26 エゴイストが何人集まっても、エゴイストの集団である。
【大川隆法 箴言集『コロナ時代の経営心得』より抜粋】
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10月16日(金)に本当会の映画29作目の映画『影を売る女』が全国の映画館で公開予定です。
映画『影を得る女』は、「平凡であること」「普通であることの幸福」「玉の輿願望や裏道の成功を望むことの空しさ」といった教えが込められた大切な宗教映画です。自分の影を売ることを引き換えに、さまざまな自己実現をする主人公が、さまざまな葛藤を持ちながら、本当の幸福とは何であるのかを知る文学的作品となっています。
日本神道にありがちな御利益信仰による幸福がいかに虚しいものであるか。物質的幸福に目が眩む現代人に目覚めを与える映画となっています。この映画を機縁として、一人でも多くの方を入会・三帰へと導いてまいりましょう。
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さて、私たち、幸福の科学の信者の幸福とは「悟りの幸福」です。私たちは、「正しき心の探究」を通して「愛と悟りとユートピア建設」をこの地上に実現するための使
命を仏から与えられ、その実現のためにすべてを既に与えられました。
ここで、お釈迦様の教えである仏教的精神を振り返り、私たちの幸福を全世界に述べ伝える原動力となすべく、教典『悟りの挑戦(上巻)』を共に学びます。経典をお持ちでない方はこの機会に是非ご拝受ください。【税込み1800円】
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さて、私たち、幸福の科学の信者の幸福とは「悟りの幸福」です。私たちは、「正しき心の探究」を通して「愛と悟りとユートピア建設」をこの地上に実現するための使命を仏から与えられ、その実現のためにすべてを既に与えられました。
ここで、お釈迦様の教えである仏教的精神を振り返り、私たちの幸福を全世界に述べ伝える原動力となすべく、教典『悟りの挑戦(上巻)』を共に学びます。経典をお持ちでない方はこの機会に是非ご拝受ください。【税込み1800円】
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■『悟りの挑戦(上巻)』第6章「業と輪廻」
1「業」と宗教
本章では、前章の縁起論の延長として、言い残した部分である「十二縁起」との関連で、生まれ変わりのシステムについて述べたいと思います。
「業と輪廻」というテーマですが、「業」(カルマ)という言葉は、聞くことがよくあると思います。結局、人間として生まれて、生きて、死んでいくまでの間につくってきた傾向性を「業」というのです。それは傾向性であるがゆえに、いったんできあがってしまうと、それに基づいて、新たな念いや新たな行動というものが起きてくるのです。みずからが生み出した魂の傾向性ではあるが、いったんできた以上、それに基づいて自分の念いや行動まで左右されていくようになります。そのようなもののことを「業」と言うのです。
実は、「業」のところをあれこれと分析して、人間としてのほんとうのあり方、生き方とはどういうものかを教えているのが宗教なのです。そして、宗教が道徳に止まらないところは、来世とのかかわりにおいて今世の生き方を教えているところなのです。来世と今世との関係を説明しながら、人間の生き方を追究する、そこに宗教としての本来の姿があるわけです。
これは、哲学や道徳、あるいは医学などでは教えてくれないところです。本来、宗教とは、そのような総合学であって、総合的な人間学であり、天地万物すべてのなかを生き抜いていく人間の生き方を教える学問でもあったわけなのです。
「十二因縁」という考え方は、仏教を学ぶ方は、必ずどこかで目にしたことがあるでしょうし、聞いたことがあるでしょう。十二個もあるので、たいていは覚えきれなくて四苦八苦するというのが普通のようです。確かに、覚えられないものだろうと思います。その理由は、もともと釈迦がつくったものではないからです。後世の研究熱心な弟子たちが、「もっと分析できないか、もっと分解できないか」と十二個まで増やしていったというのが真相なのです。
【大川隆法『悟りの挑戦(上巻)』第6章『「業」と輪廻』より抜粋】
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さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとしている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。基本三部作の『太陽の法』を引用しながら、幸福の科学の教義を共に学びます。なお、経典『太陽の法』は、光とは何か。仏法真理とは何か。という問いに答える幸福の科学の教えの基本です。経典をお持ちでない方は、是非この機会に拝受ください。【税抜2000円】
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■『太陽の法』第2章「仏法真理は語る」
9 一念三千
思い→想い→念いとだんだん力を得てくるおもいの力があるわけですが、そこから、さらに一歩進んで、一念三千ということについて説明しましょう。
この一念三千について、かつて、よく話をしていたのは、中国の僧侶・天台大師智顗(ちぎ)です。(五三八年~五九七年)
【※天台智顗の不思議なところは、仏教を日本に導入した聖徳太子の在世(五七四年~六二二年)の前後に、転生している点です。聖徳太子の没後の六二六年~六七一年に中大兄皇子(天智天皇)としても転生しており、聖徳太子が命を懸けて整備した豪族を中心とする民主的・仏教路線を「大化の改新」によって、元の貴族的・天皇中心の神道路線に戻しています。現代に大川家次男として転生しており、他の転生に一言主がいます。また、奈良の葛城山は中大兄皇子のゆかりの土地であり、葛城山一言主神社は、土蜘蛛族の本拠地であり、妖怪ぬらりひょんの本拠地ともいわれています。】
いまから一千数百年前に、天台智顗が、中国の天台山で一念三千論を説いていたのですが、そのとき、霊天上界から、彼を指導していたのは、実は、ほかならぬ、この私の霊意識でした。私が、紀元六世紀に、九次元世界から、地上の天台山に棲む智顗に伝えた内容は、だいたい、現代風に再現するとつぎのようなものでした。
「人の心には、念いの針というものがある。この念いの針は、一日のうちで、さまざまな方向を指し示し、揺れ動いて、とまるところを知らない。仏門に入り、修行にあけくれている者であっても、若い美しい女性を見ては、心の針が揺れ動く。おいしそうな食べものを見ては、心の針が動く。師に叱られては、また針が動く。こうして、修行者の心は安らぐときを知らない。
しかし、人間のほんとうの悟りは、おおいなる調和とやすらぎのなかにあり、せわしく揺れ動く心のなかにはありはしない。天台智顗よ、汝、よく悟りて、人々に念いの針、心の針の指し示すべき方向を明示せよ。念いの針が、四六時中揺れ動いていては、人間にはほんとうの心のやすらぎというものはないのだ。磁石がつねに北を指し示すように、心の針もつねに仏の方向に指し示すべきである。北極星がつねに北の方向を人々に明示するように、天台大師よ、人々をよく教導して、仏の念いを念いとして生きるように導きなさい。これが真の不動心であり、真の信仰なのだ。
心とは、まさしく不思議なものだ。その念いが修羅のごとくなれば、心は阿修羅界という地獄に通じて、いつのまにか、闘争と破壊の人生を送ってしまう。
心の針が色情の方向に固定化されると、その念いは、地獄の色情地獄に通じ、その針を伝って、地獄の亡者どもが、生きている人間の心に土足で入り込んでくる。その結果、生きている者は、あるいは女性に狂い、あるいは男性に狂って、亡者どもの情欲をはらす道具となりはてる。
仏を求めていた者の念いの針が、どこかでねじまがり、増上慢となり、天狗となると、異説、邪説を説きはじめ、地獄の悪魔の声を如来、菩薩の声と聞きまちがえる。そして、人々を迷わせては、自らも無間地獄に堕ちてゆく、あわれな求道者もいる。
あるいは、念うこと常に善で、天国の善人界(五次元)に心の針が通じ、天国の先祖や友人がつねに微笑みかけている者もいる。またある者は、人助けに常に心を砕き、おごらず、高ぶらず、仏の道を求めている。その者の心は、すでに天国の菩薩界に通じ、生きながらにして菩薩の境地にある。
またある人は、仏法を世の人々に伝えることのみに心の針が定まり、その教え正しく、その人となりや清く、万人が手本とするに恥じない生き方をしている。その人の心は、すでに生きながらにして、如来界に通じ、天上界の諸如来が、常にその人を指導している。
このように、心の針は、不思議な働きをするのだ。天台智顗よ、おまえは、この仏法をよく理解し、生きてゆく人々の修行を助けよ。
天国地獄は、死んでからあの世にあるのではない。天国地獄はこの世にあり。この心にあり。人の念いの針は、すなわち、これ一念三千、あの世の天国地獄に、即座に通じてしまうのだ。この真実を知ったならば、人々は日々止観(しかん)し、心を静め、自らの人生をふりかえり、自らの一日をふりかえり、その心と行いを正してゆくに違いない。
天台大師よ、かつて私がインドの地で説いた八正道はまさしくおまえに授けた、一念三千論にいう心の法則を基礎として生まれたのである。天国地獄があの世に還ってからではなく、この世に生きている人間の心のなかにあるからこそ、この世で生きたときの心が、そのまま、あの世での生き方を決めるからこそ、人間は、八正道を人生の基本として生きねばならないのである。
八正道とは、すなわち、正しく見(正見)、正しく思い(正思)、正しく語り(正語)、正しく行為し(正業)、正しく生活し(正命)、正しく精進し(正精進)、正しく念じ(正念)、正しく情に入るべし(正定)。この八つの道をきわめてこそ、人間ははじめて、己の心を正しくたもち、人間としての完成を見るのである。
天台大師よ、この八つの道を基本として、自らの心と行いを正し、真実の一念三千論を世にひろめなさい。それがお前にとっての悟りであり、世の人々にとっての悟りでもあるのだ」
【大川隆法『太陽の法』第2章「仏法真理は語る」より抜粋】
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続きまして、幸福の科学の基本三法の一つ、経典『永遠の法』を振り返ります。
人生の真理を網羅した、法の巨大な体系【※太陽の法】、数千年以上の視野をもって、諸如来、諸菩薩たちの活躍を語る時間論【※黄金の法】、そして、この世を去った実在界の次元構造を明確に説明し尽くす空間論【※永遠の法】、その三本柱が、エル・カンターレの法を特徴づけるものです。本書は、『太陽の法』(法体系)、『黄金の法』(時間論)に続いて、空間論を開示し、基本三法を完結する目的で書き下ろしたものです。これでエル・カンターレの法の輪郭が見えてきたことでしょう。―まえがき―
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■『永遠の法』第1章 四次元の世界
7未知なるもの
霊的な世界には地獄があるということを述べました。地獄については、昔話などで聞いていたにせよ、実際に地獄に直面した人の衝撃は大きなものだと思います。
話に聞いていたとおり、さまざまな地獄があって、鬼のような存在もいれば、悪魔のような存在もいる―。そうしたことを実際に目のあたりにして、人々は驚くはずです。なかには、身長が三、四メートルと大きい、鬼のような霊人もいれば、刃物を持って追いかけてくる者もいます。
色情霊においては、血の池のなかで人間がのたうち回っています。
また、餓鬼地獄においては、昔の飢饉の時に死んでいった農民たちのような、骨と皮ばかりの姿で、「食べ物が食べたい、食べたい」と言って苦しんでいる人たちがたくさんいます。
それから、畜生道というところが現実にあります。そこでは人間はもはや人間の姿をしていないのです。芥川龍之介という作家が畜生道に堕ちた人の話を小説に書いていましたが、その小説と同じように、体が馬で顔が人間、体が牛で顔が人間、体が豚で顔が人間―こうしたものが現実に存在するのです。また、大蛇となって地獄の地面をはっているものもいます。また、大蛇となって地獄の地面をはっているものもいます。【※芥川龍之介「杜子春(とししゅん)」】
こうしたものたちは、なぜ自分がこのような姿がこのような姿になったのかということが分からずにいます。それは彼らが霊の本質を知らないからです。霊の世界は、思ったことが実現する世界なのです。
彼らは生前、「心のなかで思ったことは、心の世界においてすでに実現している」ということを知らず、そのため、「心のなかは外からは見えないから、どのような思いを持っていてもかまわない」と思って生きていたのです。
肉体を持っていたとき、その心が透かし通しで、何もかも見通されてしまったならば、恥ずかしくて、とても人前には出られないような生き方をしていた人たちは、あの世の世界、霊の世界に還ると、心のなかをすべて見られてしまい、また、霊界では自分の思った通りの姿になるということを知って、愕然とするのです。
地上にいるときに、人に対する妬みや恨みを持って生きていると体が蛇に変わったりするならば、人間はすぐに自分の間違いに気がつくでしょう。ところが、三次元の法則のなかで生きていると、そうしたことがないために、生前は自分の間違いを知らないでいるのです。
しかし、あの世では、思ったことはすぐに実現します。たとえば、異性のことばかりに心を悩ませている人は、色情地獄に堕ち、異性ばかりを追い求めます。
また、狐のように、人をだますことばかりに汲々としている人は、あの世では狐のような姿となります。蛇のように、しつこくしつこく人を妬み、恨んでいる人は、やはり蛇のような姿になります。これ以外にも、さまざまな動物の姿になっていきます。
そして、動物霊のようになった人間霊が、地獄の苦しさから逃れるために、一時期、地獄からはい出そうとして、地上の人間に憑依するのです。
憑依といっても、まったく何の関係もない人に憑依できるわけではありません。自分の心のなかに地獄をつくっている人にだけ憑依できるのです。生きている人間は心のなかにさまざまな想念の世界をつくっていますが、心のなかに地獄をつくっている人には地獄霊が入れるのです。
心のなかに色情地獄をつくっている人のところには、色情地獄霊が来るし、心のなかに動物地獄、畜生道をつくっている人のところには、動物のような霊がかかってきます。また、心のなかに無間地獄をつくっている人、すなわち、心が思想的、宗教的に病んでおり、人びとを間違って指導している人のところには、無間地獄に堕ちた宗教家や思想家たちが取り憑いてきます。
結局、地獄というのは、心の世界のなか、想念のなかにあるわけです。地獄霊が憑依するのは、生きている人間の心のなかに地獄霊があるわけです。地獄霊が憑依するのは、生きている人間の心のなかに地獄界があるからです。そのなかに地獄霊が入り込んでくるのです。こうした不思議な世界のしくみについても、みなさんは知っておかなくてはなりません。
【大川隆法『永遠の法』幸福の科学出版 第1章「四次元の世界」より抜粋】
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本日の一念三千論は、経典『地獄の法』を理解するうえで重要な波長同通の法則についての説明になりますので、とても重要です。
本日の学びのなかで、とても重要な教えは、
『天国地獄は、死んでからあの世にあるのではない。天国地獄はこの世にあり。この心にあり。人の念いの針は、すなわち、これ一念三千、あの世の天国地獄に、即座に通じてしまうのだ。この真実を知ったならば、人々は日々止観(しかん)し、心を静め、自らの人生をふりかえり、自らの一日をふりかえり、その心と行いを正してゆくに違いない』
ここではないかと私は考えました。
天国地獄は、自分の心のなかにすでに存在しています。そして、自分の考えていることは、その波長と同じ霊界と同通しています。重要なのは、私たちが何を心に思い描き考えているかです。思いは三千世界に通じているのです。この心の針を常に仏や神様に向けることができるようにするために、仏陀は「八正道」を私たちに説いてくださいました。反省修法によって心の針を主に向けてまいりましょう。
天国地獄は遠い世界にあるのではなく、すでに私たちの心の中に存在するものです。心にいかなる世界を引き寄せるかは、私たちの思いの性質がそれを決めます。それが一念三千の教えです。地獄にうごめく亡者たちには、なぜ自分がこのような姿になっているのかが理解できませんが、じつは、生きているときから心の姿としてそのような須田田をしていたことがわかります。主におかれましてはこのように説いていただきました。
『(地獄の)こうしたものたちは、なぜ自分がこのような姿がこのような姿になったのかということが分からずにいます。それは彼らが霊の本質を知らないからです。霊の世界は、思ったことが実現する世界なのです。
彼らは生前、「心のなかで思ったことは、心の世界においてすでに実現している」ということを知らず、そのため、「心のなかは外からは見えないから、どのような思いを持っていてもかまわない」と思って生きていたのです。』
波長同通の法則という心の法則がありますが、その法則は、現在ただいまにも働いており、私たちの今の心境は霊界のどこかとつながっています。だから、つねに心の中身を点検して、浄化していかなければ、ならないことがよく分かります。とても大切な教えでした。
また、後半の『永遠の法』では、地獄に堕ちた魂がどのような姿で、霊界にいるかが明らかにされました。
あの世の四次元世界の地獄に堕ちた人々について、このように教えていただきました。
『生前、「心のなかで思ったことは、心の世界においてすでに実現している」ということを知らず、そのため、「心のなかは外からは見えないから、どのような思いを持っていてもかまわない」と思って生きていたのです。
肉体を持っていたとき、その心が透かし通しで、何もかも見通されてしまったならば、恥ずかしくて、とても人前には出られないような生き方をしていた人たちは、あの世の世界、霊の世界に還ると、心のなかをすべて見られてしまい、また、霊界では自分の思った通りの姿になるということを知って、愕然とするのです。
地上にいるときに、人に対する妬みや恨みを持って生きていると体が蛇に変わったりするならば、人間はすぐに自分の間違いに気がつくでしょう。ところが、三次元の法則のなかで生きていると、そうしたことがないために、生前は自分の間違いを知らないでいるのです。
しかし、あの世では、思ったことはすぐに実現します』
これは、妖怪の世界も同じです。四次元世界には、本日紹介された地獄界や表世界の精霊界のほかに『永遠の法』では詳しく説かれなかった、裏側世界の「妖怪世界」が存在することが分かっています。くわしくは、教典『秘密の法』や『地獄の法』、箴言集『妖怪にならないための言葉』を参照ください。多次元世界は念いの世界です。あの世では、私たちは念いの姿で存在しています。だから、心の中に何を思うのかがとても重要です。その思いが私たちの姿形を決めるからです。
そして、本日は、さらに、とても重要な憑依の原理としての波長同通の法則について学びました。とくに、最後のお言葉はとても重要です。
『憑依といっても、まったく何の関係もない人に憑依できるわけではありません。自分の心のなかに地獄をつくっている人にだけ憑依できるのです。生きている人間は心のなかにさまざまな想念の世界をつくっていますが、心のなかに地獄をつくっている人には地獄霊が入れるのです。・・・
結局、地獄というのは、心の世界のなか、想念のなかにあるわけです。地獄霊が憑依するのは、生きている人間の心のなかに地獄霊があるわけです。地獄霊が憑依するのは、生きている人間の心のなかに地獄界があるからです。そのなかに地獄霊が入り込んでくるのです』
まさに、地上では全く未知なるものを本日教えていただきました。主に心からの感謝です。
念いの法則である波長同通の法則は、原因結果の法則と共に「幸福の科学」では大変重要な心の法則となりますので、しっかりと理解を深めましょう。
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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〇「地の果てまでも伝道せよ。」
エル・カンターレとは、地球の光です。
エル・カンターレとは、天上界の光です。
エル・カンターレは、始まりであり、
エル・カンターレは、終りです。
エル・カンターレは、最後の審判です。
エル・カンターレは、最後の審判であり、
世界の人々にとっての新たな希望なのです。
どうか、エル・カンターレを信じてください。
どうか、この新しい信仰を持ってください。
どうか、この新しい信仰を地の果てまでも伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、あなたがたの使命です。
忘れないでください。
それが、あなたがたの使命なのです。
エル・カンターレを信じてください。
エル・カンターレ信仰が、いま求められているのです。
どうか、エル・カンターレ信仰を中心に据えてください。
それが、あなたがたの使命です。
そして、エル・カンターレ信仰を、世界の人々に伝えてください。
地の果てまでも伝えてください。
人々に伝えてください。
それが、あなたがたの使命です。
それが、私の願いです。
それが、すべてです。
【大川隆法 英語説法『Focusing on El Cantare-Belief』の和訳を抜粋】
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■伊勢支部 十五戒■
主のため、世のため、隣人を救うために、ユートピア建設のために、なお、一歩を進めよう。心の焦点を主エル・カンターレに合わせよう。
■信仰の五戒【毎年の戒】―エル・カンターレ信仰がわれらの全て
一、主エル・カンターレを信じきる―【戒・定・慧・教学を徹底する】
二、主を愛し、隣人を愛する―【「進歩」と「調和」を顕現するために「四無量心」と「四摂時」を徹底する】
三、三宝帰依を徹底する―【反省(八正道)を実践する】
四、四正道を徹底する―【瞑想を実践しエル・カンターレ信仰を確立する】
五、六波羅蜜多を推進する―【仏国土ユートピア実現のために祈り、伝道を習慣にする】
■伝道の五戒【毎年の戒】―主が一番喜ばれることは伝道・主の御名と御教えが世界中に広がること
一、一人を三帰信者に導く
二、二人の三帰信者を育成する(フォロー)
三、三人を入会伝道に導く
四、四人の入会者を三帰に導くために育成する(フォロー)
五、新たに出会う五人の一般の方に主の御名と主の御教えを伝える
■植福の五戒【毎年の戒】―植福は執着を断つ大切な修行・三千年先の未来の希望のために福を植える
一、「一切は空」―悟りのために、この世への執着を断つために植福する
二、主への感謝を込めて「御生誕祭」と「エル・カンターレ祭」に植福する
三、三宝への感謝を込めて「宗教記念日」に植福する
四、四正道へ感謝を込めて「支部」「精舎」「聖地」に植福する
五、主のため、世のため、隣人を救うため、3000年先の幸福の科学の発展のために、仏国土建設のために植福を習慣にする
信仰の凡事徹底に関して、戒を持つことが仏道修行の第一歩です。主の悲願である、一切の衆生を救済と仏国土ユートピア建設を成就するために、戒を持ち、阿羅漢を目指して、天使菩薩になるために毎日、仏道修行を共にしましょう。
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〇「沈黙の仏陀」の教え
戒めを守り、禅定を行い、そして智慧を得る。
智慧を得ることによって
この世的な束縛、執着というものを断ち切る力を得ていく。
そして、解脱を味わう。
解脱を味わったところで、
また、この世が神仏の偉大なる慈悲の場であることを悟る。
そしてまた、現界において努力する。
そこに、多くの人びとを此岸から彼岸へと渡していくために、
渡し守(もり)としての菩薩の仕事が現われてくる。
一人でも多くの人びとを悟りの彼岸へ導いていこうとする、
渡していこうとする、
そのような肉身の菩薩の仕事がそこから始まってくる。
すべては、己れというものの執らわれを去り、
真実の自己というものを知り、
真実の自己というものを中心として、
この世のあり方を、もう一度まったく違った目で見、
そこに感謝とよろこびを感じて、
他の人びとをも、悟りの彼岸へと渡そうとする。
一切の衆生の苦しみを救おうとする。
そのような大いなる大悲の心が沸き起こってくる。
これが私がみなさんに勧めていきたい人生修行の道です。
【大川隆法『沈黙の仏陀』より抜粋】
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Focus on Lord El Cantare―時代は今、主エル・カンターレ―
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。゜+. With Savior 。゜+.
100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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文責:蒲原宏史
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