(9/19-1)262幸福の科学入門Ⅱ ㊲愛と天使の働き―この地上で天使の働きを(前半)―念仏宗走る

幸福の科学入門

81 五十歳過ぎたら、三十歳年下の友人をつくれ。

85 事業部制は、明日の経営担当者を育てるためであり、窓際族をつくるためにあるのではない。

【大川隆法 箴言集『仕事への言葉』より抜粋】

おはようございます。「一日一生」。今日も、主のため、世のため、人のために、信仰に、伝道に、植福にさらに一歩進めましょう。
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さて、ここからは、幸福の科学の基本書3部作『黄金の法』を通して、エル・カンターレの歴史観を共に学んでまいります。『黄金の法』は、光の菩薩たちが主の悲願である地上仏国土ユートピア建設のためにどのような活躍をなしたのかを記すものです。人類の歴史に隠されていた地球神を、光の天使・菩薩たちはどのように実行したのか、その一端を学びます。経典をお持ちでない方は、是非この機会に拝受ください。【税抜2000円】

『エル・カンターレが観た歴史観であるとともに、エル・カンターレが立案したところの、地球的仏法真理の大河の鳥瞰図でもあります』(「『黄金の法』まえがき」より)
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第4章 太陽の昇る国
7 念仏宗走る

さて、平安仏教には、もう一つの流れが始まっていました。いわゆる浄土教の流れです。浄土教とは、阿弥陀仏の救いを願って、一心に念仏を称えれば、西方浄土に生まれ変わり、永遠の幸福を享受できるとする考え方です。この思想が、いわゆるキリスト教の思想によく似ていることに気づく方がいるはずです。それもそのはずで、実は、この教えは、天上界において、エル・カンターレが仏教的には大乗運動を指導し、その救済の精神をイエスに託した時の、かつてのイエス・キリストの弟子たちが、仏教僧として生まれ変わって、つくっていった仏教思想なのです。

世親の『浄土論』に注釈をして、『浄土論註』を書いた曇鸞(どんらん・四七六年~五四二年)が、まず、難行道と易行道の二つの道に分け、易行道として他力による凡夫往生を説きました。さらに道綽(どうしゃく・五六二年~六四五年)が『安楽集』のなかで、仏教を聖道門(しょうどうもん・自力門)と浄土門(じょうどもん・他力門)に分けて考え、末法の世には、阿弥陀仏にひたすら帰依して、浄土往生を願うのが一番だとします。こうした中国での思想は、さらに、初唐の善導(六一三年~六八一年)に受け継がれました。そして、阿弥陀仏の本願、すなわち、救済力を信じ、それに帰依して、口称念仏(くしょうねんぶつ)、すなわち、南無阿弥陀仏を称えることが正しい行だとされ、中国浄土教の完成に至るのです。

こうして、日本の平安末期に、高まりつつある末法思想と相まって、浄土信仰が出てきたのです。有名な僧としては、恵心僧都源信(えんしんそうずげんしん・九四二年~一〇一七年)がおります。大和国(奈良県)に生まれ、比叡山の良源のもとで、十三歳で出家、やがて念仏往生の道を説きました。

源信は、過去世では、三十歳のイエス・キリストに洗礼を施したバプテスマのヨハネです。日本に源信として生まれた後、さらに、スウェーデンに生まれて、膨大な霊界探訪記を書いたスウェーデンボルグ(一六八八年~一七七二年)という科学者・神秘主義者となりました。源信は、スウェーデンボルグ時代も、幽体離脱して天上界探訪を得意としましたが、源信の時代も、その魂は肉体を抜け出して、何度も天国や地獄を見てきたようです。そして、そのときの体験が、地獄・極楽・六道の概念として思想的にも結晶し、お経の抜すいである『往生要集(おうじょうようしゅう)』の有名な部分の迫力ある記述となっています。

源信時代の思想の核は、人々を導くのに三段階の道を用意したことです。まず、天台教学の理を観ずる「理観」を勧めます。それに至れない者には、仏の具体的な相状(そうじょう・すがた・ありさま)などを観想する「事観」を勧めます。さらに、それにも耐えられない極悪深重の衆生に対しては、まったくの方便として、「称名念仏(しょうみょうねんぶつ)」を勧めたのです。彼が方便として勧めた「称名念仏」は、やがて良忍(一〇七二年~一一三二年)、そして、鎌倉時代へとつながってゆきます。源信は、如来界の方でした。

さて、この浄土門の流れは、鎌倉時代に入って、黒谷上人、法然房源空(ほうねんぼうげんくう・一一三三年~一二一二年)によって、早瀬のごとく流れ始めます。法然は、美作(みまさか・岡山県)の豪族の子に生まれ、九歳で父の死にあい出家し、十五歳で比叡山に入り、やがて、黒谷の叡空の弟子となりました。四十三歳のとき、唐の善導の『観経疏』と源信の『往生要集』の二本柱をもとに、専修念仏の信仰を確立させます。東山の吉水に移り住んでからは、その専修念仏の教えは、貴族や民衆の間にも広がり、名声を得ました。しかし、奈良や叡山を中心とする旧仏教勢力からは、激しい弾圧を受けます。そして、一二〇七年には、讃岐(香川県)に流されたのです。

法然の教えは、諸行の捨て去り、口称念仏(くしょうねんぶつ)を選択するということで、主著『選択本願念仏集』にその考えがはっきりと打ち出されています。法然は、菩薩界上段階の方です。過去世においては、キリストの十二大弟子のひとり、聖トマスでした。南無阿弥陀仏と口で称えるということは、キリスト教のアーメンと同じことです。このとき、天上界から法然を指導していたのは、同じく十二弟子のひとり、『マタイ伝』のマタイです。このマタイが、すぐその後、親鸞の弟子、唯円として生まれ、『歎異抄(たんにしょう)』を遺します。第3章5節で述べたように、法然の過去世は、かつて竜樹の後継者としてインドに生まれた提婆(だいば)でした。いわゆる魂の兄弟であることを附記しておきます。

【大川隆法『黄金の法』第4章「太陽の昇る国」より抜粋】
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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいりたいと思います。本日も全国・全世界の信者の信仰心を結集し ①10:00~、②13:00~、③19:00~(各回約50分)と世界同時に主の奇跡を願い、復活の祈りを捧げさせていただきます。皆様の祈りの結集をお願いいたします。

9/28(土)朝10時〜10時45分 三重テレビ7チャンネルで2022年エル・カンターレ祭御法話「地球を包む愛」の放送が決定いたしました。「小さな地方局かも知れませんが、象徴的闘いでした。この勝利はとても大きい」

一般放送に当たっては、メディア支援植福という形で、テレビ放送の経済的支援を伊勢支部にて支えさせていただいています。法人での提供も募集していますので、詳しくは支部までお問い合わせください。主の奇蹟の復活を祈り続ける今、私たちの信仰心をこの植福に結集してまいりましょう。

幸福の科学は、この地上に真のユートピアを建設するために、日夜努力しています。私たちが「正しき心の探求」として「愛・知・反省・発展」の四正道の教えの実践と四正道の全世界への布教に向けて伝道しているのは、「仏国土ユートピア建設」のためです。

さて、ここからは、「幸福の科学」の原点に立ち返り、幸福の科学が全世界に広げようとし
ている教えを共に再確認させていただきます。幸福の科学に入会・三帰されて間もない方や、これから、新しい方を伝道するに当たって、幸福の科学の教えをどのようにお伝えしたらよいのか。ヒントになれば幸いです。以下2011年に発刊されました主の著書である、経典『真実への目覚め』を引用しながら、幸福の科学の教義をお伝えいたします。
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〇この地上で天使の働きを(前半)

私は、「愛の対極にあるものは、憎しみではなく嫉妬である。実は、それが、七大天使の一人であるルシフェルが地獄界に堕ちた理由でもある。すなわち、地獄界が拡大していった第一の理由は嫉妬にある」ということを述べました。

しかし、嫉妬の表れのなかには、明らかに、「憎しみ」「憎悪」と言われるものもあると思います。そのにくしみ、憎悪は、他に対する破壊的活動など、目に見える悪なる行為として現われることもありましょう。

しかし、私は、今、みなさんに言いたいのです。

かつて、イエスは、「先生、いったい何回、人を許したらよいのですか。七たび許せばよいのですか」と弟子に問われたとき、「七の七十たび許せ」と言ったはずです。「七の七十たび」とは四百九十回に当たります。

みなさんにも、憎い人はいるかもしれません。嫌いな人はいるかもしれません。その人を四百九十回、許したことがありますか。ないでしょう。

しかし、私は、それ以上のことを言いましょう。

憎しみに対し、愛を持って接せよ。
憎しみに対し、愛の大河でもって、その憎しみを押し流していけ。

圧倒的な善念でもって、ささやかな憎しみや怒り、嫉妬の小川を押し戻していただきたいのです。それが、おそらく、この国が希望に満ちる未来を持つための条件でもあると思います。

真なる愛は、希望をもたらします。真なる希望は、繁栄をもたらします。真なる繁栄は、あなたがたに、真なる自由をもたらします。真なる自由は、あなたがたに、「真理とは何であるか」ということを、百パーセント教えるようなるでしょう。

【大川隆法『真実への目覚め』第二章 より抜粋】
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続きまして、経典『幸福の科学とは何か』より、天使の予備軍である「阿羅漢」(あらかん)の定義について主より教えていただきます。
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〇阿羅漢とは何か
「幸福の科学」では、阿羅漢という言葉がよく使われます。これはもちろん中国から渡ってきた漢語であり、もともとはインドの釈迦の時代から伝わっている言葉でもあります。釈迦仏教で、よく使っていた考え方であると言ってよいでしょう。

阿羅漢というのは、ひととおりの反省が終わって、心の塵や垢が落ち、後頭部から後光がさし始める段階のことを言います。一応修行者としてプロの領域に入る、それが阿羅漢です。・・・

さて、この阿羅漢というのは、どのような境涯を言うのかということについて、さらにくわしく話をしてみたいと思います。

この阿羅漢の境涯というのは、私が説明している次元構造で言うならは、六次元神界の上段階にある境地と言ってよいと思います。六次元の境地というのは、すでに述べておりますように、人間としてリーダーの世界に入ってくる世界です。その世界のなかには、学校や文化人、芸術家など、そうそうたる人々が来ています。このそうそうたるリーダーたちが集まっている六次元深海のなかで、真実神仏を信じて、菩薩に向けて修行をしている人たちのことを、阿羅漢と言います。そして、その境涯が地上においても実践されることがあるので、地上において菩薩に向けて修行している人たちのことも、阿羅漢と言います。

この六次元の上段階の心というのが、どういうものであるかというと、言ってみれば光の天使の予備軍というように、位置づけられると思います。光の天使となると、天上界においてその目印となるべきものに、後光と言われるものがあります。西洋の絵画のなかでは天使の頭のまわりにリングが描かれています。東洋のほうでは、仏像や仏画において、後光がかかっている絵があります。このように、ある程度、天使の印である丸いお盆のような後光が出てきております。

ただ、阿羅漢の状態では、まだまだこの後光を出す力はじゅうぶんではないと言えましょうか。菩薩が明瞭な後光を持っているのに反して、阿羅漢では、まだ後頭部を中心として光が出ているといった段階かもしれません。しかし、霊的なめざめのある人から見れば、明らかに通常人との違いが見られるわけです。

さて、阿羅漢の心境とは、どのような心境であるかというと、人間として地上人で見た場合には、ある程度の完成領域に近づいていると言ってもよいかもしれません。別な言葉で言うならば、相当な人格であるということです。あるいは、相当な心境であるということです。地上に生きていて、そうして特別な仏道修業などをしていない人で、阿羅漢の状態に達しているという人は、そう多くはいないわけです。

もちろん、心清く生きてきて、そしてさまざまな仕事に携わってきた人で、霊的直観がひじょうに鋭くなっているような人のなかにも、阿羅漢というものはいます。この意味で、阿羅漢を、かならずしも仏教修行者のようにとらえることは、まちがいであると言ってよいでしょう。阿羅漢のなかには、もちろん在家の方も数多くいます。その人が知っていると知っていないとにかかわらず、そうした状況にあります。

これは結局のところ、次のように言い換えてもよいと思います。地上に生活していて、そして多少なりとも真理を目指している人にとっては、この阿羅漢の境地が最初の関門であり、最初の目標点であり、ある意味では合格点でもあるということなのです。

大川隆法『幸福の科学とは何か』第七章「阿羅漢をめざして」より抜粋】
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現代は「呪いの時代」と言われています。
その呪いは、愛の反対である嫉妬から生まれていることも教えていただきました。
相手の不幸を願う嫉妬や憎しみに対して私たち信仰あるものはどうすればよいか。
重要な心の指針をいただきました。

本日の主の教えでは、

『憎しみに対し、愛を持って接せよ。
憎しみに対し、愛の大河でもって、その憎しみを押し流していけ。

圧倒的な善念でもって、ささやかな憎しみや怒り、嫉妬の小川を押し戻していただきたいのです。それが、おそらく、この国が希望に満ちる未来を持つための条件でもあると思います。

真なる愛は、希望をもたらします。真なる希望は、繁栄をもたらします。真なる繁栄は、あなたがたに、真なる自由をもたらします。真なる自由は、あなたがたに、「真理とは何であるか」ということを、百パーセント教えるようなるでしょう』
この言葉が、私にとって一転語でした。

ブラジルは、貧困問題を原因とした犯罪が多発しており、治安が不安定であります。その根底には、富を持つものへの嫉妬が呪いになっていることが原因であることを教えていただきました。日本においても、平等意識が強く、富を持つものに対する嫉妬や呪いが絶えません。私たちは、自分の理想像である存在に対する嫉妬を抑えて、逆に祝福するマインドを持ってまいりましょう。そして、人の罪をあげつらうのではなく、人の罪を許すことができる宗教的悟りを共に得てまいりましょう。

また、経典『幸福の科学とは何か』からは、私たち修行者として目標とすべき天使・菩薩の登竜門としての「阿羅漢」について学びました。正しき心の探求による心の修業を通して、「愛・知・反省・発展」の四正道と隣人を救い助ける愛の実践を通して、自らの背中や頭の後ろから後光が出るように、共に修業を重ねてまいりましょう。

主のみ教えを私たちがまず学び、その力で多くの人を救い助けなければなりません。本日も私たちの隣人を助けるために、信仰心の大切さを伝え、入会・三帰へと導いてまいりましょう。

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本日も、皆様とともに主の新復活を祈り続けてまいります。
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If You build it, He will come. あなたがそれを建てたとき、彼はやってくる。
When You believe It, You will see It. あなたが信じるとき、あなたはそれを見るだろう。
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◆「天御祖神 感謝報恩植福」について

・この度、日本文明の祖にして、武士道の源流にあたる天御祖神が日本に降臨され、いまもなお、霊的にご指導を賜っていることへの感謝を捧げるために、箱根強羅の地に天御祖神を讃える「天御祖神記念館」を建立させていただくこととなりました。

・本植福を通じて、天御祖神への感謝を深めていくとともに、武士道精神を復活させ、神国・日本としての誇りを取り戻していくことで、この日本の地を主エル・カンターレの教えを発信するにふさわしい地としていくことを誓ってまいります。

日本神道の屋台骨である高天原が、日本人の不信仰と愛国心の欠落により、崩れてしまっている今、私達伊勢支部信者が先頭となって、日本神道の屋台骨を支え、日本国の誇りを取り戻すべく先頭に立たなければならないのではないでしょうか。伊勢支部としては、「天御祖神記念館」建立事業を全力で応援致します。私たちの信仰心をここに結集して参りましょう。

・「天御祖神感謝報恩植福」(2022/1/1~)は、天御祖神の日本への御降臨と、いまもなおご指導を賜っていることへの感謝を捧げ、報恩への誓いを固める植福として、1 
口 10 万円からお受けいたします。

・本植福に参加された方には、「『天御祖神 
感謝報恩の誓い』奉納書」を拝殿の基壇部分に御奉納させていただき、大きな貢献をされた方につきましては、記念碑建立時に銘板をもうけ、そのお名前を記名し、顕彰させていただきます。

・私は二〇一五年ぐらいから公開しておりますけれども、実は日本文明というのは、今から三万年ほど前に、天御祖神という方が、今の富士山があるところの近くに、宇宙より降臨したところから、始まっているということを、何冊かの本で説いております。(略)

(天御祖神の)教えの中心は、今も片鱗としては伝わっています。一つ、言わなければならないことは、「神の子、仏の子としての人間」として生きるということは、「正しく生きる」ということであるということですね。これが大事な柱でした。(「地球を包む愛」)

・「天御祖神の教え」とは何でしょうか。(略)おそらくは、「鍛錬ということの大切さ」や、「自分を鍛えて力強くあることの重要さ」というものも教えていたのではないかと思います。 
(『現代の武士道』)

・葬られているのは、今で言うと、強羅温泉の近くです。
 (「超古代リーディング―天御祖神と日本文明のはじまり―」)

日々のご支援に心より感謝申し上げます。

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100%エル・カンターレ信仰
―天御祖神とともに―
伊勢から世界に伝える強い信仰
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TEL:0596-31-1777
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文責:蒲原宏史 

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