13 新入社員が一人入ると、ベテランが一人、仕事ができなくなる。
14 だから、小賢しい知識を振り回したり、先輩に口答えしてはならない。
【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
3月23日は「大悟祭」です。大悟祭とは、1981年3月23日に、大川隆法総裁先生が、霊的覚醒を経て、自らが、根本仏にして地球神であるエル・カンターレであるという大いなる悟りを得られたことをお祝いする日です。
支部におきましては3/22(日)、23日(月)は、両日とも13時より、総本山・正心館(総本山開山30周年)より、全国・海外の精舎・支部・拠点(HSU・学園含む)に中継開催します。
伊勢支部では、3/29(日)まで、10時・13時・19時に復活の祈りと共に「大悟祭」を開催いたします。大宇宙の根本仏であり、宇宙のマスターでもあられる主エル・カンターレ大川隆法総裁先生の「大悟の瞬間」(1981
年 3 月 23 日)に思いを馳せ、人類救済の原点である主の大悟への心からの感謝を捧げます。
信仰は、悟りの高まりと共に深みを増していくものであると教えていただいています。『永遠の仏陀』ならびに、大悟祭に合わせて発刊予定の精舎経典『「永遠の仏陀」講義』からの学びを通して、大宇宙を創られた主の偉大さへの理解を深めるとともに、主に向かって悟りを高めていく精進を誓い、全世界にエル・カンターレ信仰を打ち立てていく決意を固めさせていただきます。
そして、主が「エル・カンターレの法」をお説きくださる未来を心から願い、主の心と一体となる念いを込めて、「復活の祈り」を捧げさせていただきます。
さて、ここからは1991年3月24日に説かれました大悟祭御法話『発展思考』を振り返ります。そののち、『仏説・正心法語』をともに読んでまいります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■初期重要講演集ベストセレクション7『許す愛』
第2章『発展思考』
3人間にとって本当の「知る権利」とは何か
〇今、なぜ「宗教の復権」が必要なのか
私たちは本来の世界を知りたいと思います。それが本当です。「人間」として、本当です。
本当の知る権利とは、あの世を知る権利です。「人間の本質を知る」という、「知りたい」という権利です。「死んだら、いったいどこへ行って、どのような生活が待ち受けているのか」ということを知らなかったら、生きているこの人生をどう生きたらいいかが分からないではありませんか。それをこそ知りたいのです。それが普通の人間なのです。
しかし、その普通の人間の普通の要求に応えてくれるものが、今ありません。教育にも道徳にもありません。宗教というのは、面白半分に見られることはあっても、さあ、どれだけの立場を、現代認められているでしょうか。
宗教とは、いちばん大切なものを、いちばん大切なことを教えるものであるのです。これは大事な大事なことであるのです。それを忘れています。
そのような逆転した価値の世界のなかを、私たちは生きているのです。そして、そのなかで日々毒されているのです。さまざまな有害なものの考え方で毒されているのです。
「自分は毒されていない」と思っても、工場排水の流れ込む池のなかで泳いでいる魚たちは、やはり次第しだいに毒されていくのです。それと同じように、私たちの生きているこの日常生活が、そのように混乱と地獄的なる思いで満ちているものであるならば、そのままでは染まっていかざるをえません。
それゆえにこそ、いま、「宗教の復権」ということが大事になっているのです。
殊に、真実の神の教えというものを明らかにしてくれることが、そしてそれを学べることが大事であるのです。
こうした、「真理を広げる」という仕事は、地上にこの日本だけでも二百万からあるところの会社の仕事全てをあわせたよりも大事なことであるのです。
【大川隆法 初期重要講演集ベストセレクション⑦『許す愛』第2章「発展思考」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
さて、ここからは、私たち仏弟子の生命ともいえる、「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。
教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。
七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。
経文にも、「ああ 七色が 相集い 仏の御国を 照らし出す」とあるように、「仏説・正心法語」は本来、七つの経文が合わさって一つの法身を表現しています
正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。
私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。
このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。この経文に関する主の御解説は経典『信仰論』に説かれていますので、伊勢支部にてぜひご拝受ください。「法力」という名の悟りと救済力と得るために必要な経典です。
それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように続きます。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
しかして 竿は 法語なり
人生の 急流にこそ 竿さして
小舟の 針路を 正しゅうす
法語 即ち 仏説なり
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
And, you also need a Bamboo Pole.
This Pole is the meaning of The True Words.
When you go down a rapid stream,
You need to punt in a stream,
Then you can change your course.
The True Words means The Teaching of Buddha.
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
正心法語では、人生を川に、肉体を舟に、霊を船頭に例えています。
孔子さまも、川の流れを見ながら、ため息交じりにこうおっしゃったと論語に遺されています。
「逝(ゆ)く者は斯(か)くの如きか。昼夜を舎(お)かず」
時間の流れは川の流れのようなものだと仰っていました。
ここでは、人生の荒波を漕ぎ渡る姿を、渓流を川下りする姿に重ねています。
川下りをする船頭は、見事な竿さばきで舵を取り、岩礁や浅瀬など障害をさけて、下流の目的地まで人や積み荷を運びます。
この激流を漕ぎ渡る上でとても重要なのが「竿」であるのだということです。
この「竿」にあたるものが、「法語」にあたるのだと教えてくださっています。
「法語」とは、主の教えのことです。主の説法はすべて経典(真理の書籍)として発刊されています。これまで世に降ろされた3500回を超える説法の内容がそのまま、3250冊を越える、主の著作となって世を救う原理となっています。大川隆法総裁先生の言葉はすべて仏言であり、「法語」です。経典の内容は法語そのものです。そして「法語」は主の直説金口とよばれる、主の口から語られた説法です。主の御教えは今や世界187カ国にまで広がっています。【※2026年現在】
有史以来、語られた言葉がすべて経典になるということは「仏陀」をおいて他にはいませんでした。私たちは、幸福の科学の信者は、現代に下生された「大川隆法総裁先生」の説法を心の指針として、自らの人生の航路を正しくする者です。そしてその教えを地の果てまでも伝え広げる者です。
幸福の科学の行動指針である「正しき心の探究」とは、主の言葉、大川隆法総裁先生の教えを学ぶことを通して仏神の心を探究することです。法語が私たちの心の竿なので、私たちは法語を失うと、たちまち舵を失った舟になってしまいます。まさに、舟が船頭もろともに岩に砕かれてしまいます。
これはとても重要なので繰り返しますが、
主からいただく一冊一冊の経典が、私たちの心の舵です。
主と共に生きるために、そして、隣人を助け合いするために必要な仏の教えです。
日々に数々の直説金口の説法を賜り、沢山の経典を私たちいただいていますが、
それは、主の全人類を愛し、生かし、許し、救いたいがために与えられた慈悲の塊です。
謹んで、経典を拝受して、魂の血肉とすべく、ともに経典「地獄の法」そして、「救世主からのメッセージ」を広げてまいりましょう。主の愛を世界中に広げるために。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
心の王国について経典から引用します。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・
〇心の王国
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
私はかつて、あなたがたに、
このように教えたはずである。
たとえ、おまえたちは、どのように穢れた肉体に宿っていようとも、
どのような、汚れた衣を身にまとっていようとも、
たとえ、その体が骨と皮になるとも、
おまえたちの魂は、永遠の王国を築いているのだと。
そうして、この王国の主人たる魂は、
この魂を、魂の動きを、
魂の躍動を統御してこそ、
はじめて本物の王者となれるのだと。
そして、自らの心の王者となるのは、
あなたがた一人ひとりがその資格を有するのであって、
あなたがた以外にその資格を有する者はないのであるということを。
よくよく思い出しなさい。
心の支配者となれと、私は説いたはずである。
心とは、
あなたがたが統御する力をつければつけるほど自由自在になり、
それは、天馬のごとく、空高く駆けることも、
地の上を駆けることも自由自在となる。
私はそのように説いてきたはずだ。
まず、あなたがたは、その教えを、その法の核心を、思い出しなさい。
自らの心を統御するのは、自ら自身であるということを。
そして、その心があなたがたに与えられているということは、
その心を統御するのは、自ら自身であるということを。
そして、自らの努力によって、
精進によって、
統御し尽くすことのできない心は、ないということを。
そういうことを、私はあなたがたに教えてきたはずである。
そうしてまた、私はあなたがたに教えたはずだ。
自らの心を鍛えた時に、
そこにいだいなる精神力というものが芽生えてくるのだと。
自らの心を鍛えることによって得たこの精神力こそ、
あなたがたの地上での魂修行の大いなる成果なのであると。
今世の修業は、
偉大なる精神力を得るための修業であるのだということを。
あなたがたの筋肉が鍛えられて力強い筋力を発揮するように、
あなたがたの心が鍛えられ、練られて、
はじめて、力強い精神力というものが発揮されるのだ。
そうして、いったん獲得されたこの精神力は、
もはや、隠すことができない。
もはや衰えることはない。
もはや、その価値を減ずることはない。
その力は、あなたがたの不朽の宝であるのだ。
そう、私は説いてきた。
人間の精神力は、鍛えれば鍛えるほどに力を増すものだとも、
私は説いてきた。
そうして、この精神力を鍛えるための方便として、
いくつかの修業があることも、私はあなたがたに説いてきたはずだ。
そう、私はあなたがたに、いくつかの修業の目標を与えた。
そのなかの最大のものは、執着を断てという教えであったはずだ。
【大川隆法 『仏陀再誕』第一章「我、再誕す」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
救世主は必ず、「真なる言葉」、「真実の言葉」で戦うもので、「地上の闇や無明と、真理の言葉でもって戦う」というのが仕事です。―『不滅なるものへの挑戦』p172―
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■「読んでいる人を霊視すると、口から光の玉が出ています!」
(反省の)最初に『正心法語』を朗読するということを述べましたが、なぜかというと、『正心法語』は言魂でできているため、非常に光の波動が強いからです。『正心法語』のなかの言葉全部がそうなのです。
同じ日本語でありますが、言葉の響きと配列によって、光のリズムが出てきます。ちょうど和音のようなもので、その言葉の配列によって、一定の信号になり、天上界への合図が出ているのです。『正心法語』を読んでいる人を霊視すると、口から光の玉が出ている姿が明らかに見えます。
【大川隆法『真説・八正道』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
仏に三身ありと言われており、仏のお姿には「応身」「報身」「法身」の三種類あります。そのなかの最も尊いのが「法身です。これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。
そして、何よりも「光とは何か」を教える『仏説・正心法語』こそが、私たちの主、エル・カンターレの法身そのものなのです。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
最後に、経典から抜粋いたします。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
仏神は光です。
光は、あるときは粒子として顕われ、あるときは波として顕われます。
光が粒子として顕われたとき、そこに物質が出現します。
光が波として顕われたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。
仏神の心というものは、
凝集されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心というものは、
凝縮されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心が、
凝集された粒子というかたちではなく、波として顕われたときには、
想念の波動として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在します。
これが大宇宙の秘密なのです。
【大川隆法 『不滅の法』序章「心のなかの宇宙」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
第7章 魔とは何か
4 悪魔の本質
釈迦が、ピパラの樹の下で禅定をして、もうすぐ悟りを開くというときにも、魔の洗礼はやはり来ました。もちろん、それ以前の、修行をしていた六年間にも、何度も立ち現れていたのですが、魔の側から見ると、「ゴータマ・シッダールタは、まだまだ悟りにはほど遠いようだ。肉体を苦しめれば悟れると思って修行しているようだから、今のうちはまだ大丈夫だ」と安心して見ていました。しかし、その後、釈迦は偉大な中道の真理を悟ってしまったのです。
「難行苦行のなかに真実の悟りはない。また、昔、宮殿のなかにいたときのような歓楽の生活、官能的な生活、物質に満たされた生活のなかでも、悟りは開けない。中道、すなわち精神的な磨きを常に忘れないながらも、肉体を酷使し、いじめすぎない状態、適度に緊張感を保ちながら、向上を目指している道のなかにこそ、悟りは開ける」ということを釈迦が知ったときに、「これは危ない。ほんとうの悟りをこれから開いてしまいそうだ」と、魔の軍勢が必死になって悟りを止めようとしたのです。
仏典に書かれていることを現代風に言うならば、魔王が、美しい娘をさまざまに変化させて、釈迦の気を引こうとするわけです。官能的な女性の幻覚を出して誘惑したり、宮殿に遺してきた自分の妻たちのイメージを抱かせて、「やはり国元に帰らなければいけないのではないか」という誘惑をするのです。妻の顔をして現れてきたり、それがだめなら絶世の美女の姿をして現れてくるのです。そして情に訴えてきます。
要するに、「このような仏道修行などしても無駄なのではないか。元の美しい生活に帰ったほうがいいのではないか」という誘惑をするわけです。魔界の者が、現実にそのような誘惑をしています。映画でも見せるようにしたわけではありませんが、そのような誘惑がありました。釈迦自身の心のなかにも、「己心の魔」、すなわち「はやり、もとの生活のほうがよかったのではないか。こんなことをしても、悟れなかったらいったいどうするのか」という、かすかな迷いが残っており、妻や子や両親への断ちがたい情の部分が感応しあって、そのような誘惑が成り立ったわけです。
しかし、釈迦はこれを見破り、「汝らは、実は、悪魔、魔王の手先であろう」「魔王の娘たちではないか」と看破するのです。
悪魔というのは、見破られるともうだめなのです。これが悪魔の本質です。見破られないうちは相手を騙せるのです。上手なことを言って誘惑する、あるいは囁きます。
霊能者といわれる人のところにも、さまざまな悪魔が来ていますが、見破られるまではみな親切で、その人が非常に言ってほしいと思っていることを囁いて、誘惑していきます。そして、さまざまな欲望を抱かせて、支配欲を膨らませ、その人を自由にしようとするのです。
ところが、本人が謙虚で、誘惑に迷わされずに、魔の正体を見破った瞬間に、彼らは正体を現わします。美しい美女の姿をしていたものが、口が耳まで裂け、目が爛々と輝き、牙が生えている姿に変わり、「はやり、これは魔女であったか」ということがわかります。
かくして、魔王の計略は失敗し、最期には自らも出向いてきて、攻め込んでくるということが経典に載っています。
このときに釈尊を苦しめた悪魔として、漢語で「悪魔・波旬(はじゅん)」という名前が経典に遺っています。原語では「マーラ・パピヤス」(mara
papiyas)といいます。
「パピヤス・マーラ」といわれることもありますが、そのような悪魔が釈迦の成道を妨げようとして、何度も繰り返して現われてきたわけです。
【大川隆法『沈黙の仏陀』第6章「解脱の意味」より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りを得るために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜・*:.:*・゜
■□■□■□■
。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
■□■□■□
E-mail:ise@sibu.irh.jp
□■□■□
https://hsise.com/
□■□■
TEL:0596-31-1777
■□■
FAX:0596-31-1778
□■
文責:蒲原宏史
■

