、あまりにも宗教的な立場にこだわりすぎてしまうがゆえに、わからなくなって、悩みを大きくすることもあるのです。

ですから、識の立場を完全に捨て去るべきものではなく、「般若を支える足腰の部分である」というふうに思っておかなければいけないと思います。

【大川隆法『沈黙の仏陀』第5章「智慧とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【四無量心を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道する】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、五人の一般の方と新たに出会う

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」、悟りを得るために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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E-mail:ise@sibu.irh.jp
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https://hsise.com/
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TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
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文責:蒲原宏史 

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