(3/1-1)【基礎教学通信】60【3月1日】「仏説・正心法語」を読む1大宇宙に光あり―『悪魔からの防衛術』総合本部の都心の「紀尾井町ビル」へ移転した際の逸話―『沈黙の仏陀』三次元的知性と宗教的知性

『正心法語』を読む

87 リーダーたるもの、恐怖心の虜(とりこ)になるなかれ。

88 リーダーたるもの、自分の死に場所を心得よ。

【大川隆法 箴言集『人生への言葉』より】
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3月7日は「宗教法人設立記念日」です。1991年3月7日に「幸福の科学」は宗教法人格を取得して、その存在が公に認められ、「幸福の科学が永遠に続くことになった始まりの日」です。

「宗教法人設立記念日」は「幸福の科学」が宗教法人として、世に誕生したことを記念する日です。この日をはじまりとして、幸福の科学は永遠の法灯がともされることになりました。

「宗教法人設立記念日」には、大宇宙の根本仏であられる主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生に、永遠の法灯を灯して下さったことへの感謝を捧げます。

そして、発祥の時において、いかに盤石なエル・カンターレ信仰を打ち立て、
揺るぎない形で主の法を後世に伝えることができるかが重要な使命であることを心に刻み、
真理の法灯を子々孫々に継承していく決意を固めてまいりましょう。

おすすめの精舎限定経典&御法話CDは『真理の法灯は永遠に』が一万円目安と『信仰を守る勇気を』経典とCD各5000円目安です。是非お求めください。

もうあと三十年以上戦い続けられるか。
 体を鍛え、頭を鍛え、心を鍛え続ける。
 無神論国家を信仰国家に変え、
 世界に真実と愛と平和を取り戻す。
 弟子たちが成長し、組織が一層大ならんとすることを欲す。
 されど「自助論」の限界まで、私は戦いをやめない。
 その頃、コロナ禍の時代など、
 はるか昔の話になっていることだろう。

 (『真理の法灯は永遠に』あとがき より)

本日から、2017年3月7日に説かれました「魔境からの脱出」を引用して振り返ります。
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■『悪魔からの防衛術』第2章「魔境からの脱出」
1幸福の科学グループ創業時の「戦い方」
〇総合本部の都心の「紀尾井町ビル」へ移転した際の逸話

今日、三月七日は、幸福の科学の宗教法人設立記念日なので、何か一つ法話ができればよいと思っていました。【2017年説法当時】

思い返すと、一九九一年に宗教法人の認証を頂いて、もう二十六年になります(説法当時)。認証を頂いた日は、ちょうど今日と同じ三月七日なのです。【※宗教法人設立記念日1991年3月7日】

当時の総合本部の場所は、東京都千代田区の「紀尾井町ビル」でした。そこへは、一九八七年の末に、杉並区の西荻窪駅の近くにあった事務所から移転しました。

その一九八九年の正月に、事務所の五十畳ぐらいの部屋で、私は職員たちに対し、「三年以内に丸の内進出!」と言ったのですが、そうしたら、その年の年末に紀尾井町ビルに入ることになったのです。

これは、実は、分不相応な出世でした。途中でワンクッションぐらい置くつもりでいたのですが、ちょうど手ごろな物件がなく、あそこまで行ってしまい、分不相応で苦しみを味わったのです。

西荻窪は、東京でいえば郊外に近い方ですが、当会は当時、その辺りに五十畳ほどの地上事務所と、地下にも事務所を持っていました。職員数は、五十人から百人、二百人になろうとしていたと思います。

その段階で、「東京のど真ん中に出て、日本一家賃の高い事務所に入る」というのは、いくら何でも、無茶と言えば無茶だったのですが、申し込みが通ってしまったので、「しかたがない。通った以上、行くしかあるまい。お金はないけれどもこれから、こしらえるしかない」という感じだったのです。

そのころ、当会においては、まだ、宗教としての基礎鍛錬ができておらず、お金を集めることも十分にできないでしました。

要するに、私も含めて会社員上がりの人が多かったので、今で言う「植福」、すなわち、お布施、寄付を頂くことが気恥ずかしかったのです。物を売ってお金をもらうのならわかるけれども、「何もしないで寄付してもらう」ということが、まだできないというか、分からないというか、そういう感じでした。

紀尾井町ビルに入居するに当たっては、「とりあえず補償金が五億円要る」ということでしたが、当時は月に一億円ぐらいでランニング(運営)していたので、五億円はありません。当時の事務局長が、全国を回ったかどうかは知りませんが、会員の方々に借入金を起こそうとして声をかけても、二億円ぐらいしか集まらず、五億円には届きませんでした。

また、当時、銀行はお金を貸してくれない状態でした。

そこで、私はビル側の担当者に大見得を切り、「来年、一九九〇年に、私は、五回、幕張メッセで大講演会をする予定になっている。一回で一億ぐらいの収入にはなるので、五回で五億円です。だから、払えます」と言って、入ってもいないお金の話をし、「社長によく言っておいてください」というように話したら、本当にそのとおりに言ったらしく、家賃が年に三億円ぐらいかかるところに入居できたのです。

その際、銀行残高まで調べられ、そんなお金は影も形もなかったのですが、入れることになりました。

これについて、「『宗教のことだから、どこか土を掘ってまたらお金が出てくるとか、畳の下か池の下からお金が出てくるとか、どこかにお金を持っている可能性があるのではないか』と向こうは思ったのではないでしょうか」と、幹部の一人は言っていました。「そこまで言う以上、どこかから出てくるのだろう」と思われたのか、結局、紀尾井町ビルに入れたわけです。

〇一九九一年三月七日、永遠の真理の法灯がともった
一九九一年には、確かに言ったとおり、幕張メッセで大講演会を行いました。ただ、紀尾井町ビルに入ったら、弟子たちは仕事より「人を採用すること」ばかりをしていたため、リクルートばかりがやたらと先行し、職員がどんどん増え、二百人ぐらいだった職員が、あっという間に千人ぐらいになりました。そして、一九九一年に千三百八十人ぐらいにまで増えたあたりで、「さすがに多いのではないか」ということになったのです。

入ったがみな支部長のようなことをできるかというと、そうではなく、訓練も教育もしていない、顔も名前も分からないような人を集め、要するに、日本一家賃の高い紀尾井町ビルで職員の研修ばかりやっていたのです。

そういう状態ではあったのですが、東京都のほうから、一九九一年の三月七日に宗教法人の認証が下りました。

そして、その日のうちに、私は、職員の前で、「これで永遠の真理法灯がともった」という話をしました。(注。その日は支部長等への研修会が開催されていた)。

ただ、実際には、それからが大変だったのです。「宗教法人の認証が下りる前とあとで、こんなにも違う」ということは、事前にはわかりませんでした。

その前年の一九九〇年には、幕張メッセに一万人を超える人を呼んで大講演会をやっているのに、マスコミは全く報道せず、週刊誌にも載りませんでした。一件ぐらい、厚い月刊誌にチラッと書かれた程度で、あとはまったく無視されていましたし、その雑誌に出ていい記事にはでたらめな内容も多く、けっこう間違っていました。

ほかには何も報道がなく、「注目されないものだなあ。ずいぶん、さみしいなあ」という気持になり、「これだけの規模で講演会をやっても注目されないとなると、いったい、どうしたらよいのだろう。来年、東京ドームででも講演をするか」と思っていたのです。

【大川隆法『悪魔からの防衛術』第二章「魔境からの脱出」より抜粋】
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さて、
本日から「仏説・正心法語」について共に考える機会を得たいと考えています。

教義として主よりたくさんの御教えをいただいていますが、その中心にあるのが、「仏説・正心法語」です。たくさんの仏法真理を主よりいただいていますが、数多の経典は「正心法語」を正しく理解するためにあるといっても、けっして過言ではありません。
「仏説・正心法語」は仏の光であり、仏の生命であり、私たちの力であり、仏弟子の生きていく寄る辺です。

七つの経文が収められていますが、「毎日、全編を繰り返し読誦してください」とお勧めさせていただいています。理屈抜きで、毎日、正心法語を読むと元気になるからです。正心法語は法華経・般若心経の一万倍の力があると教えていただいていますが、私たちサンガは正心法語の威力を十分に使いこなせていないのではないかと思います。
私も含めて皆様の中で、今日からさかのぼって一日のうち、正心法語の全編読んだ人がどれだけいるでしょうか。読経の習慣化が法力を生むことを私たちは主から教えていただき知りながら、なかなか実践できずにいます。実にもったいないことです。

私たちサンガ・幸福の科学の活動は多岐にわたっていますが、あらゆる活動の力の源泉は「仏説・正心法語」から生まれています。だから、この経文を毎日、読誦することを繰り返すことで、私たちは主より法力という名の力を授かることができるようになります。

このメールマガジンでは、日々の活動で「仏説・正心法語」からどのように活動のエネルギーを引き出していくかという視点で、お届けしたいと考えています。

なお、主の教典としては、会内経典『信仰論』(奉納目安10.000円)と経典『仏陀の証明』(税抜1942円)がございますので、ぜひご拝受ください。

それでは、「真理の言葉 正心法語」から始めましょう。「正心法語」はこのように始まります。
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大宇宙に 光あり
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本日の引用部分は英語版の「正心法語」-The True Words Spoken By Buddha-では、このようになっています。
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There used to be the light in the Great Universe.
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大宇宙を創造された根本仏は、一千億年前、三次元世界の創造を意図し、多次元宇宙を高次元から想像しながら、時間と空間と光によって約四百億年前に三次元を創造されました。これら三つは、宇宙を創造された根本仏の偉大なる発明品です。

「福徳増進祈願」では、その祈願の初めは「大天地創造の神よ」から始まっており、大宇宙を法で統べられる存在としてお祈りを捧げています。エル・カンターレ、すなわち、地上におわす、大川隆法総裁先生である主が宇宙で最も偉大なのは、根本仏の魂の記憶、すなわち、一千億年の記憶を持っているからです。

ところで、仏に三身ありと言われており、仏のすがたには三種類あります。まず「応身」これは仏が肉体として存在している姿です。この世でいえば大川隆法総裁先生が「応身」です。そして「報身」は、天上界や地上で仏の代理人としての如来の姿で下生している姿です。たとえばイエス・キリストや孔子、モーゼ、ソクラテスのような存在です。最後に法身ですが、これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。

ここで注目したいことは、大宇宙がまずあって、その後、「光」が創造された点です。
主におかれましては、御法話『ユートピアの原理』にあるように、根本仏は、3つの発明によって大宇宙を創造されました。それが「光」「時間」「幸福という発展の目標」です。

「大宇宙に 光あり」この言葉は、400億年前にすでに存在していた時間と空間の中から光が生まれた瞬間を表しています。一般的に「ビックバン」と呼ばれる現象ですが、とてもロマンを感じる経文の始まりです。「正心法語」は大宇宙に始まり、光から始まります。

「光」とは、単に、物理的、三次元的な「太陽の光」という意味にとどまらず、霊的な「智慧」「意志」「創造のエネルギー」等、「明るく」「建設的」で「積極的」「肯定的」な概念が含まれています。

仏説・正心法語は「光」から始まり、「光とは何か」を伝える聖なる経典です。
私たちの主であり、本仏大エル・カンターレ仏の法身とは「仏説・正心法語」なのです。

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仏に三身ありと言われており、仏のお姿には「応身」「報身」「法身」の三種類あります。そのなかの最も尊いのが「法身です。これは、肉体存在や目に見えるものではなく、宇宙を統治する法則としての存在です。たとえば、「原因・結果の法則」「波長同通の法則」「生々流転の法則」など、仏教で言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の「三法印」も仏の法身です。また幸福の科学の基本教義である「愛」「知」「反省」「発展」の四正道もエル・カンターレの法身仏にあたります。

そして、何よりも「光とは何か」を教える『仏説・正心法語』こそが、私たちの主、エル・カンターレの法身そのものなのです。

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最後に、経典から抜粋いたします。
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仏神は光です。
光は、あるときは粒子として顕われ、あるときは波として顕われます。
光が粒子として顕われたとき、そこに物質が出現します。
光が波として顕われたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。
仏神の心というものは、
凝集されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心というものは、
凝縮されて一点となれば物質となり、
それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。
仏神の心が、
凝集された粒子というかたちではなく、波として顕われたときには、
想念の波動として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在します。
これが大宇宙の秘密なのです。

【大川隆法 『不滅の法』序章「心のなかの宇宙」より抜粋】
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ここで、仏教の修業論に立ち返るべく、教典『沈黙の仏陀』を学びます。経典お持ちでない方は、ぜひお求めください。【1800円税込み】
―仏陀入滅して二千五百年。その教えは沈黙の中におかれた。しかし、その真意を解く鍵は、修業論のなかにある。沈黙の仏陀の声なき声がそこにある―『まえがき』より
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第5章 智慧とは何か
3 識(しき)と般若(はんにゃ)
①三次元的知性と宗教的知性

「慧(え)」という言葉で表されているものは、別の言葉で「般若(はんにゃ)」と言われることがあります。「般若の智慧」とよく言います。「般若」という言葉は、当て字であり、もともとは「パンニャ」と言うのですが、これを音写して、漢語で「般若」という言葉を当てたのです。

智慧というものを深く考えていくときに、どうしても分けて考えておく必要があるのが、「識」と「般若」という二種類の言葉です。

識という言葉は、簡単に言えば、かなり三次元的な力を持った知性です。もちろん、これは三次元以降の世界にもあるのですが、きわめて現実的な知性、あるいは、この世的に積容姿やすい知性です。この世的に、「仕事ができる」とか、「頭がいい」とかいう場合には、この識の部分と関係しています。要するに、頭がいい、頭脳が明晰な人、学校の秀才などの智慧というのは、この識に当たるものなのです。

一方、般若は「慧(え)」に当たるわけですが、識が「三次元的知性」を中心とするならば、般若は「宗教的知性」とも言うべきものです。あの世的な情報、あの世的な力に裏付けされた知性でもあると言えると思います。

識というのも、一つの知的な判断、知的な力ですが、その内容としては、区別する力、あるいは判断する力、分析する力など、こうした力です。これは学校の学問でよく身につけている力であり、社会に出てからも、実務能力、書類を処理する能力など、非常に有力な力です。学校で学び、実社会に出てから実際によく使っている能力であり、これによって、かなり評価が分かれることもあります。頭がいいか悪いかなどと言うのも、よくこの能力で言われます。試験で受ければすぐに百点を取るようなタイプの方は、この能力がかなり高い人です。

また、識は、かなりの部分が自我意識に裏付けられています。自己というものが非常にしっかりとしていて、自己認識をし、また他人をよく見て分析しています。自分の立場から、自分の目で人をよく分析するのです。

西洋的な知性なども、かなりこれに近いと思います。西洋の大学などで、勉強すると、こうした知性がよく身につきます。判断力や分析力などが、非常によく身につくのです。そのような学問的な土台があるため、西洋的な地の伝統というのは、かなりこの識に立脚しているところがあると思います。

たとえて言えば、手の指というのは、一人ひとりを指して示すことができます。「AさんとBさんとは別の人」とさして示すことができます。しかし、指はどう頑張ってもその指自身を指すことができません。「これが人差し指ですよ」と、人差し指で指せないのです。こういうところに限界があるわけです。自分の目があって、「他人は見えるが自分が見えない、これが識の特徴です。

別のたとえで言えば刀です。刀はものを切ることができます。紙も切れるし、人も切れるように、他の者は切ることができますが、刀で刀自身を切ることはできません。他に対しては働くことができますが、自分に対しては働けません。これが、分析能力や、区別する能力、判断する能力に当たるのです。

一方、般若のほうはどうかというと、識が分析していく力であるのに対して、つながった面や、全体を見ようとする傾向が非常に強いのです。あるいは、統合していく力、統合して認識していく力が強いのです。

そして、さらに般若そのものに踏み込んだ説明をすると、洞察力、あるいはじかに見抜く力である直観力、これに近いのです。

ですから、識が、分析・分類し、区別していこうとする知性、働きであるのに対して、般若というのは、統合的にものを見ていこうとする、すべてを見ていこうとする傾向が非常に強いのです。

たとえを出すと、般若とは灯火(とうか)です。ランプの火でも、灯籠(とうろう)の火でも蠟燭(とうそく)の火でもよいのですが、灯火というものは、その光によって周囲を明るくします。灯すと部屋が明るくなります。そして、部屋を明るくする力を持っているだけではなくて、みずからを明るくする力を持っています。識が指や刀にあたるとすれば、般若のほうは、灯火のように、自分自身を明るくしながら周りをも照らしているのです。

ここまで考えてくると、「利自即利他」という言葉も頭の中に浮かんでくるかもしれません。
自分をまず悟らせて、その悟りを広めていくという教えがありましたが、「どうやら、そのへんにつながっていきそうな思想だな」ということがわかってくると思います。般若は、自分をも光らす力を持っているのです。

【大川隆法『沈黙の仏陀』第5章「智慧とは何か」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。

エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。

【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。

■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【四無量心を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道する】

■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、五人の一般の方と新たに出会う

■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」、悟りを得るために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、植福を習慣にする

信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え

戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。

これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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