(3/3-1) 【基礎教学通信】62【3月3日】『真理の言葉・正心法語』を読む3生命によりて人は生きる―『悪魔からの防衛術』東京ドームを説法会場に使ったときのさまざまな苦労―『沈黙の仏陀』如実知見

『正心法語』を読む

90 不死であることを望むな。永遠の光たらんとせよ。

【大川隆法 箴言集『人生への言葉』より】
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3月7日は「宗教法人設立記念日」です。1991年3月7日に「幸福の科学」は宗教法人格を取得して、その存在が公に認められ、「幸福の科学が永遠に続くことになった始まりの日」です。

「宗教法人設立記念日」は「幸福の科学」が宗教法人として、世に誕生したことを記念する日です。この日をはじまりとして、幸福の科学は永遠の法灯がともされることになりました。

「宗教法人設立記念日」には、大宇宙の根本仏であられる主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生に、永遠の法灯を灯して下さったことへの感謝を捧げます。

そして、発祥の時において、いかに盤石なエル・カンターレ信仰を打ち立て、
揺るぎない形で主の法を後世に伝えることができるかが重要な使命であることを心に刻み、
真理の法灯を子々孫々に継承していく決意を固めてまいりましょう。

おすすめの精舎限定経典&御法話CDは『真理の法灯は永遠に』が一万円目安と『信仰を守る勇気を』経典とCD各5000円目安です。是非お求めください。

もうあと三十年以上戦い続けられるか。
 体を鍛え、頭を鍛え、心を鍛え続ける。
 無神論国家を信仰国家に変え、
 世界に真実と愛と平和を取り戻す。
 弟子たちが成長し、組織が一層大ならんとすることを欲す。
 されど「自助論」の限界まで、私は戦いをやめない。
 その頃、コロナ禍の時代など、
 はるか昔の話になっていることだろう。

 (『真理の法灯は永遠に』あとがき より)

ここからは、2017年3月7日に説かれました「魔境からの脱出」を引用して振り返ります。
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■『悪魔からの防衛術』第2章「魔境からの脱出」
〇東京ドームを説法会場に使ったときのさまざまな苦労

なお、東京ドームで演台周りをつくる際は、クレーン車のようなものでセットを吊り上げたりしながら作っていました(一九九一年御生誕祭説法「信仰の勝利」。『理想国家日本の条件』(幸福の科学出版刊)。

あの時代、私は説法では法衣を着ていたこともあるのですが、紀子さまの服をつくる皇室御用達の方が当会の信者だったこともあり、それをつくってくれました。

ただ、法話の前日や当日にできあがって来るものがあったため、着てみないと分からないものも直前まであったのです。

例えば、靴にして、前日にはいてみたら、「あら、合わないんだけど」ということがあったり、法衣を着てみると、「これでは『オバQ』みたいなんだけど」ということもあったりしました(笑)。そのように、なんとなくおかしいけれども、もう直す暇がないようなことも多かったわけです。

また、頭には冠のようなものを被せられました。ローマ法王が被っているようなものをつくってくれたのですが、毎回、重さをあまり考慮せずつくっているのか、初めて被ってみると、時代劇のかつらのように重いのです。「これは、頭を傾けたら下に落ちますよ。頭部を直立にして動かさずに話さないといけない。『こんにちは』と言って挨拶したら、その瞬間に落ちそうなので、重さを考えていないんだろうな」という感じでした。(一九九一年エル・カンターレ祭説法「新世界建設」。前掲『理想国家日本の条件』所収)。

さらに、「龍に乗る」という演出をしたときは、クレーンを使ったのです(一九九四年エル・カンターレ祭説法「永遠の挑戦」。『永遠の挑戦』(幸福の科学出版刊所収)。クレーンの先端を龍の頭に見立ててアームを振るのですが、あとで、「あんな危険なことよくやらせたな」と言われました(会場笑)。落ちたら五メートル以上の落下となるので、もしかしたら”オダブツ”かもわからないような状況だったわけです。

そこで、私にできることとしては、事前に何ヶ月間かテニスの練習をしながら、万一のときには猫のごとく着地ができるようにしておくことでした。落ちることも想定した上で、「どうやって着地をするか」ということをイメージしながら練習し、足のバネを鍛えたわけです。

やはり、龍の上に乗ったときに、首を勝手に降られたりしていると、どうなるかわかりません。「ああ、振りすぎた!」というようなことがあったら、ポーンと飛び出してしまって、もう”終わり”です。当日になってみないと、どんな台が出来上がっているかもわからなかったので、恐怖といえば恐怖でした。”恐怖の東京ドーム”だったわけです。

東京ドームの法話では、演出で”象”に乗り、剣を帯びたまま説法をし、腰から剣を抜いて、「エル・カンターレ・ファイト」(幸福の科学における悪魔祓いの秘儀)を切ったこともあります。(一九九三年御生誕祭御法話「空と阿羅漢」。『信仰告白の時代』〔幸福の科学出版刊〕所収)。

ところが、出来上がった剣が重すぎて、ベルトに差すと下がってしまうのです(会場笑)。重さが三キロほどもあり、剣道をしていたことはあるものの、これを振るというのは、たまったものではありません。これで、「エル・カンターレ・ファイト」が切れるかどうかということです。

もし、映画等であれば、実際には軽いものを使いつつ、効果音を入れるなどして重量感を出し、それらしくするのでしょう。しか、私の所に届いた剣は、ズルッとベルトが下がってくるほどの重いものだったので、本番でも剣を抜きはしたものの、「これが振れるかな。腕力がそこまであるかな」と思いながら、必死で振りました。

それで振れなかったら笑いものでしたが、重さの指定ができなかったわけです。制作側はつくることだけを考えていて、デザインはあっても、出来上がってみないとどのくらいの重さになるかが分からず、けっこう重かったのです。

最初のころは、まだそこまでの演出はできていませんでした。東京ドームでの一回目の講演会(一九九一年御生誕祭説法「信仰の勝利」)のとき、スーツを着て胸にバラの花飾りをつけ、PTAの会長か何かのような普通の姿であらわれたわけです(笑)。

そのことについても記事で触れられていたこともありますが、ほかに考えつかなかったので、たまたまそうなっただけなのです。

そのときに、演台の後方に設置された階段を下りてくるという演出がなされたのですが、あとで俳優の南原宏治さんが、「先生をあんな恐ろしい目に遭わせていいのか!」と怒鳴り込んできました。

要するに、段が急すぎたわけです。「先生の体形からすれば、転げ落ちる危険性もかなり高かった。ものすごく危険なものだったのに、よく転げ落ちなかったものだ」と、事務局が怒鳴られていたのを覚えています。

確かに、階段のつくりを見ても、一段当たりが靴のサイズいっぱいいっぱいぐらいの長さしかないところを下りていきましたし、スモークも焚いていたので、「踏み外してコロンと落ちたら、それで”終わり”です」という状況でした。南原さんは、舞台やステージでの事故をよく見ていたのでしょう。そういうことも言われたりしましたが、こちらも突貫工事でお願いしているので、無茶は言えず、難しかったところはあります。

【大川隆法『悪魔からの防衛術』第二章「魔境からの脱出」より抜粋】
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さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。

教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。

七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。

私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。

私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。

このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。

それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
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生命に よりて 人は生き

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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
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People can live by this Energy
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光とは仏の生命であり、
人の生命は、仏の生命である「光」が小さく分かたれて、魂として肉体に宿っています。
それを仏の性質、つまり「仏性」(ぶっしょう)と呼んでいます。

私たち人の魂は、太古の昔に、もともと一つであった根本仏の光から分かたれた「分け御霊」です。そして、人は、形ある三次元世界では、別々の存在に見えても、本当は、それぞれが別々の存在ではなく、本来「仏性」を通して一体です。

私たち人間は主からいただく光によって生きています。
だから、今という時間は、主からいただく慈悲であり、仏さまからの贈り物です。
「一日一生」という言葉は、主の経典によく出てきますが、この言葉通り、仏の生命である光を預かり、いただいたその力を、今日一日の枠の中で、
主のため、世のため、人のために生かし切りたいと改めて考えます。
「一日一生」に関しては、主の時間論『黄金の法』の第一章「黄金の時間を創る」に詳しいので引用します。
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〇黄金の人生を創る・一日を黄金に変える魔術

数十年の人生を、長いと感じる人もいるでしょう。逆に、それを短いと感じている人もいるはずです。しかし、その人の人生の内容がいかなるものであっても、一日に朝があり、昼があり、夜があるように、人生にも朝があり、昼があり、夜があるのです。この事実を否定することは、だれにもできません。

ひとたび昇りきった太陽を、もう一度逆戻りさせることができないように、あるいは、沈みかかった太陽を、再び中空に引き戻すことができないように、あなたがたの人生も、後戻りすることは許されないのです。過去は、反省の材料としてあるだけです。未来は、未知数です。すなわち、あなたがたの手のなかにあるのは、現在だけであり、だれもが平等に、「一日」という、自分の「現在」と直面しているのです。

人生とは、一日の連続体だと言えます。一昨日があり、昨日があって、今日がある。そして今日があり、明日がある。ということは、よりよき人生を生きたいとするならば、一日一日を着実に生きてゆくしかないのです。黄金の人生を創ってゆくためには、一日一日を黄金に変えてゆくしかないのです。そして、一日一日が、すべて黄金に変わってゆけば、人生全体も、必ず黄金色の光を放つものとなるはずです。

勝負は、一日の中にあります。人生が金色に変貌するか否かの勝負は、一日二十四時間のなかにあるのです。すなわち、この二十四時間を、いかに有効に使うか。そこに、勝負があるのです。

人間は、時間の下に平等だといえます。たとえ、どんな大金持ちでも、どんな貧乏人でも、あるいは、いかなる偉人でも、いかなる凡人でも、人間はすべて、時間の下に平等なのです。どのような人に対しても、一日は二十四時間しか与えられておりません。逆に言えば、いかなる人にも、平等に、一日二十四時間が与えられているのです。

たとえば、お金は借りてくることができます。しかし、時間は借りてくることはできないのです。お金は貯金することができますが、時間は貯金をすることもできなければ、利子が増えて、一日が二十五時間になることもありません。したがって、昨日使わなかった時間を今日に持ち越して使うこともできないし、明日の時間を今日使うこともできないのです。

私は、本書を書きはじめたわけですが、過ぎ去った昨日の時間を使って書くことはできないし、まだこぬ明日の時間を使って書くこともできません。私に使える時間は、今日の二十四時間しかないのです。

そのために、今は、私は一字一字を書いているのです。そして、この一字一字が、金色の文字となって、読者の胸に溶け込むかどうかは、私が一日二十四時間をのなかの一秒一秒をいかに使うかにかかっております。一日を黄金に変える魔術は、私にとっても、この一秒一秒をいかに使うかにかかっているのです。

一日は、言うまでもないことですが、二十四時間からなっています。一時間は、六十分、そして、一分は六十秒。ストップ・ウォッチを片手に、毎日を生きている人はいないでしょうが、本人が意識しようがしまいが、人生の時間という名の砂は、砂時計のように、毎秒、サラサラと流れ落ちてゆくのです。

万人にとって、一日二十四時間が与えられており、無一物で生まれてきた赤ん坊は、時間の使い方次第で、他の人とはまったく違う人生を歩んでゆくことができるはずです。ですから、人生を、黄金色に変える魔術は、時間を人生の質に変える秘法だともいえるのではないでしょうか。

【大川隆法『黄金の法』幸福の科学出版 より抜粋】
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最後に、経典から抜粋いたします。
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仏神は光です。
光は、あるときは粒子として顕われ、あるときは波として顕われます。
光が粒子として顕われたとき、そこに物質が出現します。
光が波として顕われたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。
仏神の心というものは、
凝集されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心というものは、
凝縮されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心が、
凝集された粒子というかたちではなく、波として顕われたときには、
想念の波動として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在します。
これが大宇宙の秘密なのです。

【大川隆法 『不滅の法』序章「心のなかの宇宙」より抜粋】
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仏に三身ありと言われており、仏のお姿には「応身」「報身」「法身」の三種類あります。そのなかの最も尊いのが「法身です。これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。
そして、何よりも「光とは何か」を教える『仏説・正心法語』こそが、私たちの主、エル・カンターレの法身そのものなのです。

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「この一冊を理解するために、仏法真理の書籍が数多く出されています!」
・『仏説・正心法語』一冊を完全に理解するためには、幸福の科学の書籍のすべてが一種の参考書になります。ある意味では、この経典一冊を理解するために、仏法真理の書籍が数多く出されているといってもよいのです。
                      【大川隆法『信仰論』p.114より抜粋】
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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■『『沈黙の仏陀』第5章 智慧とは何か
3 識(しき)と般若(はんにゃ)
③如実知見(にょじつちけん)

この般若の立場を説明する言葉の一つに、「如実知見(にょじつちけん)」という言葉があります。「如実に知って見る」と書きますが、如実知見というのは、八正道においても非常に大事な言葉なのです。つまり「正見」の立場であるわけです。

戒・定・慧の「慧」というのは「正見」と「正思」に関係する、と仏教教学上はよく言われるのですが、正しく見るとはどういうことかと言えば、如実知見(にょじつちけん)なのです。如実知見とは「ありのままに見る」ということです。要するに、「白紙の立場で見る」ということです。

ところが、人間は先入観というものをそうとう持っています。生まれ育ってきた環境、教育や思想や心情などによる、非常に強い偏見があるのです。そして、その偏見のある目で、いろいろなものを見るのです。ですから、そこで得られた知識というのは、ほんとうの智慧に裏付けられたものとは言えません。かなりこだわった見方、偏った見方をしているわけです。

ところが、ありのままに見る、そのままに見る、白紙の立場で見るということによって、正しいものの見方ができるわけです。この白紙の立場で見る見方は、中道の見方と言ってもよいのですが、そうした見方が大事です。この如実知見(にょじつちけん)が、実は般若の智慧につながるものなのです。

この般若の智慧によって世界や人を見る場合、どのように見えるかと言えば、鏡に映すように見えてくるのです。円い鏡のなかに、自分も映る、他人も映る、世界が映る、そのような見え方をするのです。般若の智慧というのは、どちらかというと、「見る」あるいは「知る」ということにそうとうしてくるわけです。鏡に映すように見ていくわけです。

識の立場は、頭脳で判断しているという感じです。頭がものすごく働いていて、回転が速くて、ピッピッと分析している感じです。コンピューターなどを使っていると、そのような感じがするでしょう。

しかし、般若になると、「大円鏡智(だいえんきょうち・鏡で映すような智慧)」とも言いますが、別な言葉で言うと、皮膚の毛穴で見ているような感じに近いのです。全身で見ているような感じです。

たとえば、明かりがついている部屋のなかを、目で見ているような感じが識の立場に近いとすると、その部屋の明かりを消したらどうなるでしょうか。暗闇の中でしばらくじっとしていると、やがて周りにいろいろなものがあるのを感じるようになってきます。そのときには、目で見ているというよりは、毛穴で感じているような感じ方をします。すべてのものを全身で感じようとする動きが出てきます。般若というのは、そんな感じに近いのです。魂全体で感じ取ろうとするような力になってくるのです。

【大川隆法『沈黙の仏陀』第5章「智慧とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【四無量心を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道する】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、五人の一般の方と新たに出会う

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」、悟りを得るために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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文責:蒲原宏史 

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